第19話「戲万Ⅰ」

 第十九話「戲万ざまⅠ」


 ーー俺の頭の中は、混乱で真っ白になっていた。


 ……どうしてこうなったのか?何がどうなっているのか?


 訳が分からず、まとまらない考えがぐるぐる回る。


 「みや、なんで?どうして九宝くほう 戲万ざまがここに!」


 打倒、九宝くほう 戲万ざまでこの七年を過ごしてきた俺。


 そのターゲットがいきなり目の前にいる……


 俺が九宝くほう 戲万ざまという脅威から護ろうと誓った大事なひと……よりにもよって、その燐堂りんどう 雅彌みやびが連れてきたのだというのだ……


 九宝くほう 戲万ざま雅彌みやびは……

 いや、そんなはずは無い!


 雅彌みやびに限って、そんなはずは……


 「……」


 当の雅彌みやびは俯いたまま俺に目を合わさないで立ち尽くしている。


 九宝くほう 戲万ざま、その人物について、俺が解っている事は、情け無用な数々の恐ろしい事件と、信じられないほどの凄まじい実力、百年以上生きて尚、四十代の容姿という馬鹿げた事実ばかりだった。


 それでも、その男の、九宝くほう 戲万ざま打倒に賭けてきた七年間。


 その先のゴールの見えない時間……それが、俺にとっての人生の目的そのものだった。


 ……それが雅彌みやびと?


 くそ!あるはずない、そんなこと!


 混乱する俺は、彼女の両肩を掴み、乱暴に問い糾していた。


 「どういう事なんだ!みや!」


 「……っ」


 「黙ってちゃ解らないだろ!雅彌みやび!」


 伏し目がちの少女を容赦なく揺さぶる俺!


 雅彌みやびの美しい黒髪が左右に揺れ乱れ、悲痛な顔で何かを訴えようとしている少女に、結果的に俺は、言葉とは裏腹に答える時間を与えていなかった。


 俺は裏切られたのか?


 いや、俺が勝手にしたことだ、彼女を助けるために、一度死んだことも、何年かけても九宝くほう 戲万ざまを倒そうとしたことも……


 だけど……それでも……


 彼女には、雅彌みやびには解っていて貰えてると思ってた。


 俺のした事が、しようとしている事が……俺と雅彌みやびは同じ気持ちだって……


 なのに……それを邪魔するのか?


 雅彌みやび本人が邪魔をするのか!



 「ガタガタうるせー!しゃらくせーんだよ、ガキ!」


 九宝くほう 戲万ざまはそう怒鳴ると勢いよく立ち上がった。


「ま、真那まな!」


 あわてて雅彌みやびが従者の少女に指示を出す。


 ーードサッ!


 「ぐっ!」


 主の指示を受けて、目付きの悪い少女、吾田あがた 真那まなが、混乱の極みにいる俺を取り押さえていた。


 「ぐっ……くそ!」


 後ろ手に倒され、片腕を極められ、顔をアスファルトに押しつけられる俺。


 その光景を確認した痩せた男、九宝くほう 戲万ざまは、再びドスンと地べたに胡座をかく。


 くそ……情けない……訳のわからない状況に、喚くことしか出来ず、挙げ句、護るべき相手の従者に組み伏されて這いつくばる……


 そろそろ日が傾き始めた時間帯、まだ熱の残るアスファルトの乾いた臭いを嗅ぎながら俺は屈辱に塗れていた。



 「雅彌みやびよーーそれが例の小僧か?……助ける価値あんのか、ソレ?」


 面白くなさそうにそう言うと右手の人差し指で耳をほじくる男。


 「約束は約束よ、これではがねには手を出さないで」


 雅彌みやびはそう言って九宝くほう 戲万ざまを縋るような瞳で見る。


 ほんと情けない……


 護るべき相手にあんな……燐堂りんどう 雅彌みやびともあろう者にあんな顔をさせて……


 俺は結局、それほど信用されていなかったのか……そんなこと出来るわけ無いって。


 半端で無力な少年……それはどこまで行っても、雅彌みやびの中でも……俺は


 「……まあなーー、雅彌みやびのおかげで、こいつらの悪事が露見したわけだしなぁーー」


 九宝くほう 戲万ざまはそう言って明後日の方向を向いて、あからさまに考えるふりをする。


 「ああ、あれだ!ファンデンベルグは上級士族の殲滅ってヤツをして、この世からファンデンベルグ人以外の士族を無くしちまおうって事だろ?」


 ヘルベルト・ギレは黙って立っている。


 「で、あれだ、この世界の新たなる秩序とかいって世界を牛耳る……」


 男の推測に、いよいよ渋い顔のヘルベルト・ギレ。


 「そんな困った顔すんなよーー老人!……まぁ同盟関係っていっても、お互い利用し合う関係、腹には一物も二物も持ってるのが当たり前だぁなーー……まぁ今回は”ぺないち”ってことで勘弁してやるよ」


