第5話「黄金竜姫Ⅲ」
第五話「
「……」
自身のプライドとも言える”
「……
地面に押さえつけられたまま、俺は呟く。
「”黄金の要塞”……?」
その言葉に僅かに
「竜士族の能力の一つ、鉄壁の防御”
俺は低い体制の視界から、佇む黒髪の美少女を、いや、黄金の瞳を見据えて続けた。
「
俺の説明に、
「”
俺から、目の前の敵の偉大さを説明されても、全く怯むそぶりの無いポニーテールの鬼姫。
彼女は対峙した状態のまま、腰を落として臨戦態勢を維持すると、その艶やかな唇の端をぺろりと舐めた。
「……だろうな」
俺は解っていた。
彼女は、
その対象が脅威ならば、その相手が自身が認める強敵ならば、決して退くことが無い性格なのだ。
ーーザザッ!
再び、
遅れて、大地をとらえていた彼女の両足があった地点に砂塵が上がる!
先程の状況が寸分違わず再現される。
「……」
ーーバシュッーー!、バシュッーー!、バシュッーー!
「っ!」
しかし今回のそれは、先程までとはわけが違う!
能力全開の
”
ーーザッ! ザザッ! ザッ!
神速で躱す
真にそれは”
それでも、
その
「
再度、
ーーガシィィィィィィーーーーーン!
しかし、鬼姫の破壊の打撃は、またもやその黄金の城壁に遮られる!
「ふっ!ふっ!」
ーーガシィィィィィィーーーーーン!
ーーガシィィィィィィーーーーーン!
構わず”
竜の美姫に密着した彼女は、右ハイキック、左ローキック、右ミドルキック、左回し蹴りと息もつかせぬ連撃を放ち続けた。
「……!」
流石だ、
俺は改めて、
防御技たる”
使用者の前面、側面あるいは背面にそれを展開する。
それがこの技の根本、”
近接戦闘に富む、
それも
「……っ!」
次第に
「お嬢様!」
目つきの悪い少女、
「!」
そして
「し、しまった!」
俺はアタッシュケースを拾い、死闘に終止符を打とうとする二人の方に駆けだしていた。
満を持して
ーー間に合うか!?
俺は、駆けながら叫んだ。
「
「!!」
ーーブワァァァァァァ
直後、黒髪の竜の美姫の周り一体が、大地からそそりたった黄金の火柱に包まれる!
ーーグオォォォォーーーー!
ーーブオォォォォーーーー!
二本、三本、四本……巨大な炎の柱が次々とそそり立ち、烈火の光が闇に染まりゆく空の時間を巻き戻すかのような明るさに包まれる!
炎竜の灼熱の息吹の如き紅蓮の業火に焼かれる大地。
「やはり”
俺は、眼前で突如巻き起こる熱風から、両手で顔を庇い、視界を確保する。
同時に
「……!」
俺がそこで見た光景は、黒髪の見目麗しい少女を中心に、半径五メートル程の範囲内で、溶けて変形した一面の石畳。
焦げた周辺の大気が、その場の人間の肺を焼く。
俺は熱風で息苦しさに噎せ返りそうになりながら、辺りを見回す。
「あ、
爆心地から少し離れた、芝生の上に這いつくばる、ポニーテールの少女を発見した俺は、すぐに彼女の状態を確認した。
どうやら全身が軽く煤けてはいるものの、火傷などは負っていない様だ。
俺は取りあえず胸をなで下ろす。
「くっ……、うっ……」
ポニーテールの少女は震える両手で何とか体を起こすが、足下が覚束ない。
「
そう言って駆け寄る俺を彼女は睨んでいた。
「……狙っていたのね、あの女……してやられたわ……」
俺の言葉で咄嗟に、それを回避した彼女は、炎の直撃を受けることは無かったが、爆発の衝撃と
「悔しいわ!ほんと!ああっもう!」
尻餅をついたまま天を仰ぎ叫ぶ少女は、俺の目には、そう言いながらも少しスッキリとした表情にも見える。
