第17話「決戦Ⅲ」
第十七話「決戦Ⅲ」
「大丈夫か、
そう言うと俺に飛びかかろうとしていた兵士を手刀で切り倒す。
「ああ、なんとかな」
応えると俺は頭上に聳える鋼鉄の魔神、ブリトラを見上げた。
「なんとかあれにもう一度上って、作業を完了しないと」
十メートル近くある鋼鉄の魔神、俺はそれに取り付く隙をうかがっていた。
「分かった、何とかしよう……
俺の言葉にそう応えた
俺の壁になり、敵を引きつける
「わるい、
そして、そう言うが早いか、俺は巨大な鉄塊をよじ登り始めたのだった。
「!」
途端、異変を感じたアハト・デア・ゾーリンゲンの兵士達が一斉に、
ザシュ!
ザシュ!
しかし、それを許さない男がいる!
次々と襲い掛かろうとする兵士達を一刀のもとに斬り伏せる
「ちっ!こいつからだ、
兵士の一人がそう叫ぶと、何人もの歴戦の兵が銃をナイフを手に四方八方から飛びかかった。
「それはこっちにとって好都合だ……」
呟いた
みるみる彼の肌は青みがかった色に変わり、体中に黒い梵字のような模様が浮かび上がった。
ガシューーー!
ザシューーー!
シュバーーー!
銃弾を躱し、切り落とし、白刃を打ち払い、へし折る。
敵が何人いようと関係ない、彼の両の
「あ、
兵士の一人がそう呟いて距離を取る。
「
口々に叫ばれる
兵士達は一斉に距離を取ると、その驚異の相手を再確認していた。
ファンデンベルグの兵士達は
東洋の
兵士達はその男を……東方の島国に伝わる伝説に因んで、“
「良くない流れでは無いか……」
混乱の現場から一歩距離を置いて、後方で状況を見守る老人はそう呟いて顔を顰める。
ヘルベルト・ギレ、老人は部下のハラルド・ヴィスト准尉にブリトラの起動を指示すると、そのまま戦場の指揮官に声を荒げる。
「フォルカー大尉!援軍はどうした、まだ来ぬのか!」
フォルカーは、鬼の姫と戦闘まっただ中であったが、上官の怒声に一旦距離を置き、彼には珍しく、感情露わに忌々しげに答えた。
「まもなく到着すると思います!、しばし……」
「援軍は来ないわ!」
フォルカー・ハルトマイヤーの声を打ち消すように、少女の声が被せられた。
ーー!?
聞き覚えのある声……いや、俺には決して聞き間違うことなど無い声……。
登り終えた鋼鉄の魔神の上から、俺は我が目を疑った。
艶のある美しく長い黒髪、透き通った透明感のある肌と整った輪郭、可憐で気品のある桜色の唇、高貴さと清楚さを兼ね備えた比類ない容姿の少女。
そして、その美貌の極めつけは、澄んだ濡羽色の瞳の波間に時折ゆれるように顕現する黄金鏡の煌めき、神々しいまでに神秘的な双眸があまりにも印象的な美少女。
「!……黄金……竜姫……か?」
フォルカーがその相手を確認し、呟いた。
「み、
巨大な
何でだ?何故、
「…………」
「援軍は来ないわ、私と
そう言いながら一歩、また一歩、堂々と戦場の只中に近づいていく。
「
何のために俺が!何のために……嘘まで吐いて……
俺は鋼鉄の魔神の上で、頭が真っ白になる。
「ヒューー」
鬼姫を囲んでいた三人の軍人、その内のひとり、癖毛で小柄な青年が口笛を吹く。
ハンス・ヒムラーだ。
近づく
「フォルカーさん、こっちの可愛い子ちゃんは俺に任せてよ!」
言うが速いか、ハンス・ヒムラーは、黒髪の美少女に向かって走った。
「み、
上空の俺は咄嗟にどうすることも出来ない。
「ふぅ……」
フォルカーは事後承諾で
ダダダダダダッーーーー!
