第3話「黄金竜姫Ⅰ」

 第三話「黄金竜姫おうごんりゅうきⅠ」


 臨海駅にほど近いオフィス街に臨海中央公園がある。


 史跡として有名なお城が見える公園は、近隣住民の散歩コースであり、おヒルドキには昼食をとるサラリーマンやOLで賑わう憩いの場であった。


 緑豊かで昼間は観光でも人気スポットだが、昨今の防犯上の問題からか、日が落ち始めるこの時間帯になると人影はまばらであった。


 「それではがねには会えたの?……そう、なら速やかに次の段階に移行しなさい」


 携帯電話で何者かに指示を出す見目麗しい少女。

 人通りの多い大通りから完全に死角となる公園の噴水前広場。


 この場所では帰宅中の人々も皆一様に足早に通り過ぎていく。


 その誰も利用することのない時間帯、公園のベンチに、そこには似つかわしくない少女がポツンとひとり腰掛けていた。


 本来なら通り過ぎる人々が思わず足を止める程の見目麗しい少女。


 しかし、その美少女の姿は景色の中に溶け込んでしまっているかのように自然にそこに存在していた。


 艶のある美しく長い黒髪、眉にかかる前髪が黄昏時の夕日に輝き、風にサラサラと揺れる。


 透き通った透明感のある肌と整った輪郭、可憐で気品のある桜色の唇、高貴さと清楚さを兼ね備えた比類ない容姿の少女。


 そしてその美貌の極めつけは、澄んだ濡れ羽色の瞳の波間に時折揺れるように顕現する黄金鏡の煌めき。


 神々しいまでに神秘的な双眸があまりにも印象的であった。


 彼女の名は、燐堂りんどう 雅彌みやび


 この国を支配する十二の上級士族の一家いっけ、竜士族の当主家、燐堂りんどう家の息女である。


 「うわっ!遠目から良さげだなーって感じだったけど、近くで見ると超レベル高いじゃん!」


 彼女が用件を済ませて携帯電話を閉じたとき、不躾な声が頭上から聞こえた。


 ベンチに座る彼女の正面に、髪を金髪に染めた如何にも軽い男が興味津々の瞳で雅彌みやびを見下ろしていたのだ。


 「ねーねー暇なの彼女?えっと、なに子ちゃんかなー、名前教えてよ」


 馴れ馴れしく話しかけてくる男。

 雅彌みやびはそこにその男が居ないかのような仕草で携帯をしまう。


 「うわっ!無視されてるよ俺、なーんてな、そんなにツンツンしないでさー」


 男は全くめげる様子もなく、ニヤニヤしながら彼女のそばに座ろうとした。


 「!」


 男の動作に即座に反応する美少女。

 自身の隣に腰掛けようとしている男に彼女が初めて視線を合わせる。


 「……うっ!」


 途端に男は、中腰のまま固まり、動けなくなってしまった。


 自らの制御から離れてしまった体。


 呼吸さえままならない状態に全身から汗が噴き出し、焦点の定まらない黒目がギョロギョロと忙しなく走り回る。


 「卑陋ひろう!」


 「!」


 彼女の発したその言葉で、男はまるで全身の骨が融けてしまったかのようにグニャリと地面に突っ伏してしまった。


 「……」


 目の前で倒れて動かなくなった男に対して、興味のない様子で少し離れたベンチに座り直す雅彌みやびの両の瞳には、僅かに黄金色の光が揺らめいていた。




 ーー穂邑ほむら はがね燐堂りんどう 雅彌みやびの運命の再開の瞬間が迫りつつあるこの時よりも少し遡った九月十六日夜、場所は臨海市の港区域にあるリゾート施設、マリンパレス地下で。


 「逃がしたのか?」


 地下数十メートルにある極秘裏の兵器開発施設で、金属製の杖を突いた老人は冷たい瞳で目の前の男を見ていた。


 「申し訳ありません」


 少しこけた頬にカミソリのような鋭い眼光、フォルカー・ハルトマイヤー大尉は、第八特殊部隊の隊長である。


 ファンデンベルグ帝国が誇る第八特殊処理部隊、通称アハト・デア・ゾーリンゲン。


 上級士族達も含まれ編成されるこの特殊部隊は、上級士族特有の強力な特殊能力と、数多の戦場で培った豊富な実戦実績を誇る超実戦部隊であった。


 近隣国家に最も恐れられる工作部隊のひとつでもある。


 フォルカーは、本作戦の上官である、ヘルベルト・ギレ技術少佐に事の顛末を報告し、謝罪する。


 「如何に相手がこの国の上級士族デア・アーデルであったとはいえ、こちらの戦力も相応以上だったはず……案外、アハト・デア・ゾーリンゲンとやらも噂先行であったということか」


