第11話「ブリトラ」

 第十一話「ブリトラ」


 臨海中央公園に聳え立つ、鋼鉄の魔神ブリトラ。


 立ちはだかる巨人に相対するのは、各々の想いを持った四人。


 「はがねが誰かの為にあの武装兵器を開発しているって聞いてたけど……それがこんな女の為だったなんて!とんだお笑い種だわ、この峰月ほうづき 彩夏あやかともあろう者が、そんな茶番に付き合わされていたとはね!」


 峰月ほうづき 彩夏あやかは極めて不機嫌に言い捨てると燐堂りんどう 雅彌みやび吾田あがた 真那まなのいる場所から、俺の傍に歩いて来た。


 俺は何度かこの武装兵器の試験運用のため、模擬線の相手として彼女に付き合ってもらっていた過去がある。


 実戦における兵器の試験と改良のため、そして素人の俺自身が実戦感覚を掴むためにだ。


 訓練中、彩夏あやかは何度か、俺に兵器開発と使用目的など、その理由を尋ねてきた、まあ、当然と言えば当然かも知れないが、俺はそれに対し、”大事な人のためだ”とだけ答え、あとは曖昧に誤魔化していた。


 士族の世界では追放という処分はある意味、死よりも重い罰だ。


 士族としての名声も、栄誉も、誇りさえも剥奪されるのだから。


 とは言っても、俺には元々そんな大層なものはないけどな……。


 兎に角、そんな事から、俺が竜士族を追放になった出来事は士族の世界では結構有名だから、彩夏あやかもある程度は俺の事をっていたはずだろうが。


 「はがね、わたし降りるわ!、今後はボディーガードとしてだけ雇われるから!」


 俺の傍まで来た彩夏あやかは肩をぽんと叩き、振り返って、向こうの雅彌みやびを睨む。


 「はがね、心配ないわ、このポンコツからは、わ・た・し・が、責任を持って守ってあげるから」


 ポニーテールの少女は、そのまま、雅彌みやびに当て付けるように言う。


 おいおい、相手はそっちじゃないだろ……


 目の前の巨大な鉄塊を無視し、後方の雅彌みやびほうを見てその台詞を吐く彩夏あやか


 「ふむ……上級士族デア・アーデルの中でも最強の能力を持つという竜士族リンドブルム、その失われし源流たる、四大竜の因子を原動力とする我が魔神の能力……先ずは小手調べというところか」


 ーープシューーーーーー!


 鋼鉄の魔神の肩口から勢いよく噴き出す空気の流れ。


 無骨な鉄塊から伸びる体高以上の蛇腹状の腕が、蛇のようにのたうったかと思うと、それは鉛色の槍となり、俺めがけ、前方から突き抜けた。


 「くっ!」


 ガシィィィィーーン!


 俺は白銀の武装兵器でそれを受け流す!


 ギャリギャリギャリーー!


 火花を散らしながら右手の武装兵器を擦り抜ける巨大なアーム!


 人体を大きく上回る魔神の腕の一撃に、こらえきれずに俺は片膝を着いていた。


 「そこ!」


 ダッ!


 彩夏あやかは、俺の横を通り抜け、伸びきって一本の鉄柱の様になった鋼鉄の腕にすかさず飛び乗った。


 ダンッダンッダンッダンッ!


 そして一気に坂を上るように駆け上がっていく。


 バキィイイ!


 峰月ほうづき 彩夏あやかはヘルベルト・ギレの誇る魔神の胴体に蹴りをたたき込んだ!


 ドカァァァ! 


 続けて踵落としを胴体中央上方、本来なら脳天の箇所にたたき込む。


 「!」


 その手応えにポニーテールの少女の瞳が開かれた。


 鋼鉄をも容易く粉砕する彩夏あやかの蹴り、それが、いとも簡単に弾き返されたからだ。


 ブォォーーーーーーン!

 ブォォォーーーーン!


