第15話「決戦Ⅰ」

 第十五話「決戦Ⅰ」


 臨海市の港区域にあるリゾート施設”マリンパレス”。


 休日になると家族連れやカップルで賑わうアミューズメントパークであるが、それができる以前は、そこには臨海エネルギー研究所という施設があった。


 もともとは国の施設であったその研究施設は、当時、地元では胡散臭い噂の常連であった。


 曰く、その地下には巨大な古代遺跡とロストテクノロジーがあり、国家機密レベルの研究が行われているとか、曰く、実は異星人とのコンタクト施設だとか。


 やがて、その施設自体が閉鎖され、次第に噂も忘れ去られていったが、火のないところに煙は立たず、それらの噂は実は、当たらずとも遠からずであった。


 マリンパレスの地下、数十メートルには、巨大な兵器開発施設が存在した。


 この国の同盟国であるファンデンベルグ帝国に貸し与えられたその施設では、共同開発との名目で、日夜、新型兵器の研究や製造が行われていた。


 「BTーRTー04べーテー・エルテー・フィーアの進捗状況はどうかね」


 白髪で金属製の杖をついた老人、ヘルベルト・ギレが作業員を指示する男に声をかける。


 昨日、異常動作の不具合を起こし、ここに運び込まれた鋼鉄の魔神は、急ピッチで修理と調整が行われていた。


 「はい、修理と言っても殆ど破損はみられませんので……調整の方は、ほぼ終了しております、今日にでも出撃可能ですよ」


 ハラルド・ヴィスト技術准尉は、上官の問いかけに快活に答えたが、直ぐに顔を曇らせる。


 「ただ……例の、火焔竜かえんりゅう因子の状態がやはり安定しません、やはりこれは……」


 「ふむ、やはりこれは因子の提供元である穂邑ほむら はがねくんを確保して、彼を隅々まで再調査する必要があるようだな」


 そう言って不気味に笑う老人は、マッドサイエンティストそのものだ。

 彼の下で長年働くハラルドでも、その狂気の表情に背筋にゾクリと悪寒が走った。


 「少佐殿」


 ハラルドと話すギレに、アハト・デア・ゾーリンゲン隊長のフォルカー・ハルトマイヤー大尉が近づき、声をかける。


 なにやらギレの耳元でボソボソと報告する。


 「……」 


 その光景をなんだか面白くなさそうに眺めるハラルド・ヴィスト技術准尉。


 「……そうか、わかった」


 フォルカーの報告を受けていた、ギレは頷いた。


 「では!」


 上官の許可を得たらしい、フォルカー・ハルトマイヤー大尉が右手を挙げ何かの指示を出す。


 ーーザザザッ!


 途端に、兵器工場内に数十人の武装した兵士の一団が素早く進入し、BTーRTー04べーテー・エルテー・フィーアを、取り囲んだ。


 「なにごとだ!フォルカー大尉、これはいったい!」


 突然の事態に驚いた、ハラルドは隣に立つ隊の責任者に抗議をする。


 「……」


 フォルカーはハラルドの訴えを無視し、頭上に挙げた右手を小さく振る。


 ガチャガチャッ!


 「ひっ!」

 「なんだっ!」


 たちまち、兵士達の持つ銃が構えられ、ブリトラの周辺にいた研究員達は、悲鳴をあげて両手を頭の上に挙げた。


 「フォルカー大尉!」


 ハラルドは再度、今度は怒声を上げた。


 フォルカーが、如何に上位の階級者とはいえ、自分たち研究者の庭ともいえるこの場所での暴挙は捨てては置けなかったのだろう。


 「鼠が二匹紛れ込んだのだ、ここの責任者たるギレ技術少佐殿には許可を頂いている!」


 フォルカーはギロリと鋭い視線を一度だけハラルドに送ると、そのまま整備中である正面のBTーRTー04べーテー・エルテー・フィーアの方角を見据えていた。


 「……諦めろ、既に貴様らの作戦は頓挫している、大人しく投降することを進める!」


 両手を挙げて怯える研究員たちを見渡し、フォルカー大尉が高らかに宣言した。


 ーー!!


 ざわつく研究員たち。


 「……往生際が悪いな、そこの二人だ、穂邑ほむら はがね!」


 暫く様子をみていたフォルカーが、巨大な鉄塊ブリトラの頭上で作業をしていた二人の男を指さした。


 「穂邑ほむら はがね……准尉だと……彼が……」


 ハラルドは驚いたまま同様にブリトラの上に視線を送った。


 当の二人の男は、作業服に深めに作業帽を被り、他の者と同様に両手を頭上に挙げている。


 「……」


 地上約十メートル、鋼鉄の魔神ブリトラの頭上に立つ二人は、フォルカーの指摘にも、言葉無くただ両手を頭の上に挙げたまま突っ立ったままだ。


 「……やれ!」


 返事をしない相手に、フォルカーは部下達に指示を出した。


 「!」


 ひゅっーーーーーーズシャァァ!


 バキッ!、ドカッ!