 ヘルベルト・ギレは、苛立ちを隠せずに、深い皺を震わせて嫌みを言う。


 「ご期待に応えられず申し訳ありません、深手を負わせたとは報告を受けておりますが……」


 その心中はともかく、フォルカーは上官の罵倒にも表面上は何食わぬ顔で対応する。


 「それでこちらは二個中隊が壊滅か……話にならんな!」


 「お叱りは甘んじてお受けいたしますが……どうやら生き残った部下の報告を総合いたしますと、相手は真神ヴァーレ・ケーニッヒの可能性があります」


 「!」


 フォルカーの報告内容に、ギレの顔が固まった。


 「真神ヴァーレ・ケーニッヒだと?」


 再確認する老人の窪んだ眼がギラリと光る。


 「おもしろい、ブリトラの試験運用にはもってこいの相手ではないか!」


 先ほどまでとは一転、クククと含み笑いを漏らすヘルベルト・ギレ。


 作戦の正否よりも、部下の命よりも、研究か……冷静を装うフォルカーの顔にも若干の苛立ちがにじみ出る。


 「まあ良い、フォルカー君、キミは早々にその真神ヴァーレ・ケーニッヒの所在を突き止めるように、そして我が方にはキミの隊の副長を借り受けるぞ」


 「……少佐殿が直々に?」


 老人の思わぬ指示に、フォルカーは疑問の声を上げる。


 「こちらはコアパーツデータの回収だよ……穂邑ほむら はがねというな」


 ヘルベルト・ギレ技術少佐は楽しそうに笑うのだった。




 「彩夏あやかはここまででいい」


 俺は立ち止まり自分の横を歩く、薄い茶色のカールされた髪をサイドに垂らせたポニーテールの美人に言った。


 「……」


 彼女は不服そうな表情で俺を見る。


 「はがね、ここから先のほうが、わたし、必要だと思うけど?」


 「ああ、本来ならそうなんだけど……どうやら、知り合いっぽい」


 俺は少しバツがわるく話した。


 「……燐堂りんどう 雅彌みやびちゃん?さん?が?」


 どうやら彩夏あやかも俺と同じで、吾田あがた 真那まなのスマホに着信があった時、ディスプレイに表示された名前をしっかり確認していたようだ。


 ーー相変わらず抜け目がないな……


 「燐堂りんどう……たしか竜士族の当主家でしょ?こんな物騒な娘を寄越すような相手なのに大丈夫なの?」


 彩夏あやかは俺達二人を先導するように前を歩く少女を見ながら言う。


 「……」


 俺達の会話が聞こえないようなていで前を行く真那まなだが、お前が言うな!といった感情がモロに表情に出ていた。


 「多分……大丈夫だろ」


 「多分?頼りない返事ね、でそのココロは?」


 その理由を追及するポニーテールの少女。


 あいまいには済ませてくれないっぽいな……


 「いとこ……だから、かな」


 明確な理由を聞くまで納得しなさそうな彼女に俺は渋々、情報を出した。


 「!……そう、なるほど、そうなんだ……」


 彩夏あやかは少し驚いたふうに垂れ目がちの瞳を瞬かせた。


 彼女とは三年ほどのつきあいだが、話してはいなかったからな……まあ当然の反応だろう。


 「えっと、今日は助かった、また頼むよ」


 そう言って、俺は財布を取り出すと、そこから数枚の一万円札を彼女に渡す。


 何だか前方で驚いて目を丸くする真那まながいる。


 あいつ、なんか変な勘違いしてないだろうな、頭悪そうだからな……


 俺は勝手に失礼な事を心配しながらも、いつも通り、彩夏あやかにバイト料金を手渡した。


 「……わかった、でも何かあったらすぐ連絡するのよ……はがね


 完全に納得していないのか、彩夏あやかは不承不承でそれを受け取り、一人だけ立ち止まる。


