第13話「ふたりⅡ」
第十三話「ふたりⅡ」
俺は真摯な彼女の視線に応え、ゆっくりと頷く。
「
そうして俺は話し始める。
「親類一同が集まる中、
「……」
「俺はと言えば、当主家の血を引いているとはいえ、隻眼で異質な半端者、生まれた時に廃棄されてもおかしくない存在だった」
「
俺はつい自嘲的な言葉になってしまった事に気づき、笑って”大丈夫だ”と彼女の気遣う瞳に応えた。
「そんな俺が初めて見る噂の当主家のお姫様は、想像通りやっぱり手の届かない存在だった、当時、親戚一同が会する行事でも、幼いながら、
「ちょっ、ちょっとその話は!」
彼女は当時を思い出したのか、少し顔を赤らめて話を遮ろうとした。
そんな彼女を見て、つい、俺は口元がほころぶ。
「
恨めしそうに俺を見上げる
いつも完璧を目指す、
俺は本当に久しぶりに、そんな子供じみた優越感に浸っていた。
「俺は一族の者達からは恥だって、生まれてこない方が良かったって、だからいない事と同じ存在なんだと、今まで誰からもそんな風に扱われてきたから……その日も何もしないで、邪魔にならないように息を潜めてやり過ごそうと考えていた」
俺は、
「そんなとき
「……」
最初は過去の自分の世間知らずな言動を恥ずかしがっていた
「あんまり、予想外のことで、俺は戸惑って固まるし、周りの者達はお嬢様の相手にするような者じゃないって
本来、
唯唯、世間知らずなお嬢様、蝶よ花よと育てられ、わがまま放題に育っていた、赤面の過去……彼女はそう思っているだろう。
でも、でも俺はその昔話が、とても懐かしくて大事な思い出だ……。
「昔のことはこれでも反省しているのよ、それに今はそんなんじゃ……」
いつしか彼女も懐かしむような表情で、でも、恥ずかしげに答える。
「解ってる、俺が知ってる頃の、十四歳の頃の
「……
「
「わ、私も……」
俺の当時の胸中は、彼女にとっても同じものであったのだろうか?
彼女は俯き気味に俺の肘を掴む手と逆側の手を自身の胸に添えていた。
なんだか大切な想いを温めるように……胸の奥にジワリと広がる何かを逃さないように。
少しだけ、その仕草に時間を費やした彼女は、顔をあげる。
それは、俺に対する抗議の色を含んだ、美しい濡れ羽色の瞳。
彼女の真剣な瞳が俺を正面から捉えていた。
「私は竜士族次期当主……それは私の宿命づけられた使命、私の誇りでもあるわ」
「そうだな」
その事には俺はまったく同意見だ。
「だから、
「囚われているのはどっちだ!
「!」
つい口調がきつくなってしまう俺。
だが仕方ないだろう、竜士族当主の事を言っているんじゃない、一族の未来を人質に取られて……彼女の人生を、
だから俺はその行動を起こしたのだろう。
具体的には解らなくても、俺が何かをしようと企んでいるのを知って……彼女は。
竜士族最強の
しかし、何よりも、
”強制力”、
他の士族に影響を与えるこの能力は、
上級士族の能力の源である”
この特異な能力により、
この王者の能力から逃れる方法は只一つ、士族で無くなる事だ。
単純ではあるが、その存在価値である”
そんなことを実行する士族が……実行できる人間がいるはずが無かった。
しかし、俺は、
僅か十歳の少年がそれを決断するほど、彼女の、
俺の決断した一連の課題。
それを行うための技術の取得と資金確保。
そしてそれらを成すための時間の確保……そのための七年間、その先の、
「
どこまでそれを察しているのか……それは俺には解らない。
「ここまで来るのに三年……いや、決意してから七年かかった、あと何年かかるか分からないけど、必ず成してみせる」
俺は決意した瞳でそう答えた、それは七年前から変わらない瞳であったろう。
「そんなこと……そんなこと頼んでない!」
「その事でどれだけ私が!私があなたのことを切り捨てて平気だったとでも!」
彼女の俺の肘を握る手に、痛いほど力が入る。
「わかってる、
「ふざけないで!あなたに何が出来るの!どうにかするって、あの
濡れ羽色の瞳に涙を溢れさせて彼女は叫ぶ。
それは彼女が三年前決断を下した日からの心の叫び、俺の行動の意味を薄々ながら感じていた、だからこそ苦しんだ三年間分の俺に対する訴えであったのだろう。
「俺は存在を無視された人間だったんだ、それを、その存在を初めて自覚できた、させてくれた
勝手な物言いだ、勝手に感謝して、勝手に憧れて、勝手に恋をして、勝手に……
だが、だからこその謝罪だった、だから、謝ることしか出来ないと俺は言ったんだ。
ーー
「
俺の想いに、言葉に詰まる
「俺は
そう言って俺は、隻眼の半端者は無理に笑った。
「あなたは、私の為に、”銀の勇者”になるつもりなの?そのための七年間……」
「!」
俺は思わず言葉を失った。
”銀の勇者”懐かしいフレーズに俺は驚く。
「いや、あり得ない、それは……俺は弱かったしな、勇者なんて代物とは真逆の存在だ、そもそも勇者よりお姫様の方がずっと強いって時点でなんだかなぁーって感じだろ」
そう答えながらも、俺は彼女の言葉で再認識したのかも知れない。
今の今まで、俺自身、意識していなかった事実に。
”銀の勇者”
幼い俺が憧れた……いまも心にあり続ける英雄
俺は……
俺は銀の勇者になりたい……
彼女のためになら……
銀の勇者になりたいんだ!