黒髪の美姫に向け容赦なく放たれる銃弾の雨。
ーーバシッ!バシッ!バシッ!バシッ!
しかしそれらは全て彼女の柔肌に届く前に砕け散っていく。
「ヤハーーーー!」
ハンス・ヒムラーが嬉しそうに彼女に突進し、光を放つ鋭い凶器、真に
ーヒュッヒュッヒュヒュッ!
鎌を振るうように至近距離で彼女に襲いかかる。
「彼女!すごい綺麗だねーー、降参しなよ、悪いようにしないから!」
にやけた表情で巫山戯たことを口走りながら、所狭しと暴れ回る
「ねえ、ねえ、あの男なに?、彼氏?、やめときなよ釣り合ってないよあんな片目男」
ヒムラーは鎌の攻撃を継続したまま、馴れ馴れしく
「!」
無視をするように歩みを進めていた黒髪の美少女は、その言葉にあからさまに反応した。
バシュッーーー!
「うわっ」
ヒムラーは至近距離で放たれた
「……」
竜の美姫は初めてその歩みを止め、癖毛の男を殺気の籠もった瞳で睨む。
「なに?、怒った?怒った顔も可愛いねー」
全く意に介さずに軽い口調でニヤケ顔を返す男。
「わっ!わっ!、ほんと可愛いのに趣味わるいよ、あんな男、弱いし、オレのが全然強いよ、あの無様な右目の義眼だって俺がくり抜いてやったんだから」
「!」
結果から言えば、軟派な男が戯けながら放ったその一言が、命取りになった。
ハンス・ヒムラーの言葉に、
そして、濡れ羽色の瞳が見る間に、目映い光を集約し、その双眸に、美しき黄金の世界を顕現させる。
!!!!!
恐ろしく膨らむ殺気!
強大なる黄金の殺意にハンス・ヒムラーはにやけていた口元を最高に歪めて笑った。
「その
ーーバシュゥウ!
ーーヒュヒュッ!
「ヒャッハーー!…………んっ!」
目前の美姫に、振り下ろした右腕がやけに軽い?
ハンス・ヒムラーは自身の右腕を目線で追おうとした……
「ぎゃぁぁっーー!」
……が!ヒムラーがそれを確認する前に焼けるような感覚が、右腕に激痛を走らせる!
ヒムラーの右腕は肘の上から千切れ飛び、鮮血が噴水のように激しく噴き出していた。
「痛い!いたい!イタいっ!いたーーーー」
狂ったように叫び続ける男を一瞥もせず、黄金竜姫は、さらに右手を翳した。
「ひっ!」
ーーバシュゥウ!
ヒムラーは、痛みどころでは無い!
さらに襲い来る恐ろしい殺気に、慌てて横に飛んで回避しようとした。
ーーガクンッ
「!」
ところが、ヒムラーの体は自身の意志に反して横に飛び退くことはせず、そのまま垂直に崩れ落ちる。
ーードサッ
右腕と同様、右足の膝から下を失った不自然な体は、重力に逆らえずに、地面に這いつくばっていた。
「がぁっ……くっ……」
言葉にならない嗚咽を上げ、自らの作り出した血の海で溺れるハンス・ヒムラー少尉。
美しき黒髪の
「貴方に死という苦痛からの解放は与えないわ……存分に苦しみなさい……」
色の無い声で言うと、彼女は何事も無かったように鋼鉄の魔神の方へ再び歩を進めた。
「……」
戦場の只中にありながら、思わずその光景に釘付けになる、フォルカーとアーダルベルト、そして
「うわぁぁーーえげつな!」
苦痛の極みにある深手の相手にトドメを刺さずに態と放置する。
混戦になる戦場ではあることだが、わざわざそれを意図的に狙って行い、それを感情のかけらも無い瞳で見下ろす姿は、見目麗しき美少女だけに、ある意味、見る者の恐怖心を増幅させる。
「あれが……黄金竜姫の実力……」
フォルカー・ハルトマイヤーという数多の戦場を渡り歩いた人物でさえ、格の違う能力にそれ以上の言葉を失っていた。
ダダダダダダッ!
