No.11 王子系女子は姫系男の娘に恋をする

「あのっ、私、佐藤と言います! 突然ですが翼さまには彼氏はいるんですか?」


 いきなり見知らぬ女子に呼び出されたと思ったら、そんなことを尋ねられる。


 佐藤さんかあ。


 目の前の女子をチラリと見る。

 小柄で華奢で、フワフワの髪。お砂糖とスパイスと、素敵なものでできてる、いかにも「女の子」って感じの可愛い子。


「いないよ」


「じゃあ彼女は?」


 ポリポリと頭をかく。


「あの私、こう見えても女なんだけど」


「知ってます! でも翼さまはこの学園の王子様だし」


 思わず大きなため息が出る。


 王子なんかじゃないのに。


 ただちょっと人より背が高くて、ショートカットにしてるだけ。いくら女子校で男子がいないからってさ。

 

「いないよ」


「じゃあ私なんかどうですか!?」


 真剣な目の佐藤さん。

 でも……


「ごめんなさい」


 頭を下げると、丸い瞳から大粒の涙が溢れる。


「そうですよね。私なんか……私なんか……ごめんなさいっ!」


「あっ」


 泣きながら駆けていく佐藤さん。

 ちょっと罪悪感。


 でもきっとあの子なら大丈夫。だって可愛いもん。他にもっといい人が見つかるよ。


 可愛いもん、私とは違って。

 女の子らしくて、フワフワしてて。



 はーあ。

 どうやったら可愛くなれるんだろう。






「翼くーん、おまたせっ」


 夏希が白いワンピースに麦わら帽子というラノベの表紙から飛び出してきたような格好で駆けてくる。


 ツヤツヤした長い黒髪。雪のように白い肌。潤んだ瞳に長いまつ毛。さくらんぼ色の唇。


 うっ……可愛い!


 久しぶりに会う幼馴染のあまりの可愛さに目眩を覚える。


 これで男子だっていうんだから信じられない!


 夏希とは幼稚園から中学校までずっと同じ学校に通ってたんだけど、いつの頃からか夏希は女の子の格好をして暮らしてる。


 それでも女の私より全然可愛いんだけどね。神様は不公平だ。


 別々の高校に進学してからはしばらく会っていなかったけど、久しぶりにこうして夏希に会うと、可愛さに磨きがかかったような気がする。くらくらする。


「大丈夫? 熱中症?」


 夏希が心配そうな目で私を見上げてくる。


「ううん、大丈夫」


「そうー? 良かった! それより翼くん、それ高校の制服だよね?」


 夏希が私のセーラー服姿を見てニッコリと微笑む。


 もしかして、土曜日なのに制服なんておかしいのかな。来ていく服が無いからこれにしたんだけど。


 スカートの端をちょいとつまみ上げる。


「変?」


「ううん、凄く似合ってる!」


 そうかなあ。


「そう? 学校では『王子』とかいう変なあだ名つけられてるけど。この間女の子に告白されたし」


「えっ、すごーい。どんな子?」


「んー、可愛い子」


 目をパチクリさせる夏希。


「可愛い子なのに断ったの? 翼くん、可愛い女の子が好きなんじゃないの?」


「いや、一応私、女だし」


「ふーん、そうなんだ」


 夏希がうつむく。へんなの。


「夏希は制服はどっちで通ってるの?」


「女子の制服だよー。中学の時とおんなじ」


「そうなんだ。見たかった」


 夏希の制服姿はさぞかし可愛いんだろうな。確かブレザーだっけ。


 風に揺れるチェックのスカートを想像する。何だかすごくいい感じ。


「でもそのせいで『姫』とかいうあだ名、つけられてるんだ。おかしいよね、ボク男の子なのに」


 不思議そうに首を傾げる夏希。いやいや、何もおかしくないよ?


「でも、ボクも制服着てくれば良かったなー。そうすれば、二人で制服デートできたし!」


 自然に手を繋いでくる夏希。

 絡みついてくる白く華奢な指。体に電流が走る。


「う、うん……」



 可愛い。

 


 私の幼馴染は可愛い。

 男の子なのに、私なんかよりずっと。

 可愛いくて、お姫様で……小悪魔なのだ。






「この映画、結構怖いね」


 夏希が身を寄せてくる。心臓がバクバク鳴って止まらない。


「う、うん。アクション映画だって聞いてたんだけど、結構血が出るみたい」


 私たちは待ち合わせをした後、近くにある映画館に来ていた。


 事前に席の予約もしてなかったし、着くのが遅かったせいで、残ってた席は二つの席の間に肘掛けのないこのカップルシートだけ。


 必然的にソファーみたいな席で身を寄せあって映画を見ることになって。


 私としては、映画の内容よりも隣にピッタリとくっついてる夏希のほうが気になって仕方がない。


 私が夏希に気を取られていると、突然スクリーンの中で血しぶきとともに男の首がスポーンと飛んだ。


「ひえっ!」


 思わず夏希に抱きついてしまう。


「翼くん、だいじょぶ?」


 びっくりした顔で私の頭をなでなでしてくる夏希。砂糖菓子みたいに甘い香りと温もり――


 あわわわわわわわ!