「!」
そこまでで、俺は、俺の顔をじっと見つめる
「ど、どちらにしても、俺はその半端な能力すら扱えなくなった、元竜士族、ただの一般人だよ、だから……だから俺は、まあ、俺のやり方で、かっこ悪くても、なんとか結果を出してみせるよ」
慌てて、しどろもどろになりながらそう締めくくる。
バツが悪そうに苦笑いする頼りない俺は、彼女にとっては、よく知る少年の頃の俺だったのかもしれない。
「それは、やっぱり、わたし……のため…」
「そうだ、
そして、当の俺に悲壮感は無い。
彼女に向ける顔は、ただちょっと難しい問題に取り組んでるだけだよ、と言うような表情を意識して造る。
「死ぬのは……駄目だよ」
本心ではどうやっても止めたいが、それは同時に俺の大事な物を無くしてしまうような事になると感じとって、なんとか、その言葉だけが口から出たようだった。
「わかってる、俺だって死にたいわけじゃ無いし、ただ俺程度の人間には、せめてその位の覚悟がなけりゃ無理だ、それに仮に無事だったとしても俺はもう竜士族じゃない、一族に戻ることも出来ないし、こんな無茶をしたら、一生お尋ね者だ……まあ今も、同じ様なものだけどなぁ」
一転、そうふざけて笑う俺。
ーーそうして、
「……」
「……」
その後、暫くの間、心地良いような、それでいて手持ち無沙汰なような沈黙が流れる。
「……そうだ、何かしっくりこないと思ってたんだ」
俺は、その沈黙に耐えかねて、急に話を変えると、立ち上がり、壁際に設置してあるローボードの引き出しからある物を取り出す。
「!」
「眼鏡……」
呟く彼女。
「伊達だけどな、なんか今じゃ、無いと落ち着かない」
俺はそう言うが、多分、
微妙な顔でこちらを見ていた。
「そういえば、久しぶりに会ったとき、気づいていたのにスルーしただろ、おかげで最初に気づくのがあのじいさんって最悪だ、折角のイメチェンが」
つとめて明るく俺は冗談を言う。
「あの時、その……傷を隠すのに使っているって気づいたから……」
小声で答える、申し訳なさそうな彼女の言葉に、俺はしまったと思った。
折角話を変えたのに、また蒸し返してどうする!
「え……と、まあ、あれだ……」
俺はそのまま、対応に困り、固まってしまった。
「……!」
そんな俺に、
左右から挟み込むように繊細な白い指が俺の耳の辺りにそっと触れる。
ーーどきりっ!
見つめる美しい濡れ羽色の瞳、突然の彼女の行動に俺の鼓動が跳ねた。
今度は違う意味で固まる俺。
俺は情けなくも、全くの受け身で彼女の次の行動を待っていた。
「……」
しばらく、俺を見つめ、彼女は両手で眼鏡をそっと外す
ホッとしたような、なんだかもの凄く残念なような……どちらにしても、終始受け身の俺には不満を言う資格は無いだろう。
「その傷……」
再び言葉を紡ぐ可憐な唇、彼女の言葉はそこまでであったが、俺にはその先は聞かなくても解った。
俺はと言うと、大丈夫だとか、男の傷は勲章だとか、いつもは軽口を言う所だが、やはり、そんな事は言えずに相変わらずのままだった。
「み、みや……?」
俺の口から思わずその名がこぼれた。
彼女は、構わずにそのまま行動を続ける。
ーー!
俺の右の目尻、僅かに残る傷跡に、
「
「……ごめん……なさい」
驚く俺に、数秒触れただけの唇からその言葉が頼りなげに発せられる。
「あ……うん」
俺は自身の直ぐ近くで頬を染め俯く少女に対し、ただ、返事とも肯定ともとれる言葉を返すのみであった。
ーー暫く後
無遠慮なインターフォンと共に、出て行ったときとはうって変わって上機嫌の目つきのわるい少女が、見るからにお腹を一杯にした様子で、俺達のいる部屋に戻って来たのだった。
第十三話「ふたりⅡ」END
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