引き続き、黒髪の美姫に放たれる銃弾の雨。
バシッ!バシッ!バシッ!バシッ!
しかし、やはりそれらは全て、彼女の柔肌に届く前に”
バシュゥウーー!
「ぎゃっ!」
バシュゥウーー!
「うわっ!」
近接戦闘に持ち込もうとした兵士達は”
「……」
鋼鉄の魔神へと歩を進める、竜の美姫の視線は、その鉄塊の頭上の男に、真っ直ぐ向けられていた。
「……
俺も、自身のところに向かって来る、幼馴染みを見つめていた。
「
俺が竜の美姫に釘付けになっていた時、不意に地上の
「あ、ああ終了した、あとはここから地上へ脱出する」
はっとした俺は、
ーーブゥゥゥーーーーーン!
腹の底から揺さぶられるような重低音が響き渡る!
無骨な鉄塊、現代に蘇った神代の魔神、
「くっ!」
グラリグラリと揺れる足場。
足下から伝わる振動に、俺は脚を突っ張り、なんとか踏みとどまる。
「行けブリトラ!侵入者共を蹴散らすのだ!」
ヘルベルト・ギレの怒声が響いた。
ブォォォーーーーーン!
鋼鉄の魔神は、自らの体高以上はあろう、蛇腹状の腕を豪快に振り回し、自身の足下に群がる人間達をなぎ払おうとする。
「!?」
直ぐ足下にいた
少し離れた場所の
ギレのいう侵入者だけでは無い。
鬼姫と戦闘を繰り広げていた、味方であるはずのファンデンベルグの軍人、フォルカーとアーダルベルトさえも巻き添えを避けるため大きく飛び退いていた。
ーーぎゃぁぁっーー!
ーーうわぁぁーー
逃げ遅れたファンデンベルグの軍人達が飛び散る様は、ゲームセンターによくあるメダル落としゲームのメダルのようだ。
巨大な金属の柱になぎ払われ、バラバラと飛び散っていく。
「敵味方関係無しかよ!」
当事者の頭上で踏ん張っていた俺は思わず叫んでいた。。
ーーヴゥゥンッ
無骨な鉛色の表面積全てを使って震える巨体!
その振動は、周辺の大気をも震わせる。
ーーヴォォォォォーーーーーーン
固有振動数を利用した物質の破壊、ヘルベルト・ギレ特製の共振破壊兵器!
「くそっ!」
俺はその兆候に、思い切りよく、そこから下方へ踏み出した。
ブワッーーーーーーどさっ!
「ぐっ……」
十メートル近くある高さから飛び降りた俺は、何とか着地したものの、脚への衝撃でその場へへたり込んでしまった。
普段から多少は鍛えてきたものの、基本的に俺は
ビィィィィィィィーーーーー!
鋼鉄の魔神は俺の予測した通り、その巨大な体躯から虫の羽音のような不快な振動音を響き渡らせる。
そして、凶器と言うほか無い、凶悪な四本爪の両腕を振り回そうとしていた。
「マジかよ!」
腰にきた俺は情けなく踞ったまま、理不尽な追撃に為す術無く、殺戮の宴の準備を始める鋼鉄の魔神を見上げていた。
ーーパシッ
へたる俺の手を、白い繊細な手が掴む!
「み、
驚く俺に、黒髪の美少女は正面から視線を絡ませた。
「こっち、早く!」
有無を言わさぬ状況に、俺はその手を握り返して立ち上がり、二人でその場から緊急回避する。
ブオオオーーーーーーーン!