俺は今回は潔く?負けを認める、
「
次いで俺は、今度はいとこの少女の
「……別にどうでもいいわ、その女の事は」
少しだけ乱れた艶のある美しく長い黒髪を、右手で肩口から後ろに流し、彼女は、アッサリと俺に答えた。
「…………」
そして、すっかり元の、澄んだ濡れ羽色に戻った瞳で、俺を見つめてくる。
「……わかった、だが、状況は教えて欲しい」
これ以上事を荒立てたくない俺は、持っていたアタッシュケースを地面に降ろし、取りあえず彼女の言葉に従う旨を伝えた。
「……
仕方なさそうにそう答える彼女に、俺は顔を曇らせた。
この国を支配する上級士族、最強を誇る十二の士族家。
その十二士族を統轄するのが
鳳凰の血脈である
「今更か?」
俺は不快感を露わにしていた。
「ファンデンベルグ帝国のヘルベルト・ギレが絡んでいるようだわ」
ヘルベルト・ギレ、ああ、もの凄く馴染みのある固有名詞だ……
俺は曇った表情のままで考え込む。
「ドクトーレ・ギレが……」
「……」
思わず呟く俺を見つめる
「私が、今更、こんな事言える立場では無いことは解っているけど、今度は……」
「命が無い……か」
即座に俺は言葉を返す。
無言で頷く
明らかに沈んだ瞳の幼なじみを前に、俺は必死に頭の中の言葉を選ぶ。
そうだ、俺は彼女にこんな顔をさせないために、あの時……
「
「……」
俺が絞り出した言葉にも彼女の顔色は優れないままだ。
くそっ!頭悪いな俺、言葉のストックがなさ過ぎる!
「ほら、あれだ、俺は元々半端者だったし、能力が無くなっても、あんまり変わらないしな、結構楽しくやってる」
気が利くこと場の一つも出てこない、無教養で無力な自分に苛立ちながらも、俺はせめてもと、落ち込む彼女を気遣い、明るく振る舞う。
「……あなたは、いつも他人優先ね」
そんな俺をじっと見つめていた彼女は、呆れた顔でそう言った。
「自分の命の危機かもしれない時に……私のことなんか」
彼女は少し怒っているようにも見える。
「俺は他人優先じゃ無いぞ、そんなにお人好しじゃ無い」
勿論俺は反論する。
しかし
……いや、ウソは言っていない!本当だ!
至近距離で見る彼女の美しい顔と、ふわりと漂う甘い香り、つい心が持って行かれそうになる理不尽な敵と戦いながら、俺はなんとか尊厳を保つ。
「俺が優先するのは、
本人を目の前にして、恥ずかしげもなく堂々と言ってのける俺。
よく言った!俺にしては上出来だ、偉いぞ俺!
「……この話は、もういいわ、それより納得したのなら、直ぐに準備をしなさい」
当の
「……」
まあ、
……本当だ、本当にそうなんだからな……
「ふぅ」
ただ、ああは言ったものの、俺はここから逃亡するという件はどうしたものかと、思案していた。
「
煮え切らない俺に、
「あ、ああ……」
俺が未だ決めかねた状態で、せかす彼女にそう答えた時だった。
ーー「それは困りますな、フロイライン
今は既に完全に日の落ちた夜の公園に、老人のしゃがれた声が響いた。
夜の公園に響き渡る機械的に補助された独特の声。
俺達は拡声器から放たれた声の発生源らしき方向を一斉に振り返る。
ーー!
公園の入り口に多数、全身黒尽くめの戦闘服を纏う兵士らしき一団が、自動小銃を構え、臨戦態勢で
兵士の一団中央には、白髪で杖をついたファンデンベルグ人の老人。
「ドクトーレ・ギレ……」
見覚えのありすぎるしわくちゃ顔に、俺は思わずその名を口に出していた。
「久しいな、
ヘルベルト・ギレは態とらしく、ごく一般的な挨拶の言葉を発する。
ーーザザザッ!