 「……」


 別にだましているわけじゃない、色々と話していないだけだ。

 俺は何となく気まずくて足早に進んでいた。


 「はがねーーー!」


 少し歩いたところで、彩夏あやかの元気な声が俺を引き留める。


 振り返った俺に少し小さくなった彩夏あやかがぶんぶんと手を振っていた。


 「まいどーー!」


 にっこり微笑み千切れんばかりに手を振るポニーテールの美少女。


 彼女は先ほどまでの雰囲気を全く感じさせない明るい表情でそう言ったあと元気に走り去って行った。


 「らしいなぁ……」


 俺は彼女の去った後を暫く見つめて、苦笑いを浮かべていた。




 その見目麗しい少女は公園のベンチに腰掛けていた。


 スカラップ型の裾に繊細な刺繍の施された膝丈の黒のフレアドレス。

 同色のストッキングに品のあるエナメルのパンプス。


 少しクラシカルで露出控えめのコーデであるが、どれも上質な代物だ。


 艶のある美しく長い黒髪に高貴さと清楚さを兼ね備えた比類ない容姿の美少女。


 「遠目でもすぐわかるな……みや


 俺は公園に入るなり、ターゲットの少女に気がついていた。


 「ここにいろ!」


 吾田あがた 真那まなはぶっきらぼうにそう言い残して主のもとに駆けてゆく。


 ーー暫し、なにやらやり取りをしている二人、だが残念ながら俺の位置からは詳しい内容はわからない。


 少しして、戻った真那まなに、美しい黒髪の美少女のもとへ案内される俺。


 「……」


 「……」


 「えっと……久しぶり……みや


 なんだかぎこちなく挨拶する俺。


 いや、仕方ないだろ、突然だし、また一段といや、十段とくらいに綺麗になってるし、そもそも予定外の……


 「……」


 「?」


 なんだか俺の顔を必要以上に見つめてくる雅彌みやび


 「み、みや?」


 俺は思わず問いかけていた。


 「……三年も行方しれずになって、見つけたと思ったらこんな田舎で裏家業ってどうなの?」


 雅彌みやびはコホンと小さく咳払いをしてからそう言った。


 俺の仕事はトレーダー、いわゆる証券投資から、表裏問わずに商品を扱う取引商、情報屋、クラッカーなど多岐にわたる。


 とどのつまり、比較的に大金が稼げるような仕事全般であった。


 どうやら俺の事は調査済みのようだな……


 「いや、これは生活のためにで……裏家業っていってもそれほど危ない事は……」


 「生活費のため?それには億単位のお金が必要なのかしら?」


 三年ぶりの感動の再会どころか、見苦しい言い訳をする俺をピシャリと問いただす幼なじみ。


 「え、あ、……と」


 つい、美しい濡れ羽色の瞳に見据えられ、しどろもどろになる。


 不味いな、この状態の雅彌みやびをやり過ごすのは至難の業だ、俺に昔の経験が蘇る。


 とはいえ、本当のことを言うわけにはいかない、まだ……


 俺はぐるぐると巡る思考と同様に視線を辺りに泳がせていた。


 「あ!あーーーー!」


 「きゃっ!」


 いきなり大声を出した俺に、驚いて悲鳴をあげる真那まな


 てかおまえかよ!意外な可愛い声出しやがって。


 雅彌みやびはというと何をごまかそうとしているの!と言わんばかりの迫力で俺を見つめ続けている。


 「いや、向こうの方、なんか人が倒れていないか?」


 俺は三つばかり向こうのベンチを指さす。


 「……」


 変わらぬ状態で俺を見る雅彌みやびを後目に俺はその男の元へ走っていた。


 「おい、大丈夫かあんた?おい!」


 俺と同じくらいの年齢の金髪男は、弱々しい瞳で俺を見上げるが、返事をすることはできないようだ。


