No.21 僕は可愛い服が着たい
「見ろよ。面白いもんでてきた」
「袴だなこれ。ずっと前に使われたやつだ。うちの演劇部の規模がずっとでかかった頃のだろう」
この学校には規模の小さな演劇部があって僕はそこに所属している。
演劇部の部室は部室棟にある。だけど部員の僕たちがそこで練習したり集まったりする事は無い。
練習する時は体育館や空き教室を使う。
ここは物置として使われていて、演劇部が演劇部である為に必要なものがごちゃごちゃ置かれている。
部室はそんなに広いわけではない。だが備品は無限に増えていく。
一度照明を取りにいった部員が備品の雪崩を起こし死にかけた事がある。
それで月1で部室を整理する役割の部員が必要になった。
誰がやるかだらだら話し合った挙句、結局じゃんけんで負けた2人が半永久的にその役割を担うという事で落ち着いた。
8人の部員でおこなわれたじゃんけん。
あいこになる事もなく1度でスパリと決まった。僕と築木はチョキ。他は全員グーだった。
負けたからにはやるしかなかった。その部室整理は月末の金曜の部活動の後に僕と築木でやる事になった。
今日がその初回だ。
埃っぽい部室兼倉庫を黙々と整理していく。
時々わけのわからないものが見つかり2人で鑑定する。見つかったこの得体の知れない物は一体何なのか。ガラクタなのか使い道があるものなのか。時々備品や小道具の中に普通に粗大ゴミが混ざっている。
初代ゲームボーイとかが混ざっている。
単一電池が4つ要る。
我が校の演劇部の歴史を感じる。
全然知らない携帯ゲーム機も出てきた。ボディに『GAME GEAR』と書かれている。生まれて初めて聞いた。他に出てきた携帯ゲーム機として『ネオジオポケットカラー』『ワンダースワン』『PCエンジンGT』『アドベンチャービジョン』『ゲームポケットコンピュータ』『ニンテンドースイッチ』『Atari Lynx』などがあった。
途中から整理というよりレトロ携帯ゲーム機博物館社会見学みたいになってきて収集がつかなくなってきた。学生の本分というのは義務を怠ってゲームをする事なので歴史ある部室が段々廃棄された携帯ゲーム機だらけになっていくのは必然なのかも知れない。やりたくなってきた。やるか。ゲーム。
学校の近くのホームセンターまで行って買った単一電池4つを使って初代ゲームボーイを起動。最初から刺さっていたスーパーマリオランドを始める。テンポよく2-3まで進んだところで黙々と整理作業を続けていた築木が何かを発見した。
それは袴だった。大正時代の女性が着る様な袴だ。ここに存在する物はどれもこれも雑に保管されているのにこれだけやけに丁寧に保管されていた。
「ブーツもあるぞ。それに着物も」
築木がブーツと着物を出す。
袴とブーツと着物。なんとなく眺める。色合いが上品だ。これは大正時代に女性の間で流行ったファッションだ。大正時代の女性と言うのはこんなに可愛らしいものを着ていたんだな。これを着て大正ロマンな時代を歩くというのはきっと楽しかっただろう。それは心が弾む様な事だったに違いない。
僕はひょっとしたらその服に見惚れていたのかも知れない。
築木がろくでもない事を言った。
「着てみたら?」
お前は何を言ってるんだ、という様な返事をした。
「着たいのかと思った」
そう言われて袴の方を見た。可愛らしい服だ。築木の案がやけに魅力的な気がしてくる。
窓から西日が差している。なんとなく着てみようかと言う気になった。
この服一式はあくまで衣装である。だから肌襦袢だとかそういうあれこれがあるわけではない。内側の素材も結構安っぽかったり見た目が無茶苦茶だったりする。だけど見えている部分の作りはとてもしっかりしている。
夏服の学生服の上から着た。演劇で使う衣装というのは実際の服よりも着脱がかなり楽に作られている。男子用の(当たり前だ)夏服の学生服を着た僕の一番外側が大正時代の女性のそれになる。一番外側の表皮みたいなところがどうなろうとも内側の僕自身がどうこうなるわけでもない。そもそも顔を見れば一目で男子生徒が演劇部の衣装を着ているとわかる。
