第11話「ブリトラ」
第十一話「ブリトラ」
臨海中央公園に聳え立つ、鋼鉄の魔神ブリトラ。
立ちはだかる巨人に相対するのは、各々の想いを持った四人。
「
俺は何度かこの武装兵器の試験運用のため、模擬線の相手として彼女に付き合ってもらっていた過去がある。
実戦における兵器の試験と改良のため、そして素人の俺自身が実戦感覚を掴むためにだ。
訓練中、
士族の世界では追放という処分はある意味、死よりも重い罰だ。
士族としての名声も、栄誉も、誇りさえも剥奪されるのだから。
とは言っても、俺には元々そんな大層なものはないけどな……。
兎に角、そんな事から、俺が竜士族を追放になった出来事は士族の世界では結構有名だから、
「
俺の傍まで来た
「
ポニーテールの少女は、そのまま、
おいおい、相手はそっちじゃないだろ……
目の前の巨大な鉄塊を無視し、後方の
「ふむ……
ーープシューーーーーー!
鋼鉄の魔神の肩口から勢いよく噴き出す空気の流れ。
無骨な鉄塊から伸びる体高以上の蛇腹状の腕が、蛇のようにのたうったかと思うと、それは鉛色の槍となり、俺めがけ、前方から突き抜けた。
「くっ!」
ガシィィィィーーン!
俺は白銀の武装兵器でそれを受け流す!
ギャリギャリギャリーー!
火花を散らしながら右手の武装兵器を擦り抜ける巨大なアーム!
人体を大きく上回る魔神の腕の一撃に、こらえきれずに俺は片膝を着いていた。
「そこ!」
ダッ!
ダンッダンッダンッダンッ!
そして一気に坂を上るように駆け上がっていく。
バキィイイ!
ドカァァァ!
続けて踵落としを胴体中央上方、本来なら脳天の箇所にたたき込む。
「!」
その手応えにポニーテールの少女の瞳が開かれた。
鋼鉄をも容易く粉砕する
ブォォーーーーーーン!
ブォォォーーーーン!
魔神ブリトラは、自身の頭上に立つポニーテールの少女に向け、巨大な蛇腹状の腕を、まるで鞭のように、しならせて薙払おうとする。
「くっ!ふっ!」
「ははは、どうした、
ヘルベルト・ギレの嘲りに、
「あ、
巨大な鉄塊、魔神ブリトラの頭上で突如立ち尽くすポニーテールの少女。
その両脇から凶悪な四本爪を有する巨大な腕が襲い掛かる!
「ふぅ……」
瞳を閉じたままの少女は、死という結果に囚われそうになる刹那!
ギャリギャリギャリ!!
再び煌めく瞳を開いたかと思うと、右足の踵を軸に回転を始めたのだった!
フィギュアスケートの選手のように激しく回転する少女の
ガコンッ!ドガシャッ!
その回転蹴り?は、巨大な鉄の爪を即席竜巻で見事に弾き返していた!
「なにっ!」
これには流石のヘルベルト・ギレも声をあげる。
「
その時、俺は見た。
自身を襲う脅威を撥ね除けた
「馬鹿な……いまだにそんな
ヘルベルト・ギレの驚きは尤もだ……そんな
「
魔神ブリトラに対して、本日二度目の踵落としなのか?
しかしそれは、通用しなかったはずだが……
俺の懸念は必要なかった。
それは、全くの別物、先ほどとは別物といえるほどの技だったのだ。
ブォッ!
天高く振り上げた白くしなやかな足が、
「
ガシィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイーーーー!!
凄まじい衝撃音と閃光!
ぶつかり合う
そして、鬼姫の
兎に角、相対するもう一つの異なる、異能力の衝突により、一帯が
メキメキメキッ!
軋むヘルベルト・ギレご自慢の錬金装甲。
無理も無い、鋼鉄の魔神の巨体が地面にめり込んでもおかしくない超驚級の踵落としだ!
ガガガガガーーーーー!
耐える魔神!
ギャリリリーーーーーーーー!
伝家の宝刀、必殺の蹴り足を振り下ろし続ける
赤と白に激しく明滅する世界は、まるで溶鉱炉の只中のようだ。
「むう……よもやこれ程とは……しかしそれだけでは我が魔神の装甲はとても砕けぬ」
ギレの言葉は只の強がりなのか、それとも?
