第6話「初陣Ⅰ」

 第六話「初陣Ⅰ」


 「はがね!」


 目前の敵に対し構えを持続しつつ、彩夏あやかは俺に視線だけを向け抗議してくる。

 視線の合った俺は、一瞬だけちらりと足元を見た。


 「!」


 瞬間、彩夏あやかは俺の意図を理解した……はずだ。


 「ふぅ」


 彼女は、これ見よがしにため息をついた。

 そして正面に視線を戻すと、ゆっくりと構えを解く仕草をする。


 「ふん、手間をかけさせおって」


 ヘルベルト・ギレは不機嫌に鼻息を漏らしてから、改めて俺を拘束するように指示を出していた。

 同時に、背後から銃を突きつけられ、彩夏あやかはそこから離れるように促される。

 俺に軽く手を振ってから、それに素直に従い、背を向けて去って行くポニーテールの少女。


 ーー

 ーー! 


 だが、歩きだしてから数歩、彼女はふらっと前方につまづいた。


 ーーガッ!


 前方に倒れ行く身体からだ!咄嗟に反応する兵士達よりも僅かに速く、後ろに残った方の踵で足元に放置されっ放しであった”それ”を器用に蹴り上げる。


 宙に舞うシルバーのアタッシュケース!


 「よし!」


 俺はそれを咄嗟に掴むと、そのまま真横に跳び、地べたをゴロゴロと転がり離れる。

 アタッシュケースを蹴り上げた彩夏あやかも、つまづいた勢いのまま、前方に一回転し素早くそこから離れていた。


 一瞬、虚を突かれた兵士達、だがそれでも、そういうケースの対処マニュアル通り、数人ずつに分かれ、各ターゲットを再包囲するように機敏に動いた。


 数名の兵士の指は、フルオートである自動小銃の引き金に力を込めようとしていた!


 「させるかよ!五式無反動砲”きょく”!」


 ーーズバァァァァァァーーーーーー!


 「ぐっ!」

 「ぎゃ!」


 激しい閃光が走り、包囲されようとしている俺の正面の二人、そしてその向こうで彩夏あやかを銃撃しようとしていた三人が勢いよく弾け飛んでいた!


 「なんだ!」


 ヘルベルト・ギレは叫んだ。


 突如走り抜けた強烈な閃光は、俺の正面から直線上の人間を全て弾き飛ばした後、拡散されて夜闇に消える。


 「お、お嬢様、これは!」


 「……」


 真那まなに言われるまでも無く、雅彌みやびの濡れ羽色の瞳も俺を注視していた。


 ーー


 数メートル以上も弾き飛ばされた兵士達は、大木に、ベンチに、地面に激突し、ぴくりとも動かない。


 「少佐どの!」


 予想外の展開に、声を荒げる男がいた。

 二メートル越えの大男、黒色の軍服に身を包んだ一際屈強な兵士だ。


 「……」


 しかし、ヘルベルト・ギレはその声には応えず、一転、意外なほどゆっくり周りを見渡し、状況を確認していた。


 「何をした……それは何だ、穂邑ほむら はがねくん」


 老人の奥まった眼は鋭く、俺の両腕を観察する。


 そうだ!僅かの間に、俺は両腕に白銀の金属で構成されたグローブ、いや、中世の西洋騎士が身に付けているような仰々しい篭手といった形状の防具を装備していた。

 指先から肘の辺りまであるその篭手は、風貌こそ西洋のそれを連想させるが、反射する表面の金属の隙間からは、赤や緑、青の電子光がピコピコと定期的に点滅していた。


 その様は、SFに出てくるようなアンドロイドかロボットの腕といった方がしっくりくる。

 さらに細かくいうと、手の甲にたばこの箱ぐらいの出っ張り部分があり、そこからレンズのようなパーツが覗いているのが確認できる。



 「なんだ、そのおもちゃは……そんなもので何をしようと言うのだ、穂邑ほむら はがねくん」


 状況から先ほどの閃光のような攻撃はそこから発射されたのだと推測しただろう老人、ヘルベルト・ギレは、予想外の展開に一度は驚いたものの、怪光線の正体が俺の両腕の武装兵器である事を知ると、その表情には落ち着きが戻っていた。