 魔神ブリトラは、自身の頭上に立つポニーテールの少女に向け、巨大な蛇腹状の腕を、まるで鞭のように、しならせて薙払おうとする。


 「くっ!ふっ!」


 彩夏あやかは自身の身長ほどもあろうかという、鋭い鋼鉄の四本爪を不安定な足場にもかかわらず、跳んで、しゃがんで躱す。


 「ははは、どうした、鬼士族トイフェル姫神ヴァール・ヒルトよ!我が魔神の装甲はそこいらの鉄屑兵器とはわけが違うぞ!」


 ヘルベルト・ギレの嘲りに、彩夏あやかはギロリと下を睨んで静止した。


 「あ、彩夏あやか!」


 巨大な鉄塊、魔神ブリトラの頭上で突如立ち尽くすポニーテールの少女。


 その両脇から凶悪な四本爪を有する巨大な腕が襲い掛かる!


 「ふぅ……」


 瞳を閉じたままの少女は、死という結果に囚われそうになる刹那!


 ギャリギャリギャリ!!


 再び煌めく瞳を開いたかと思うと、右足の踵を軸に回転を始めたのだった!


 フィギュアスケートの選手のように激しく回転する少女の身体からだ


 ガコンッ!ドガシャッ!


 その回転蹴り?は、巨大な鉄の爪を即席竜巻で見事に弾き返していた!


 「なにっ!」


 これには流石のヘルベルト・ギレも声をあげる。


 「彩夏あやか……」


 その時、俺は見た。


 自身を襲う脅威を撥ね除けた鬼士きし族の少女は、肌ををうっすらと朱に染め、全身に梵字のような模様を浮かび上がらせていた。


 「馬鹿な……いまだにそんな士力しりょくが残っていたのか……」


 ヘルベルト・ギレの驚きは尤もだ……そんな士力しりょくが……残っているはずが……


 「峰月ほうづき 彩夏あやかを舐めるんじゃないわよ!」


 彩夏あやかはそう叫んで、足元の巨大な鉄塊を標的に、白くしなやかな足を天に掲げる。


 魔神ブリトラに対して、本日二度目の踵落としなのか?

 しかしそれは、通用しなかったはずだが……


 俺の懸念は必要なかった。


 それは、全くの別物、先ほどとは別物といえるほどの技だったのだ。


 ブォッ!


 天高く振り上げた白くしなやかな足が、あかく、あかく、紅蓮あかく、煌めく!


 彩夏あやかは高らかにそれを宣言する!


 「てん!」


 ガシィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイーーーー!!



 凄まじい衝撃音と閃光!


 ぶつかり合う彩夏あやかの踵と魔神の装甲!

 まさしく剛と剛の衝突!


 そして、鬼姫の士力しりょくと魔神の……これは何らかの障壁か?


 兎に角、相対するもう一つの異なる、異能力の衝突により、一帯がしゃっこうはっこうで拮抗する!


 メキメキメキッ!


 軋むヘルベルト・ギレご自慢の錬金装甲。


 無理も無い、鋼鉄の魔神の巨体が地面にめり込んでもおかしくない超驚級の踵落としだ!


 ガガガガガーーーーー!


 耐える魔神!


 ギャリリリーーーーーーーー!


 伝家の宝刀、必殺の蹴り足を振り下ろし続ける彩夏あやか


 赤と白に激しく明滅する世界は、まるで溶鉱炉の只中のようだ。


 「むう……よもやこれ程とは……しかしそれだけでは我が魔神の装甲はとても砕けぬ」


 ギレの言葉は只の強がりなのか、それとも?


 ガガガガガーーーーー!

 ギャリリリーーーーーーーー!


