No.23 かわいい! りりしい!?

 「なんや、じぶん、男のくせに漢気ゼロってどういうことやねん?」


 パンツの中から声がする。

 それがボクと山田さんとの出会いだった。



 1


 ボクの名前は寿緋色ことぶき・ひいろ、どこにでもいるごく普通な中学生の男の娘。


「デュフフフ。やっぱりひーちゃんには魔法少女コスが似合いますぞ」


 そして魔法少女のコスプレをしたボクをひーちゃんと呼び、重そうなカメラを軽々と扱って撮影しまくってるのが、同じ歳で幼馴染の克哉君。


 今は近くの公園で、克哉君が用意した衣装を着たボクの撮影会をやっているんだ。

  

「あんまり下から撮っちゃイヤだよ? スカートの中、見えちゃう」


「安心してほしいでござる。拙者、見えそうで見えないラインを守る紳士でござるから」


 そう言いながら克哉君はしゃがみ込みながら、ぱしゃぱしゃシャッターを切る。

 うー、本当に大丈夫かなぁ。さっきから克哉君の股間がすっごく膨らんでいるんだけど。


「いいでござるいいでござる。よし、ここでポーズを決めるでござるよ」


 決めポーズ? よーし。


「お仕置きしちゃうぞ! 裁きジャッジメントです!」


 ボクは杖を振り上げ、カッコイイポーズを決めてみせた。

 でも。


「違うでござるよ。ここはもっと可愛く、こう――」


 すかさず克哉君からダメ出しが入る。

 えー、そんなぁ。ボク、可愛いよりも凛々しくカッコイイのがいいなぁ。だって男の娘でもボクはやっぱり男の子なんだもん。




「ふぅ。いっぱいいい写真が撮れたでござる」


 小一時間ほど撮影して克哉君がとてもいい顔で笑った。


「えっと、良かったね? じゃあそろそろ帰ろっか」


「そうでござるな。そうだ、今日のお礼に今度また釣った魚を持っていくでござる」


「うわい。楽しみにしてるね」


「任せるでござる」


 克哉君が右腕を上げて力こぶを作る。

 漁師のお父さんを手伝っている克哉君は、重度なオタクさんだけど体つきは立派な体育会系。クラス一の力持ちさんだ。

 いいなぁ。ちょっぴり憧れる。

 ムキムキになりたいわけじゃないけど、男の子らしい力は欲しいんだ。

 それこそこのコスプレみたいに魔法少女、ううん、ボクの場合はに変身して世界を悪の手から守るヒーローになってみたい。


 と、その時だった。


『お、魔法少年になりたいんか?』


 いきなり近くから男の人の声が聞こえて、ボクは思わず飛びあがって驚いた。


「どうしたでござる? いきなり飛びあがったりして?」


「え、今、なんか変なオジサンの声がしなかった?」


「いや、拙者は何も聞こえなかったでござるが?」


 えー? でも、確かに今、関西弁のオジサンの声が……。


『どこ見とるんや、ここやここ。右足を見てみぃ』


 また声が聞こえた!

 言われるがまま、右足を見下ろす。


「……ゾウさん?」


 ボクの右足の甲に、いつの間にかゾウのシールが貼りついていた。


『ゾウやない! ワイは山田さんや!』


「うひゃあ!」


 シールの絵が突然動いてしゃべった!

 驚いたボクは腰を抜かして、その場に尻餅をつく。


「さっきからどうしたのでござる? 撮影で疲れてしまったでござるか?」


 克哉君が不思議そうな顔をしてボクに手を差し伸べてくれる。

 やっぱり克哉君にはゾウさんシールの声が聞こえてない。

 ううん、それどころかその存在すら見えないみたいだ。だって倒れこんだ僕の脚をゾウさんがしゅたたたと移動して登ってくるのにも気付いていないんだもん。


 ってか、ちょっとゾウさん、そこはダメ!

 パンツの中に入っちゃヤダ!


『なんやこりゃ じぶん、男のくせに漢気ゼロってどういうこっちゃねん!?』


 そしてパンツの中からゾウさんの声が聞こえてくる。

 どういうことって、それはボクこそ説明してほしかった。 


 

 2


『ほーん、男の娘、なぁ』


 結局あの後、克哉君には「ちょっと疲れたみたい」と言って別れ、家に戻った。

 そして自室に戻るとパンツを脱いで、ゾウさんシールと改めてご対面。

 何がなんだか分からないけど、やっぱりこういう時は自己紹介からだ。


『なるほど。確かに男のくせに女みたいな身体をしとる。無駄毛もないしな』


 ボクの股間に張り付いたゾウさん、じゃなかった山田さんが「わはは」と笑った。とても恥ずかしい。


『それで緋色は魔法少年になりたいんやな?』


「は、はい」


 ボクは山田さんの問い掛けに大きく頷いた。

 なんでも山田さんは漢気の精霊で、素質のある男の子を邪悪と戦う魔法少年に変身させることが出来るらしい。

 すごい、そんなアニメみたいなことが本当にあるんだ。

 そしてボクに貼りついたってことは、つまりそういうことだよね?

