第19話「戲万Ⅰ」
第十九話「
ーー俺の頭の中は、混乱で真っ白になっていた。
……どうしてこうなったのか?何がどうなっているのか?
訳が分からず、まとまらない考えがぐるぐる回る。
「
打倒、
そのターゲットがいきなり目の前にいる……
俺が
いや、そんなはずは無い!
「……」
当の
それでも、その男の、
その先のゴールの見えない時間……それが、俺にとっての人生の目的そのものだった。
……それが
くそ!あるはずない、そんなこと!
混乱する俺は、彼女の両肩を掴み、乱暴に問い糾していた。
「どういう事なんだ!
「……っ」
「黙ってちゃ解らないだろ!
伏し目がちの少女を容赦なく揺さぶる俺!
俺は裏切られたのか?
いや、俺が勝手にしたことだ、彼女を助けるために、一度死んだことも、何年かけても
だけど……それでも……
彼女には、
俺のした事が、しようとしている事が……俺と
なのに……それを邪魔するのか?
「ガタガタうるせー!しゃらくせーんだよ、ガキ!」
「ま、
あわてて
ーードサッ!
「ぐっ!」
主の指示を受けて、目付きの悪い少女、
「ぐっ……くそ!」
後ろ手に倒され、片腕を極められ、顔をアスファルトに押しつけられる俺。
その光景を確認した痩せた男、
くそ……情けない……訳のわからない状況に、喚くことしか出来ず、挙げ句、護るべき相手の従者に組み伏されて這いつくばる……
そろそろ日が傾き始めた時間帯、まだ熱の残るアスファルトの乾いた臭いを嗅ぎながら俺は屈辱に塗れていた。
「
面白くなさそうにそう言うと右手の人差し指で耳をほじくる男。
「約束は約束よ、これで
ほんと情けない……
護るべき相手にあんな……
俺は結局、それほど信用されていなかったのか……そんなこと出来るわけ無いって。
半端で無力な少年……それはどこまで行っても、
「……まあなーー、
「ああ、あれだ!ファンデンベルグは上級士族の殲滅ってヤツをして、この世からファンデンベルグ人以外の士族を無くしちまおうって事だろ?」
ヘルベルト・ギレは黙って立っている。
「で、あれだ、この世界の新たなる秩序とかいって世界を牛耳る……」
男の推測に、いよいよ渋い顔のヘルベルト・ギレ。
「そんな困った顔すんなよーー老人!……まぁ同盟関係っていっても、お互い利用し合う関係、腹には一物も二物も持ってるのが当たり前だぁなーー……まぁ今回は”ぺないち”ってことで勘弁してやるよ」
「ぺないち?」
聞き慣れない言葉にギレが聞き返した。
「ペナルティーいちだよ、ペナルティー!、勘弁してやるから、てめえんとこの皇帝に言って賠償金と技術供与のひとつふたつ寄越せってんだよ!じじい!」
「……」
「あと、その男、
「な!、話が違うわ、
聞き捨てならない言葉に
「気が変わったんだよ、気が!人の女に色目使うようなガキは、目障りなんだよ!」
「や、めて!」
黒髪の美少女がそう叫んだときには、ヒョロリとした中年は、その風貌からは想像も出来ない速度で、その場所に到達していた。
「!」
突然目の前に現れた中年に、呆気に取られる目付きの悪い少女。
「邪魔なんだよ!」
ーーバキィ!
痩せぽっちの中年、
「くっ!」
俺は一瞬自由になった体で、その男に反撃を試みようとした。
「足掻くな!雑魚!」
バキィィ!
ーードスッ!
「がっ!く……」
衝撃で割れて飛び散る俺の眼鏡。
大地に転がる俺自身は、のど笛を粉砕するような理不尽な圧力に悲鳴が中断される!
「…………」
そして、その脚にジワリジワリと力を込めてゆく
ーーニヤリ
昆虫の手足を毟り取って弄ぶ童子のような、悪意のある無邪気さで俺を見下ろす中年の男。
「や、やめて……お願い!」
竜の美姫たる
「……
苛立たしげにそう言って、俺の首を踏みつける脚にいっそう力を込める
くそ……なんなんだ……このおっさん……やりたい放題……やり……やがって……
喉笛を踏みつけられ、微動だに出来ない俺は……全くの無力だ。
これが……俺の七年間の結末なのか……こんなのが……
ーードドーーーン!
