第14話「前夜」
第十四話「前夜」
俺と
二人の三年ぶりでの、再会の時間は終わりを告げる。
ガチャリとドアの開く音が響き、二人の少女が俺の部屋から出た。
「それじゃあ行きましょうお嬢様」
ドアの近くで見送る俺の前で、なかなか動こうとしない黒髪の美少女。
「じゃあな
苦戦する
「……本当に、これが最後なの?」
消え入るような声で質問をする。
「ああ、多分……」
俺の答えに彼女の表情は曇る。
事が成らなければ、俺は命つきて彼女と再会することは無いだろう。
事が成ったとしても、この国の支配者、十二士族の統括者である
どちらにしても……だから多分、これが最後。
「えっと、大丈夫だって、俺の目的はあくまで
俺はそう続けて、多分そうなるであろう、
「……」
彼女は俯いて何かに耐えるような表情のままだ。
「
「癒えないわ……大事な想いが心から消えてしまう訳なんてあるはずない……」
「ああ、そうだ、消える訳じゃ無い……そうだな、分母が増えていくんだ」
俺はそれでも話を続けた。
「……分母?」
「大事な思い出、それは色あせないと思う、だけど俺達の人生はまだまだ続きがあるだろ?」
「……」
「俺も
「心全体が大きくなっていく……?」
「そうだ、今は心の中を占めるめいいっぱいの想いも、全体が大きくなることによって、それが全てじゃ無くなる、それはつまり、今の想いそのものが無くなるわけでも、ましてや価値の無いものになるわけでも無い」
「……」
「俺は自慢するぞ、
「……
「だから、だから、
「……そういうことは……自慢しない方が格好いいと思うけど……」
最後はおどける俺に、彼女は呆れたような笑顔で言う。
……それは多分無理に作った笑顔だろうけど……それでも彼女がわかってくれた証だろう。
「成長したのね
寂しげな瞳の色はそのままに、それでも、立派になった幼なじみを見つめる瞳は誇らしげに輝き、俺を褒める言葉は、いつもの毅然とした
待合用のソファーに腰を下ろし、常備してある新聞を広げて、その影に身を隠す。
ウィィーーーン
暫くして、彼はエレベーターから降りてくる二人の少女を確認する。
艶のある美しく長い黒髪が一際目を引く、高貴さと清楚さを兼ね備えた比類ない容姿の美少女。
彼はその少女と彼女を警護する目つきの悪い小柄な少女を、新聞越しに密かに監視する。
「あの男は、
そう言って息巻く
「……
「えっ、でも……あれだけあからさまにお嬢様に好意を表していて……それに、お嬢様の為にあそこまでする、あの行動は……」
「……求めないのよ……
「求めないのよ……決して自分からは……結局、身の程なんて、一番彼に私の望まないものを、弁えているのは
「お嬢様……」
「……」
「お嬢様?」
「……」
「お嬢様、あの男が、どうか致しましたか?」
「鬼の
「お、お嬢様?」
主のただならぬ雰囲気に、
「
そう言って従者の少女を引き連れて颯爽と去る黒髪の美少女は、いつもの
ソファーに腰を下ろし、新聞で顔を隠していた男は、一呼吸おいてそれを下ろし、黒髪の美少女が去った入り口の自動ドアを見つめる。
「あれが……噂に高い”
そう呟いた男は立ち上がり、エントランスのエレベーターに乗ると最上階のボタンを押した。
「久しぶり、
インターフォンに応えてドアを開けた俺は、相手の顔を見て、そう声をかけた。
人目を引く長身で、肩まであるしなやかな黒髪を無造作にかきあげて後頭部で括った男。
切れ長の瞳と鼻筋の通った彫刻のような容姿が、身なりをそれほど気にしていない風の男を、それでも様にしている。
「いや、構わない、それより火急的速やかに対策を講じる必要がある案件がある」
彼はいきなり堅い言葉でそう告げると、部屋に入った。
俺は、さっきまで幼なじみが座っていたソファーに彼を促して、市販のペットボトルのお茶を差し出した。
「
「ああ、すまない」
「!、
「ああ、だがたいしたことは無い、それより
俺の心配を余所に、話を進める
頷く俺に
「俺は少し前まで、ファンデンベルグ帝国の研究所が出していた求人広告の仕事に行っていたんだが、そこで例の、
あまりにタイムリーな話題に俺は驚いた。
「お、おい
「ちょっと入り用な事があってな、時給がよかったから応募してみたのだが、思わぬ収穫があった」
しれっと言ってのける男に、俺は呆れる。
「それで、
「俺だったって訳か」
「そうだ、だから俺は、作業後、整備室に忍び込み……妨害工作を試みた」
「妨害工作って?、
「ああ、その通りだ、だから、兎に角、分かる限り、配線とかを適当に繋いだり、繋がなかったりしてみた」
「……なんかおかしいぞ、その日本語」
俺は真面目な顔で意味の通らない変梃な言葉を発する友人を微妙な顔で見る。
「余計なことだったか?」
「はは、いや、悪かった
俺は、少し前の自分達の窮地と、それを脱した経緯、それにブリトラが予期せぬ異常をきたした時の、ヘルベルト・ギレの顔を思い出して、思わず笑ってしまっていた。
「?」
そして、意味の分からない顔をしている
「では、決行するのか?」
「ああ、予想外の早さだったが、
俺は、つい先程、自身を窮地に陥れた化け物の完成を歓迎していた。
「しかし
「危険は危険だが、今度はこっちも用意して行くからな……この日のための、あれを」
そう言って俺は視線で部屋の隅に置いてあるアタッシュケースを指す。
「完成していたのか……あれが」
「それから、こっちも完成済みだ」
そう言って俺は不敵に笑った。
「……分かった、俺はどうすればいい?一緒に闘うか?」
俺の仕草に納得したような
「……
俺は
これ以上、俺にとって大事な人間を危険に巻き込むわけにはいかない。
まして明日の相手は、その代価が余りにも大きすぎる。
「俺は必要ないのか?
気遣う俺の言葉に、即座に反論する
「……」
「……」
そうだった、
三年前、俺の命を救ってくれ、その後も何かと力を貸してくれた。
厄介な立場の俺に、
だからこそ、俺は彼を頼り、この計画のあらましを、
「……悪かった
「それは本当にたいしたことは無い、奴らから逃走するときに少しばかり芝居を入れただけで、本当はかすり傷だ」
アハト・デア・ゾーリンゲンを二個中隊壊滅させた男の代価はかすり傷程度、その事実が、彼もまた、
「わかった、じゃあ報酬の話だ」
「それも無用だ、いつも言っているだろう」
いつも通り、そう答える
「
それだけ危険な仕事であるし、
「……すまない、報酬をもらうと、そう言う関係だけのような気がして、少しな……」
傭兵稼業で生計を立てている彼らしい考え方だ。
本当に済まなさそうにする
「こっちがお願いしてるんだ
俺は笑って言う。
「あの女は……よくわからん」
「そうか?分かり易いと思うけどな、俺は」
俺も奔放な鬼姫を思い浮かべた、思わず口元が緩んでしまう。
「ともかくこの計画を話しているのは、
「うむ、友からの信頼には応えよう、必ず
「わるいな、
改めて頭を下げる俺。
「それこそ他人行儀だ、俺とお前の仲だろう」
そう言って
第十四話「前夜」END
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