男子生徒はどこまでいったって男子生徒だ。
そういった思考は演劇部員としては良くないのだろうな。
舞台の上で全然違う存在になるのが正しい演劇部員だ。
まぁ異性の役を演じる事は僕たちは多分ないだろうが……。
築木はじっとこちらを見ている。特に何を言うでもない。いつも通りだ。こいつはそもそもが無口なのだ。こっちを見ている。目から思考が読み取れない。異性装をしている僕を見ているのだが無遠慮な目というわけでもない。僕がふと自分の視線を下に落とすとひらひらとした服を着た自分が見える。ひらひらとしている。鮮やかな茜色で。ふと強烈に恥ずかしくなる。それと同時に馬鹿馬鹿しくなる。僕は言った。
「終わり!袴はもういいよ!片付けるぞ」
築木はそれを聞くと適当に相槌を打った。
大正時代の女学生の衣装を脱ぐと男性生徒の自分が出てきた。良かった。自分がいる。変に動揺した。
とりあえずの片づけが終わる。大量の携帯ゲーム機もぱっと見では見つけられなくて取り出しやすい位置に収納した。来月にはどうせまた物が増えて散らかっている事だろう。次の部室整理は1か月後だ。
築木がぽつりと言った。
「他にも可愛い服はあったから、着たきゃ来月着ればいいと思うよ」
それから1か月が立った。部室整理をしなくてはならない。
部室に行ってみればまた凄い状態に戻っている。部室でもなく倉庫でもなく粗大ゴミ置き場といった感じだった。
築木と僕で部室整理を始める。
整理、整理、携帯ゲーム、整理と行った感じで少しずつ職務を片付けていく。
作業をしながら先月のあの不思議な時間がどうしても頭に浮かぶ。
西日に照らされて僕が女学生になっていた。それを築木が見ていた。いや別に女学生になったわけではないな。なんなのか。あれは何だったのか。
築木は無言で黙々と片付けている。「何か着るか?」と言った事を作業が一段落したらあいつはまた言うのだろうか。僕はまたなんとなくその服を着るのだろうか。こんな事を考える必要はあるのだろうか。
多分僕も築木も同世代の人間と比較して恐ろしくテンションの低い人間である事が問題なのだろう。陰キャと言っていい。なんとなく提案された事をなんとなくやってしまう。「この服を着たらどうか」と言われて、心底嫌なのなら「別に着たくない」と言えばいい話だ。築木はそれだけで二度とそんな事を言わなくなるだろう。
整理を続ける内にある引き出しを開けたら女給の服が出てきた。
心臓が飛び出そうになった。
これは大正辺りの時代にカフェで働く女給の衣装だろう。多分この演劇部はずっと昔に大正時代を舞台にした劇をやった事があるのだろう。
女給の衣装はやっぱり色合いが鮮やかで妙に品があった。
「着たけりゃ着ればいいんじゃないか」
いきなり築木の声がして心臓が止まりそうになった。
日が暮れかけている。
西日が窓から差し込んでいる。
夕日で照らされた何もかもの色合いがやけに鮮やかだ。
着てみる事にした。
これは確かに女給だ。とても可愛らしい服だ。着物にエプロン。ひらひらしている。
築木がぼんやりこちらを見ている。何を考えているのかよくわからない。
恥ずかしくなってきたので女給の衣装を脱いだ。
僕たちはそれから部室の整理をして帰った。
授業を受けながら全然関係ない事を考える。
この前の部室整理の時の事だとか。
次の部室整理の日の事だとか。
築木とは演劇部で毎日顔を合わすが部室整理の時の話をする事はない。
「着たけりゃ着ればいいんじゃないか」
あの時あいつが言った言葉がそのまんますぎてやたら強い。
あいつはやっぱり何も考えてないんだろうな。何も考えてないやつは強いな。
僕もまぁ、何も考えてないけど。
次の部室整理は3日後だ。
3日後か。
2か月前。あの茜色の袴を見た瞬間に確かに感じた事が一つある。
その時、その感覚が何なのか僕は分からず、頭の中で言葉にするのに2か月かかった。
そのまんまの結論程辿りつくのに時間がかかるのかもしれない。
僕は可愛い服が着たい。
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