第2話「罠Ⅱ」
第二話「罠Ⅱ」
ーー九月十五日、深夜。
臨海市の港区域にあるリゾート施設”マリンパレス”
休日になると家族連れやカップルで賑わうアミューズメントパークであるが、それができる以前は、そこには臨海エネルギー研究所という施設があった。
もともとは国の施設であったその研究施設は、当時、地元では胡散臭い噂の常連であった。
曰く、その地下には巨大な古代遺跡とロストテクノロジーがあり、国家機密レベルの研究が行われているとか、曰く、実は異星人とのコンタクト施設だとか。
やがて、その施設自体が閉鎖され、次第に噂も忘れ去られていったが、火のないところに煙は立たず、それらの噂は実は、当たらずとも遠からずであった。
そう、マリンパレスの地下、数十メートルには、巨大な兵器開発施設が存在したのだ。
「そろそろアレの各パーツ搬入が終わるみたいだが、集まったバイト共は中々よく働いているみたいだな」
軍服を着た兵士が隣の男に話しかけた。
「ああ、アレが何かも知らずに、高賃金に釣られて愚かな連中だよ……これだから一般人は」
応える男も軍服を着用した兵士であった。
その容姿、話している言語から、彼らがこの国の人間で無い事は明らかである。
「おいおい、それを言うなら俺達だって下級士族だろうが、あんまそう言う発言は……」
「いや、違うだろ、この世界は士族様が支配してるんだ、俺達の故国では常識だし、それはこの国でも同じだ、下級だろうと士族は士族、一般人なんかとは格が違うだろうが」
嗜める同僚に当然のように反論する男。
「まあ、世間一般ではそうだが、ここは軍部だからな、軍は階級が全てだ、現に俺達の指揮官たるギレ技術少佐殿は士族ではないだろう?」
「あの人は特別だ、なんて言っても世紀の天才、
「そこ!無駄口を叩いている暇があったら搬入されたパーツの点検をしろ!」
立ち話をする二人の兵士を遠くから叱責する声が響く。
「!ヤ、ヤー!」
ビクリとして、怒鳴り声の主に敬礼する二人。
「こわいこわい、ハラルド主任、ご機嫌斜めだな」
「彼も一般人だからな……聞かれてたら不味かったんじゃないか?」
「大丈夫だろ?単に忙しくて気が立ってるだけだって」
二人はコソコソ話しながら、搬入されたばかりのコンテナの方に小走りで去って行った。
「……くだらない、人間は個々の能力の有無が全て、士族だからといって無能者はいくらもいる、なのに世界は……」
兵士を叱責した男は忌々しげに呟いていた。
ハラルド・ヴィスト技術准尉。
この研究施設の責任者で世紀の天才科学者の呼び声高い、ヘルベルト・ギレ技術少佐の片腕と称される男であった。
「それもこれも、これが……この世の理を根底から覆す超兵器
「勘違いしてはいかんぞ、ハラルド君、我が研究はあくまで軍のため、故国、ファンデンベルグ帝国の隆盛の為にある」
「ド、ドクトーレ・ギレ!」
不意に背後から声を掛けられてハラルド・ヴィストは、ビクリとして振り向いた。
背後に立つ人物は白髪の老人。
顔に無数の深い経験を刻んだ年長者は、足が少し不自由なのか、金属製の杖を突いていた。
「対士族用兵器とはいっても、あくまでも……」
「解っています、解ってはいますが……」
ハラルド・ヴィストは上官に敬意を示しながらも、納得行かない顔をする。
「ドクトーレは今の世界を甘受しているのですか?世界を、全人類の三割ほどしかいない、士族と呼ばれる優良種の存在、その者達に七割の者が支配されている現状を!」
「甘受もなにも、現に世界のあらゆる国の支配階層はその士族……いや上級士族であろう、
士族とは、特殊な能力を備えた人類の総称だ。
多種多様の一族が存在するが、中でも特に優れた能力を有する一族は上級士族と呼称され、各国で政治的、経済的、そして軍事的に世界を支配していた。
「ふっ、世の人間は二種類に分かれる、支配する側と支配される側……という事ですか」
ハラルドは自虐的に
「さしあたり、我らに命じられているのは士族を……特に強力な能力を有する上級士族を凌駕しうる兵器の開発だ……そしてそれは完成間近である」
彼の上官である、ヘルベルト・ギレは部下の不満も意に介さずにそう答える。
「……」
「我が研究が完成の暁には、取りあえずはこの国の特権階級である特別な上級士族、十二士族の殲滅だ。金、人、環境……同盟国であるこの国の協力で開発した我が兵器で、その国の支配階層を駆逐する……実に痛快では無いか」
ヘルベルト・ギレは顔に刻んだ深い溝をより複雑に歪めて不適に口の端をあげる。
「ドクトーレ……」
ハラルドは思わずゴクリと唾を飲み込んでいた。
「ハラルド君、こうは思わないかね」
「人類は太古より、新しく出現した勢力による権力者の入れ替わりで進歩してきた、その代謝こそが人類には必要なのだ、人類の歴史上、士族という存在が出現して以降、三百年近く、この代謝が行われていないのはゆゆしき事態である……と」
老人は大仰に手を振って力説しながら、金属製の杖を振り上げた。
「その為に、人類の未来のため、存続のため、このヘルベルト・ギレは、強大な士族達に対抗しうる兵器を遂に開発したのだ!」
「……」
言葉を失って上官を見るハラルド。
