第16話「決戦Ⅱ」

第十六話「決戦Ⅱ」


 「……報告にあった鬼士族トイフェル姫神ヴァール・ヒルトか、貴様の命令など受けるいわれは無い!」


 アーダルベルト・クラウゼンはそう吐き捨てると再び歩を進めようとする。


 ーーズシャァァ!


 ブンッ!


 「くっ!……貴様!」


 彩夏あやかは、鋼鉄の魔神の上から即座に飛び降りると、俺に迫る頬傷の男に、牽制にしては鋭すぎる蹴りを放った!


 頬傷の男、アーダルベルト・クラウゼンは、それを即座にさがって躱し、目の前のポニーテールの少女を睨み付ける。


 「邪魔をするなっていったでしょ、日本語分からないの?ファンデンベルグの兵隊!」


 縮み上がりそうな迫力の大男の眼光を、何でも無いように流して挑発する少女。


 「死にたいのか、女!」


 「こっちの台詞よ、蜥蜴男とかげおとこ!……狩るわよ!」


 とんでもない怒気を放つ相手を前に、彩夏あやかは薄笑いさえ浮かべている。


 ーーザザザザッ!


 ポニーテールの少女の言葉と同時に、今度は黒服の男の一団が、兵器工場内になだれ込んで来た。


 ーー!


 途端に、アハト・デア・ゾーリンゲンの兵士達と黒服の男達の間に緊張が走る。


 「やめよ、この鬼士族トイフェルの方々は、今は味方だ」


 そう言って兵士達を諫めるヘルベルト・ギレ。

 ギレはニヤリと笑ってポニーテールの少女を見る。


 「ですな……峰月ほうづきの……フロイライン彩夏あやか


 老人の言葉に、彩夏あやかが不機嫌そうに頷いた。


 「彩夏あやか……」


 俺は自身の眼前に立ち、クラウゼンと対峙するポニーテールの少女を見る。


 勘違いしてはいけないのはこの状況だ。


 彼女は決して俺を守りに来たのでは無い。


 さっきのギレとの会話、そして彼女自身の台詞。


 そうだ……鬼士きし族の峰月ほうづき 彩夏あやかは、穂邑ほむら はがねを狩りに来たのだ。


 予期せぬ展開、敵として舞台に再登場した彼女に、最初驚きの表情をうかべていた俺は、彼女の立場、恐らくは、九宝くほう 戲万ざまから峰月ほうづきへの依頼という名の命令を察し、白銀の武装兵器を構えた。


 ーー是非も無し……か


 そんな俺を静かに見つめる少女の垂れ目気味の瞳。


「潔いのねはがね、割り切るところも素敵よ、あなたのそういうところ嫌いじゃ無いわ」


 笑みを浮かべ楽しそうに声をかける彼女、俺は構えから油断無く、一歩相手の方に踏み出す。


 ガシィィィーー!


「!?」


 まだ遠いはずの間合いから、俺の予想を上回る距離から、彩夏あやかの左ミドルキックが俺にヒットした!


 いや、ちがう!正確には俺の右の武装兵器にだ!


 辛うじて、本当に辛うじて、右の武装兵器でガードする。


 そのままヨロヨロと二、三歩よろけながら、それでも、彼女の追撃に備えた。


 ーーー

 ーーー


 しかし、またしても俺の予測は外れる。


 ポニーテールの少女は、そのまま両足を肩幅に開いた状態で、両腕を腰に当てたまま俺を観察していた。


 「……あや……か?」



 「……しっくりこないわ……やっぱり」


 そう呟くと、彼女は疑問顔の俺を、まじまじと見つめる。


 「ねえ、私が敵方に寝返った理由とか興味ないの?」


 「……え、と……?」


 今更な質問に、俺は虚を突かれて思わず構えを解いていた。


 俺は一先ず落ち着くと、彼女の言いたいことを自身の頭の中で検証してみた。


 そして、その結果報告を俺なりに口にしてみる。


 「……大体察しはつく、仕方の無い状況だし、文句は無い」


 しかしポニーテールの少女は、彼女の立場を考慮したその答えに、大げさに首を振ると俺を睨んだ。


 「だ・か・ら、理由を聞いたらどうなの?一応、それが礼儀でしょ?」


 「……」


 なんの礼儀なんだ?……


 訳の分からない言い分に、俺は一瞬黙り込むと、暫く思案したが、やっぱり、さっぱりなので……


 ーーギロリ!