 やった。ボク、魔法少年になって世界の平和を――。


『無理や。諦めとき』


「ええっ!? な、なんで?」


 なのに山田さんはあっさり却下すると、どうしようもない現実をボクに突きつける。


『なんでってじぶん、漢気が全然あらへんやん』



 3


 魔法少年に変身するには膨大な漢気を消費するんや――


 山田さんはそう言った。

 でも、それって漢気をいっぱい持てたらボクも魔法少年になれる、ってことだよね?

 幸いにも山田さんはしばらくボクに貼り付いて、魔法少年候補を探すつもりらしい。

 よーし、だったら候補者が見つかる前に漢気を宿して、山田さんに認めてもらっちゃうぞ。


 ……って意気込んだのはいいんだけど。


「はぁ」


 やる気だけで人がそう簡単に変われるはずもなく、足は遅いし、懸垂は一回も出来ないし、思い切って買ってみたブラックの缶コーヒーは一口飲んだだけで苦くて捨ててしまった。


『緋色、男の子はどんなに失敗しても溜息なんてつくもんやないで。こういう時こそ笑い飛ばすんや』


 そう言いながら山田さんも溜息をつく。


『それよりも緋色の友達に克哉君っておるやろ? あの子、どういう子や?』


 そして唐突に話題を変えてきた。


「克哉君はボクの幼馴染だよ。お父さんは漁師をやっていて、小さいころから克哉君もそのお手伝いをしてるんだ」


『なるほどなぁ。そやからあんなにガタイがええんやな』


「でも、すごいアニメオタクで女の子たちからは『言葉使いが変』とか『キモイ』とか言われてるんだ。ボクは全然そんなことは思わないんだけど」


『ああ。陰口叩かれているのはワイも聞いた。でも本人はまるで気にしてへんみたいやな』


「将来は漁師か、お相撲さんになりたいんだって」


『ほぉ。それまた男らしい夢や。ところで緋色は将来何になりたいんや?』


「……花婿さん」


『訊いたワイがアホやった』


「ううっ。そんな反応をしなくても……最近は主夫って言って、お婿さんが家事をするのも珍しくないんだよ? だからボク、頑張って最近はお魚を捌けるようになったんだから」


『…………』


「あ、でも、そんなの漢気とは何の関係もないよね……」


 黙ってしまった山田さんの気持ちを察してボクの語尾も弱弱しくなってしまった。


「……やっぱりボクより克哉君の方が魔法少年にむいてるよね」


『どうしてそう思うんや?』


「だって克哉君は力もあるし、きっと漢気だっていっぱい持ってるよ」


 そう、克哉君は男の娘なボクと違って立派な男の子だ。ボクがいくら魔法少年になりたくても、克哉君に勝てるところなんてひとつもない。

 悔しいけど、克哉君が魔法少年に選ばれて当然だ。


『……そやな。あの子は凄い素質を持っとる』


 やっぱり。山田さんも認めた。


『そやけどな、大切なのは力やないで』


「え? そうなの?」


『ああ。大切なのは自分を信じる心や!』


 山田さんはきっぱり言い切った。


『周りから何と言われようが自分自身の信じた道を行く。それが漢気や。克哉君はそれが半端無い。そやから素質があるって言うたんや』


「自分を信じる……それが漢気……」


『そや。緋色は魔法少年になりたいんやろ?』


「……うん」


『そやったらへこたれず魔法少年になるための努力を続けるんや! 克哉君を誘うのはもうちょっと待ってみるさかい頑張ってみい!』


 山田さん……。

 魔法少年は諦めろって言ってたのに、こんなボクを応援してくれて……。


「うん! ボク、頑張る!」


 そうだ、ボクは魔法少年になるんだ!

 その気持ちは誰にも負けないんだ!