「……ふん……いささか熱が入りすぎたか」
興奮が最高潮であった老人が、そこで一息つく。
「ハラルド君、諸君らは、この理不尽極まる支配者達に対する神の鉄槌……人類史の偉業の一端に関われることを栄誉と思って事に当たって欲しい」
熱弁をそう締め括ると、白髪の老人ヘルベルト・ギレは、満足そうな笑みを浮かべるのであった。
「ところで、それにはまず、兎にも角にも完成させること」
ヘルベルト・ギレは口調をいつも通りに戻すとハラルドに目配せする。
「
ハラルドも上官の趣旨をくみ取った。
「そうだ、我が不肖の弟子にして、
「ハラルド君、
「はい、用済みの高級バイト目当てで集まった一般人を始末次第、予定通り第八特殊部隊も投入致します」
「ふふ、楽しみだよ……
ハラルドの返事に、ヘルベルト・ギレという老人は歪んだ笑みを浮かべていた。
ーーそして、物陰でその一部始終を観察する男が一人。
人目を引く長身、肩まであるしなやかな黒髪を無造作にかきあげて後頭部で括っている、切れ長の瞳と鼻筋の通った彫刻のような容姿が、身なりをそれほど気にしていない風の男を、それでも様にしていた。
その男の名は、
ーー九月十八日、臨海市西区にある喫茶ドラクロワの店内。
俺達の前に、二人の男が進路をふさぐように立っていた。
先ほどまで、他の席でくつろいでいたように見える何人かの客達、既に何人かは、異様な雰囲気に危機感を感じ、店から慌てて逃げ出していた。
進路を阻むのは二人の男。
一人はあごひげを生やした見るからに柄の悪い男、もう一人はジャージを着たスポーツマン風の男だ。
俺はチラリと視線だけを動かし周囲を確認した。
この状況で、店内に残っている数名の客は全て立ち上がり、こちらを伺うように睨んでいる、もちろん目の前の二人と同類だろう。
ーーいち、に、さん…………全部で六人……このくらいならあるいは……
バタン!
スタッフオンリーと書かれた従業員専用の扉から、わらわらと追加される男達。
……合計十一人だな
俺は解りやすく落胆の表情を浮かべていたに違いない。
まあ、あれだけ騒いで、注目されない時点でなんかおかしいとは思ったけどな……
何気なく視線を移した先にはカウンターの向こうで、へたり込みガクガク震える店長らしき中年の男とウエイトレスの女性が見える。
どうやら、俺達が来る前から喫茶ドラクロワは、この男達に占拠されていたようだ。
なんか巻き込んだみたいで気の毒だな……いや、よく考えたら俺も被害者だよなぁ
「連行するぞ!」
俺が従業員を見ながらそんなことを考えていた矢先、スタッフルームから出てきた男の中の一人、指揮官らしき黒色のサングラスの男が、他の者達に命令を出していた。
「俺達の意思は無視かよ!」
思わずそう抗議する俺を黒サングラスの男は、あからさまにバカにした顔で見てくる。
「
サングラス男の言葉に、そこにいる者達が全員ニヤニヤとイヤな笑いを浮かべていた。
「……」
対して俺は、相手の侮辱的な態度にも無表情で応じる。
雑な威嚇を垂れ流す輩に囲まれ、張りつめた空気の中、俺の横に立つポニーテールの少女が、自身の艶やかな唇の端をペロリと嘗めた。
「!
その様子に、俺は思わずそう声をかける。
俺の傍らに立つ少女は、言葉では答えずに軽くウィンクして見せた。
「はあ?何言ってるんだ半端者」
サングラス男は、状況が解っているのか?この馬鹿共は、と言わんばかりの余裕の表情で俺を見た後、サッと右手を挙げて合図をする。
「男は痛めつけてから捕らえよ!なぁに、生きてさえいれば問題ない、女の方は必要ない……だが、邪魔するようなら殺しても構わん!」
痛めつけてからってわざわざ言う事かよ、性格悪いな。
俺達を囲む輩が、まさに襲い掛からんとした瞬間だった。
「手を出さないで!この件に関しては、お嬢様から直々に私に一任されていたはずよ!」
俺と
ーー
前髪をキッチリと眉毛の所でそろえたショートバングの髪型、あどけなさの残る可愛らしい顔立ちだが、三白眼ぎみの瞳と無愛想な雰囲気でそれらが台無しの小柄な少女。
彼女は眼前の二人の男の前に立ちはだかり、勇敢にも事を収めようとする。
スタッフルーム前で指揮を執るサングラス男は、その勇敢な少女を、ついさっき俺を見下した態度よりも、なおいっそう輪をかけた感じで嘲るように言葉を発した。
「下賤な蛇が!けがれた口で
その怒号と同時に、進路を塞いでいた二人が動く。
「くっ!」
小柄で目つきの悪い少女の両隣を通り過ぎ、俺と
瞬間、
「ぐわぁ!」
「ぎゃっ!」
直後、二人の男は、ほぼ同時に悲鳴をあげていた。
ビクビクと痙攣する男達の手の甲には、深々と鋭利な金属が貫通している。
時代劇に出てくるような武器、”クナイ”だ。
続けて
「ぐわっ」
男は声を洩らして
同様に残る一人、左側のスポーツマン風の男も、彼女から金的への容赦ない膝蹴りをくらい悶絶した。
男達の胸の高さほどもない少女は、すれ違い様に屈強な男二人を戦闘不能にする。
「この、血迷ったか!」
その状況に窓際にいた二人が、ジャケットの内ポケットから、咄嗟に銃らしき凶器を抜くのが見えた。
「!」
少女は素手のままの左右の両手首を、素早い動きで上方向にくいっと持ち上げるように返す動作をする!