 「……かはっ!」


 彩夏あやかの口から鮮血が散り、彼女はそのまま魔神の頭上に崩れ落ちる。


 「あ、彩夏あやか!」


 「くっ……はぁ、はぁ」


 四つん這いになり、苦しそうに肩で息をするポニーテールの少女。


 やはり士力しりょくの限界だったんだ……体に負担が掛かりすぎたんだ……


 「ふふ、素晴らしい!素晴らしいぞヴァンダァバァース姫神ヴァール・ヒルト!」


 ヘルベルト・ギレは金属製の杖を手放し、両手でパンパンと彩夏あやかを称える。


 くそっ、あれでも余裕かよ……嫌みな……


 「敢闘賞だ!鬼士族トイフェル姫神ヴァール・ヒルトよ、貴公にはが魔神のコレをくれてやろうぞ!」


 老人がギラリと光る不気味な眼光で、そう言葉にした瞬間、鋼鉄の魔神ブリトラが大きくブレたような気がした。


 「な、なに?」


 ーーヴゥゥンッ


 いや、気のせいじゃない!


 無骨な鉛色の表面積全てを使って震える巨体はそこを伝い、周辺の大気をも震わせる。


 ーーヴォォォォォーーーーーーン


 「!あっ彩夏あやか!離れろ、共振破壊だ!」


 遅ればせながら、俺はそれに気づき、叫ぶ。


 「!」


 しかし、ポニーテールの少女が離れようと鉄塊を蹴り出す前にその振動は、彼女を捕らえていた。


 「きゃぁぁ!」


 鉄塊の頂上で、彼女の体は感電でもしたかのように痙攣し、特徴のポニーテールを振り乱してビクビクと体を揺らす。


 「…………」


 ーードサッ


 やがて鋼鉄の魔神の振動が収束するのと同時に、魔神の十メートル近い体高から無様に崩れ落ちる少女の華奢な身体からだがあった。


 くそ、またしても俺は後手に回った……くそっ!

 BTーRTー04べーテー・エルテー・フィーアに装備されているドクトーレの共振破壊は既知の技術であったのに……。


 固有振動数を利用した物質の破壊、共振現象を応用したその技術は、天才ヘルベルト・ギレの手によって、別物とも言える進歩を遂げた。


 いや、実際には共振では無く、それを媒介とした……いや、今はそんなことより!


 俺は直ぐに対象に走り寄り、地面に無防備に横たわる彩夏あやかを自身の身体からだで庇うように立った。


 そして目前の巨大な鉄塊に向け渾身の技を繰り出していた。


 「三式百五十番”ほう”」


 白銀色に輝く右腕の武装兵器を振りかぶり、鋼鉄の魔神に打撃を放つ!


 ヴゥゥゥーーン!


 一瞬で、俺と魔神との間に、青色光のサークルが展開された。


 巨人とトレーラーを葬った必殺の拳。


 青円光の加速フィールドを突き破るように放たれる右ストレート!


 ドゴォォォォォーーーーーーーーーーン!!


 「!]


 だが、同時に俺の表情は一瞬、凍り付いた!


 この技でも、必殺の突貫打撃でも、少しブレるだけの魔神の巨体。


 鋼鉄の魔神、BTーRTー04べーテー・エルテー・フィーア、いや、ブリトラには通用しない!


 ーーガコンッ

 ーープシューーーー


 放った武装兵器の表面装甲が弾け飛び、剥き出しになった内部から蒸気の様な湯気が激しく噴き出した。


 くっ……やはりこの試作機では……


 俺は即座に左の武装兵器を振りかぶる!


 「三式百五十番”ほうてん”」


 またもや一瞬で俺と魔神との間に、青色光のサークルが展開される。


 ヴゥゥゥーーン!


 同様に青円光の加速フィールドを突き破るように放たれる左ストレート!


 ドゴォォォォォーーーーーーーーーーン!!


 「!」


 やはり同じだ!俺の表情は、今度は完全に凍り付いていた!


