No.8 高度に女装した男の娘は女の子と見分けがつかない@合コン

「京ちゃん京ちゃん!」

 食堂へ向かっていると、バタバタという足音と共に元気な声が聞こえた。同じ学科の秦乃はたのかおるのものだ。名字の京野きょうのから、俺は京ちゃんと呼ばれている。


「ん?」

 振り返って、大学二年生にしては幼い薫の顔を視界に収める。今日も茶色のショートカットが良く似合っていた。


「お願いがあります!」

 嫌な予感がする。薫のお願いは今までまともだったためしがない。


「一応聞いておく」

「ありがとう! さすが京ちゃん。頼りになる!」

 会話のキャッチボールを試みてほしい。


「聞くだけだからな。で、何?」

「明日の合コンに出て欲」

「ヤダ」


「違うの! 足りないのは女の子の方なの!」

 違うのは俺と薫の常識だ。なぜ男の俺を誘うのか理解に苦しむ。


「もっとヤダ」

 これ以上話しても無駄だと思い、背を向けて歩き出す。


 しかし、

「晩ご飯三食分」

 という薫の一言に、思わず歩みを止める。


 俺は親の反対を押し切って東京の大学に通っている。仕送りはなく、バイト代は家賃と光熱費でほとんど消えてしまう。そんな貧乏学生には魅力的な提案だった。


「五食でどうだ!」

 俺の心が揺れているのを感じたらしく、薫が条件を引き上げた。


 目の前にぶら下げられた餌を前に、五日後の給料日まであと二千円で過ごさなければならない俺は、降伏する以外の術を持たなかった。


 詳しく説明を聞くと、明日の合コンに行く予定だった女子が一人、突然どうしても来れなくなったらしい。代わりを探して何人かに声をかけたが、一人も見つからない。そこまでは普通にわかる。


 しかし合コンの相手はそこそこ有名な大学の男子で、いつも高学歴でそこそこ優良物件の男子を連れてくる。彼らとはコネを保っておきたい。一応理解できる。


 こちらが一人欠けた状態で参加するのは避けたいし、前日になっての中止や延期はもっとダメだという。まあ、わからなくもない。


 そこで、困った薫は俺に話を持ってきた。うん、ここが全然わからない。生物学上、俺は雄なのだが……。


 薫には、内気な女子のフリでもして大人しく座ってればいいから、なんて言われた。言われるまでもなくそうさせてもらう。


 認めたくはないが、たしかに俺が女装をすると本物の女子に見える。薫も、それを知って俺に頼んでいるのだろう。


 中性的な顔立ちに、コンプレックスの低身長。そして同じくコンプレックスのある、男にしては高めの声。ついでに、名前も晴海はるみと女性的だ。


 女装が似合うことが判明したきっかけは、去年の文化祭だった。

 この大学にはミスコン、ミスターコンと並んで女装コンテストというものがある。


 その女装コンテストに、俺はいつの間にか出ることになっていたのだ。もちろん、推薦という名の悪ふざけ。それ以外の何ものでもない。


 学科の友人が勝手に応募したコンテストは、優勝賞品が米三か月分じゃなかったら絶対に出なかった。

 今のところ、二年連続優勝という非常に不本意な結果になっている。


 噂によると、俺のファンクラブまであるらしい。構成員の性別を知るのが怖いので、深くは追及しないことにしている。




 翌日。俺は薫に連れられてお洒落な居酒屋に来ていた。

 一期一会が彼女の座右の銘で、合コンや交流会は積極的に参加、開催している。一期一会の使い方はそれでいいのだろうかと思うこともなくはないが、秦乃薫が人と人のつながりを大切にしていることは本当だ。


 彼女の周りには常に人がたくさんいるし、俺もなんだかんだで入学当初から仲良くさせてもらっている。


 今日は三対三の合コンらしい。実質、男女比は四対二というカオスな会だ。

 女性陣のもう一人は、大学四年生の美紅みくさん。キリッとした美人でスタイルもいい。薫のバイト先の先輩だそうだ。


「え? 本当に男? 嘘でしょ?」

 美紅さんは俺を見て驚いていた。ああ、俺も初めて女装したときは驚いたっけ……。


 ウィッグやつけまつげ、その他もろもろの化粧道具によって、俺は男の娘へと変貌を遂げていた。服とバッグは薫から借りている。可愛いは作れるのだ。


「まあ、一応」

「すごい! 声まで可愛い! 絶対街ですれ違っても気づかない!」

「はぁ」

 街ではこの格好しないので安心してください。


「男らしい人が好みなんだけど、晴海ちゃんみたいなタイプも悪くないね。合コンやめて二人でどっか行っちゃおうか」

 まじまじと見られる。本気か冗談かわからなくて返事に困る。ってか、晴海ちゃんって……。


「美紅さん、京ちゃんは中身はピュアな男の子なのでからかわないであげてください」

 余計なお世話だ。


 店に入ると、男性陣は席に着いて待っていた。

 それぞれ飲み物を頼み、自己紹介をする。俺は控えめに済ませた。バレる気配はない。


「それにしてもみんな可愛いね!」

 自己紹介の後で、黒縁眼鏡に茶髪のいかにもチャラい男が言った。名前は忘れた。


「でしょでしょ!」

 薫が嬉しそうに答える。


「うん。やはり薫に頼むと間違いないね」

 男の方の幹事が腕を組んで頷いている。名前は忘れた。意識が高い風を装っているが、実際はポンコツと見た。


「ホント、来てよかったよ。お前もそう思うだろ」

 とチャラ男。


「いや、俺は無理やり連れて来られただけで……」

 最後の一人はチェックシャツを着た内気そうな男。名前は以下省略。一回も俺を含めた女性陣と目を合わせようとしない。男子高出身で工学部に100ペリカ、などと失礼なベットをしてみる。