そして瞬く間に、武装した兵士達に包囲される俺達。
芝生にへたり込んだままの
「!」
兵士達の軍服の腕には、一様に、頭蓋骨に突きたったアーミーナイフがデザインされたワッペンが縫い付けられていた。
髑髏にナイフ……ファンデンベルグ帝国の第八特殊処理部隊、通称”アハト・デア・ゾーリンゲン”の象徴だ。
この状況でこの相手、分が悪すぎる……
俺は、かつてヘルベルト・ギレの元に居た事がある。
そして俺は、今目の前にいる兵士達が、その時噂に聞いた部隊だと確信していた。
実際、対抗出来そうな、
相手は世界最強の呼び名も高い超実戦部隊……隊員の内、何人かは上級士族が構成されているとも聞く、さらにはこの人数だ。
「困りますな、勝手に動かれては……フロイライン
白髪の老人はコトリと拡声器を傍らに置いてから、自らが形成させた包囲網の中央に立つ見目麗しき少女に丁寧な口調で話しかけた。
「……」
無言のまま老人を見据える、濡れ羽色の瞳。
「……黙りですか、なにか、含むところがあると邪推されますぞ」
ネチネチと
「無礼な!異国の使節ごときが、誰に口を利いているかわかっているのか!」
彼女を守るように、前面で警戒していた目つきの悪い少女、
「……われらは、この国の支配者、
「くっ」
「特に理由はないわ、たまたま居合わせただけ」
やり込められる従者を庇うように、しかし感情の無い声で
脅威になりそうな
相変わらず、堂々としたものだ……
「……そのまま、閣下に報告しても良いと?」
ギレは、その窪んだ眼光を老人らしからぬ鋭さで光らせて追求を続ける、手心など端から加えるつもりは無いようだ。
「……何か問題?」
対して
ここまでくると不貞不貞しくさえあるな……可愛いから俺的には全然アリだけどな。
俺はこの期に及んでも、そんなことを考えていた。
いや、決して余裕があるわけじゃ無い!ほんと、どうして良いか判断がついていないだけだ……
「
ーー!
なっ!……この!
老人のあまりに無粋な、いや、邪推に、俺と
特に
「いや、これは失礼、老婆心から痛くも無い腹を探られるのは本意では無いのではと……いや、老人の戯言とお聞き流しいただきたい」
それを見て取ったためか、それとも
「……では、本題だ」
続いて、老人は改めて手勢の兵士に俺の拘束を命じる。
ブンッ!
俺が拘束されようとした瞬間、銃口を突きつけられ、動きを制限されていたポニーテールの少女が、眼前の兵士に蹴りを放っていた。
パンッ!パンッ!パンッ!
少女の突然の奇襲にも、兵士は冷静にそれを後方に下がってかわし、そして躊躇無く対象に発砲した。
ドカッ!ーーバキッ!
しかし、ポニーテールの少女は、自身を牽制していた兵士が後方に半歩下がった瞬間に、その脇をすり抜けて俺を拘束しようとしていた二人の兵士を蹴り倒す。
ザザッ!
そしてそのまま俺の前に立ち、構えるポニーテールの少女、
ーー!
俺と俺を庇うように立つ彼女を一斉に囲む兵士達。
「やめよ!」
兵士達が殲滅行動に移行する寸前で、ギレがそれを制止していた。
老人の、老人にしては鋭い眼光が忌々しげに
「まだ、そこまで動けるのか、鬼の
そう言って今度はその眼光で俺を見る。
老人と結構付き合いの長かった俺はそれだけで理解した。
つまり、わかっているな?という眼差しだ。
「……ふぅ」
深いため息を一つ。
俺は眼前の、一見、華奢な背中に視線を合わせる。
「
俺は自身を庇うように立つポニーテールの少女にそう声をかけていた。
第五話「
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