 ーーガコンッ

 ーープシューーーー


 「くそっ……これは……まるで」


 右腕同様、使用不能になった左腕の武装兵器をダランと下げ、俺は絶望的な感想を漏そうとする。


 「竜鱗りゅうりん……のようだ、と?」


 ヘルベルト・ギレがそこに割り込み、その言葉を引き継いでわらっていた。


 鉄壁の防御を誇る、竜士族の技、”竜鱗りゅうりん”。


 かの化け物の装甲はまるでそれを体現している、いやそれ以上の代物だと、言われるまでも無く俺は感じていた。


 「我が研究の成果、超超硬度のGH合金、君も知っていよう、あらゆる炭素系物質を凌駕する硬度は、かのタングステン合金の二百五十パーセント、融点は七千五百度以上」


 自慢げに俺とその足下に横たわるポニーテールの少女を眺めるギレ。


 「君のそのおもちゃも、同様の技術で創られているな、天晴れ、我が技術から学んだ代物だろうが、しかし決定的な違いは、そのコーティングにある」


 「コーティング?」


 俺はもったいぶった口調のかつての師を睨む。


 「竜士族の源流たる四大竜を何故に求めたか!答えは明確!その能力を宿す為、この古の神如き因子の能力による特殊コーティングにより、我が錬金装甲は、黄金竜姫おうごんりゅうきの”竜城りゅうぐう”に匹敵するに至ったのだ!」


 黄金竜姫の竜城りゅうぐう?……雅彌みやびの?


 針小棒大、誇大妄想、大言壮語、世迷い言だと、普段ならそう思ったに違いない、しかし現実にそれを見せつけられた俺は……


 いや、今はこの隙にすることがある。


 俺は高らかに宣言するヘルベルト・ギレを横目に、倒れた彩夏あやかを回収して離脱しようとしていた。


 ーーガシィィィィーーン!


 「うわっ!」


 途端に魔神の強靱な四本の爪が俺の眼前に突き立ち、砂煙を上げて地面にめり込んでいた。


 「人の話の最中に、別のことをするなど躾がなっていないな、穂邑ほむら はがねくん」


 ブオォォォーーン、ブオォォォーーン


 続けて、巨大な蛇腹状の鉄腕を振り回す魔神。


 「くっ!」


 俺は、彩夏あやかを引きずりながら回避しようとするが、見た目からは想像も出来ないほど俊敏に動き回る鉄の鞭に捕まってしまった。


 ガキィィ!


 その衝撃をうける寸前、咄嗟に彩夏あやかを出来るだけ遠くに投げ出して回避させ、間に合わない自身の頭部は両腕の武装兵器でガードする。


 「ぐわっ!」


 ザンッ!ザンッ!ザシューーー!


 巨大な爪の直撃を受けた俺は耐えきれず、そのまま飛ばされ、二度、三度、地面に跳ね、体をあちこちぶつけられて倒れ込んでいた。


 「……くっ……う……」


 意識はあるが立ち上がれない。


 俺の傍には、衝撃で歪んで割れた眼鏡のパーツが散乱していた。


 俺の普段から身に着けているアイテム……


 それがひしゃげて、レンズ部分も粉々に割れ、転がっている。


 ーーコツ、コツ


 金属製の杖を鳴らしながら、ゆっくり歩み寄る老人。


 グイッ

 「!」


 息も絶え絶えに横たわる俺の顎を、節くれ立った枯れ木のような指が掴み、乱暴に自身の方に向ける。


 俺の眼前には勝ち誇ったしわくちゃの顔があった。


 「伊達眼鏡……あまり似合っていない眼鏡をしていたかと思えば、なるほど、その右目……入れた義眼を目立たなくするためか?」


 そう言って俺の右目にある傷跡、そしてよく見ると分かる精巧な義眼を無遠慮にのぞき込んでくる。


 「そのための眼鏡か……ククッ、男子たる者、見た目を気にするようでは大物にはなれんぞ、穂邑ほむら はがねくん」


 余裕の顔で敗者を嘲笑うヘルベルト・ギレ。


 ほんと良い性格してるな……昔から。


 「ドクトーレ、あんたは少し気にした方がいい」


 砂埃に汚れた顔でも、それでも憎まれ口を叩く俺に、ギレ老人の窪んだ眼がみるみるうちに冷徹な光を宿していった。


 「そうか……気に入らないようならもう一度、その義眼をえぐりだしてやっても良いのだぞ、それとも今度は左目を所望か」


 「………」


 不味ったな……怒らせてどうする、俺。

 表面上は平静を装っていたが、心の中では、俺は自身の行動に突っ込んでいた。


 ドゴォォォォォォォォーーーーーーーーーン!