ガガガガガーーーーー!
ギャリリリーーーーーーーー!
「……かはっ!」
「あ、
「くっ……はぁ、はぁ」
四つん這いになり、苦しそうに肩で息をするポニーテールの少女。
やはり
「ふふ、素晴らしい!
ヘルベルト・ギレは金属製の杖を手放し、両手でパンパンと
くそっ、あれでも余裕かよ……嫌みな……
「敢闘賞だ!
老人がギラリと光る不気味な眼光で、そう言葉にした瞬間、鋼鉄の魔神ブリトラが大きくブレたような気がした。
「な、なに?」
ーーヴゥゥンッ
いや、気のせいじゃない!
無骨な鉛色の表面積全てを使って震える巨体はそこを伝い、周辺の大気をも震わせる。
ーーヴォォォォォーーーーーーン
「!あっ
遅ればせながら、俺はそれに気づき、叫ぶ。
「!」
しかし、ポニーテールの少女が離れようと鉄塊を蹴り出す前にその振動は、彼女を捕らえていた。
「きゃぁぁ!」
鉄塊の頂上で、彼女の体は感電でもしたかのように痙攣し、特徴のポニーテールを振り乱してビクビクと体を揺らす。
「…………」
ーードサッ
やがて鋼鉄の魔神の振動が収束するのと同時に、魔神の十メートル近い体高から無様に崩れ落ちる少女の華奢な
くそ、またしても俺は後手に回った……くそっ!
固有振動数を利用した物質の破壊、共振現象を応用したその技術は、天才ヘルベルト・ギレの手によって、別物とも言える進歩を遂げた。
いや、実際には共振では無く、それを媒介とした……いや、今はそんなことより!
俺は直ぐに対象に走り寄り、地面に無防備に横たわる
そして目前の巨大な鉄塊に向け渾身の技を繰り出していた。
「三式百五十番”
白銀色に輝く右腕の武装兵器を振りかぶり、鋼鉄の魔神に打撃を放つ!
ヴゥゥゥーーン!
一瞬で、俺と魔神との間に、青色光のサークルが展開された。
巨人とトレーラーを葬った必殺の拳。
青円光の加速フィールドを突き破るように放たれる右ストレート!
ドゴォォォォォーーーーーーーーーーン!!
「!]
だが、同時に俺の表情は一瞬、凍り付いた!
この技でも、必殺の突貫打撃でも、少しブレるだけの魔神の巨体。
鋼鉄の魔神、
ーーガコンッ
ーープシューーーー
放った武装兵器の表面装甲が弾け飛び、剥き出しになった内部から蒸気の様な湯気が激しく噴き出した。
くっ……やはりこの試作機では……
俺は即座に左の武装兵器を振りかぶる!
「三式百五十番”
またもや一瞬で俺と魔神との間に、青色光のサークルが展開される。
ヴゥゥゥーーン!
同様に青円光の加速フィールドを突き破るように放たれる左ストレート!
ドゴォォォォォーーーーーーーーーーン!!
「!」
やはり同じだ!俺の表情は、今度は完全に凍り付いていた!
ーーガコンッ
ーープシューーーー
「くそっ……これは……まるで」
右腕同様、使用不能になった左腕の武装兵器をダランと下げ、俺は絶望的な感想を漏そうとする。
「
ヘルベルト・ギレがそこに割り込み、その言葉を引き継いで
鉄壁の防御を誇る、竜士族の技、”
かの化け物の装甲はまるでそれを体現している、いやそれ以上の代物だと、言われるまでも無く俺は感じていた。
「我が研究の成果、超超硬度のGH合金、君も知っていよう、あらゆる炭素系物質を凌駕する硬度は、かのタングステン合金の二百五十パーセント、融点は七千五百度以上」
自慢げに俺とその足下に横たわるポニーテールの少女を眺めるギレ。
「君のそのおもちゃも、同様の技術で創られているな、天晴れ、我が技術から学んだ代物だろうが、しかし決定的な違いは、そのコーティングにある」
「コーティング?」
俺はもったいぶった口調のかつての師を睨む。
「竜士族の源流たる四大竜を何故に求めたか!答えは明確!その能力を宿す為、この古の神如き因子の能力による特殊コーティングにより、我が錬金装甲は、
黄金竜姫の
針小棒大、誇大妄想、大言壮語、世迷い言だと、普段ならそう思ったに違いない、しかし現実にそれを見せつけられた俺は……
いや、今はこの隙にすることがある。
俺は高らかに宣言するヘルベルト・ギレを横目に、倒れた
ーーガシィィィィーーン!
