第20話「焔鋼籠手(フランメシュタル)」
第二十話「
「だーーーーかーーーーーらーーーーーー!」
突然大声を張り上げ、良い雰囲気をぶちこわす
「この場に居る誰よりも弱いヤツがなに吠えてんだっての!」
「……」
俺にとってそんなことは日常茶飯事だった、いまさら、そんなことに揺らぐような心は持ち合わせていないんだよ!
「頼む!
そして、今の今まで、俺の出方を待っていてくれた友にそう声をかけた。
「!正気か?てめー、相手わかってんのか?」
恐怖のあまりか、混乱の極致か、とにかく俺が意味の分からないことを叫んでいると、そう認識して、俺を見下した顔で
「承知!」
だが、友は。
「な、なに!」
「なんだ?あ、
いきなり矛先を向けられ慌てたのはファンデンベルグの兵達だ。
「!?」
ヘルベルト・ギレも呆気にとられて指示を出せない。
「防衛だ!攻撃には無条件で対処する!」
アハト・デア・ゾーリンゲンのフォルカー・ハルトマイヤー大尉がそう号令をかけた。
走りながら
「凶刃の
無口な彼には珍しく、雄叫びを上げていた。
ザシュッ!
「ぎゃっ!」
シュバッ!
「ぐはっ!」
行く手を遮る兵士達を宣言通り両断し、斬り伏せる。
そして
「ちっ!」
フォルカーとクラウゼンがそれを阻止しようと動こうとする。
「フォルカーくん!良い!動くな!」
ヘルベルト・ギレの命令が響く。
「!」
呆気に取られ止まる二人の軍人、そしてその間を疾風の如き早さで駆け抜ける、
ーーズドォォォォーーン!
その一撃に大地は揺れた。
鋼鉄の魔神ブリトラ、それから生える二本の頑強な腕が、その巨大な凶器が連動し、交互あるいは同時に、
「少佐殿!」
納得のいかないフォルカーにギレはニヤリと笑う。
「我らの計画は破綻した、ならせめて、この魔神の……ブリトラの実証実験を完了させるべきでは無いか!」
「……」
フォルカーは無言で上官を睨んでいた。
やはり、この二人は根本的な価値観が相容れないのだろう。
ーーズドォォォォーーン!
ーーガシィィィーーーン!
ーーダッダッダッダッ!
「壱の太刀、
ーーズバァァァァーーーー!
グラリと揺れる魔神の巨体!
「弐の太刀、
間髪入れずに、今度は光の右上腕を水平に斬りつける。
ーーズバァァァァーーーー!
「ぐっ!」
先程フォルカーとの戦いで痛めた右手も顧みず、全力で白刃を振るう
鋼鉄の魔神ブリトラは、グラグラとブレながらも、両腕を振り回して自身に纏わり付く小賢しい敵を払いのけようとしていた。
ーーブォォーーン!
ーーガシィィィ
「!」
目の前で無防備なボディを晒す魔神!
絶好の好機に、至近距離で
ーーメキメキ!
金属が引きちぎられる、耳をつんざく不快な音。
ガキャキャリキャリィィィィ!
無骨な鉄塊の正面、淀んだ鉛色のボディが大きく引き裂かれていく!
いや、裂けたように、そこに開いたのは……
巨大な胴体の半分を占めるような
ーー貪欲な大食漢の魔王。
ブリトラのボディに大きく開いた鋼鉄の顎はまさにそのものだった。
「くっ!」
ーーガンッ!
ーーヴィィィィィィィィーーーーー!
鋼鉄の顎を大きく裂いたまま、体躯から虫の羽音のような音を出して、振動させる魔神。
ブリトラの攻撃はまだ終わっていなかった。
「
鋼鉄の魔神にぶら下がる
「!」
鉄塊の体に、即座に蹴りを入れて飛び退く
「ぐ、おぉぉーー」
しかし、それは僅かに遅かった、ブリトラの破壊の波動を半ば喰らった体は、空中でバランスを崩して地面に落下する。
ーーズシャァァーー!
「る、
ブリトラの足下まで迫っていた俺は、反対側に落下した
「……つ、続けろ!
地面に蹲りながらも彼は俺に促す。
「……」
無言で頷いた俺は、正面に聳える鋼鉄の魔神に改めて向き直り、白銀に輝く両手の武装兵器を天に掲げた。
腕の武装兵器の突起部分、レンズのような装置が天空に向け、一瞬だけキラリと光を放つ。
「零式サテライトレーザー”
その光に呼応するかのように、天空に明けの明星の如き輝きが瞬いた。
そこから地上にまで、巨大な定規を当てたかのように綺麗に走る一筋の光線!
ーーシュドーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
辺り一面が一瞬、目も眩むような明るさに照らされる。
その様子を一部始終観察していた、老人が、面白くなさそうに呟いていた。
「いつぞやの衛星兵器か、高出力レーザー、しかしそんな未完成な命中精度の……いや、もし当たったとしても、
夕暮れ時にさしかかろうかという空。
少し薄暗くなりつつある空を、束の間だけ白く包んだ光は、やがて収束していく。
ーー
ヘルベルト・ギレの予測通り、そこには何の変わりもなく聳え立つ鋼鉄の魔神……そして両腕の武装兵器を天に掲げたままの俺、
「な!……なんだと!」
期待外れとばかりに呆れていたはずの老人の口から今度は驚愕の声が漏れていた。
そこには白銀の武装兵器を掲げる俺。
しかしその白銀の兵器は、パリパリと白い光を放電し、目映い白色に輝く。
「レ、レーザー兵器のエネルギーを取り込んだのか……しかし、それはあまりにも無謀な……」
天才のヘルベルト・ギレには理解できないだろう。
凡庸なる人間は、そこに届くように必死で手を伸ばし、足りない部分は……
「無茶で埋めるんだよ!」
俺は、目映く白光し、雷電を纏う武装兵器と化した右腕の武装兵器を振り上げた。
ーヴゥゥーーーン!
ーヴゥゥーーーン!
ーヴゥゥーーーン!
ーヴゥゥーーーン!
ーヴゥゥーーーン!
瞬時に俺と鋼鉄の魔神の間に発現する青い光のサークル!
しかしそれは驚くべき事に五層に重なる
「三式百五十番”
ズドォォォォォォォォォオオオオオオーーーーーーーーーーーーン!
天地を揺るがすほどの突貫打撃!
雷電の力を得た、改良されし破壊の楔が分厚い装甲に挑む。
天に聳える鋼鉄の魔神の巨体が衝撃でグラグラと大きく揺らいだ。
「ブッブリトラ!」
思わず口に出たのだろう、ギレはその名を叫んでいた!
「まだまだーーー!」
ーヴゥゥーーーン!
ーヴゥゥーーーン!
ーヴゥゥーーーン!
ーヴゥゥーーーン!
ーヴゥゥーーーン!
更に出現する五重に輝く青円光のサークル!
「三式百五十番”
ズドォォォォォォォォォオオオオオオーーーーーーーーーーーーン!
間髪入れず打ち込まれるトドメの左腕の追撃!
ガガガガーーーードドーーーーーーン!
凄まじい砂煙を上げ、もんどり打って倒れる鋼鉄の魔神の姿がそこにあった。
「どうだ!!」
俺は崩れ落ちる鉄塊を見ていた。
プシューーーー!ガシャッガシャッ!
そして俺の両腕の武装兵器からは、勢いよく蒸気のようなものと長方形のカードリッジが飛び出していた。
乾いた音と共に地面に落ちるカードリッジ。
落下の衝撃で、パラパラと複数個の使用済みの
「そ……それが……君の切り札か……
少しだけ
「……本来DEW(ダイレクテッド・エネルギー・ウェポン)という兵器の利点はその指向性と高速性、だが君のあの衛星兵器は命中精度に難がある……小型かつ、高エネルギーを取得するために、かなり特殊な媒体をエネルギー源を利用している代価だろう……たとえば」
一、二度見ただけで、ほんと、やなジジイだな……
俺は無言でかつての師と目を合わせている。
「君のお得意である
「……」
勿論、俺は答えない。
「ふん、図星か……
そうだ……だからこそ、俺は……。
「だからこそ君は、目標を敵ではなく自身の装備する兵器に定めた……もともと
そうだ。電波誘導、GPS、その他複合的に誘導し、最終的には、
俺の表情から答え合わせの要領を得たのだろう、しわくちゃの顔にさらに皺を増やし、笑う老人。
「しかし、高出力レーザーの熱量は、その武装兵器には負荷が高すぎよう、オーバーヒート覚悟での改良技か……それはあまりにも無謀な計画ではないか?兵器への負担も、成功確率も……結果的にはとても理論的とは言えぬ」
あのときと同じように、俺の方法を否定するかつての師。
「そして何よりも重要な事は……それでもブリトラには……我が魔神には……」
ヘルベルト・ギレは、寧ろ残念そうに首を左右に振り、俺の行動に低評価を下したようだ。
ーーギ、ギィィィーーーーーーー!