俺の心が限界を迎えようとしたとき、大地を揺らす轟音が響きわたる。
ーーガコッ、ガコッ、ガラララーーーー!
更にアスファルト製の地面に亀裂が入り、次いで勢いよく捲れ上がった。
ーーガコーーーン!
地下から無理矢理引き剥がされた地面、焦げたコールタールの異臭、そしてその亀裂から這い出す巨大な鉄柱!
いや、一見、一本の鉄柱に見えた巨大なそれは、頂点に四本の鉤爪を掲げる蛇腹状の強大な鋼鉄の腕。
天を支える柱のように、突然地面から生えた鋼鉄の腕は、見るからに強固な金属製であるにも関わらず、蛇腹状の特性を生かした柔軟な動きでアーチを描く!
ーーガシィィィィーーン!
そしてそのまま、アスファルトの大地に砂煙を巻き上げて、鋭利な鉤爪を突き立てた。
ーーガコーーーン!
ーーガシィィィィーーン!
続いてもう一本の腕が出現したかと思うと同様の動作を繰り返す。
ーーゴゴゴゴゴゴゴッ!
文字通り地の底から響いてくるような重低音。
そう、コレこそが本体、二本の巨大な腕を支点に、立った今開いた奈落からゆっくりとせり上がってくる鋼鉄の魔神!
ーープシューーーーーシューーー !
それは、内部の複数箇所から、空気圧をはき出す現代に蘇った神代の魔神。
その表面は、深淵に潜む泥のように淀んだ鉛色。
その風貌は、唯唯、貪欲な大食漢の魔王。
首無しの鉄騎士、無骨な
殺戮の限りを体現するであろう両腕は、直立していても地面に到達するほど。
鈍く光る強靱な四本の鉤爪を携え。
胴体の前面を殆ど占める巨大な鉄の顎は、鋼の虎の所以である。
「……なんだぁーーー?、こいつが例の鉄くずか?」
背後に出現した巨大で強大な鋼鉄の魔神を見上げ、
「
ヘルベルト・ギレは誰に言うでも無く呟いた。
「し、少佐殿、これはいったい……どういう?」
鋼鉄の魔神ブリトラと共に、地上に駆けつけたフォルカー・ハルトマイヤー大尉が、理解に苦しむ状況に、上官に問うた。
彼の後ろには、部下のアーダルベルト・クラウゼン中尉も控える。
「言わずもがな……だ、フォルカーくん、計画が
上官のその言葉に、フォルカーの顔が強ばる。
「では?……我々は?」
今後の行動を問う部下に、ギレはどうしようも無いと落胆して首を左右に振った。
「
非常階段から上ってきたであろう
多分、彼女が地上に上って初めて見た光景が、痩せた柄の悪い中年に、足蹴にされる俺の姿。
ーーザザッ!
同時に、その肌がほんのりと朱色に染まり、全身に梵字のような文字が浮かび上がる!
「
ガシィィィーー!
有無を言わさぬ、鬼の
ダンッ!ダンッ!ダンッ!
蹴り飛ばされ、ラグビーボールのように不規則な動きで、地面に何度も跳ねる中年の男。
「
直ぐに心配そうな顔で俺を助け起こす
「……」
俺は無言で頷くのが精一杯だった。
「は、がね……?」
俺の様子に
「てめぇ、痛ぇじゃねえか……」
「!」
今さっき吹き飛ばされたばかりの男が、全くの無傷で
「このっ!」
慌てて回し蹴りを放つ鬼姫。
ーーガシッ!
ソレを片手で難なく受け止める中年の男。
「なっ!」
「んっ、んーーーーおめぇ見たことあんなーーあれか、
バキィィ!
「てめぇ!」
ブォォーンーードカァァァ!
咄嗟に両手で自身の頭部をガードした
ーーガシィ!ガシィ!ガシィ!ガシィ!
「しつけぇんだよ、女ぁーー!」
何発もの蹴りを受けつつも、
ドカァァァァ!、ガコォォォォ!!
「ぐっ、くっ!」
ドカァァァァ!、ガコォォォォ!!
「ぐっ、くはっ!」
ドカァァァァ!、ガコォォォォ!!
「うっ……は…………」
ドカァァァァ!、ガコォォォォ!!
「…………」
やがて防戦一方になった
そして、ついには、ノーガードで、まるで芯の無い人形のようになすがままになった。
「あ、
不味い!このままでは……化け物め!
