第12話「ふたりⅠ」

 第十二話「ふたりⅠ」


 臨海市の港区域にあるリゾート施設”マリンパレス”


 休日になると家族連れやカップルで賑わうアミューズメントパークで、その敷地内には、遊園施設のみならず、海産物の卸売市場や、天然温泉施設まで揃った、他府県まで聞こえる人気施設だ。


 また、オーシャンビューのリゾートホテルが並ぶ一角には、一流ホテルのそれに匹敵する、リゾートマンションが聳え立つ。


 全室ぐるりと百三十度、海が見える事と高度なセキュリティを誇ることがセールスポイントの高級リゾートマンション。



 「穂邑ほむら はがねのくせに、生意気な所に住んでるな」


 目付きの悪い少女は、見るからに面白くなさそうに、ラグジュアリー感溢れる一階ロビーで難癖をつけてきた。


 「どういう意味だ……てかなんでお前までここに?」


 「何で?、穂邑ほむら はがね、おまえがお嬢様をここに連れ込もうとしているからだ!」


 吾田あがた 真那まなはグイッと俺と雅彌みやびの間に割り込むと憎々しげに睨み上げてきた。


 「連れ込む?……人聞きの悪いこと言うな!みやが俺の部屋に行きたいって言ったんだろ」


 俺は小柄な真那まなが目前で、めいいっぱい背伸びして、粋がるのにウンザリしながら反論した。


 ほんの数十分前、俺達は、鋼鉄の魔神、ブリトラに追い詰められ、絶体絶命であった。


 結局、あの状況から何とか逃走することに成功し、取りあえず、一時的に臨海中央公園からは離れたW県の代表的な名所の一つである、お城の二の丸広場に待避していた。


 「いったい何なのよ、あの非常識なポンコツは……」


 彩夏あやかが忌々しげに思い返す。


 「BTーRTー04べーテー・エルテー・フィーア、天才ヘルベルト・ギレ博士が長年の研究の末に開発した、対上級士族用兵器だ。俺が離れてから三年であんなレベルまで完成させているとは思っても無かったけど」


 俺がその問いに答える。


 「非常識と言えば、穂邑ほむら はがね、あの最後のピカッってで、ズドーンっていう光線は何だ!あんなのがあるなら何故もっと早く出さない!そうすればお嬢様がこんな……」


 一緒に逃げて来た雅彌みやびの従者、吾田あがた 真那まなが、俺に残念な表現で抗議してくる。


 「あれは……命中精度が極端に低いんだ、今回当たったのは、まぐれと言ってもいい」


 「衛星……兵器?、はがね、どうやってそんな大層な物を?」


 今度は彩夏あやかが質問してくる。


 「前に裏の仕事の方で某国の軍幹部と取引があってな、それでその時、衛星を一つ打ち上げてもらったんだ」


「……あんた、たまに本当に、私でも呆れるような滅茶苦茶してるわね」


 はぁとため息を吐く彩夏あやかと、愕然と開いた口がふさがらない様子の吾田あがた 真那まな


 「随分と資金もかかったのでしょう?あの武装兵器にしても……そのための裏家業なの?」


 今度は俺の肩を借りて寄り添う、黒髪の美少女、燐堂りんどう 雅彌みやびが会話に加わる。


 士力しりょくを出し尽くした濡れ羽色の瞳は、完全にそこに潜むはずの黄金を失っている。


 「まあ……そんなところだ」


 彼女の肩を優しく支え、答える俺。


 ーー!


 「!いつまでお嬢様に馴れ馴れしく触れている!穂邑ほむら はがね!」


 真那まながその事に今更ながら気づき、激しく抗議した。


 「……」

 「……」


 近い距離で、一瞬お互いを見る俺と雅彌みやび


 ーー


 「……いずれにしても、あのBTーRTー04べーテー・エルテー・フィーアは傷一つとまでは行かないまでも、大した破損はしていない、あのタイミングで不具合が起こらなければ危なかったな」


 「そうね、全力で無いにしても、私の竜爪りゅうそうも大して効いていないようだったし……」


 そうして何事も無かったように、そのままの体制で会話を続ける二人。


 「お嬢様!」


 吾田あがた 真那まながキー!と漫画のように頭から煙を出し飛び跳ねて悔しがった。


 おまえは往年のギャグ漫画のキャラクターかよ……


 「はがね、あなたの武装兵器とあのポンコツ……ブリトラだったかしら?あれは同じ原理で?」


 彩夏あやかが呆れ顔で真那まなを押しやり、本題の会話を続けさせる。


 「ああ、特殊な波動で、対象物である力場から、エネルギーを供給する、俺が考案し、ドクトーレ・ギレが実用化に成功した技術だ。ただ、ドクトーレ・ギレのブリトラはこれを竜士族のあかし、竜因子から行い、オレの武装兵器は……」