 「ぺないち?」


 聞き慣れない言葉にギレが聞き返した。


 「ペナルティーいちだよ、ペナルティー!、勘弁してやるから、てめえんとこの皇帝に言って賠償金と技術供与のひとつふたつ寄越せってんだよ!じじい!」


 「……」


 戲万ざまの一方的な言い分に反論できずに黙りこむギレ。



 「あと、その男、穂山ほやま穂邑ほむらだったか、そいつは死刑な」


 「な!、話が違うわ、はがねは……」


 聞き捨てならない言葉に雅彌みやびが即座に反論した。


 「気が変わったんだよ、気が!人の女に色目使うようなガキは、目障りなんだよ!」


 戲万ざまはムクリと立ち上がると吾田あがた 真那まなに取り押さえられている俺を睨んだ。


 「や、めて!」


 黒髪の美少女がそう叫んだときには、ヒョロリとした中年は、その風貌からは想像も出来ない速度で、その場所に到達していた。


 「!」


 突然目の前に現れた中年に、呆気に取られる目付きの悪い少女。


 「邪魔なんだよ!」


 ーーバキィ!


 痩せぽっちの中年、九宝くほう 戲万ざまの雑な裏拳を受けて吹き飛ぶ吾田あがた 真那まな


「くっ!」


 俺は一瞬自由になった体で、その男に反撃を試みようとした。


 「足掻くな!雑魚!」


 バキィィ!


 ーードスッ!


 戲万ざまは、怒鳴りつけると、這いつくばる俺の顎を蹴り飛ばし、仰向けに倒れた俺の首の上を草履履きの脚で踏みつけていた。


 「がっ!く……」


 衝撃で割れて飛び散る俺の眼鏡。


 大地に転がる俺自身は、のど笛を粉砕するような理不尽な圧力に悲鳴が中断される!


 「…………」


 そして、その脚にジワリジワリと力を込めてゆく戲万ざま


 ーーニヤリ


 昆虫の手足を毟り取って弄ぶ童子のような、悪意のある無邪気さで俺を見下ろす中年の男。


 「や、やめて……お願い!」


 竜の美姫たる燐堂りんどう 雅彌みやびは、その誇りも、威厳も、微塵と感じることが出来ない必死の瞳で懇願していた。


 「……雅彌みやびよぉぉーーー、それだ!それが気に食わないんだよ、こんな雑魚に!」


 苛立たしげにそう言って、俺の首を踏みつける脚にいっそう力を込める戲万ざま


 くそ……なんなんだ……このおっさん……やりたい放題……やり……やがって……


 喉笛を踏みつけられ、微動だに出来ない俺は……全くの無力だ。


 これが……俺の七年間の結末なのか……こんなのが……



 ーードドーーーン!


 俺の心が限界を迎えようとしたとき、大地を揺らす轟音が響きわたる。


 ーーガコッ、ガコッ、ガラララーーーー!


 更にアスファルト製の地面に亀裂が入り、次いで勢いよく捲れ上がった。


 ーーガコーーーン!


 地下から無理矢理引き剥がされた地面、焦げたコールタールの異臭、そしてその亀裂から這い出す巨大な鉄柱!


 いや、一見、一本の鉄柱に見えた巨大なそれは、頂点に四本の鉤爪を掲げる蛇腹状の強大な鋼鉄の腕。


 天を支える柱のように、突然地面から生えた鋼鉄の腕は、見るからに強固な金属製であるにも関わらず、蛇腹状の特性を生かした柔軟な動きでアーチを描く!


 ーーガシィィィィーーン!


 そしてそのまま、アスファルトの大地に砂煙を巻き上げて、鋭利な鉤爪を突き立てた。


 ーーガコーーーン!

 ーーガシィィィィーーン!


 続いてもう一本の腕が出現したかと思うと同様の動作を繰り返す。


 ーーゴゴゴゴゴゴゴッ!


 文字通り地の底から響いてくるような重低音。


 そう、コレこそが本体、二本の巨大な腕を支点に、立った今開いた奈落からゆっくりとせり上がってくる鋼鉄の魔神!


 ーープシューーーーーシューーー !