 「意識はあるな、おい、救急車だ!吾田あがた 真那まな!」


 「はっはい!」


 突然のご指命に良い返事をして真那まながピンク色の可愛いスマートフォンを取り出した。


 「!ってなんでお前が私に命令をしている!」


 真那まなは、思わず行動しようとした手を止め、俺に抗議する。


 「真那まな!」


 静かな口調で、雅彌みやびが少女の名を呼んだ。


 「はっはい!」


 一転、真那まなはピシッと背筋を伸ばして返事をすると、直ぐに電話をかけたのだった。


 ーー

 ー


 「間に合えば良いけどな……」


 「霊柩車、呼んだ方が良いんじゃないかしら」


 俺の呟きに、雅彌みやびが返す。


 「そういうこと言うなよ……」


 一見、全然悪びれない顔でベンチに座る彼女を見て、俺は続ける。


 「一体どういう状況でこうなった?」


 状況がわからないことには応急処置もできないからだ。


 「……」


 何事も無かったかのように無言を貫く目の前の美少女。


 しかし俺は見逃さなかった。

 微かに反らされた濡れ羽色の瞳と、ぎゅっと握られた白い手。


 「雅彌みやび!」


 俺はいつもの愛称ではない呼び方をする。


 「……たまにいるでしょう?……結界にかからない鈍感な一般人が」


 渋々そう答えた雅彌みやびは少し拗ねたように下を向いた。


 「ああ、なるほど……」


 俺はその言葉で全ての経緯が、まるで一部始終を見ていたように理解できた。


 「……」


 臨海中央公園の噴水広場、この時間帯、人通りの少ない場所ではあるが、大通りから近く全く無い訳では無い。


 そこに彼女のような希有な美人が一人、ベンチに腰掛けていれば、ナンパ男ならずとも注意を惹くことだろう。


 自らの存在を、その場の環境に馴染ませることにより、その存在を希薄にする能力。


 士族には様々な特異な力があるが、これもその力の一つである。


 あくまで気配を薄れさせ、感覚的にそこに存在することをあやふやにするだけの能力で、姿自体を見えなくするのでは無く、多くの人々はその人物自体は見えてはいるのだが、そこにあって当然のモノと感じるため、気にしなくなるだけの取りたてて大した事の無い能力。


 彼女はその力を使って俺を待っていたのだ。


 昔から、その目立つ容姿のため必要以上に人目を惹く彼女は、そういった煩わしい事を避けるために普段から、よくこの能力を使うのであった。


 雅彌みやびらしい対処の仕方ではあるが、この能力はあくまで存在を薄れさせるだけの能力である。


 士族には通用しないし、能力を持たない一般人であっても、少し、勘が良いくらいで、気づいてしまう程度の保険のような能力なのだ。


 みやの能力が原因なら俺にこれ以上どうこうは出来ないな、まあ、適当に手加減してあるだろうし、死ぬことは無いだろう……多分。



 ーー数分後、救急隊員に運ばれていく、金髪のチャラ男


 「ありが、と、う……あんた、いい人だな……名を聞かせてくれ」


 担架の上から震える手で、金髪の男が俺の手を握る。


 「穂邑ほむらだ、まあ、気にするな」


 とても、俺が関係者だとは言えないな……


 俺は複雑な作り笑顔で応える。


 「オレは……こう見えて、義理……堅いんだ、きっと借りはかえす」


 「気にしなくていいぞ」


 心中では気まずくて、俺はそう応えた。


 「いや、あんたは命の恩人だ!必ず……」


 そう言っている間にも、慌ただしく救急車に運び込まれるチャラ男。


 「ま、まってくれ、オレの名は、たな……」


 ーーバタンッ!

