No.4 女装×男装=????

 私立プロッサム女学院。

 その名の通り、乙女おとめ以上に乙女な者達が咲き誇る花園はなぞのである。女を学ぶ院と書いて、女学院……その実態は『身体は男、心は女な少年達が女装して自分を探す場所』である。

 

 だが、生まれ持った肉体が食い違うからこそ、真摯に彼等は女を装う。

 そんな可憐かれんな男の娘達が、広大な敷地内に実に千人以上いるのだ。


「ふふ……なんて素敵なのかしら。俗に言うメチャシコでしてよ!」


 校舎の五階にある生徒指導室から、窓の外に目を細めて笑う変質者。

 シコるなにものも持ち合わせていない、この女教師の名は調布蘭チョウフラン。年齢28歳、独身。担当科目は歴史、そして高等部二年生の学年主任だ。彼氏いない歴は↑に同じく。

 生徒達が皆、調布女史チョウ・フジョシと呼んで慕うお姉様的存在だった。

 彼女は今日も、エロ画像を探す深夜のニートみたいな目で見ていた。

 放課後の校庭で汗を流す、見目麗みめうるわしい生徒達……男の娘オトコノコ達を。


「うっ、やばいですの……尊過とうとすぎてもう無理。無理よ……ああ! この学校に転職してよかった! 最高かよ……最高かよですわっ!」


 言い忘れていたが、真性の変態すくいようがないヘンタイである。

 説明の必要がない変態なのである。

 だが、彼女はそれでも学年主任としての仕事をおろそかにしたりはしない。

 今日もまた、お馴染なじみの生徒が生徒指導室のドアをノックする。


「どうぞ、お入りになって」


 いかにも静謐せいひつ淑女レディを演じ、仮面を被って蘭は振り返る。

 彼女の前に「失礼します」の声と共に、問題の生徒が入室してきた。

 眼を見張る程の美形だ。

 ショートカットに中性的な顔立ちは、ほっそりとして芸術的な目鼻立ちである。やや切れ長のひとみには、知的な光が満ちていた。すらりとせた八頭身で、背も高い。

 そして、えりの白い学生服を着ている。

 そう、これが彼女が……この女学院では女装する生徒を彼女と形容するが、どう見ても宝塚たからづかの男役まっしぐらな彼女が、この学校のプリンスである。

 名は、周防環スオウタマキ

 勿論もちろん、心は乙女で肉体的には男子、それもすこぶるつきの美男子である。


「お呼びでしょうか、調布女史。嬉しいですよ、貴女あなたからのお誘いはいつも」

「周防さん? 生徒同士がどう呼ぶかは、それは自主性に任せています。調布女史ですとか、蘭お姉様とか、女王様とか……でも、私は常に生徒の前では教師でしてよ?」

「……失礼しました、調布先生」

「よろしい。呼び出された理由はわかってますわね?」


 爽やかな笑顔で悪びれず、環は「さてさて……?」と微笑ほほえむ。

 クラクラするくらいのまぶしい笑顔だ。

 蘭はその姿を、心のエロ画像フォルダに保存しつつ詰め寄る。


「我が校は、心と身体の不一致に悩む子供達の約束の地……それがなんですか! 制服はどうしたのです……何故なぜ、女装しないのです!」


 私立プロッサム女学院の制服は、それはもう華美かび耽美たんびなものである。有名なデザイナー……もとい、を多数招いて生み出された、これぞヒロインと言わんばかりの服なのだ。

 そして、男子が女装することで消したい男の痕跡こんせきを、できる限り隠す機能美を秘めている。

 ブレザースタイルの上着にチェックのプリーツスカート、胸元のリボンに制帽……そのどれもが、目の前の環にはない。


「女装する必要がないならば、この学校に来る必要はなくてよ? 周防さん。ここには、ただただ女性として生まれたかった、そういう子達が居場所を求めて集まってますの」

「ええ、存じています。だから、ボクもここではボク自身でいられる」

「なら、どうしてそのような格好で振る舞うのです! 校則違反ですわっ!」


 だが、悪びれぬ笑顔で環は詰め寄ってきた。

 見上げる近さで、蘭は思わずドキリとして身を引く。

 窓辺でいわゆる壁ドンの状態に持ち込まれ、ささやくような美声で鼓膜をでられる。


「調布先生、ボク……ちゃんと女装してますよ? それに、ボクは間違いなく心が女なんです。ここでの暮らしを知ったら、もう男ではいられない。そして、男をやらなくてもいい生き方をさがしてるんです」

「で、では、どうして……詳細キボンヌ、じゃなくて! ……何故?」

「この格好ですか? これはちゃんと女装です……所謂いわゆる

「……はぁ?」


 オスカル的なアレか、セーラーウラヌスなのか!?

 そういうやつなのかと思ったが、その前例を即座に脳裏に並べる程度には、蘭はオタクだった。それも、ちょっとこじらせた面倒くさいオタクだった。

 だから、ついつい環に向かって背伸びし身を乗り出す。


「お前は……お前はっ、女体化島風にょたいかしまかぜくんかっ!」


 ここで賢明けんめいなる読者諸君のために説明しよう。

 女体化島風くんとは、大人気ゲーム『艦隊これくしょん』の二次創作におけるジャンル、というか、薄い本がアツくなる中で生み出されたオタクのごうのようなものである。

 帝国海軍最速の駆逐艦くちくかん、島風を元に生み出された艦むすの『島風』……女の子である。

 しかし、その体型や可愛らしさ、そしてゲーム内の言動から「もしや島風は男の娘なのでは」とファン達が考え出したのが、島風のコスプレをする男の娘……通称『島風くん』である。

 そして、その島風くんをTSせいてんかんファンが女体化したものが『女体化島風くん』なのだ!