 「くだらぬ、君はそんなくだらぬ物を造るために私の元にいたのか」


 そう履き捨て、本当に失望したような眼で俺と俺の武装兵器を見ていた。


 「……」


 俺は、ギレ老人の嘲りには答えずに、両腕の武装兵器を胸の前で構えた。


 「少佐どの!」


 俺達のやり取りに横から割り込んできたのは、先ほどの軍人、一際体格の優れた男であった。 


 「ベレンキくん、君はせっかちであるな……ふん、いいだろう、第八特殊部隊、副長ベルトラム・ベレンキ中尉!貴公に命令する!」


 ヘルベルト・ギレは再び俺の方を見た。


 「速やかにターゲットを捕らえよ!……抵抗が激しいようならこの際生死は問わぬ、ただし検体の損傷具合には十分考慮するように」


 生死は問わない?検体?言ってくれるなじいさん……兎に角、もう後戻りは出来ないって事だ!


 「ヤーーーーー!」


 が意を得たりと言った顔で、副長ベルトラム・ベレンキ中尉とやらは、開戦の合図に丸太のような腕を振った。


 ーーザザザッ!


 その合図で俺達を囲んだ兵士が一斉に戦闘態勢に入る。


 「お嬢様!」


 慌てて吾田あがた 真那まなが主の判断を伺った。


 「……」


 しかし雅彌みやびは俺を凝視したまま佇んだままだ。


 ーーダダダダダダダッ!


 遠慮の要らなくなった兵士達は、ターゲットに向け一斉に発砲する。


 「九五式装甲”なだれ”!」


 俺はそう叫んで左手の武装兵器を前面に翳した。


 瞬時に俺の手前に浮かび上がる白銀色の光のサークル!

 突如空間に展開した半径が二メートルほどの銀円光に阻まれる数多の銃弾!

 季節はずれの光の雪壁に、めり込むかのようにしてそれらは空中で停止していた。


 「ちっ!突撃アングリフ!」


 ベルトラム・ベレンキは、未知の装備の持つ不可解な能力に銃は不向きと判断したのか、即座に戦法を切り替えたようだ。


 俺の兵器の特色を、もう掴んだのか?いや、勘だろう、それにしても判断が速い……

 俺は第八特殊部隊アハト・デア・ゾーリンゲンの優秀さの一端を感じていた。


 ババッ!


 その号令で兵士達は一斉にコンバットナイフに持ち替えて、此方こちらに突撃を開始する!

 先ず四人の兵士が、四方から俺に襲いかかって来た。


 「五式無反動砲”きょく”!」


 たちまち、白銀の武装兵器のレンズ部分に光の粒子が集約され、続いて、目映い銀光が一直線に射出される。


 「!」


 先ほどの二の舞は受けぬと、咄嗟に両脇に飛び退いてかわす兵士達。


 あまいんだよ!


 俺は銀光を一直線に射出する右手の武装兵器に左手を添え、それをそのまま左右に大きくなぎ払った。


 「ぐわっ!」

 「ぎゃっ!」


 輝く銀光の槍はそのまま湾曲し、鞭のようにしなりながら兵士達を纏めてなぎ払った。


 「はがね、後ろ!」


 彩夏あやかの声に振り返る。


 いつの間にか背後に迫った兵士が、コンバットナイフを俺の頭に振り下ろそうとしていた。


 ーードカァァァ!


 武装兵器の左パンチがその男の腹部を捕らえる。


 「グハァァーー」


 その一撃を食らった兵士は、信じられないくらいの距離を吹き飛んでいた。


 や、やばっ……危なかった。

 俺は密かに胸をなで下ろす。


 歴戦の兵に対抗する俺の動きは、白銀の武装兵器により反射神経や破壊力を大幅に増強している。

 装備類やパワーアシストだけにトドまらず、センサー類にも力を注ぎ込んだ俺の苦心の作だ!