 ーーブロロロォォォーーーーー


 救急車両のドアが閉まり、病院へと旅立つ金髪の男。


 「……死ぬなよ、たな……チャラくん」


  最初から最後まで、幸薄いキャラの男を、俺は生暖かい目で見送ったのであった。



 「……茶番はもう良いかしら?はがね


 雅彌みやびが立ち上がりちらを見ていた。


 「だから、そういう事言うなよ」


 雅彌みやびの方を振り向いた俺に、目つきの悪い少女が何かを差し出す。


 「これは……?」


 俺に手渡された物は、碧色に輝く宝石。


 神秘的な光を宿すその鉱物は、見ているだけで何かの力を感じる不思議な宝石だ。


 百円玉程もある麟石リンセキは、その大きさもさることながら、一点の曇りも無い静かなる湖の様な純度を保ち、無機物でありながら、つい敬意さえいだかせる代物であった。


 恐らくは、時価で一億は下らないだろう。


 「麟石リンセキの取引をすると言ったでしょう」


 つい、立派すぎるその宝石に魅入ってしまっていた俺に、雅彌みやびが言葉を発する。


 そして、目つきの悪い少女が、宝石を渡す替わりに、俺が右手に持つシルバーのアタッシュケースを要求した。


 「い、いや、しかし……」


 俺は正直、その要求に躊躇する。


 「何か問題でも?」


 吾田あがた 真那まなが、俺の反応を見て質問する。


 「いや、これは一千万じゃ安すぎるだろ……いくら何でも……」


 吾田あがた 真那まなが取引前の条件として、メールで俺に提示していたのは一千万円だ。

 実際、ふっかけやがってと思っていたが、今、現物を初めて見て、俺は戸惑っていた。


 いくら自分が得をする話であっても、あまりにも法外に安い買い物だ。


 「今、どれ位持って来ている?」


 俺の真意を理解したのか、真那まなが確認する。


 「二千万程だ……」


 戸惑いながらそう答えると、真那まなが主に確認していた。


 「いいわ、それで」


 あっさりとそう言う雅彌みやび


 いや、それでも安すぎるだろう!


 相変わらず躊躇する俺からアタッシュケースを半ば強引に奪い取ると、主である雅彌みやびの元に駆け戻る真那まな


 ーーガチャリ


 真那まなはアタッシュケースを開いて中身を雅彌みやびに見せていた。


 「……」


 それを確認し、頷くと呆気にとられている俺に視線を移す雅彌みやび


 「麟石リンセキの取引はこれで完了ね」


 そう言うとアタッシュケースをもつ真那まなに目配せをした。


 ーーガララララーーーー


 頷いた真那まなは、突然それを勢いよく俺の方に滑らせる。


 石畳の上を廻りながら滑るアタッシュケースは、やがて俺の足下まで辿り着き、軽く衝突して停止する。


 「!」


 吾田あがた 真那まなの行動の意味、いや、この場合指示を出した燐堂りんどう 雅彌みやびの意図が分からずにと言った方が正しいが、兎に角、訳が分からずに二人を見る俺。


 「麟石リンセキとその現金を持って、今すぐ逃げなさい」


 そして、雅彌みやびが俺に命令する。


 「何のことだ……みや、どういう事なんだ?」


 当然俺は状況が飲み込めていない。


 「……出来るだけ遠くがいいわ、そうね、海外とか」


 意図を確認する俺を余所に続ける雅彌みやび


 「だから!何のことかと!」


 無論俺も、なお説明を要求する。


 「今の住居や資産は諦めなさい、時間が無いわ」


 「みや!」


 噛み合わない会話に俺は若干苛立っていた。


 「……あなたなら、その麟石リンセキを資金に変えるルートも知っているでしょう?」


 雅彌みやびはふうとため息をつくとそれでもペースを崩さずに続ける。


 「みや!いいかげんに!」


 俺は、とうとう声を荒げて彼女の言葉を制していた。


 「時間が無いのよ!はがね!」


 「!……」


 そこで初めて俺は気づいた。


 本来なら如何なる時も自信に満ち溢れる、澄んだ濡れ羽色の瞳。


 俺のよく知る完璧な……いや、完璧を目指す、自慢の幼なじみは、その瞳に不安な陰を宿していたのだ。


 切迫した言葉も、聞く耳を持たない横柄な態度からでは無い、心配して、気遣って、何とかしようという必死の心から出たものだろう。


 誰のため……それは言うまでも無い。



 「今すぐ、私の……目の前から……竜士族の手の届く範囲から、いいえ、この国の影響力が及ぶ範囲から居なくなってくれないと……」


 雅彌みやびは小刻みに震えているようにも見える。


 「……」


 俺は思わず言葉を見つけられずに黙ってしまっていた。

 雅彌みやびの必死の瞳も無言で俺を見つめる。


 「目の前から居なくなってくれないと……どうするっていうの!」


 ーー!


 不意に、二人の静寂を破る、良く通る声が響く。

 突如割り込んだ声の方角を確認する当事者の二人とそのお付きの少女一人。


 そこには、少し垂れ目気味の瞳と艶やかな唇が特徴の目鼻立ちのハッキリとした美人。


 薄い茶色のカールされた髪をトップで纏め、サイドに垂らしたポニーテールの快活そうな美人が、俺の前の美しく長い黒髪の少女をにこやかに睨んで立っていた。


 「力尽く?面白いわ、相手になるわよ、竜のお姫様!」


 そして、彩夏あやかは、そう言うと艶やかな唇の端を上げ、不適な笑みを浮かべたのだった。


 第三話「黄金竜姫おうごんりゅうきⅠ」END

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