 「うっ!」

 「ぐわっ!」


 ブリトラ上の二人の男の内、長身の方が勢いよく飛び降りたかと思うと、そのまま正面で銃を構えた兵士達を殴り倒す!


 その男が、フォルカーの命令で動く兵士達に先んじた動きは、迅速にして流麗だ。


 ーーザザザーー!


 それを受けて、即座に長身の男を取り囲む残りの武装した兵士達。


 「……」


 長身の男はそれに対処するために、ゆっくりと両腕を胸の前に構えた。


 ーー!


 「うっ!」

 「なんだ?」


 一瞬でその場の空気の比重が重くなり、纏わり付くような不快な感覚に兵士達はざわめいた。


 「貴様、穂邑ほむら はがねの方では無いな……くだん真神ヴァーレ・ケーニッヒか!」


 異様なほどのプレッシャーから、それに気づいたフォルカーが、一歩前に進み出て、長身の男に問いかける。


 「……」


 ーーザッ


 応えずに、殺気を纏ったまま、フォルカーの方に一歩踏み出す長身の男。


 「隊長!」


 囲んでズラリと並ぶ銃口、引き金に掛かる兵士達の指に緊張が走る!


 「ああ、もうバレたのか……仕方ないな……琉生るい、ここからは強行突破しか無いな」


 兵士達の頭上、ブリトラの上に残っていた俺は、被っていた帽子を投げ捨て、指揮官らしき男の問いかけに、琉生るいの替わりに答えてやった。


 「!、穂邑ほむら……はがね……か?」


 下から見上げる鋭い目つきの男が、俺の姿を確認して、今度は俺に問いかける。


 「……」


 俺は、その目つきの鋭い男には答えずに、両腕に装着した白銀の武装兵器を掲げた。


 「!フォルカー、あれが……」


 頬に傷のある、かなり長身の男が、指揮官の男の右隣に進み出た。


 「うわぁー、本当だったんだ、その兵器!」


 今度は指揮官の左隣からスイッと顔を出す、癖毛の小柄な青年。


 「……クラウゼン中尉、ヒムラー少尉、隊列に戻れ」


 鋭い目つきの司令官はそう言って二人を睨むが、どうやら当の二人は従う気が無いようだ。


 「……」

 

 俺はブリトラの頂上から確認する。


 中央の目つきの鋭い男はこの隊の指揮官……つまり、最強の特殊部隊と名高い、アハト・デア・ゾーリンゲンの隊長と言うことになる。


 名前はどうやら、フォルカー。


 そして右隣の頬傷の男、かなりの長身で、琉生るいはおろか、身長だけならあのベルトラムと同じ位はありそうだ……


 確かこっちはクラウゼンと呼ばれた。


 そして左隣、如何にも軟派な雰囲気の癖毛の小柄な男……こいつは俺ともあまり年齢が変わらないように見える……


 名前はヒムラー。


 リアルタイムに目と耳から入る情報を整理する俺。


 俺でも解る、多くの兵士の中でも、その三人は異彩を放っていた。


 そうだ、まるで自分が倒したあのファンデンベルグの上級士族、不沈の巨人、ベルトラム・ベレンキ中尉と同じ臭いがする。


 俺はブリトラの上からその様子を眺め、そう感じていた。


 「フォルカー、おまえとハンス少尉は、この真神ヴァーレ・ケーニッヒを殺れ、俺は上の穂邑ほむら はがねを殺る!」


 頬に傷のある男、クラウゼンが、フォルカーの右隣に進み出る。


 「アーダルベルト・クラウゼン中尉、単独行動は控えよ!」


 フォルカーは即座にその男の行動を制止させる。


 クラウゼンは、あからさまに不満そうな視線をフォルカーに向けていた。


 「そうですよ、ベレンキさんの仇を討ちたいのは、クラウゼンさんだけじゃないっすよ」


 そう言いながらフォルカーの左隣から、癖毛の小柄な青年がスイッと顔を出す。


 「ハンス・ヒムラー少尉、貴様もだ、隊列に戻れ!」


 だが、そのヒムラーも同様にフォルカーに叱責されるが、あろう事か上官であるフォルカーに舌を出していた。


 なんか大変そうだな……アハトなんちゃらも……

 俺は、この緊迫した状況下で、つい他人事のような感想をうかべていたのだった。


 いや、そうじゃなかった!


 俺はそんな場合じゃないと首を左右に振って、掲げた両手の武装兵器を構える。


 俺の両腕には、白銀の金属で構成された、中世の西洋騎士が身に付けているような仰々しい篭手といった形状の武装兵器。


 指先から肘の辺りまであるその篭手は、風貌こそ西洋の鎧を連想させるが、反射する表面の金属の隙間からは、赤や緑、青の電子光がピコピコと定期的に点滅している。

 機械的なフォルムはSFに出てくるようなアンドロイドかロボットの腕といったところか。


 さらに手の甲の部分には、たばこの箱ぐらいの出っ張り部分があり、そこからレンズのようなパーツが覗いているのが確認できた。


 これが俺の切り札、唯一にして最高の武器だ!