 「ふぅ、どうやら、あっちは心配ないようね」


 彩夏あやかは白銀の武装兵器を装着した俺の戦闘状況を一通り確認してから、自身の敵に向き合っていた。


 士力しりょくの大部分をロストしても、この相手に片手間でもそれなりにこなしてしまうところが彼女の恐ろしいところだろう。


 ーーガスッ!

 ーードカッ!


 「!?」


 彩夏あやかが仕切り直そうとした途端、目の前にいた兵士達が次々と倒れた。

 ポニーテールの少女は、勝手に倒れた兵士達では無く、その背後に立つ人物を見ていた。


 「必要ないのよ、こっちは……竜のお姫様には立場があるんじゃなかったの?」


 そうして、面白くなさそうな表情で、艶やかな唇から、ため息交じりの台詞を漏らした。

 端正な顔をしかめて本当に嫌そうに、嫌みを言う彩夏あやか


 そこには、先程まで優劣を競っていた相手、竜士族当主代理、燐堂りんどう 雅彌みやびが、お供の少女を従えて存在していたのだ。


 「べつに助けたわけじゃ無いわ、ただ聞きたいことがあっただけ」


 雅彌みやびはそう言いながら艶やかな黒髪を気怠そうに掻き上げる。


 「……」


 彩夏あやかは思わず魅入ってしまったようだ。


 「ーー!くっ…… 」


 はっと我に返る彩夏あやか、その顔には、ほんとうにいけ好かない女……そう書いてあるようだ。


 「おのれ……なんという失態だ」


 ベルトラム・ベレンキ中尉は怒りにその巨大な拳を振るわせる。


 それもそのはずで、奴が引き連れていた兵士達の殆どは、俺と彩夏あやかの活躍により地面に這いつくばってしまっていた。


 「ハイナー伍長!、エーレンフリード伍長!」


 大男がそう叫ぶと、残っていた二人の兵士が同時にベレンキの左右に進み出る。


 「……殲滅する!、わが隊の誇りに駆けて!」


 「ヤーー!」


 ベルトラムの怒号にビシッと敬礼して、二人の兵士は俺に突進して来た。

 疾走する二人の兵、俺はそれを両腕の武装兵器で迎え撃つ!


 ブンッ!

 ズザザザーーーーー


 すれ違いざまの俺の右ストレートを躱し、後方に回り込むエーレンフリード。


 「ちっ!」


 それを追って、俺も体を捻って後方の敵に今度は左拳を振り上げた。


 ガギィィィーーン!


 「!」


 振り上げた左腕は、エーレンフリードの影に潜んで併走していたハイナーにより、噛みつきという原始的な攻撃手段で押さえられていた。


 げっ!

 俺は一瞬言葉を失う。


 その男の口元は大きく裂け、そこから覗く立派な犬歯が、強烈な咬合力で俺の左腕の武装兵器を万力のように挟み込んでいたのだ!


 「食い千切れ!ハイナー!」


 ベルトラムが叫ぶ。


 「このっ!」


 冗談じゃ無い! 咄嗟に俺は左腕を振り払った。


 「グルルルゥゥゥーーー」


 噛みついたまま涎を垂らし、その腕を食い千切らんと頭を振り回すハイナー。


 手こずる俺に、さらなる脅威が襲いかかる。


 「グォォォォーーー!」


 後方に回り込んでいたエーレンフリードなる男が、反転攻勢し、左腕のハイナー同様、牙をむきだして俺を襲って来たのだ!


 「マジかよ!怖っ!」


 想像してみて欲しい、牙をむいた半獣半人、その化け物に挟み撃ちにされる恐怖……


 「ええい!五式無反動砲”きょく”!」


 半ばやけになって光の槍の技名を叫ぶ俺!


 たちまち、武装兵器のレンズ部分に光の粒子が集約され、目映い銀光が、至近の敵目掛け放出される。


 ズバァァァァァァーーーーーー!