「だ、大丈夫! ちょっとびっくりしただけ! ごめんね!!」


 思わず大げさに身を離す。

 全身から汗が吹き出す。


 どうしよう。夏希、びっくりしたよね。私みたいな大きい女に抱きつかれても嬉しくないよね。ずっとバレー部で筋肉質だし。うう、恥ずかしい。


 あーもう、映画の内容なんて頭に入って来やしない!





「あー面白かった! 次、どこ行こっかー」


 満足気な顔で伸びをする夏希。

 良かった。途中で私が抱きついた事なんて気にしてないみたい。


 女の子同士みたいなものだし、へっちゃらだと思ってるのかな。


 夏希は白いスカートを翻してピンク色の可愛い建物へと駆けていく。


「翼くん! 次、あそこ行きたい。スイーツバイキング!」


 全く。可愛いなあ夏希は。


「うん、行ってみよう」


 おとぎ話にでてくるような可愛い扉を開けると、メレンゲやカスタード、バニラビーンズの甘い匂いが二人を出迎える。


「わあ」


 見渡す限り、一面のスイーツ!


「うわぁぁ、かーわいい! あのケーキ美味しそう。あのチョコも」


 目をキラキラさせてはしゃぐ夏希。


 テーブルの上には可愛いショートケーキやフルーツタルト、アップルパイにマカロンと、色とりどりのスイーツが並んでる。


 白いワンピースと相まって、夏希はまるでスイーツのお姫様みたい。


 店内にはお洒落でキラキラした女の子たちが沢山いて、お喋りしたり、歓声を上げながら写真を撮ったりしてる。


 ピンク色の壁紙とテーブル。リボンやハート、フルーツで飾られた可愛い店内。


 可愛いけど、なんだか凄く場違いな所に来たような気がして、ちょっと落ち着かない。


「どうしたの? 甘いもの嫌いだっけ?」


 子猫のような瞳が見つめてくる。


「ううん。ただ私、身長も大きいし、可愛くないし、こんな所にいても浮いちゃうなって」


「もう、そんな事気にしてるの? そんなこと言ったらボクなんて男の子だし!」


 ぷぅと頬を膨らませる夏希。


 それがまた、私なんか手が届かないほど可愛い。


 真っ赤なラズベリーみたいに、甘酸っぱい気持ちで満たされる。


 いいなぁ。私もこんな風に可愛いかったらなぁ。


 しみじみとスイーツに夢中になってる夏希の顔を見つめる。


「って、あれ?」


 思わず身を乗り出す。


「夏希ったら、ほっぺにクリームついてるよ」


 腕を伸ばす。

 指先が夏希の柔らかいほっぺに触れる。

 ビクリと震える夏希の体。


「あ、ごっ、ごめん。ありがと……」


 桃色に染まる頬。

 蜂蜜みたいに潤んだ目。

 白いレースから伸びる繊細な手足がモジモジと動く。


 まるで微熱でもあるみたいに、夏希の頬は熱くて……触れた私の指までチョコレートみたいに溶けてしまいそう。


 おかしい。


 何だろう、これ。何か変。

 心臓の鼓動が早くなって、言葉が出ない。

 胸が苦しくて、キュッとなって、のぼせ上がったみたいに熱くなって――


 折角のスイーツバイキングなのに、なんだか胸がいっぱいで、ろくにケーキも食べられなかった。







 外に出ると、もう空は夕焼け色。


 二人きりの時間が楽しければ楽しいほど、時間が経つのは早くて、もうすぐお別れの時間。


 燃える西空を、雲がゆっくりと通り過ぎていく。


 明日からはまた別々の学校。あの太陽が地平線まで落ちたら、私たちはまた離れ離れになってしまう。


 そう考えたら、もう高校生なのに、子供みたいに泣きそうになった。


「ねぇ、まだ時間ある? 最後にさ、海でも見に行こうよ」


 思いきって切り出すと、夏希は少しはにかんでうなずく。


「うん」


 砂浜の上で、白いスカートを翻して映画のワンシーンみたいにクルリと回る夏希。


「ボクも、まだ帰りたくなかったんだ」


 天使みたいな笑顔に胸が苦しくなる。


「夏希は本当に可愛いね」


 思わず呟く。


「翼くんだって、可愛いよ」



 微笑む夏希。ズキリと胸が痛くなった。

 澄んだ瞳を見ないように、私は目を逸らす。


 いつもそう。夏希はお世辞が上手い。


 それがどんなに人を傷つけるかも知らないで。



「嘘」



「嘘じゃないよ?」



「嘘。可愛いくないもん」



 思わず声が荒くなる。



