第16話「決戦Ⅱ」
第十六話「決戦Ⅱ」
「……報告にあった
アーダルベルト・クラウゼンはそう吐き捨てると再び歩を進めようとする。
ーーズシャァァ!
ブンッ!
「くっ!……貴様!」
頬傷の男、アーダルベルト・クラウゼンは、それを即座にさがって躱し、目の前のポニーテールの少女を睨み付ける。
「邪魔をするなっていったでしょ、日本語分からないの?ファンデンベルグの兵隊!」
縮み上がりそうな迫力の大男の眼光を、何でも無いように流して挑発する少女。
「死にたいのか、女!」
「こっちの台詞よ、
とんでもない怒気を放つ相手を前に、
ーーザザザザッ!
ポニーテールの少女の言葉と同時に、今度は黒服の男の一団が、兵器工場内になだれ込んで来た。
ーー!
途端に、アハト・デア・ゾーリンゲンの兵士達と黒服の男達の間に緊張が走る。
「やめよ、この
そう言って兵士達を諫めるヘルベルト・ギレ。
ギレはニヤリと笑ってポニーテールの少女を見る。
「ですな……
老人の言葉に、
「
俺は自身の眼前に立ち、クラウゼンと対峙するポニーテールの少女を見る。
勘違いしてはいけないのはこの状況だ。
彼女は決して俺を守りに来たのでは無い。
さっきのギレとの会話、そして彼女自身の台詞。
そうだ……
予期せぬ展開、敵として舞台に再登場した彼女に、最初驚きの表情をうかべていた俺は、彼女の立場、恐らくは、
ーー是非も無し……か
そんな俺を静かに見つめる少女の垂れ目気味の瞳。
「潔いのね
笑みを浮かべ楽しそうに声をかける彼女、俺は構えから油断無く、一歩相手の方に踏み出す。
ガシィィィーー!
「!?」
まだ遠いはずの間合いから、俺の予想を上回る距離から、
いや、ちがう!正確には俺の右の武装兵器にだ!
辛うじて、本当に辛うじて、右の武装兵器でガードする。
そのままヨロヨロと二、三歩よろけながら、それでも、彼女の追撃に備えた。
ーーー
ーーー
しかし、またしても俺の予測は外れる。
ポニーテールの少女は、そのまま両足を肩幅に開いた状態で、両腕を腰に当てたまま俺を観察していた。
「……あや……か?」
「……しっくりこないわ……やっぱり」
そう呟くと、彼女は疑問顔の俺を、まじまじと見つめる。
「ねえ、私が敵方に寝返った理由とか興味ないの?」
「……え、と……?」
今更な質問に、俺は虚を突かれて思わず構えを解いていた。
俺は一先ず落ち着くと、彼女の言いたいことを自身の頭の中で検証してみた。
そして、その結果報告を俺なりに口にしてみる。
「……大体察しはつく、仕方の無い状況だし、文句は無い」
しかしポニーテールの少女は、彼女の立場を考慮したその答えに、大げさに首を振ると俺を睨んだ。
「だ・か・ら、理由を聞いたらどうなの?一応、それが礼儀でしょ?」
「……」
なんの礼儀なんだ?……
訳の分からない言い分に、俺は一瞬黙り込むと、暫く思案したが、やっぱり、さっぱりなので……
ーーギロリ!
睨まれる俺。
えっと……取りあえず彼女の言うとおり、渋々問いかけることにしてみた。
「……何で、敵方に?」
うんうん、と満足そうに頷くと
「
「そうか……だろうな」
俺は百パーセント予想済みの答えに一応頷いてみせた。
「
ーー!?
彼女の口から出た破格の報酬にざわつく周りの者達。
対して、特に表情の変わらない俺に彼女は不適な笑みを向けた。
「あなたは私にいくらの価値をつけるのかしら?……
悪戯っぽく問いかけるポニーテールの少女はなんだか愉しそうですらある。
ああ、ほんとにこういうところは
今はそんな状況じゃないだろうに……俺もおまえも。
俺は、面倒くさいなと頭をかいた。
「……時給三万だ、おまえとの契約は、そう言う事に決まっていただろ」
「三万っ!馬鹿か……?」
「
絶体絶命の危機的状況でも、あまりにも軽い返答をする俺に、さらにざわつく周辺。
そりゃそうだろ、三十億と三万……っていうか、そもそも
「ふ、ふふ」
ポニーテールの少女は小刻みに震えた。
「
黒服の男が慌て気味に彼女をなだめようとしていた。
怒りに震えた
同族ならその恐ろしさは骨身に染みこんでるってわけだろう、可愛そうに。
「ふふ、ふふふっ」
俯き加減で震え続ける少女。
「……あ、
様子がおかしい少女に、黒服男は怪訝そうな顔で近づいた。
「あははっ!」
「あははは、面白いわ、あなた、本当に面白い、
楽しそうに笑い出してしまった
「
黒服の男の一人が彼女に進言しようと声を荒げる。
即座に
「仕方ないでしょ……わたしの知る
そう言う
「それに本当は解っていたのよ、あの時、あの場所で無様に這いつくばる血まみれ男が気になった
そうして俺の方をチラリと見る彼女は、彼女には珍しい、優しい眼差しだった。
「
納得いかない黒服の男はそれでもなお食い下がる、当然だ、
「うるさい!不服ならあんた達は、
鬼姫の一喝に、浮き足立つ
「ただし……この
ポニーテールの少女はそういって唇の端を舐めた。
「!」
黒服部隊は皆一様に、顔面蒼白で首を縦に振った。
コクコクと首振り人形のように、
気の毒に……俺は心の底からそう思った。
「!」
ズシャァァァーーーー!