 元気良く立ち上がるとお腹が「くぅー」と鳴いた。


「よし、決めた! 今日の晩御飯はハンバーグ!」


『おおっ、男らしくてええな!』


 山田さんの賛成を得てにっこり笑った僕は、足取りも軽く行きつけのスーパーへと向かった。



 4


「きゃああああ!」


 それはあまりにも突然だった。

 スーパーでハンバーグの材料を買い物かごに入れていたら、大きな悲鳴が聞こえた。

 どうしたんだろうと皆が訝しむ中、鮮魚コーナーにいたお客さんたちが慌ててその場から逃げ出していく。


「ギョッギョッギョッ。人間どもめ、この新井さんがひとり残らずチタタプにしてくれるわ!」


 そして誰もいなくなった鮮魚コーナーには二メートルもある巨大な鯉が両手に金属バットを持ち、二本足で立っていた!


『あれは邪神鯉の新井や!』


 すかさず山田さんが「逃げるんや」って言ったような気がする。

 でもボクはあまりの出来事にすっかり放心状態になっちゃって、その場に立ち竦んでしまった。


「ん、可愛らしいお嬢ちゃん、怖くて腰が抜けたのかな?」


 そんなボクをバケモノ鯉が見逃すはずもない。


「ギョッギョッギョッ。ではまずお前からチタタプにしてヒンナヒンナしてやろう」


 バケモノ鯉が両手の金属バットを高く抱えて、ボクのほうに向かってきた!

 どうしようどうしよう、このままじゃボク、殺されちゃうよ!


『落ち着くんや、緋色。こうなったら緋色があいつを倒すしかない』


「山田さん! そんな、どうやって!?」


『魔法少年に変身するんや。大丈夫、緋色は既に奴を倒す術を持っとる。自分を信じるんや!』


 ええっ!? あんなバケモノをボクが倒せるって言うの!?

 普通ならとても信じられない話だ。

 でも、山田さんは言った。

 自分を信じる力が漢気となって、魔法少年に変身する力になるって。

 そうだ、自分を信じるんだ。

 

『そうや、緋色! お前の漢気を信じろ!』


 バケモノ鯉がボク目掛けて金属バットをスイングしてくる。

 そして次の瞬間。


 金属バットをボクが巨大包丁で受け止める音が雷のように轟いた!


「なんだと!? この新井さんの一撃を受け止めた!?」


 ボクの目の前で驚くバケモノ鯉。


「ううっ! 魚臭いよぉ!」


 対してボクはバケモノ鯉のバットを受け止めた得物に力をこめて、逆に弾き返した。


『やったな緋色! 魔法少年に変身成功や!』


 言われて見てみると、いつの間にかボクはゴム製のオーバーオールを着た姿に……。


「ええっ、何この格好!? 裸にゴム製のオーバーオールだけってなんだかとても恥ずかしいんだけど!」


『何を言うとるんや! これこそ対新井の神装やんけ!』


 見てみぃと山田さんに言われて目を向けると、バケモノ鯉がボクの姿にぷるぷる震えていた。


「水産合羽の衣装に、鮪を解体する巨大包丁……貴様、そんな可愛らしい顔をしていてまさか魚を捌けると言うのか!?」


「え? あ、はい。捌けますよ、一応」


 ぎゃあああああと絶叫するバケモノ鯉さん。

 そう、倒す術があると山田さんに言われたボクは、あの瞬間、必死に自分の中に眠る力を探し回った。

 そうして見つけたのが、お魚を捌くことが出来るという特技。まだ生きている魚を捌くのは大変だけど、苦労して覚えただけあって結構自信があるんだ。

 だからあんなに大きくても魚は魚、ボクは絶対あいつを捌けると信じて勇気を出した。


『そう、それが漢気となって変身できたんや! さぁ緋色、その鮪包丁で新井を倒すんや! 今夜の晩御飯は鯉の洗いに変更やで!』


「わ、分かりました! じゃあ、捌きジャッジメントです」


 うーん、なんか違う?

 ま、いいか。


 

 5


 こうしてボクは念願の魔法少年になれた。

 でも。


「や、山田さん! なんか胸が! ボクの胸がぁぁ」


『おー、やっぱりそうなったか』


 そう、一晩経ったら何故かおっぱいが膨らんできたんだ。


「そうなったかって、一体どういうこと?」


『いやー、魔法少年になるには大量の漢気を消費するって言うたやろ? 緋色のはまだ変身するには足りんかったから、ワイの魔法で漢気の前借りをしたんや』


「前借り? え、ってことは?」


『そや。つまり今の緋色は漢気がないどころかマイナス状態。より女の子に近い存在になっとるんや』


 ええーっ!? なにそれ、聞いてないよぅ。


『まぁ、また頑張って漢気を集めたらええやん。な、魔法少年緋色』

 

 かくしてボクはおちんちんがなくならないようすごく頑張ることになるんだけど、それはまた別の機会に。

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