 そう言って俺は雅彌みやびから受け取った麟石リンセキを取り出す。


 「これから行う」


 雅彌みやびが納得したように頷いた。


 「……はがね、私あなたの部屋に行きたいわ」


 「!」

 「!」


 そうして彼女は急に問題発言を発した。


 突然の展開に言葉を失う彩夏あやか真那まな


 「……今回の事もあるし、色々と確認したいことがあるのよ」


 目を丸くする女二人を尻目に、雅彌みやびは、何でも無い事と話す。


 「……あなた、そういえば私にも聞きたいことがあるって言ってたわね」


 彩夏あやかが態と威圧するようなプレッシャーを出して雅彌みやびを睨む。


 「それはもういいわ、大体分かったし」


 雅彌みやびはそれを軽く流した。


 「……なにそれ?本当にいけ好かない女!」


 彩夏あやかは張り合いの無い相手に、そう吐き捨てた。




 そんなこんなで、ここから比較的近い、俺のマンションに一時待避することになったのだが、一行から、彩夏あやかだけが抜けることになった。


 如何に自由奔放な彩夏あやかとはいえ、今回の相手はファンデンベルグというだけで無く、自らの一族が所属する十二士族の実質的支配者、九宝くほう 戲万ざま


 今回は流れから、なし崩し的に敵対することになったが、流石に正面切っては不味すぎるのだろう……少し検討する必要があるわ、彼女は少し申し訳なさそうに、俺にそう告げた。


 まあ、そりゃそうだ、俺は寧ろ、よくあの状況で護ってくれたと感謝しているぐらいだ。

 ただ、少し落ち込んだ様な、彼女にしては珍しいテンションは、疲労やダメージのせいばかりでは無いような気がする。


 もしかしたら、雅彌みやびだけで無く、ブリトラにも後れを取った彼女は、どうやら気まずさもあり、一人になりたい気分であったのかもしれない。


 「私は一旦退くけど……大丈夫かしら?」


 去り際、それでも彩夏あやかは、再度、俺のマンションに敵が強襲しないかを心配する。


 「ブリトラは流石に今日の所は使えないだろう……他の軍勢が攻め込んで来た時は、そうだな、分かった、心当たりに連絡しとくよ」


 彩夏あやかの不安に俺はそう答えた。


 「……あいつね……面白くないけど、今はそれがベストだわ」


 そう言って、峰月ほうづき 彩夏あやかは、一応納得して去って行った。


 結局、俺のマンションには、俺と雅彌みやび、そしてお付きの少女、吾田あがた 真那まなの三人で向かうことになったのだった。




 穂邑ほむら はがね達にまんまと逃走された後の臨海中央公園。

 そこに残った無数の横たわる兵士達と大型トレーラー、そして巨大な鋼鉄の魔神……。


 金属製の杖をついた白髪の老人は、地面に散乱している、少しくすんだ色に変色した碧の宝石を拾い上げた。


 「麟石リンセキ……か」


 ヘルベルト・ギレは呟く。


 それは穂邑ほむら はがねが、先程の戦闘時に残した物。

 彼の武装兵器から引き出されたカードリッジに収まっていて、廃棄した物だ。


 「愚かだな、穂邑ほむら はがねくん、最高の上級士族デア・アーデルたる竜士族リンドブルムの因子と、貴重とはいえ、唯の鉱石である麟石リンセキ、そのポテンシャルが雲泥の差なのは明白ではないか、それでも犠牲はいやかね……君のそういうところが自身の成長を妨げているのだよ」