 睨まれる俺。


 えっと……取りあえず彼女の言うとおり、渋々問いかけることにしてみた。


 「……何で、敵方に?」


 うんうん、と満足そうに頷くと彩夏あやかは答えた。


 「九宝くほう 戲万ざまから鬼士きし族当主家である峰月ほうづきに依頼がきたのよ、穂邑ほむら はがねを捕らえよと、それで当主の爺様から、この峰月ほうづき 彩夏あやかに指示が出たってわけ」


 「そうか……だろうな」


 俺は百パーセント予想済みの答えに一応頷いてみせた。


 「九宝くほうからの命令だし、報酬は三十億!」


 ーー!?


 彼女の口から出た破格の報酬にざわつく周りの者達。


 対して、特に表情の変わらない俺に彼女は不適な笑みを向けた。


 「あなたは私にいくらの価値をつけるのかしら?……穂邑ほむら はがねくん」


 悪戯っぽく問いかけるポニーテールの少女はなんだか愉しそうですらある。


 ああ、ほんとにこういうところは彩夏あやかだなぁと思う……

 今はそんな状況じゃないだろうに……俺もおまえも。


 俺は、面倒くさいなと頭をかいた。


 「……時給三万だ、おまえとの契約は、そう言う事に決まっていただろ」


 「三万っ!馬鹿か……?」


 「彩夏あやか様!」


 絶体絶命の危機的状況でも、あまりにも軽い返答をする俺に、さらにざわつく周辺。


 そりゃそうだろ、三十億と三万……っていうか、そもそも九宝くほうの命令である以上、峰月ほうづきとの争いは避けられないだろうから、今更って感じだけどな……


 「ふ、ふふ」


 ポニーテールの少女は小刻みに震えた。


 「彩夏あやか様!落ち着いて!この馬鹿は私どもで処理致しますので……」


 黒服の男が慌て気味に彼女をなだめようとしていた。


 怒りに震えた彩夏あやかが暴走したら、敵味方被害は甚大だ。

 同族ならその恐ろしさは骨身に染みこんでるってわけだろう、可愛そうに。


 「ふふ、ふふふっ」


 俯き加減で震え続ける少女。


 「……あ、彩夏あやかさ……ま?」


 様子がおかしい少女に、黒服男は怪訝そうな顔で近づいた。


 「あははっ!」


 彩夏あやかは突然、火の付いたように、彼女を印象づけるポニーテールを大きく揺らして笑い出す。


 「あははは、面白いわ、あなた、本当に面白い、穂邑ほむら はがね!」


 楽しそうに笑い出してしまった彩夏あやかに、周辺の人間、特に鬼士きし族の手の者である黒服の一団が、何だか怪しい雲行きに慌てていた。


 「彩夏あやか様!」


 黒服の男の一人が彼女に進言しようと声を荒げる。


 即座に彩夏あやかはそれを右手を翳して制し、答えた。


 「仕方ないでしょ……わたしの知る峰月ほうづき 彩夏あやかはそうするのよ!」


 そう言う彩夏あやかは、一見困ったような笑みを浮かべるが、その表情は生き生きとしていた。


 「それに本当は解っていたのよ、あの時、あの場所で無様に這いつくばる血まみれ男が気になった理由わけ


 そうして俺の方をチラリと見る彼女は、彼女には珍しい、優しい眼差しだった。


 「彩夏あやか様、正気ですか、九宝くほうの命令ですよ、当主の羅門らもん様からも……」


 納得いかない黒服の男はそれでもなお食い下がる、当然だ、鬼士きし族全体に関わる、下手をすると存亡に関わる状況であるからだ。


 「うるさい!不服ならあんた達は、九宝くほうに従えばいい、そうすれば爺様も兄貴も姉貴もあんた達を咎めはしないでしょう?」


 鬼姫の一喝に、浮き足立つ鬼士きし


 「ただし……この峰月ほうづき 彩夏あやかを生涯、敵に回す覚悟があるならね」


 ポニーテールの少女はそういって唇の端を舐めた。


 「!」


 黒服部隊は皆一様に、顔面蒼白で首を縦に振った。


 コクコクと首振り人形のように、彩夏あやかに忠誠を誓う。


 気の毒に……俺は心の底からそう思った。


 「!」


 ズシャァァァーーーー!


