No.22 乙女心は雨のち晴レルヤ

 昼休みになると、教室の左後ろに並んで座る二人組が行動を開始する。

 片方はゆるふわっとした感じの髪で、やや短めに制服のスカートを履いている。

 もう片方は、詰め襟でややボサボサ気味の長身。

 ゆるふわの方が机を動かして向かい合わせにすると、長身に向かって両手を差し出した。


「ねえねえ、今日のお弁当は?」

「おう、ユッキーの好きなタコさんウインナー入りだぞ、味わって食えよ」

「いつもありがとね、イツキくん! 大好き!」

「俺もだよ、ユッキー」


 わしゃわしゃとユッキーの頭をなでるイツキ。

 その光景を見るたび、クラスメイト全員が思うのだ。

 くたばれ、この夫婦バカップルと――。




 藤沢優希と黒川イツキ。

 共学だからなのか、うちの高校はカップルが多い。

 ただその中でも、この二人は珍しかった。

 なにせ藤沢の方は、「実は男」だという噂がある。




 翌日。


「ええー!? お弁当持って来てないのぉー!?」

「わ、悪い……昨日仕込んでたメインのおかずが失敗しててな……すまない」

「この私に昼はコンビニ飯にしろっていうのイツキは!?」

「奢るから、さ……頼むよ」


 どこぞのロボットアニメで見たようなやり取りをしていた。

 もう、投げる言葉は1つしかない。

 クラス中に聞こえるくらいの音量で茶化す。


「何や、また夫婦喧嘩かいな」

『違うよ!!』


 そこは台詞同じなのかよ。


「お前らの仲が良いのはよーく分かったから、喧嘩の続きは他でやってくれるか」

「はいはい、それじゃ行くよイツキ。財布もった?」

「お、おう」


 分かりやすい不機嫌である。




 夏休みに、入るか入らないかの頃。

 事件が起きた。




「なぁ、秦野」

「どうした」


 教室に入るなり俺に声をかけてきたのは、悪友の大和だった。


「あの2人、ここしばらく一切口きいてないぞ」

「だからなんだよ、俺らには関係ねえだろ」

「まあ、そうなんだがよ。黒川がちょっち前に、メッセージよこしやがってな。早く言えばシリアスな感じの喧嘩したんだと。んで、しばらくは教室の空気おかしくなると思うが学級委員として何とかって」

「2人のことは2人の間で解決すべきことだろ」

「だから、そっとしてくれとのことだ」

「……そうか」


 クラスで一番賑やかな奴らが静かにしていれば、多少は空気も重くなる。

 そういう意味だろうと、俺は考えていた。

 しかし事態はやや深刻であった。




 翌日の昼休み。


「ねえ、秦野くん」

「どうした」


 まさかまさか、渦中の藤沢が話しかけてきた。


「今日さ、お昼一緒にどう?」


 その言葉に、教室のざわめきがすべて消える。もとからこの空間に俺と藤沢しかいないかのようだった。


「あ、あのさ」

「なあに?」

「黒川は、いいのか?」

「……うん」


 目つきが変わった。

 やばい、地雷を踏んだか。


「わかった、行こう。お前メシは持ったか?」

「自分で作ったのがあるから」

「そ、そうか」


 何を考えていたのか、藤沢の指定した行き先は第2庭園だった。




 第2庭園。

 もう1つの中庭のようなもの。

 しかし今は、手入れはされても人気はない。

 あるのは精々2人座れるベンチが一脚だけ。


「なあ、藤沢」

「ん?」


 唐揚げを頬張りながら返事を返してきた。


「お前さ、黒川と何かあったのか。……いや、何があったんだ?」

「……その話がしたくて、呼んだんだ」


 唐揚げを収めると、藤沢は弁当を閉めて話し始めた。


「前に、ね。喧嘩したんだ。イツキと。別にイツキが悪いわけじゃないんだけどね、ただ、それが私にとっては許せなかったんだ」


 何が、とは聞かなかった。聞けなかった、という方が正しいだろうか。

 しかし藤沢は答えてくれた。


「少し、脱線するんだけど……本当は私、女の子じゃないんだ」


 なんと。

 あの噂は事実だったのか。


「イツキとはね、子供の頃からずっと一緒なんだ。私が女の子じゃないことは、昔から知ってる。それでも、私を『女の子』として見てくれてたんだ。そのはず……だった」

「だった……」


 その小さな、呟きにもならない音を拾ったらしく、藤沢は更に答える。


「うん。最後にデートしたとき、さ。昔の知り合いに会ってね。って言っても、小学生のときレベルだけど。その頃はまだ私が『か弱い男子』くらいのイメージで、割といじめられてて、ほとんどいつも『仲の良い幼馴染』だったイツキのそばから離れられなかったの。向こうからすれば、数年後にバッタリ再会したらいつの間にか『恋する乙女』になって幼馴染とくっついてた、と。その時はイツキがさっさと追い返してくれたんだけど、避難先のお店でね、『やっぱ男同士でくっついてるのって変だよなぁ』って。それで……」

「なるほど……」


 こりゃあ深いところに患部がありそうだな、と俺は思った。

 脳内にある大量の文献を検索し、答えを返す。

 この手の話には「最適解」はないという。だから、その言葉に自信はなかった。


「まあ、その……なんだ。俺はお前らのことは高校からしか知らないから、何とも言えねえけどよ。もう1回お互いに真っ向から喧嘩してみれば、見えてくるもんはあるんじゃねぇか? 今みたいに口も利かねえ目も合わせねえじゃ、何を思ってるか分かんねぇだろ」

「そう、かな」


 そう俯かれたら、どうすりゃいいか分かんねぇよ。


「喧嘩するほど仲がいい、って昔から言うだろ? まさかあの夫婦漫才めおとまんざいがただの演技とか言わねえだろうな?」


 思い出しただけで腹が立ってきたが、ここはこらえ時だ。


「め、夫婦漫才って……! そんなんじゃないもん! イツキは大好きだけど!!」

「なら決まりだろ」


 尻ポケットからスマホを取り出し、黒川に送信。


『第2庭園』


 既読が付くのに10秒とかからなかった。


「ちゃんと話せよ、自分の気持ちってやつをよ」


 荷物を片付けたころには、黒川の姿が見えた。


「秦野……」

「あとはお前たち次第だよ。つーか俺は恋のキューピッドなんざやるガラじゃねえんだ」

「いや、立派なキューピッドだろ。だいぶ口が悪いがな」

「うるせえ」


 軽く小突いてから、会話を続けた。


「姫はあちらでお待ちですよ、王子様」

「ありがとう」


 恭しく頭を下げると、黒川は颯爽と向かっていった。




 休み前最終日の朝。

 俺の努力が功を奏したのか、例の夫婦バカップルは、今日も元気だ。

 というか、いつも以上だった。

 仲良く手など繋いで教室に入ってきた。

 リア充爆発しろ。というか、この憎悪を以てあの2人を討ち滅ぼしたい。


「ねえイツキ、口開けて。はいあーん」

「あーん」


 名物のイチャコラがパワーアップして帰ってきたためか、密かに女子の間では様々な妄想が蔓延しているというのを、少しだけ耳にした。

 その光景を眺めつつ、俺は心の中で思った。

 もうお前ら結婚しろ。

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