 一人呟きながら、不出来の弟子を思い返す老人。


 「ドクトーレ・ギレ、やはりBTーRTー04べーテー・エルテー・フィーアの組み立て時に何らかの妨害があったようです、接続回路の異常が明らかに意図的でした」


 杖をついた白髪の老人、ヘルベルト・ギレに、現場の臨海中央公園に到着したブリトラの回収班の男が進言する。


 ギレは不機嫌な顔で、ゆっくりとそちらを向いた。


 「ですから、私は言ったのです、最終調整の点検がまだであると!」


 男は上官であるヘルベルト・ギレに、顔を真っ赤にして猛抗議する。


 ギレがこの鋼鉄の魔神を、半ば無理矢理参戦させたのは、あの時の無線のやり取りからも明白で、その相手がどうやら彼のようであった。


 「ハラルドくんか、済んでしまった事をとやかく言っても仕方在るまい、それより妨害したのはやはり、過日取り逃がした真神ヴァーレ・ケーニッヒ”なのか?」


 老人は自らの非を意に介することも無く話を進めた。


 「……」


 自分勝手な上官に憮然とした態度で、閉口するハラルド・ヴィスト技術准尉。


 「ふん、フォルカーくん、どうだね?」


 ギレ老人は明らかに不機嫌な目の前の男を見限って、その後ろで戦場の後処理の指揮を執る精悍な男に声をかけた。


 ファンデンベルグ帝国が誇る第八特殊部隊、通称”アハト・デア・ゾーリンゲン”隊長フォルカー・ハルトマイヤー大尉である。


 「はっ!そう思われます、ご命令通り、私の部隊が消息を追っているのですが……」


 「そうか、ではその男は、穂邑ほむら はがねくんの関係者という可能性が高いな」


 ギレが何かに納得したかのように頷いた。


 「少佐殿、わが隊のベルトラム・ベレンキ中尉を打ち破ったのもその穂邑ほむら はがねという男、もと少佐殿の部下、穂邑ほむら技術准尉だと言うことですが……」


 フォルカーは努めて冷静に戦況の確認をするが、彼のカミソリのような鋭い眼光には熱い感情が垣間見える。


 「たしか、ベルトラム・ベレンキ中尉は、君の第八特殊部隊の結成時からの盟友であったな」


 フォルカーは言葉は発せずに、ただ頷く。


 ファンデンベルグ帝国の第八特殊処理部隊、通称”アハト・デア・ゾーリンゲン”


 上級士族達も含まれ編成されるこの特殊部隊は、上級士族特有の強力な特殊能力と、数多の戦場で培った豊富な実戦実績を誇る超実戦部隊。


 実は、その部隊の呼び名の由来は、第八部隊からアハトという訳では無く、”八本のナイフ”、フォルカーやベルトラムを含む八人の最強の軍人達から結成された部隊という意味であった。


 「元だよ、元准尉……穂邑ほむら はがねくんは、彼はあの事故で職場放棄した者だからな……」


 はがねの右目を奪うように指示を出した本人とそれを実行した指揮官、あの事故の真相を知る二人は、今回の奇妙な縁に、運命などというあやふやなものでは無い、何かもっと確かな意思を感じていた。


 どちらにしても、これ以上情報が無いのなら、その意思とやらが何で在るのかは詮索しても仕方が無い、ただ目の前の障害を排除するのみ。


 技術者と生粋の軍人、一見、畑違いに見える二人の思考は意外に一致していた。


 「なかなかどうして、用意周到ではないか……穂邑ほむら はがねくん」


 状況とは裏腹に、ヘルベルト・ギレは楽しそうにニヤリと笑う。


 「穂邑ほむら はがね……あの時の……」


 フォルカーも、記憶にあるその名を呟いていた。




 「お嬢様のご実家に比べたら全然ですね」


 吾田あがた 真那まなはそう言って俺の入居する、高級リゾートマンションの最上階、俺の部屋で仁王立ちして言った。


 「百三十度パノラマオーシャンビュー?こんな田舎じゃ夜景も大したことないですよ」


 そう貶す彼女の足下はがくがくと震えている。


 「そりゃそうだろ、同じ夜景でも、成桐せいとう区の町並みと比べられたら」


 ったく、何でこいつはこんなに無理に威張ってるんだ……


 俺は呆れながらもそう答える。


 当主代理という立場上、普段は東日本の帝都にある別宅で仕事をこなす雅彌みやび、実家は西日本屈指の都市でありながら瀟洒な町並みを擁するH県成桐せいとう区の高級住宅街にあり、そこは百万ドルの夜景と称されていた。


 対して俺の居住する部屋は、雅彌みやびの実家や別宅と比べるべくも無いが、それでも高級リゾートマンションの最上階を、俺の住む部屋一つだけで占めるという豪華さではある。