「うわっ!」
途端に魔神の強靱な四本の爪が俺の眼前に突き立ち、砂煙を上げて地面にめり込んでいた。
「人の話の最中に、別のことをするなど躾がなっていないな、
ブオォォォーーン、ブオォォォーーン
続けて、巨大な蛇腹状の鉄腕を振り回す魔神。
「くっ!」
俺は、
ガキィィ!
その衝撃をうける寸前、咄嗟に
「ぐわっ!」
ザンッ!ザンッ!ザシューーー!
巨大な爪の直撃を受けた俺は耐えきれず、そのまま飛ばされ、二度、三度、地面に跳ね、体をあちこちぶつけられて倒れ込んでいた。
「……くっ……う……」
意識はあるが立ち上がれない。
俺の傍には、衝撃で歪んで割れた眼鏡のパーツが散乱していた。
俺の普段から身に着けているアイテム……
それがひしゃげて、レンズ部分も粉々に割れ、転がっている。
ーーコツ、コツ
金属製の杖を鳴らしながら、ゆっくり歩み寄る老人。
グイッ
「!」
息も絶え絶えに横たわる俺の顎を、節くれ立った枯れ木のような指が掴み、乱暴に自身の方に向ける。
俺の眼前には勝ち誇ったしわくちゃの顔があった。
「伊達眼鏡……あまり似合っていない眼鏡をしていたかと思えば、なるほど、その右目……入れた義眼を目立たなくするためか?」
そう言って俺の右目にある傷跡、そしてよく見ると分かる精巧な義眼を無遠慮にのぞき込んでくる。
「そのための眼鏡か……ククッ、男子たる者、見た目を気にするようでは大物にはなれんぞ、
余裕の顔で敗者を嘲笑うヘルベルト・ギレ。
ほんと良い性格してるな……昔から。
「ドクトーレ、あんたは少し気にした方がいい」
砂埃に汚れた顔でも、それでも憎まれ口を叩く俺に、ギレ老人の窪んだ眼がみるみるうちに冷徹な光を宿していった。
「そうか……気に入らないようならもう一度、その義眼をえぐりだしてやっても良いのだぞ、それとも今度は左目を所望か」
「………」
不味ったな……怒らせてどうする、俺。
表面上は平静を装っていたが、心の中では、俺は自身の行動に突っ込んでいた。
ドゴォォォォォォォォーーーーーーーーーン!
ーー!
突如巻き起こった爆裂音。
なんだ?いったい……
俺は一瞬何が起こったのか理解できなかった。
鼓膜がしびれる程の爆裂音が響いたかと思うと、続いて、凄まじい地響きと共に前が見えない程の砂塵が巻き上がり、地面が大きく二度ばかり揺れていた。
「
よろめいた後、片膝をつき、砂埃に細めた目でそれのあった辺りを見て叫ぶ老人。
「こんな事が……こんな事をして……正気か!