 ーー!


 突如巻き起こった爆裂音。


 なんだ?いったい……


 俺は一瞬何が起こったのか理解できなかった。


 鼓膜がしびれる程の爆裂音が響いたかと思うと、続いて、凄まじい地響きと共に前が見えない程の砂塵が巻き上がり、地面が大きく二度ばかり揺れていた。


 「BTーRTー04べーテー・エルテー・フィーア!」


 よろめいた後、片膝をつき、砂埃に細めた目でそれのあった辺りを見て叫ぶ老人。



 「こんな事が……こんな事をして……正気か!燐堂りんどう 雅彌みやび!」


 !……いま何て言った?この老人は……雅彌みやびだと?


 ガガガガガーーーーーー


 轟音と共に崩れゆく鋼鉄の魔神、それはゆっくりと沈む巨大船のように高度を下げて、やがて、先ほどの爆裂音にも勝るほどのボリュームを伴って横倒しになった。


 「……」


 ヘルベルト・ギレは竜の美姫を振り返った状態で睨み付ける。


 美しい黒髪と繊細な刺繍の施された膝丈の黒のフレアドレス。


 その裾を爆風に靡かせながら佇む少女。


 彼女は、煌めく黄金色の瞳で、白く繊細な右手を肩の高さで自身の体の前に翳す。


 「雅彌みやび様でしょ年寄り!、無礼な、”さま”はどうした!」


 俺が呆気にとられ、その光景をただ間抜けに眺めていることしか出来ない間に、彼女の傍らに控える目つきの悪い少女、吾田あがた 真那まなが、ギレを一喝していた。


 「ぬぅ……九宝くほう 戲万ざま閣下に逆らうと言うのですか、フロイライン雅彌みやび


 ヘルベルト・ギレは、真那まなの言葉に一瞬、皺だらけの顔を顰めてから形だけは丁寧な口調で問う。



 「……不快だわ、その鉄屑」


 燐堂りんどう 雅彌みやびは答えず、ただそう言って、自らの技で崩れ落ちた、鋼鉄の魔神を見下していた。


 「…………」


 ヘルベルト・ギレは竜の美姫を視界に収め、暫し吟味しているようだ。


 「なるほど……仕方がない……そういう事なら、少しばかりお仕置きが必要でしょうな、気まぐれなお嬢様には」


 見目麗しき黒髪の美少女を物色しているような視線で、ニヤリといやらしくわらう。


 「お嬢様を下賤な目でみるな!年寄り!」


 不遜で不躾な眼光で主を見る老人を怒鳴りつける真那まな


 もはやお付きの少女など無視して腕を振るヘルベルト・ギレ。


 ゴゴゴゴゴォォォーーー


 一度は地面に横たえた巨体を、自らが作ったクレーターのような陥没からせり上げるBTーRTー04べーテー・エルテー・フィーア、通称ブリトラ。



 「……マジ……かよ……」


 俺達の前に再び立ちはだかる鋼鉄の壁は、黄金竜姫の派手な一撃を喰らって尚、無傷であった。


 プシューーー!、シューー!