 それは、内部の複数箇所から、空気圧をはき出す現代に蘇った神代の魔神。



 その表面は、深淵に潜む泥のように淀んだ鉛色。


 その風貌は、唯唯、貪欲な大食漢の魔王。


 首無しの鉄騎士、無骨なテッカイ


 殺戮の限りを体現するであろう両腕は、直立していても地面に到達するほど。


 鈍く光る強靱な四本の鉤爪を携え。


 胴体の前面を殆ど占める巨大な鉄の顎は、鋼の虎の所以である。



 「……なんだぁーーー?、こいつが例の鉄くずか?」


 背後に出現した巨大で強大な鋼鉄の魔神を見上げ、戲万ざまは、なんてことの無い感想を漏らした。


BTーRTー04べーテー・エルテー・フィーア)、鋼の虎シュタールティガー、通称ブリトラ」


 ヘルベルト・ギレは誰に言うでも無く呟いた。


 「し、少佐殿、これはいったい……どういう?」


 鋼鉄の魔神ブリトラと共に、地上に駆けつけたフォルカー・ハルトマイヤー大尉が、理解に苦しむ状況に、上官に問うた。


 彼の後ろには、部下のアーダルベルト・クラウゼン中尉も控える。


 「言わずもがな……だ、フォルカーくん、計画が九宝くほう 戲万ざま閣下に漏れていた……」


 上官のその言葉に、フォルカーの顔が強ばる。


 「では?……我々は?」


 今後の行動を問う部下に、ギレはどうしようも無いと落胆して首を左右に振った。



 「はがね!」


 非常階段から上ってきたであろう彩夏あやかが立ち尽くしていた。


 多分、彼女が地上に上って初めて見た光景が、痩せた柄の悪い中年に、足蹴にされる俺の姿。


 ーーザザッ!


 彩夏あやかは瞬時に駈けだしていた。


 同時に、その肌がほんのりと朱色に染まり、全身に梵字のような文字が浮かび上がる!


 「堕天だてん!」


 ガシィィィーー!


 有無を言わさぬ、鬼の姫神ひめがみ峰月ほうづき 彩夏あやかの伝家の宝刀が中年の男の側頭部を捕らえる!


 ダンッ!ダンッ!ダンッ!


 蹴り飛ばされ、ラグビーボールのように不規則な動きで、地面に何度も跳ねる中年の男。


 「はがね!無事?」


 直ぐに心配そうな顔で俺を助け起こす彩夏あやか


 「……」


 俺は無言で頷くのが精一杯だった。


 「は、がね……?」


 俺の様子に彩夏あやかが顔を曇らせた。



 「てめぇ、痛ぇじゃねえか……」


 「!」


 今さっき吹き飛ばされたばかりの男が、全くの無傷で彩夏あやかの背後に立っていた。


 「このっ!」


 慌てて回し蹴りを放つ鬼姫。


 ーーガシッ!


 ソレを片手で難なく受け止める中年の男。


 「なっ!」


 彩夏あやかは自身の必殺の一撃を、子供の悪戯を受け止めるが如く処理する男に、言葉を無くす。


 「んっ、んーーーーおめぇ見たことあんなーーあれか、鬼士きし族の峰月ほうづき 羅門らもんのガキのところの……孫娘か?」


 彩夏あやかの脚を掴んだまま、緊張感の無い言葉を発する九宝くほう 戲万ざま


 バキィィ!


 彩夏あやかは語りかける戲万ざまを無視して、もう一方の脚で顔面に蹴りを入れる。


 「てめぇ!」


 ブォォーンーードカァァァ!


 彩夏あやかの蹴りを受けても、さしたるダメージを受けたように見えない男は、片手で彩夏あやかの脚を持ち上げ、そのまま木刀を素振りするかの様に地面に叩きつけた。


 咄嗟に両手で自身の頭部をガードした彩夏あやかはその体制で尚も蹴り続ける。


 ーーガシィ!ガシィ!ガシィ!ガシィ!


 「しつけぇんだよ、女ぁーー!」


 何発もの蹴りを受けつつも、戲万ざまは掴んだ彼女の脚を振り回し、お返しとばかりに何度も何度も地面に叩きつけた。


 ドカァァァァ!、ガコォォォォ!!


 「ぐっ、くっ!」


 彩夏あやかの不安定な状態での片足蹴りと、戲万ざまが豪快に彩夏あやかを叩きつける攻撃が応酬されるが、それも少しの間であった。


 ドカァァァァ!、ガコォォォォ!!


 「ぐっ、くはっ!」

 

 ドカァァァァ!、ガコォォォォ!!