!……いま何て言った?この老人は……
ガガガガガーーーーーー
轟音と共に崩れゆく鋼鉄の魔神、それはゆっくりと沈む巨大船のように高度を下げて、やがて、先ほどの爆裂音にも勝るほどのボリュームを伴って横倒しになった。
「……」
ヘルベルト・ギレは竜の美姫を振り返った状態で睨み付ける。
美しい黒髪と繊細な刺繍の施された膝丈の黒のフレアドレス。
その裾を爆風に靡かせながら佇む少女。
彼女は、煌めく黄金色の瞳で、白く繊細な右手を肩の高さで自身の体の前に翳す。
「
俺が呆気にとられ、その光景をただ間抜けに眺めていることしか出来ない間に、彼女の傍らに控える目つきの悪い少女、
「ぬぅ……
ヘルベルト・ギレは、
「……不快だわ、その鉄屑」
「…………」
ヘルベルト・ギレは竜の美姫を視界に収め、暫し吟味しているようだ。
「なるほど……仕方がない……そういう事なら、少しばかりお仕置きが必要でしょうな、気まぐれなお嬢様には」
見目麗しき黒髪の美少女を物色しているような視線で、ニヤリといやらしく
「お嬢様を下賤な目でみるな!年寄り!」
不遜で不躾な眼光で主を見る老人を怒鳴りつける
もはやお付きの少女など無視して腕を振るヘルベルト・ギレ。
ゴゴゴゴゴォォォーーー
一度は地面に横たえた巨体を、自らが作ったクレーターのような陥没からせり上げる
「……マジ……かよ……」
俺達の前に再び立ちはだかる鋼鉄の壁は、黄金竜姫の派手な一撃を喰らって尚、無傷であった。
プシューーー!、シューー!
無機物の魔神は、まるで怒りを表現しているかのように肩口から空気圧を吐き散らす。
「
俺はギレの足下で這いつくばったまま、かつて関わった兵器の恐るべき性能に、今更ながら、嫌な汗が止まらなくなっていた。
「お、お嬢様!」
ブリトラが完全に復活し、それに対峙した瞬間、
「み、
声の
そこには、両膝と手をつき、辛そうな表情になる
「お嬢様、大丈夫ですか!お嬢様!」
駄目だ……やっぱり負担が大きすぎたんだ……
俺は彼女の様子を確認し、咄嗟に思い至る。
「……万全を期す為に、
ヘルベルト・ギレは、立ち上がれない竜の美姫に、失望したように呟くと、それを諦めて指示を出す。
「狩れ、ブリトラ!、竜の姫と
グォォォーーーーーーーーン!
鋼鉄の魔神、ブリトラは巨大で凶悪な顎を震わせて、まるで創造主たるギレに応えるかの様に、
「
ギレを振り払い、傷ついた体に構わず、
「愚かな……」
ヘルベルト・ギレは、俺の選んだ、何も状況が変わらない、その非生産的な行動に呆れたようだ。
ーー人間の行動、つまり大きく括れば、人生そのものをどう行動するか、理に適った計画性のある存在そのものが結果を凌駕する芸術なのだ。
俺の脳裏に、かつての師、ヘルベルト・ギレの言葉が蘇る。
かまうかよ!そんなこと!
ギギギィィィーーーー!
キシャーーーー!ガコンッガコンッ!
ブ、ブロローーーー!?
「!」
なっ何だ!
突然、けたたましい異音を連発する鉄塊。
「ブ、ブリトラ!?」
ギレが自慢の魔神の異変に目を見開いていた。
ブォォーーン、ブォォーーン、ドドーーーーン!!
突然在らぬ方向に腕を振り回したかと思うと、後退し、轟音と砂煙をまき散らし、今度は自らひっくり返る鋼鉄の魔神。
「な、何だいったい、どうなっておる!」
ヘルベルト・ギレは混乱しながらも、杖を頼りに、倒れゆくブリトラから転がるように慌てて避難していた。
今だ!今しか無い、あれならこの状態でも使えるはず!
俺は
チラリと使用不能になった両腕の武装兵器を見ると、間髪入れずにそれを頭上に掲げた。
一見使用不能に見える両腕の武装兵器。
白銀の装甲の突起部分にあるレンズのような装置が、天空に向けられ、キラリと光った。
「零式サテライトレーザー”
ーー!
その光に呼応するかのように、夜闇の天空に、明けの明星の如き輝きが瞬いた。
そこから地上の無骨な鉄塊にまで、巨大な定規をあてたかのように綺麗に走る一筋の光線!
頼む!当たって……当たってくれ!
ーーシュドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!
辺り一面が一瞬、昼間のような明るさに照らされた。
自ら崩れ落ちた鋼鉄の魔神を目映い閃光が包み、大地に投げ出された巨大な四肢が、ガシャガシャと跳ねまわる。
それを愕然とした表情で傍観する老人。
彼の口元からは、思わず言葉が漏れていた。
「衛星兵器!、高出力レーザーだと!」
第十一話「ブリトラ」END
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