「くっ!」
間一髪、数瞬前まで俺のいた場所に、巨大な鋼鉄の腕が通り過ぎていた。
「ぎゃーー!」
「うわーー」
人をひとりふたり薙ぎ払うには大仰すぎる一撃、それは周辺のファンデンベルグ兵達を諸共弾き飛ばす!
滅茶苦茶するな……大雑把すぎるだろ、アレは……
一時的に死角となる場所に移動した俺と
「
そこに
「ああ、取りあえず種は仕込んだ、あとは、一旦地上に出る必要がある」
友人に、そう答える俺。
「地上に?あれはどうするの、放置?」
ポニーテールの少女がそれに割り込むように現れた。
いや、実際に手を繋いだままの俺と
「……」
「……」
無言でにらみ合う
鋼鉄の魔神ブリトラの乱入でパニック状態の戦場。
そのどさくさで
「……」
「……」
ほんと、怪我の功名か……
「……」
「……」
「ってか!いつまで睨み合ってるんだよ!」
思わず突っ込んだ俺に今度は二人分の視線が突き刺さった。
「い、いや、だから……ヤツをどうにかするためにも一旦地上に出る必要があるんだ……それが作戦っていうか……あの……なんかごめんなさい」
作戦を説明する俺は何故か謝っていた……何でだ?
兎にも角にも、ここは有名なリゾート施設、マリンパレスの地下数十メートルにある、ファンデンベルグの極秘の兵器開発工場だ。
地上に出るには、進入したときと同様に地上直結の関係者用エレベーターを使うか、搬入用大型エレベーター、あとは緊急用の非常階段……
「わかった、
やっぱりそうなるか……はぁ
この状況では、人用、搬入用共に、エレベーターは危険だろうしな。
っていうかおまえ達?
「
疑問の声をあげる俺に、彼はその切れ長の目を光らせて、俺の背後に視線を向けた。
「……俺は奴らを押さえてから後を追う」
そう言う視線の先には、見覚えのある軍人、殆どがこの混乱で自らの安全の確保のため、それどころでは無い中、俺達を阻むように立つ者達がいた。
フォルカー・ハルトマイヤー大尉。
アーダルベルト・クラウゼン中尉。
「……しかたないわね、じゃあ私も……ちょっと因縁もあるしね」
そう言ってポニーテールの少女もそちらを向いて構えた。
「
俺は心配そうに二人を見る。
「心配ないわ、すぐに後を追うから」
俺の視線に気づいたポニーテールの少女はそう言ってウインクをした。
ザザッ!
フォルカー・ハルトマイヤーが大地を蹴って問答無用で俺を襲う。
「っ!」
ーーガシィ!
それを寸前で捕らえる
ーーガシィ!
今度はそれをフォルカーが右手で押さえた。
お互いの左手を押さえ合い、がっぷり四つの状態で緊迫する二人。
他方では
「
そう言って
ーーブォォォーーーーーン!ブォォーーン!
巨大な鋼鉄の腕を鞭のように撓らせ振り回す巨人を回避しつつ走る二人、命がけの逃走の最中であるにも関わらず、俺の心は他のことに気を取られていた。
いや、そんなことより、
いや、それよりなにより、彼女をこんな危険な目に遭わせる訳にはいかない!
ガシィィィーー
ドカァァァーーーーーーー!
砕け散る壁、床、そして逃げ惑うファンデンベルグの軍人達と
全てを破壊する狂気の魔神を尻目に、俺達は何とか非常階段のある入り口に辿り着いていた。
「
非常階段の入り口前で立ち止まった俺は彼女に話しかける。
「……」
「逃がすな!ブリトラ!」
ガガァァァァァッーーーーーーー!
ヘルベルト・ギレの言葉に呼応するかの様に鋼鉄の顎からブリトラの咆哮が響いた。
そして、凶悪な四本爪が俺達二人めがけて飛来した!
「
取るものも取りあえず、俺は咄嗟に
グワァシャーーーーーーーン!
直後に非常階段への出入り口は大きく
第十七話「決戦Ⅲ」END
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