俺はそこで改めて現在の状況を把握した。
考えてる暇なんか無い!
ガシッ!
俺は、ぼろ雑巾のように振り回されるポニーテールの少女に飛びついて抱きついた。
「ふん!」
が、
ドカァァァァ!、ガコォォォォ!!
「ぐあっ!」
俺は自分の体をクッションにして、なんとか
ドカァァァァ!、ガコォォォォ!!
「がふっ!」
「ちっ、めんどくせぇなぁ!」
苛立たしげに
ザシュッーーー!
「ちっ!」
突如襲った斬撃に、
ドシャッ!
「…………うぅ」
「
斬撃の主は、
言葉を発することが難しい俺は、なんとか彼の方に親指を立てて無事?を意思表示する。
「……悪い、少し遅れた」
到着が遅れたことを詫びる
俺は首を振ると助かったと微笑み、自身が庇ったポニーテールの少女を見る。
「だ……大丈夫よ、……は、
自分のために傷ついた俺に謝罪する
「鬼の
「……で、
そう言葉を続けて
「!」
俺は言葉を失う、いつの間にか
「てめぇ、どういうつもりだ……ほんと勘弁しろよ、
半分は巫山戯て半分は怒りで、その男は
驚異的なのは、竜の
「……
攻撃するという手段とは裏腹に、その相手に懇願する
「
「百年以上生きてきてもお目にかかれなかった黄金竜、だが、それ以上にてめぇは気高い、他のどんな女よりもな……加えてその器量だ、流石の俺っちも我慢もしようもんだぜ!」
大げさなリアクションで天を仰ぎ叫ぶ
「だが、どうだ、楽しみに取っておいた女の、この今日の変わり様は?」
一転、
「なさけねぇなぁーー、情けねぇ、それじゃあ、そこら辺の女となんらかわらねぇ」
不安げな表情の黒髪の美少女を嬲るように責める男。
ーー
「……
俺の腕の中でグッタリしながらも、
「……」
「ちなみに……私のことはうらやましいでしょう?……
そうして今度は、バテバテの視線で挑発的に
「……」
「ちっ!……まぁその器量は変わらねぇしな、今日にでも頂いちまうか?」
拍子抜けだと言わんばかりの表情の男。
その男の言葉に、黒髪の美少女、
駄目だ……やっぱり考えるのはずっと後だ!
俺は……その為にここまで辿り着いたんだから……
「
俺の腕の中にいるポニーテールの少女に俺は語りかける。
俺のせいで、俺に関わったせいで、こんなにも傷だらけになった少女に。
「馬鹿ね……いいこと、百戦錬磨の
「それはね、
「!」
それは……嘘、それは嘘だ。
いきなりの
その言葉に、不覚にも俺は、目の前が滲んでいた。
そうだ!俺は大事な人を救わなければならない……相手が何で在れ、
「
彼女を抱きかかえていた腕の力を緩め、俺はそのポニーテールの少女をそっと地面に下ろした。
「全然!」
そう答えると、
「!」
「ここは決めるところよ!」
半死の状態でも、
そして自分を下ろして立ち上がった俺をピースサインで見送ってくれた。
「……なんだぁーーーてめぇ、まさかとは思うが……身の程を弁えろよ……流石に」
立ち上がり、再び白銀の武装兵器を構える俺。
その隻眼の瞳には、もう迷いは無い。
少なくとも、今、この瞬間だけは……俺のやるべき事はシンプルだ。
中年の男は馬鹿馬鹿しいとばかりに頭を掻きむしって背を向けた。
「おまえは何も分かってないな、
やる気の無い中年の男の背に向けて……いや、俺の事を正視出来ない、優しい幼なじみに向けて言葉を放つ!
「
そうだ、俺はもう二度と揺るがない!彼女に対する想い、
「……」
無言の
「
俺の言葉に、うなだれていた
俺はそんな彼女にニッコリと微笑む。
「俺は、そんな
「……
彼女の濡れ羽色の瞳は、自身の前に立つ、幼なじみで、既に竜士族で無い、自身が追放した、でも、こんな時に、多分、こんな、彼女が一番居て欲しいと思う時に、その脅威から彼女を守るように立つ、頼りない隻眼の少年を見ていたことだろう。
ああ、俺は満たされている……
俺の一番したいこと、
だから……だから後は……覚悟を決めて完遂するだけ!
「
俺はそう言って、両腕に装着した白銀の武装兵器を構えていた。
第十九話「
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