「可愛いって言ってるじゃん」



 頬を膨らませる夏希。私は思わず吐き出す。



「夏希には分かんないよ。可愛い夏希には、可愛いくない私の気持ちなんて」



 言ってしまって、後悔する。

 夏希が悲しそうな顔をしていた。

 傷ついたように目を見開いてる。



「どうして、そんなこと言うの?」


「だって」



 言葉に詰まってうつむく。



 違う。



 夏希を傷つけたいわけじゃない。


 ただ私は怖くて。



 夏希があんまり可愛いから、自分には手が届かないんじゃないかって。



 釣り合わない。隣にいる資格なんて無いんじゃないかって、ずっと怖くて――



 泣き出しそうな私の手を、夏希は強く握る。




「嘘じゃないよ。翼くんは可愛いよ」




 暖かな手の温もり。潮風が夏希の滑らかな髪を揺らす。



「だってボクは、可愛いものが好きなんだから」



 波音がざわめく。ウミネコの鳴き声が高くなる。夕陽に染まる頬。夏希の目はまっすぐ私の目を射抜いた。



「翼くんは可愛いんだよっ。だってボクが好きな女の子なんだから」




 嘘だ。



 嘘だ。夏希が、私のことを?

 そんなの、信じられない。

 信じられないけど、嬉しくて――



「ウソだぁ」



 ポロポロと涙が溢れ出す。止まらない。

 子供みたいに泣きじゃくる私を夏希は抱きしめた。



「ホントだよ。ほら、覚えてない? 小さい頃、翼くんが変なおじさんに追いかけられたって泣いてて」



「そうだっけ?」



「うん。それで、翼くんはもう男の人はキライだって言ってて」



 昔のことを思い出す。

 確かに、変質者に追いかけられたような記憶はぼんやりとある。



 ――ってことは、待てよ?



「まさか、私が男の子は嫌いだって言ったから、夏希は女の子の格好をしてるの?」


 私が言うと、夏希は不機嫌そうに頬を膨らませた。


「そーだよ。元々お洒落とか可愛い物とか好きだし、楽しいからってのもあるんだけど、きっかけはそう。まさか忘れてたの?」



 まさか――夏希が男の娘になったのは私が原因だったなんて!



 夏希は不安そうに首をかしげる。



「夏希は、ボクのこと嫌い?」


「き、嫌いなわけないよっ!」


「じゃあ、好き?」



 甘ったるい上目遣い。ああ、ずるい。可愛い。本当にずるいなぁ。



「す……すきだよ」



 つい恥ずかしくて小声になってしまう。



「良かった」



 夏希はクスリと笑うと、もう一度私を抱きしめた。



 柔らかくて、甘くて、幸せな感触に息もできない。



「ボクにとっては、翼くんはいつだって可愛いお姫様だよ。みんなには、王子様だって思われてるかもしれないけど」



 涙がポロポロと溢れる。



「おかしくない? 夏希もお姫様なのに」


「おかしくないよ。お姫様が王子様と結ばれなきゃいけないなんて、誰が決めたの?」 


 とびっきりの笑顔。



「お姫様がお姫様と結ばれたって、いいんだよ」



「……うん」



 本当に。かなわないなあ、夏希には。

 夏希が私の涙をぬぐう。


「今度は二人で一緒に制服デートしようね。それで、一緒にお洋服とか化粧品とか選んだりするの。きっとすっごく楽しいよ」


「うん」


 きつく抱きしめ合う。

 きっとどこに行っても二人なら楽しい。そんな予感がした。


「そうしようね」







 そしてまた、いつも通りの夏希がいない女子校の日常に戻っていった。



 だけど――



「あれ? 王子様、雰囲気変わった?」

「なんか可愛くなった?」



 そんな噂話が聞こえてくる。



 変わった……かな?



 自分ではよく分からない。

 少し伸びた前髪をちょい、と弄る。


 でもなんだか、周りの景色はいつもと少し違って見える。


 キラキラと鮮やかに輝いて、何もかもが綺麗で、踊り出したいような気分。


 だって次の土曜日には夏希との制服デートがある。


 そう考えるだけで、毎日がなんだか楽しいから。


 きっと甘い魔法にかけられて、王子はお姫様に変わってしまったに違いない。

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