 「うっ……は…………」


 ドカァァァァ!、ガコォォォォ!!


 「…………」


 やがて防戦一方になった彩夏あやかは、蹴りを放つことは出来なくなり、頭部のガードさえままならなくなる。


 そして、ついには、ノーガードで、まるで芯の無い人形のようになすがままになった。


 「あ、彩夏あやか!」


 不味い!このままでは……化け物め!


 俺はそこで改めて現在の状況を把握した。


 考えてる暇なんか無い!


 ガシッ!


 俺は、ぼろ雑巾のように振り回されるポニーテールの少女に飛びついて抱きついた。


 「ふん!」


 が、戲万ざまの勢いは寸分も止まらず、俺の体ごと地面に叩きつける。


 ドカァァァァ!、ガコォォォォ!!


 「ぐあっ!」


 俺は自分の体をクッションにして、なんとか彩夏あやかを庇う。


 ドカァァァァ!、ガコォォォォ!!


 「がふっ!」


 「ちっ、めんどくせぇなぁ!」


 苛立たしげに戲万ざまが、二人になったそれを、三度みたび、振り上げた。


 ザシュッーーー!


 「ちっ!」


 突如襲った斬撃に、戲万ざまがその手を離す。


 ドシャッ!


 「…………うぅ」


 彩夏あやかを抱いた俺は、糸の切れたタコのように宙にさまようとそのまま地面に激突していた。


 「穂邑ほむら!無事か!」


 斬撃の主は、阿薙あなぎ 琉生るいであった。


 言葉を発することが難しい俺は、なんとか彼の方に親指を立てて無事?を意思表示する。


 「……悪い、少し遅れた」


 到着が遅れたことを詫びる琉生るい


 俺は首を振ると助かったと微笑み、自身が庇ったポニーテールの少女を見る。


 「だ……大丈夫よ、……は、はがね……ごめんね……」


 自分のために傷ついた俺に謝罪する彩夏あやか


 「鬼の姫神ひめがみの次は……悪路王あくろおうか?……」


 戲万ざまは面倒くさそうに、目の前で手刀を構える長身の男を見る。



 「……で、黄金竜姫おうごんりゅうき


 そう言葉を続けて雅彌みやびの方を振り返った。


 「!」


 俺は言葉を失う、いつの間にか戲万ざまの背中に無数の傷跡、そしてそれを、その攻撃を行使したであろう竜の美姫。


 「てめぇ、どういうつもりだ……ほんと勘弁しろよ、雅彌みやびちゃんョオーー!」


 半分は巫山戯て半分は怒りで、その男は雅彌みやびを睨み付ける。


 驚異的なのは、竜の姫神ひめがみ燐堂りんどう 雅彌みやび竜爪りゅうそうを受け続けても、俺を振り回していたことだ。


 「……はがねは助ける約束よ……はがねは許して……」


 攻撃するという手段とは裏腹に、その相手に懇願する雅彌みやび


 戲万ざまは心底呆れたように両手を挙げた。


 「雅彌みやびよーー、おまえに今日まで指一本触れなかったのは、その能力、黄金竜の能力だけじゃないんだぜ」


 戲万ざまは態とらしく情けない顔を作って黒髪の美少女に話しかける。


 「百年以上生きてきてもお目にかかれなかった黄金竜、だが、それ以上にてめぇは気高い、他のどんな女よりもな……加えてその器量だ、流石の俺っちも我慢もしようもんだぜ!」


 大げさなリアクションで天を仰ぎ叫ぶ戲万ざま


 「だが、どうだ、楽しみに取っておいた女の、この今日の変わり様は?」


 一転、雅彌みやびに視線を戻し、それを見下ろす。


 「なさけねぇなぁーー、情けねぇ、それじゃあ、そこら辺の女となんらかわらねぇ」


 不安げな表情の黒髪の美少女を嬲るように責める男。


 ーー


 「……はがねがうらやましい……の間違いじゃな……いの?……戲万ざまじいさん」


 俺の腕の中でグッタリしながらも、彩夏あやかが割り込んでいた。


 「……」


 戲万ざまは、第三者の突然の介入、それも彼への皮肉に、ものすごく変な顔をした。


 「ちなみに……私のことはうらやましいでしょう?……雅彌みやびちゃん?」


 そうして今度は、バテバテの視線で挑発的に雅彌みやびを見る彩夏あやか


 「……」


 雅彌みやびは、戲万ざまに向けていた不安げな瞳から、一転、俺の腕の中で息も絶え絶えなポニーテールの少女を無言で睨んだ。


 「ちっ!……まぁその器量は変わらねぇしな、今日にでも頂いちまうか?」


 拍子抜けだと言わんばかりの表情の男。


 その男の言葉に、黒髪の美少女、燐堂りんどう 雅彌みやびがビクリと体を硬直させた。


 駄目だ……やっぱり考えるのはずっと後だ!