 無機物の魔神は、まるで怒りを表現しているかのように肩口から空気圧を吐き散らす。


 「みや雷帝らいていの直撃をうけて無傷かよ……」


 士力しりょくと体力が万全で無いとはいえ、かつて彼女の竜爪りゅうそうである雷帝らいてい をうけて立ち上がれた者はいない。


 俺はギレの足下で這いつくばったまま、かつて関わった兵器の恐るべき性能に、今更ながら、嫌な汗が止まらなくなっていた。


 「お、お嬢様!」


 ブリトラが完全に復活し、それに対峙した瞬間、吾田あがた 真那まなの叫び声が響いた。


 「み、みや!」


 声のほうを見た俺も叫ぶ。


 そこには、両膝と手をつき、辛そうな表情になる雅彌みやびの姿があった。


 「お嬢様、大丈夫ですか!お嬢様!」


 真那まなが肩を貸すように寄り添い心配して取り乱す。

 駄目だ……やっぱり負担が大きすぎたんだ……


 俺は彼女の様子を確認し、咄嗟に思い至る。


 姫神ひめがみである彩夏あやかとの戦いで想像以上に疲弊していた彼女、これ以上の能力の行使は出来そうに無い。



 「……万全を期す為に、姫神ヴァール・ヒルト同士で疲弊するのを待ったが、些か慎重にすぎたか……いや、これは我の手落ちであった……これではBTーRTー04べーテー・エルテー・フィーアの試験運用も出来ん」


 ヘルベルト・ギレは、立ち上がれない竜の美姫に、失望したように呟くと、それを諦めて指示を出す。


 「狩れ、ブリトラ!、竜の姫と穂邑ほむら はがねは捕らえよ……その他は消去だ!」



 グォォォーーーーーーーーン!


 鋼鉄の魔神、ブリトラは巨大で凶悪な顎を震わせて、まるで創造主たるギレに応えるかの様に、戦慄わななくと、殺戮の狼煙を上げた。


 「みや!」


 身体からだが痛い?動かない?言ってる場合じゃ無い!


 ギレを振り払い、傷ついた体に構わず、雅彌みやびの元に疾走はしる!


 「愚かな……」


 ヘルベルト・ギレは、俺の選んだ、何も状況が変わらない、その非生産的な行動に呆れたようだ。


 ーー人間の行動、つまり大きく括れば、人生そのものをどう行動するか、理に適った計画性のある存在そのものが結果を凌駕する芸術なのだ。


 俺の脳裏に、かつての師、ヘルベルト・ギレの言葉が蘇る。


 かまうかよ!そんなこと!



 ギギギィィィーーーー!

 キシャーーーー!ガコンッガコンッ!

 ブ、ブロローーーー!?


 「!」


 なっ何だ!


 突然、けたたましい異音を連発する鉄塊。


 「ブ、ブリトラ!?」


 ギレが自慢の魔神の異変に目を見開いていた。


 ブォォーーン、ブォォーーン、ドドーーーーン!!


 突然在らぬ方向に腕を振り回したかと思うと、後退し、轟音と砂煙をまき散らし、今度は自らひっくり返る鋼鉄の魔神。


 「な、何だいったい、どうなっておる!」


 ヘルベルト・ギレは混乱しながらも、杖を頼りに、倒れゆくブリトラから転がるように慌てて避難していた。


 今だ!今しか無い、あれならこの状態でも使えるはず!


 俺は雅彌みやびの元へ辿り着き、彼女を支えながら、この異常事態からある決断をする。


 チラリと使用不能になった両腕の武装兵器を見ると、間髪入れずにそれを頭上に掲げた。


 一見使用不能に見える両腕の武装兵器。


 白銀の装甲の突起部分にあるレンズのような装置が、天空に向けられ、キラリと光った。


 「零式サテライトレーザー”ごう”!」


 ーー!


 その光に呼応するかのように、夜闇の天空に、明けの明星の如き輝きが瞬いた。


 そこから地上の無骨な鉄塊にまで、巨大な定規をあてたかのように綺麗に走る一筋の光線!



 頼む!当たって……当たってくれ!


 ーーシュドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!


 辺り一面が一瞬、昼間のような明るさに照らされた。


 自ら崩れ落ちた鋼鉄の魔神を目映い閃光が包み、大地に投げ出された巨大な四肢が、ガシャガシャと跳ねまわる。


 それを愕然とした表情で傍観する老人。


 彼の口元からは、思わず言葉が漏れていた。


「衛星兵器!、高出力レーザーだと!」


 第十一話「ブリトラ」END

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