 「うむ?……なにやらこの前のとは、相違点が見受けられるな……穂邑ほむら はがねくん、もしやそれが完成形の君の兵器と言うことか?」


 フォルカーの後ろに控えていた白髪の老人、ヘルベルト・ギレが目ざとくそれに気づくと、問いかけてくる。


 「たしかに前のモノは試作品でした……」


 俺は、かつての師に答える。


 「では、やはり、それが”完成品”なのか?」


 「……」


 だが、俺はその質問には口を閉ざす。


 「?」


 怪訝な顔をするギレ老人。


 「少佐殿、お喋りはそこまでにして頂きたい、ここからは我らの仕事……」


 フォルカーがそう言って、兵士達に指示を出そうと腕を挙げた。


 「くるか!」


 俺は床から約十メートル、ブリトラの上で白銀の武装兵器を構えた!


 下では、兵士に囲まれ、フォルカー達三人と対峙する阿薙あなぎ 琉生るいも帽子を投げ捨てて再び構える!


 「……!」


 だが、俺達とファンデンベルグ兵の戦端は、またもや妨害されたのだった。


 ファンデンベルグ兵が襲い掛かって来ようとする瞬間、俺は背後から別の攻撃の気配を感じて慌てて防御する!


 「九五式装甲なだれ!」


 振り返り、咄嗟に、そう叫ぶ。


 ガシィィィーー!


 瞬時に俺の手前に浮かび上がる白銀色の光のサークル。

 そこには、空間に展開した半径が二メートルほどの銀円光に阻まれる正体不明の打撃があった。


 ヴォォォーーーーーーン!!


 光のサークルは波打つ水面の様に激しく軋み、揺らいで弾け飛んだ!


 「なに!」


 意図も容易く俺の武装兵器の防御技を粉砕する打撃。

 俺は、伝わる衝撃を吸収しきれず、バランスを崩して鋼鉄の巨人ブリトラの上から転げ落ちた。


 ーーーードサッ!


 「穂邑ほむら!」


 琉生るいが思わず叫ぶが、彼も眼前の三人に加え、複数の兵士に囲まれた状態で迂闊に動けない。


 「だ、大丈夫だ、琉生るい……ちょっと間抜けな落ち方をしただけだ」


 そう言って、俺はヨロヨロと立ち上がった。


 くそ、なんなんだ……アハトなんちゃらの伏兵か?


 落下時にしこたま打ち付けた腰を庇うように構える俺、その耳に、歩み寄る足音が聞こえてくる。


 ザッ!ザッ!……


 足音の主は……


 頬傷の男、かなりの長身の……たしか、クラウゼン中尉とか呼ばれていたか?


 クラウゼンは、殺気を纏った状態でどんどん俺に近づいてくる。


 「あ、クラウゼンさん!狡いですよ、抜け駆けは!」


 後方で慌てて叫ぶ小柄で癖毛の青年、こちらはヒムラー少尉だったはずだ。


 どちらにしても……やるしかないな!


 俺が覚悟を決めた時だった。


 「動くな!ファンデンベルグ人!それは私の獲物よ!」


 頭上から、威勢の良い声が響いた。


 頭上?俺のいたところか?……ってかこの声は……


 俺は聞き覚えのありすぎる声に嫌な予感がしつつも頭上を見上げた。


 俺に近づいていた、頬傷の男、クラウゼンも歩みを止める、いや、奴だけで無く、その他の者達も皆、上方、鋼鉄の魔神ブリトラの上を確認していた。


 ーー!!


 ……やっぱりか……


 俺は予想通りの相手に内心、頭を抱えた。


 「……おまえは?」


 頬傷の男は、その相手に問いかける。


 少し垂れ目気味の瞳と艶やかな唇が特徴の目鼻立ちのハッキリとした美人。

 薄い茶色のカールされた髪をトップで纏め、サイドに垂らしたポニーテールが、快活そうなその風貌によく似合っている。


 俺と変わらない位あるであろう、背丈のスラリとしたモデル体型で、白のTシャツの上に薄手のニット生地の白いロングカーデを羽織り、美しい脚線美が映えるデニムのショートパンツからのぞくカモシカのようにしなやかな双脚の女性。


 鋼鉄の魔神ブリトラの上には、俺のよく知る人物が、仁王立ちに俺達を見下ろしていた。


 「……そんな竜鱗りゅうりんもどきの技が、この峰月ほうづき 彩夏あやかに通じるとでも?」


 峰月ほうづき 彩夏あやかは、頬傷の男を無視して、俺の方を見下ろして、芝居がかった溜息をいた。


 「峰月ほうづき 彩夏あやか……そうか、九宝くほう 戲万ざま閣下も粋な計らいを」


 状況を見守っていた、ヘルベルト・ギレが、なにやら得心したようで、意地の悪い笑みを浮かべていたのだった。


 第十五話「決戦Ⅰ」END

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