突然、ポニーテールの少女の頬を掠め、鋭い一撃が通り抜ける。
「
それを紙一重で躱した
ーーガシッ!
その蹴りをしっかりと両手で受け止めた男は、
「!」
バキィィ
「ぐほ!」
頬傷の男はたまらず、掴んでいた女の脚を手放して後方に飛び退いた。
「……やるじゃ無い、
そう言う彼女は、右脚を先程の一瞬に捻られたようで、僅かに地面から浮かしていた。
「……」
アーダルベルト・クラウゼンは、蹴られた顔面に手を当て、ふんっ!と鼻血混じりの鼻息を勢いよく噴き出した。
そしてあらぬ方向に曲がった鼻をコキリと摘まんで戻す。
「
鼻を骨折するほど蹴られても、全く表情を変えない男は、
「
ニヤリと艶やかな唇の端を上げ、それをペロリとなめる妖艶な舌。
「
そして、彼女も頬傷の男のプライドに応えた。
「……」
アーダルベルトは、フンともう一度鼻を鳴らし、両手を前方に出した状態で前屈みに構えた。
ダッ!
レスリングスタイルの構えから、頬傷の男が眼前の鬼姫にタックルの様な突進を試みる。
ワァァァーーーー!
それを口火に、一気に全体の戦闘が始まっていた。
鬼の
頬傷の男は、特攻して何とか彼女を捕まえようとする、対してそれを躱し打撃で迎え撃つ
直ぐ近くでは、お互い出方をうかがって、対峙する、鬼の
そして、その周りでは、多くのアハト・デア・ゾーリンゲンの兵士と
「ぐっ!」
ドカァァー!
「はっ!」
バキィィー!
俺も両腕の武装兵器を操り、自身に襲い来る敵を振り払い、奮闘していた。
「
クラウゼンのタックルを躱しながら、
「……うむ」
頷くと
「!マジかよ!敵に背を向けるなんて」
そう言って小柄な癖毛の青年、ハンス・ヒムラー少尉は
「ヒャッハーー!」
シュバッ!
「ばーーーかっ!」
小柄なハンス・ヒムラーは、ふざけた台詞と共に、それを難なく、しゃがんで躱し、間髪入れず、今度は飛び上がると
ザシュッ!
紙一重で躱す
ガシッ!
「なっ!」
ドカァァーーー!
そのままハンス・ヒムラーを地面に叩きつけた!
「っ!」
ーーブンッ
即座にフォルカーがナイフを水平に払い、割って入る。
パラパラと
ハンス・ヒムラー少尉は、ババッと飛び起きると、憎悪の目で
「……このっ!」
「ハンス・ヒムラー少尉、あまり熱くなるな!」
すかさず、フォルカーが忠告を入れるが彼の瞳から怒りの炎は消えない。
奇妙な構えの両手首から先がボンヤリと光る。
「
そう呟くと
フォルカー・ハルトマイヤー大尉は、気の短い部下にため息をつくと、彼自身もナイフを手放し、両手の平を大きく広げて構える。
同時にフォルカーの鋭い眼光は輝き、開いた指先には猛禽類の如き鋭い爪が顕現していた。
「これは……
ガシィィィーー、ガシィィィーー!
待ったなし、真に死闘が繰り広げられようかという瞬間、横合いから鬼姫の蹴りがフォルカーを弾き飛ばす。
いきなりの二連撃を受けたフォルカーは、流石といえるか、しっかりとガードをしてはいたが、その威力で後方に飛ばされた。
続いて、奇妙な構えをとるハンス・ヒムラーに足払いを入れる鬼姫。
「くっ!」
それを飛んで躱したハンスは、奇妙な構えから光る右手を足下の
ヒュオォーーーン!
弧を描いて振り下ろされる
バキィィ!
振り下ろされた鎌にカウンターを合わせるように下方から跳ね蹴りを見舞う
「うわっ!」
ヒムラーは何とかそれをのけぞって躱したが、勢い余って、後方にひっくり返ってしまった。
「何してるの
ポニーテールの少女は、振り返って
「いや、しかし……」
「しかしも案山子もない、こいつらは私が引き受けるわ」
「正気かよ、おねーさん、俺たち三人を一人で?」
勢いよく跳ね起きた、ハンス・ヒムラーが馬鹿にしたような調子で
「アハトなんとかが、どれ程のモノか知らないけど、私にとっては何人集まっても雑魚なのよ!」
挑発的なヒムラーに対して同種の言葉を返すポニーテールの少女。
「チッ!」
ハンス・ヒムラーは、あからさまに顔を歪めて、先程同様、奇妙な構えを取る。
「落ち着けハンス・ヒムラー少尉、
フォルカー・ハルトマイヤー大尉がそう言って指示を出すと、フォルカーを中心にハンス・ヒムラー少尉、アーダルベルト・クラウゼン中尉、そして何人かの兵士達が
少し腰を落とした構えで、備えながらチラリと状況を再確認する
場は混戦状態だが、やはり分が悪い。
多分、
「
彼女は誰に言うでも無くそう呟くと、目の前の敵に蹴り出していた。
第十六話「決戦Ⅱ」END
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