 突然、ポニーテールの少女の頬を掠め、鋭い一撃が通り抜ける。


蜥蜴男とかげおとこね!」


 それを紙一重で躱した彩夏あやかは、不意打ちの相手に、体をスケート選手のように縦軸に回転させて躱し、そのままの勢いで、美しい流れの回し蹴りをおみまいする。


 ーーガシッ!


 その蹴りをしっかりと両手で受け止めた男は、彩夏あやかの片足を確保したまま、彼女の背中の方に押し倒そうとする。


 「!」


 バキィィ


 彩夏あやかは取られた脚をそのままに、咄嗟にもう一方の軸足側の脚を振り上げて、男の顔面を蹴り飛ばした。


 「ぐほ!」


 頬傷の男はたまらず、掴んでいた女の脚を手放して後方に飛び退いた。


 彩夏あやかもバランスを回復して、再び両足で大地を踏みしめる。


 「……やるじゃ無い、蜥蜴男とかげおとこ


 そう言う彼女は、右脚を先程の一瞬に捻られたようで、僅かに地面から浮かしていた。


 「……」


 アーダルベルト・クラウゼンは、蹴られた顔面に手を当て、ふんっ!と鼻血混じりの鼻息を勢いよく噴き出した。


 そしてあらぬ方向に曲がった鼻をコキリと摘まんで戻す。


蜥士族ニズホッグの誇り、アーダルベルト・クラウゼンだ!」


 鼻を骨折するほど蹴られても、全く表情を変えない男は、彩夏あやかにそう応えていた。


 「蜥士せきし族の戦士ね、分かったわ、蜥蜴男とかげおとこは撤回する」


 ニヤリと艶やかな唇の端を上げ、それをペロリとなめる妖艶な舌。


 「蜥士せきし族の戦士アーダルベルト・クラウゼン!鬼士きし族の峰月ほうづき 彩夏あやかよ!」


 そして、彼女も頬傷の男のプライドに応えた。


 「……」


 アーダルベルトは、フンともう一度鼻を鳴らし、両手を前方に出した状態で前屈みに構えた。


 ダッ!


 レスリングスタイルの構えから、頬傷の男が眼前の鬼姫にタックルの様な突進を試みる。


 ワァァァーーーー!


 それを口火に、一気に全体の戦闘が始まっていた。


 鬼の姫神ひめがみ峰月ほうづき 彩夏あやかと、頬傷の男、アーダルベルト・クラウゼン中尉。


 頬傷の男は、特攻して何とか彼女を捕まえようとする、対してそれを躱し打撃で迎え撃つ彩夏あやか


 直ぐ近くでは、お互い出方をうかがって、対峙する、鬼の真神まがみ阿薙あなぎ 琉生るいとフォルカー・ハルトマイヤー大尉とハンス・ヒムラー少尉。


 そして、その周りでは、多くのアハト・デア・ゾーリンゲンの兵士と鬼士きし族の黒服部隊が小競り合いを始めている。


 「ぐっ!」

 ドカァァー!


 「はっ!」

 バキィィー!


 俺も両腕の武装兵器を操り、自身に襲い来る敵を振り払い、奮闘していた。


 「阿薙あなぎ!あんた、はがねをフォローしなさい!何か作戦があるんでしょう?」


 クラウゼンのタックルを躱しながら、彩夏あやか琉生るいに叫ぶ。


 「……うむ」


 頷くと阿薙あなぎ 琉生るいは、目前の二人の男達に背を向けて俺の方を目指す。


 「!マジかよ!敵に背を向けるなんて」


 そう言って小柄な癖毛の青年、ハンス・ヒムラー少尉は琉生るいの背中に躍りかかった。


 「ヒャッハーー!」


 シュバッ!


 琉生るいは振り返り、その長いリーチの手刀で飛びかかる小男をなぎ払う


 「ばーーーかっ!」


 小柄なハンス・ヒムラーは、ふざけた台詞と共に、それを難なく、しゃがんで躱し、間髪入れず、今度は飛び上がると琉生るいの顔面に拳を握らない打撃、いわゆる貫き手を繰り出した。


 ザシュッ!


 紙一重で躱す琉生るい、彼の頬が少し切れた。


 ガシッ!


 「なっ!」


 琉生るいは長いリーチの右腕を伸ばして空中の小男の頭を鷲づかみにし……


 ドカァァーーー!