「ぎゃ!」
「ひっ!」
途端に彼女の傍で悶絶して蹲っていた男達の手の甲からクナイが飛び出した。
それはまるで、自ら意志を持ったかの様に引き抜かれ宙に舞う。
少女は、そのままその両腕を左右から自身の前で交差するように空振りする。
ガシャ!ガシャ!
銃を構えていた窓際の男達は、瞬く間にそれを
喫茶ドラクロワの店内を、ターゲットめがけて自在に飛び回るその二つの鋭利な凶器。
それはまるで少女に念動力ででも操られているように自在に舞う。
「蛇め!」
サングラスの男は舌打ちすると、とりあえずの標的を、俺から
「おお、強いな、
いつの間にか、レトロな木製のイスに腰掛けた俺は、くつろぎながら他人事のように感想を述べた。
「極細のワイヤーみたいなもので操ってるのね……暗器使い?かしら彼女」
その正面に同じように腰掛ける、カールしたポニーテールが似合う快活な美人。
たれ目気味な瞳を細め、奮闘する彼女の技を見極める
激しさを増す戦闘、彼女が動く度に膝丈のスカートの裾からちらりちらりと白い太ももが覗き見える。
「……なかなかいい眺めだな」
俺の素直な感想に、
「
一転、正面に座る女性のファッションに触れる俺。
デニムのショートパンツからのびるしなやかな脚線美。
「学校では制服に決まってるでしょ、私の場合、格闘スタイル的にこれが都合いいのよ」
わかってるでしょと言わんばかりの返答だ。
「そりゃそうか……でも、たまにはああゆう可愛らしい格好も似合うんじゃないか?」
俺は、多勢を相手に奮闘中の
「あなたを喜ばせるために?……冗談でしょ」
そんな俺を
「……」
そうしてふいに少し黙り込んだ。
「
「何を?」
「
「ふーん」
俺は興味なさそうに相づちを打つ。
「たしか今は竜の一族に仕えてるって聞いてるけど……竜の一族に関しては
そう言ってチラリと俺を見る
「まあ……確かに、あの連中は竜士族の関係者……下っ端だな」
俺は特に興味も無さそうな感情の無い目で、
「やっぱり、じゃあ……どういうこと?、仲間割れとか?」
「……」
正直、あまり触れたくない話題だ。
俺の反応に
「……あ、おねーさん、アイスココア一つ、あとティッシュも!」
カウンターの陰で震えていたウェイトレスの女性が、カウンターから恐る恐る顔を出し、場違いな行動を取る俺を奇異な視線で確認してきた。
「わたしはアイスティー、砂糖は要らないから」
そして何気に俺に便乗し追加注文する。
ウェイトレスの女性は慌ててコクコクと首を縦に振り、応えると、直ぐに頭を引っ込めた。
ガシャーーン!!
黒サングラスの男がテーブルをなぎ倒して倒れると、喫茶ドラクロワの店内は物騒な騒々しさから解放された。
至る所に転がる男達、アンニュイな喫茶店に似つかわしくない殺風景な風景だ。
戦いに勝利した
かなり疲弊しているものの、彼女の体には目立った外傷はない。
「よう、お疲れさん」
目があった俺は、量が半分ほどになったアイスココアのガラスコップを片手に彼女を労ってやった。
「!」
「何してる!」
そう言って声を荒げる。
「アイスココア飲んでる」
「アイスティー飲んでるけど」
俺と
「誰のために私が戦ったと思ってる!
その態度に顔を真っ赤にして、ぴくぴくと体をふるわせながら怒鳴る
「そう怒鳴るなって、腹が空いてるのか?何か食うか?奢ってやるぞ」
「……」
依然、
仕方ないな、俺はご機嫌麗しくない彼女に変わって気を利かせて注文してやることにする。
「あ、おねーさん、追加でお子さまランチ!」
ガスッ
俺の鼻面を再び打撃する
「ぐはっ」
忽ち詰めていたティッシュが宙に舞い、再び鮮血を流す俺の鼻。
俺は殴られた鼻を押さえ、涙目になり、正面で涼しい表情でアイスティーを飲む
「……だから、自業自得でしょ」
第二話「罠Ⅱ」END
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