 みやの事も、俺の事も……


 俺は……その為にここまで辿り着いたんだから……



 「彩夏あやか……俺、震えてるだろ、こんな土壇場で、情けない限りだ……でも」


 俺の腕の中にいるポニーテールの少女に俺は語りかける。


 俺のせいで、俺に関わったせいで、こんなにも傷だらけになった少女に。


 彩夏あやかは俺を見上げた。


 「馬鹿ね……いいこと、百戦錬磨の彩夏あやかおねえさんが教えてあ・げ・る」


 彩夏あやかは悪戯っぽく妖艶な口元を上げて言った。


 「それはね、はがね、武者震いっていうのよ」


 「!」

 

 それは……嘘、それは嘘だ。


 いきなりの九宝くほう 戲万ざま、心の準備が十分でない状態でとんでもない化け物を前にしてビビリまくっている……偉そうなことを言っていても、決意を持っているつもりでも、土壇場で震える俺に、俺の背中を押すための厳しくて、やさしいうそ……



 その言葉に、不覚にも俺は、目の前が滲んでいた。


 そうだ!俺は大事な人を救わなければならない……相手が何で在れ、燐堂りんどう 雅彌みやびを!



 「彩夏あやか……わるいな」


 彼女を抱きかかえていた腕の力を緩め、俺はそのポニーテールの少女をそっと地面に下ろした。


 「全然!」


 そう答えると、彩夏あやかは両腕でギュッと俺を抱きしめた。


 「!」


 「ここは決めるところよ!」


 半死の状態でも、峰月ほうづき 彩夏あやかはやわらかい笑みを浮かべる。


 そして自分を下ろして立ち上がった俺をピースサインで見送ってくれた。



 「……なんだぁーーーてめぇ、まさかとは思うが……身の程を弁えろよ……流石に」


 九宝くほう 戲万ざまは俺の方を見て、面倒くさそうに吐き捨てる。


 立ち上がり、再び白銀の武装兵器を構える俺。


 その隻眼の瞳には、もう迷いは無い。


 少なくとも、今、この瞬間だけは……俺のやるべき事はシンプルだ。


 中年の男は馬鹿馬鹿しいとばかりに頭を掻きむしって背を向けた。


 「おまえは何も分かってないな、九宝くほう 戲万ざま……」


 やる気の無い中年の男の背に向けて……いや、俺の事を正視出来ない、優しい幼なじみに向けて言葉を放つ!


 「みやは……雅彌みやびは、気高い、でも、同じ人を率いる立場であっても、決しておまえみたいな冷たい心じゃない、だから、だからみやの心はいつもその責任と、重圧と……そして優しさで苦しんでいるんだ」


 そうだ、俺はもう二度と揺るがない!彼女に対する想い、燐堂りんどう 雅彌みやびに対する想いはあの時から、一ミリも変わらないのだから!


 「……」


 無言の戲万ざま、背中越しでその表情は覗えない。


 「はがね……」


 俺の言葉に、うなだれていた雅彌みやびが顔を上げた。


 俺はそんな彼女にニッコリと微笑む。


 「俺は、そんなみやだから、人がついてくると思ってる、そう確信しているから……だから、俺みたいな半端者でも、無能力者でも、彼女の為に何かしたいと、何が出来るかと思うんだ……わかるか?おっさん、雅彌みやびの一番の魅力はそこなんだよ!」



 「……こうくん」


 雅彌みやびはその美しい濡れ羽色の瞳を揺らせていた。


 彼女の濡れ羽色の瞳は、自身の前に立つ、幼なじみで、既に竜士族で無い、自身が追放した、でも、こんな時に、多分、こんな、彼女が一番居て欲しいと思う時に、その脅威から彼女を守るように立つ、頼りない隻眼の少年を見ていたことだろう。



 ああ、俺は満たされている……


 俺の一番したいこと、燐堂りんどう 雅彌みやびを護ること……


 だから……だから後は……覚悟を決めて完遂するだけ!


 「みや、俺は今から成すべき事を成してみせる、必ずだ!でもそれは決してみやの為に犠牲になるんじゃ無い、それが俺の一番したいことなんだ!」


 俺はそう言って、両腕に装着した白銀の武装兵器を構えていた。


 第十九話「戲万ざまⅠ」END

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