 「!」

 「!」


 咄嗟に俺から離れる半獣の男達。

 彼らは獣そのものの動きで飛び退くと、それぞれ数メートル離れた地点に着地していた。


 「狼士族ろうしぞく……かよ」


 俺は一時的だが、息をつき、冷や汗を拭う。

 離れた位置から変わらず威嚇する異形いぎょうの半獣達は下級士族の戦士達だ。


 「狼士族ヴェアヴォルフ咬合力こうごうりょくは、優に三トンを超える、それを喰らっても傷一つ付かないのか、あの装甲は……」


 ベルトラム・ベレンキという大男もまた、自慢の配下の攻撃にビクともしない俺の武装兵器を目の当たりにして、巨大な肩を震わせていた。


 「ハイナー!、エーレンフリード!」


 上官の号令で再び俺に襲いかかる人狼達!

 俺とにらみ合っていた距離など獣にとってはひとっ飛びだ。


 「くっ!」


 ブンッブンッ!


 俺は、白銀に光る両腕の武装兵器で対応する。


 「ぐぉおおおおおおーーーー!!」


 狼達と戯れるのに手一杯なところに、巨大な肉の壁が迫る!

 ベルトラム・ベレンキは注意の逸れた俺に、その巨躯を踊らせて突進して来たのだ。


 「おいおいっ!」


 俺は泣き言を言いそうになる口を何とか閉じて事の打開に集中する。


 「九五式装甲”なだれ”!」


 ハイナー、エーレンフリードの両名を何とか振り払った俺は、お次は迫り来る巨大な肉弾に、左手の武装兵器で対抗した。


 瞬時に俺の手前に浮かび上がる白銀色の光のサークル。

 空間に展開した半径が二メートルほどの銀円光の壁が敵の攻撃を阻む。


 「ウラァァァァーーー!」


 ベルトラム・ベレンキは勢いのまま棍棒のような右腕を振り上げ、ターゲットに向け豪快に振り下ろす。


 ガシィィィィーーン!


 先程の銃弾同様、拳がめり込むかのようにして停止し、衝撃が吸収された。


 「グオォォォォォォーー」


 構わず二発目を振り下ろすベルトラム・ベレンキ。


 ガシィィィィーーン!


 「グオォォォォォォーー」


 三発目!振り上げた大男の右腕の筋肉は異常に盛り上がり、その太さは彼の体躯と比べても見劣りしないほどの大きさにまで膨張していた。


 ガシィィィィーーン!


 「なっ!」


 衝撃を吸収しきれなかったためか、白銀色の光のサークルが、ノイズをハラんだように一瞬揺らいだ。


 「ガオォォォォォォーーーーーーーーーーーーー」


 四発目を振り下ろすベルトラムの右腕は、既に人とはまるで別の生き物であった。


 グァシィィィィィィィーーーーン!


 「っ!」


 忽ちサークルは弾け飛び、光は霧散する。


 ガコォォ!


 そして、強引すぎるやり方で、武装兵器の防御壁を突き抜けてきた、その驚天動地の一撃を咄嗟に両腕の武装兵器で直に受ける俺。


 何とか、頭部を庇うように、顔の前面で両腕を交差させ防御する!


 ズザァァァァ


 俺はそのまま後方に数メートル程もずり下がった後、負担過多になった両膝から崩れた。


 「くっ……」


 銀円光の壁と、両腕の武装兵器の装甲のおかげで何とか本体である俺自身は無事であったが……


 地面に両膝をついたまま、構える俺。


 二メートル以上ある巨躯の兵士の男、その体を凌駕する巨大な右腕。

 アンバランスな生物は、化物のような形相でチラを睨んでいる。


 「巨士族!ファンデンベルグの上級士族だわ!」


 自身の眼前の敵は全て屠った彩夏あやかが、チラの状況を確認して叫んだ。

 そして、そのまま俺の援護に駆け出そうと。


 「必要ないわ、はがねが自信を持って用意したものがあの武装兵器なら」


 雅彌みやびの指摘に即座に静止する雅彌みやび

 それは、彼女が俺のことをよく知る人物だという事実を感じさせる言葉であった。


 「……おもしろくないわ」


 静止した彩夏あやかが呟く


 「……お互い様でしょう」


 彩夏あやかの口から漏れた言葉を聞き逃さず、雅彌みやびもそう呟いていた。


 第六話「初陣Ⅰ」END

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