老人の言葉を証明するかのように、ゆっくりと立ち上がってくる、巨大で無骨な鉄塊。
ガガガガガーーーーーーーー
やがて、完全に直立した鋼鉄の魔神には、目に付くような破損は一切無かった。
「ぎゃははははぁぁーーーーーはぁーーーーーあぁ!」
突如、柄の悪い中年の男が、品の無い大笑いの声を辺り一面に響かせた。
「てめぇ、何がやりたいんだ?あ?戦う相手を間違えて、その上、その鉄くずには全く歯が立たない……哀れすぎんぞ!無能者!」
俺を指さして、あからさまに馬鹿にする
「……」
だが、俺はそんな状況にも全く動じること無く、かつての師、ヘルベルト・ギレを見据えていた。
「ドクトーレ・ギレ、前に俺は言いましたよね、
「?」
いまさら何をと、ヘルベルト・ギレは俺の顔をマジマジと見る。
「今のナンバリングは、
俺は、あざ笑う
「ふん、そうなっても直ぐに再起動する、問題ない」
俺の言葉に反論するギレ。
「そうですね、起動用のシステムデータを読み込み直すんですよドクトーレ、惰弱なシステムでは、それしか対処方法が無かった……ナンバリングが上がってもその欠陥は同様みたいですね……俺が研究室に居たときの、俺が組んだシステムのまんまだ」
「何が言いたいのだ……君は?」
ヘルベルト・ギレはいい加減、苛立たしげに声を荒げる。
「起動時のシステムは、この怪物のコアそのモノだ、例えば、それを変更されていたら……」
そう言って俺はUSBメモリーをギレの前にちらつかせた。
ーー!?
俺の不穏な言葉にギレ老人の顔が強ばった。
「!、何だと、君は……」
「はい、ドクトーレ、仕込みました、先程」
かつての師に悪びれることも無く、堂々と言ってのける俺。
「……いつからだ、いつからそれを!」
ギレはというと、手のひらで転がしていたはずのかつての弟子に翻弄されまくっていた。
「ああ、仕込んだのではなくて、計画ですか?」
俺はわざとらしく聞き直すとニヤリと口元を緩める。
「最初からですよ、七年前、あなたにこの研究を任されてからずっと……システムを乗っ取る計画でした、そのための欠陥システムなんです、でも、喜んでください、この、
そう言って俺は、老人と俺の眼前、そこにそびえ立つ、鋼鉄の魔神を指さした。
ーーヴヴヴゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーン
俺の言葉と同時に、聳え立つ鋼鉄の魔神、ブリトラが激しく振動し始めた。
”共振破壊”の振動とは異なる状態……
創造主たる天才ヘルベルト・ギレも見たことの無い状態だろう。
「な、何だと!」
そう、魔神の生みの親、創造主、その老人の目前で、突如目映い光を放ち、姿を変えゆく鋼鉄の魔神。
そして、自らが長年の研究の末、創造した怪物が生まれ変わる様を……
ただ……ただ目を見開いて呆然と見過ごすことしか出来ない老人。
「これは……夢?、どんな悪夢なのか……?」
ヘルベルト・ギレは窪んだ目を見開いて呟いていた。
無骨な鉄塊、鋼鉄の魔神、ブリトラ。
鉛色の表面がジワリと滲んだように揺らいだかと想うと、それは徐々に目映い光に包まれていく。
白く
「白銀の……魔神……?」
そう呟いたのは誰だったろうか……
まさしく鋼鉄の魔神ブリトラは、白銀の魔神に姿を変えていた。
それはまるで、俺の……
「いいえ、ドクトーレ、紛れもない現実です……俺にとっては待ち望んだ、夢にまで待ち望んだ
俺は生まれ変わった、
「
「め、滅茶苦茶するわね……
傷だらけでへたり込んだままの
「……」
同様に傷だらけで座る
「……
そして、ヘルベルト・ギレが愕然とした表情のままで、目の前の弟子に問うた。
「はい、これが俺の考案した武装兵器の完成形です」
「きみは……あまりにも……」
あまりにもの続きが出てこない老人。
予想の範疇を超えるまさかの展開に、言葉が続かない、世紀の天才、ヘルベルト・ギレ。
「……ドクトーレ、俺は取るに足らない凡人です、
俺は今まで持ち続けていた胸中を師に告白する。
隻眼の
子供の頃から言われなれた嘲笑、”半端者”
それは俺自身が一番俺に向けて発していた言葉だ。
「
ああ、
違うんだ
俺は心配そうな竜の姫に大丈夫だと目配せしてから、再び師に言葉を続けた。
「そんな俺が事を為すにはどうするか?答えは簡単です。借りてくれば良いんですよ、天才のあなたが創り上げるであろう怪物を、俺自身のちっぽけな能力で対応する必要は無い、それだけのことを考え、準備し、行動したのです……どうです、理にかなっているでしょう」
「……ひとつ……ひとつだけ聞きたい……この、この君の兵器の名は……」
ヘルベルト・ギレは少しばかりの沈黙の後、驚くほど冷静な声でそう問いかけてきた。
”君の兵器”……
ヘルベルト・ギレのその言葉が俺の中で反芻される。
ああ、そうだ、これはもはや俺の兵器だ、俺が七年の歳月を経て手に入れた最強の武器。
意外な人物からの言葉、師からの言葉……俺の心に、暖かいものが溢れていた。
いや、まだだ、こんな事で毒気を抜かれては……俺はまだ、まだ何も成してない!何者にもなっていないのだから!
そして気を取り直した俺は不敵に笑うと、こう応えるのだった。
「……
第二十話「
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