 実際、学生である俺がこんな場違いなところに住んでいるのは訳がある。


 セキュリティ、研究の設備部屋、そしてなにより立地条件、そういう理由があるのだ。


 「か、勝ったと思うなよ、おまえが偉いんじゃ無い、このマンションが、マンションが……」


 どうしても認めたくないのかよ……


 俺はヤレヤレとあきらめ顔で真那まなを見た後、雅彌みやびに話す。


 「たしかに夜景とかはだけど、俺は他に気に入ってるところがあるんだ」


 「なに!、なに?それって何?」


 無理に見下そうとしていた割には、興味津々で主人と俺の会話に割り込む、わりと失礼な真那まな


 「真那まな、あなたは、一度席を外して」


 落ち着きの無い従者に一言いう雅彌みやび


 「お、お嬢様、危険です、こんな素敵な……じゃなかった、如何にも女を口説く為にしつらえたようなオシャレな……じゃなかった、な部屋に、こんな男と二人きりなんて!」


 割とぽろぽろ本音がこぼれる説得力の無い従者の少女。


 「いいから、はがねと大事な話があるの!」


 少し強めの主の言葉に、しゅんとしてしまった少女は、頷いて部屋を出る。


 「あ、吾田あがた 真那まな!一個下の階にスカイラウンジがある、そこなら俺の名前を出せば無料だぞ!」


 多少いたたまれなくなった俺は、そう言って彼女を見送る。


 吾田あがた 真那まなはドアを閉めるとき、気まずそうに、心持ち会釈をして出て行った。



 「……相変わらず優しいのね、はがね


 俺の態度を雅彌みやびがそう評価した。


 「そうか?普通だろ」


 そう言って俺は、リビングのソファに彼女を促す。

 良く磨かれたフローリングの上に鎮座するソファーは、二人で座っても十分くつろげる大きさである。


 腰を下ろす黒髪の美少女を余所に、俺はカウンターの向こうにある少し本格的な大きさの冷蔵庫を開けた。


 「何、飲む?」


 そう聞く俺に、雅彌みやびは簡潔に答えた。


 「水でいいわ、今はそれが一番飲みたい」


 俺は頷くと、冷蔵庫から、ペットボトルのミネラルウォーター二本と、ガラスコップを二個持って彼女の所へ戻った。


 一息つくと、彼女はすっかり落ち着きを取り戻した美しい濡れ羽色の瞳で、隣に座る俺を見据える。


 「それで、どうしてこんな事をしたの?これからどうするつもりなの?」


 落ち着いた声ではあるが、冗談を許さない真剣な言葉だ。


 「こんな事?今日の事か?それとも三年前の?」


 俺は、少し誤魔化すように答える。


 「両方よ、三年前、あの事件の後どうして失踪したのか、今日、どうして闘ったのか」


 苛立ちを滲ませて雅彌みやびは問いかける。


 「三年前は、正直、成り行きだ、俺を助けてくれた男に頼んで燐堂りんどう家を去ることにした」


 「私に迷惑をかけないため?そんなに私は頼りにならない?」


 そう問い詰めてくる彼女であったが、その心は複雑そうだ。


 一族の為とは言え、自身が見捨てた相手が俺であった、その対象が俺であると知らなかったとはいえ、それは同じ事だ。


 そして、見捨てた張本人である自分が、俺に厚かましくもこんな事を言えた義理では無いと知りつつも、もし俺があの時、自分を頼ってくれたら、必死にお願いされたら……あの時、自身の決断は違っていたかもしれない。


 彼女には、きっとそういった葛藤があるのだろう。


 そして、同時にその想いが自分勝手な思いだと言うことも十分承知している……


 気高く、人一倍責任感が強い雅彌みやび、それ故に、ひとに冷たくとられることも多いが、彼女は本当は優しくて、繊細だ……


 その雅彌みやびをこんなに追い詰めているのは誰だ?


 ……わかっている……それは……


 「……ごめん」


 俺は本当に心から謝った。


 「!」


 雅彌みやびはその言葉に激しく反応した!


 「なんで!なんでこうくんが謝るの!悪いのは私なのに!」


 珍しく頭に血が上る雅彌みやび、彼女は隣に座る俺の肘を掴むと乱暴に自分の方に向かせる。


 「あなたの……あなたのその竜眼りゅうがんは、大事な、大事な右目は……私のせいで無くなったのに……痛かったでしょう……苦しかったでしょう……」


 みるみるうちに、彼女の美しい双眸から涙が溢れた。



 「みや……ごめん、本当に俺はそれしか言えないんだ、ごめん……」


 そう言って俺の肘を痛いくらいに握る彼女の手を、自身の手の平で包んでいた。


 だめだ……今はまだ……駄目なんだ…… 


 「……」


 涙に濡れる瞳で、ただただ、謝罪の言葉を繰り返す俺を見上げる雅彌みやび


 でも、それでも……話せることもある……三年たった今なら……


 俺は決断していた、少しだけ、少しだけなら……と

 それが後に、俺の計画を狂わせることになるとは思いもせずに……。


 「三年前の……件は俺が仕込んだんだ……俺がファンデンベルグの研究所に俺の竜因子の情報をリークした。」


 「……?」


 思わぬ告白に、俺の顔を上目遣いに見上げていた彼女は言葉を失っている。


 「みやが苦しむって分かっていて、俺なんかのために悲しんでくれるって分かっていて……そうした」


 今度は、俺が苦しみながらも告白する。


 「話して……」


 黙り込む俺に、雅彌みやびは優しく促してくれた。


 第十二話「ふたりⅠ」END

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