 合コンはそこそこ盛り上がった。チャラ男が場を沸かせ、幹事が気を利かせ、チェックは時々「あー」とか「んー」とか言いながら基本的には沈黙を守っていた。


 男性陣は三人とも、俺のことを完全に女だと信じているようだった。彼らに気づかれずに合コンを終えることが最低目標なので、バレないに越したことはないのだが、俺の女装が似合っていることを実証しているようで複雑な気持ちだった。せめて違和感くらい感じ取ってほしい。


「春海さんはどんな本読むの? 俺は、ニーチェとかフロイトが好きだな。日本文学だと太宰と三島かな。あと最近は村上も」

 幹事が俺の隣に座って聞いてきた。お前は意識高い系大学生のテンプレとして作られたアンドロイドか何かか?


「私は……そうですね。尾田おだとか富樫とがしとか、あと諌山いさやまとかですねー」

「ふぅん。聞いたことないなぁ……」

 視界の端でチェックが吹き出した。


「晴海ちゃん、飲んでるー?」

 チャラ男がジョッキを片手に絡んできた。


「はい、まあ」

「うぇーい!」

 近い。寄るな。酒臭い。俺はそっと距離をとる。


「うぇーいって何ですか?」

「うぇーい! いや、ノリっしょノリ。ちなみに今のうぇーいは晴海ちゃん可愛いねのうぇーいだよ。うぇーい!」

 何だコイツ。偏差値より年齢の方が高そう……。


「うぇーい……」

 今のうぇーいは、めんどくせえコイツのうぇーいだけど伝わっただろうか。

「うぇーーーい!」

 あ、ダメだ。全然気持ちが通じてない……。


 開始から二時間が経ったところで会計となった。薫がテキパキとお金を集めて回る。

「薫ちゃん、二次会行くっしょ?」

 すかさずチャラ男が言った。


「ごめん。大学の課題があるの。また機会があったらね」

 薫は片手を立てて申し訳なさそうな顔をする。


「えー。残念。じゃあ、またの機会に」

「うん。今日はありがとね。楽しかった」

 またの機会がないことを、俺は心から願った。


「美紅さん、あなたは僕が会ってきた中で一番素敵な女性です。良かったらこのあと二人でどこかに行きませんか?」

「え~、どうしよっかなぁ」


 向こうの席では、幹事が美紅さんを口説いていた。

 チェックは残った料理をむさぼりながら、そんな二人を恨めしそうな眼差しで見つめる。お前はここに何をしに来たんだ……。


 控えめに言って、大変つまらなかった。女子側で参加したからかもしれないが、男子側だったとしても楽しめたかどうか怪しい。


「京ちゃん、ホントにありがとね」

 薫と二人で帰り道を歩く。

 彼女は楽しそうにしながら、今日はハズレだったなぁ、などと呟いている。


「次はないからな。はぁ、早く着替えたい」

 スカートのせいで足がスース―するのに慣れてきたことがつらい。


「またやるときは男子側で誘ってあげる」

「いいよ。合コンとか、めんどくさいだけだし」

 今までもそう思っていたが、今日の惨状を見て確信した。


「京ちゃんって、もしかして男が好きだったりするの?」

「違うよ」

 俺の恋愛対象は女性だ。


「じゃあ、何で彼女作らないの? この前も一つ下の女の子に告られてたじゃん」

 もっと範囲を狭めれば――

「好きな人がいるんだ」


「え、誰? 私が知ってる人?」

 恋バナが大好物の薫が食いついてくる。


「うん。ちょっと周りを振り回すことがあるけど、いつも明るくて笑顔でいて、素敵な人だよ」

 俺は――薫のことが好きだった。


「へぇ。誰だろう……。あ、あのラーメン屋知ってる?」

 そうやって突然話題を変えるところも面白くて飽きない。好きだ。


「知らない」

「友達から聞いたんだけど美味しいんだって。行ってみようよ」

 さっきはあまり食べていなかったので、ラーメン一杯分くらいだったら余裕で入りそうだった。


「課題は?」

「あんなの嘘だよ。いいでしょ?」

 白い歯が覗く無邪気な笑顔を向けられてしまえば、俺に拒否権はなかった。


「いいけど、早速おごってもらうからな」

「もちろん!」

 薫は俺の手を握ってスキップを始めた。柔らかい感触に心臓が跳ねる。うぇーい。


「ちょ、薫! 手!」

「いいじゃんいいじゃん、今は女同士なんだから」


「ったく……」

 好きな人と手を繋げるのなら、女装も悪くないかも……なんて思ってしまった俺は、きっと少し酔っているのだろう。

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