 そのままハンス・ヒムラーを地面に叩きつけた!


 「っ!」


 ーーブンッ


 即座にフォルカーがナイフを水平に払い、割って入る。

 琉生るいはそれを後方に飛んで躱した。


 パラパラと阿薙あなぎ 琉生るいの手からこぼれるヒムラーの髪の毛。


 ハンス・ヒムラー少尉は、ババッと飛び起きると、憎悪の目で琉生るいを睨み、右手を頭上に蛇の鎌首のように持ち上げ、左手を下げたまま手首を返してこれまた蛇の鎌首のように構える奇妙なポーズを取った。


 「……このっ!」


 「ハンス・ヒムラー少尉、あまり熱くなるな!」


 すかさず、フォルカーが忠告を入れるが彼の瞳から怒りの炎は消えない。


 奇妙な構えの両手首から先がボンヤリと光る。


 「蟷士とうし族……か」


 そう呟くと阿薙あなぎ 琉生るいも長いリーチの両腕を前面に構えた。


 フォルカー・ハルトマイヤー大尉は、気の短い部下にため息をつくと、彼自身もナイフを手放し、両手の平を大きく広げて構える。


 同時にフォルカーの鋭い眼光は輝き、開いた指先には猛禽類の如き鋭い爪が顕現していた。


 「これは……鷲士しゅうし族なのか」


 阿薙あなぎ 琉生るいは彼には珍しく、その男の正体に少しだけ驚いていた。


 ガシィィィーー、ガシィィィーー!


 待ったなし、真に死闘が繰り広げられようかという瞬間、横合いから鬼姫の蹴りがフォルカーを弾き飛ばす。


 いきなりの二連撃を受けたフォルカーは、流石といえるか、しっかりとガードをしてはいたが、その威力で後方に飛ばされた。


 続いて、奇妙な構えをとるハンス・ヒムラーに足払いを入れる鬼姫。


 「くっ!」


 それを飛んで躱したハンスは、奇妙な構えから光る右手を足下の彩夏あやかに振り下ろす。


 ヒュオォーーーン!


 弧を描いて振り下ろされる蟷螂とうろうの鎌! 


 バキィィ!


 振り下ろされた鎌にカウンターを合わせるように下方から跳ね蹴りを見舞う彩夏あやか


 「うわっ!」


 ヒムラーは何とかそれをのけぞって躱したが、勢い余って、後方にひっくり返ってしまった。


 「何してるの阿薙あなぎはがねのフォローに行けっていったでしょ!」


 ポニーテールの少女は、振り返って阿薙あなぎ 琉生るいを怒鳴りつけた。


 「いや、しかし……」


 「しかしも案山子もない、こいつらは私が引き受けるわ」


 阿薙あなぎ 琉生るいは少し躊躇しながらも彼女の言葉に従う。


 「正気かよ、おねーさん、俺たち三人を一人で?」


 勢いよく跳ね起きた、ハンス・ヒムラーが馬鹿にしたような調子で彩夏あやかに声をかける。


 「アハトなんとかが、どれ程のモノか知らないけど、私にとっては何人集まっても雑魚なのよ!」


 挑発的なヒムラーに対して同種の言葉を返すポニーテールの少女。


 「チッ!」


 ハンス・ヒムラーは、あからさまに顔を歪めて、先程同様、奇妙な構えを取る。


 「落ち着けハンス・ヒムラー少尉、チラにとっても好都合だ、先ずは確実にこの姫神ヴァール・ヒルトを倒す!」


 フォルカー・ハルトマイヤー大尉がそう言って指示を出すと、フォルカーを中心にハンス・ヒムラー少尉、アーダルベルト・クラウゼン中尉、そして何人かの兵士達が彩夏あやかを囲んでいた。


 少し腰を落とした構えで、備えながらチラリと状況を再確認する彩夏あやか


 場は混戦状態だが、やはり分が悪い。


 多分、彩夏あやか自身はこの三人を相手にしても後れを取ることは無いだろう……しかし、相手はプロの軍隊、数の上でもそうだが、彩夏あやかが引き連れてきた鬼士きし族の黒服部隊だけでは、時間稼ぎが精一杯だ。


 「はがね、本当に作戦があるんでしょうね……」


 彼女は誰に言うでも無くそう呟くと、目の前の敵に蹴り出していた。


 第十六話「決戦Ⅱ」END

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