 あまりよくわかってもらえないと思う。

 実際、書いてる俺も訳がわからない。

 だが、そういうものがある……世界は広い。


「えっと、調布先生……その、女体化? 島風、くん、というのは……?」

「い、いいえっ、いいわ! 忘れて頂戴ちょうだい! ……それで? どうして周防さんは、わざわざここで男装の麗人をやってるのかしら? ここでは自分の心の性別に従ってもよくてよ? スカートをはいてもいいし、手芸やお茶会といった趣味も自由ですのに」

「ああ、そのことですか」


 クスリと笑う環は、本当に王子様のようだ。

 鼻息も荒くつんのめっていた蘭は、慌てて環から離れる。


「ボク、かわいいものが好きなんです。それに、綺麗なもの、美しいものも」

「答えになってなくてよ?」

「先生、この世で最もかわいいもの、最も綺麗で美しいはなんだと思いますか?」


 さらりとそんなことを言ってのける環。

 思わず蘭は、そんな照れますわ……などと場違いな上に勘違いな自惚うぬぼれにほおを赤く染める。年齢イコール彼氏いない歴なので、蘭の容姿はかろうじて人並みというところだ。実際には喪女まっしぐらだが。

 他に比べる女性が存在しないから、この女学院では皆に慕われなつかれている。

 それも計画的で、この女学院に赴任した目的の一つであった。

 そんな蘭のことなどいざしらず、環は白い歯を見せて笑う。


「それはね、先生……。そして、恋する乙女に性別なんて関係ない……恋に恋する少女であっても、そうあれと努力する少年であっても、恋する乙女は美しい」

禿同はげどうっ! あ、いや、えと……そ、そうですわね! でも」

「ボクはだから、この女学院の誰もが憧れてくれる王子様をやってるんです。皆に恋してもらって、綺麗になってほしい……その憧憬どうけいを込めた眼差まなざしを浴びて、輝きたいんです」


 蘭は自分のことをたなに上げてこう思った。

 やっべ、変態キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! と。

 だが、実際には自分の願望を隠さず堂々としてる分、環の方が健全と言えるだろう。


「先生……ボクは男装の麗人をやってるけど、それは『』というもので、ボクなりに気をつけているんです。それに……ボクも恋する乙女だから」

「そ、そうかしら! その格好、どう見たって……って、ちょ、ちょっと! なに脱いでますの! おやめなさいな、理性が……ちょ、おま!」


 突然、環が学ランを脱いだ。

 その下のシャツも脱ぎ捨てる。

 すると、きめこまやかな瑞々みずみずしい肌に、下着が眩しい。

 意外や意外、環はさりげないレースが散りばめた色気のあるブラジャーをしていた。

 下のズボンも脱ぐと、上下揃いのショーツも似合っている。

 ささやかな股間の膨らみに、思わず蘭は心のプリントスクリーンボタンを18連打アタタタタタァ!した。


「って、下着が意外に派手っ! ……ま、まあ、校則は下着までは明記されては……」

「どうですか? 先生……調布先生だから……蘭先生だから、見せるんですよ?」

「え、あ、ちょっと」

「いいですよね? ボクのことも、環って呼んでください。ふふ、男装した女性へと女装すれば、みんな喜んでくれる……ボクに向かって、咲いてくれるんです。大輪の花となって」


 それに、と環は言葉を切って頬を赤らめる。

 その表情は、鋭い薔薇色ばらいろの矢となって蘭の胸を穿うがち貫いた。

 完璧に刺さった。


「それに、蘭先生とここでいつも二人きりになれるから」

「お、おう……えっと、あ、うーん……と、ととっ、とりあえずっ! 周防さん!」

「環って、呼んでください。でないと……ボク、大声で泣き叫びますよ? 職員室から先生達が飛んでくるかも」

「ア、ハイ。じゃ、じゃあ……環さん」

「はい、蘭先生。なんでも言ってください……貴女の声が聴きたいし、貴女が震わせる空気に包まれていたいんです」

「……ちょ、ちょっと下着が派手じゃないかしら。これ、La Perlaラ・ペルラよね? うう……私なんか、普段はジャスコの二階で買ったワゴンセールのものをはいてるのに」


 白い環の肌に、漆黒の薄布が映える。

 モノクロームの魅惑的なそれは、レースの中にちょうが踊る絵巻物のよう。

 だが、その蝶の羽撃はばたきの奥には……うっすらとしたしげみが膨らんでいる。

 ついつい股間を凝視してしまって、慌てて蘭は火照ほてる顔を背け、次いで背中を向ける。

 そんなことをしていると、環は優しく笑って背を抱いてきた。


「蘭先生もジャスコ、行くんですか? ボクも時々……この辺は田舎いなかだから、他に遊ぶとこないですよね。ジャスコは他校の生徒もいるから、みんな羽根を伸ばしてるんです。彼氏ができたって喜んでる子もいるし」

「そっ、そそ、そう! それは、よかった、わね……彼氏なんて……私なんか」

「あ、そうだ。先生、はいてみます? La Perla……シルクの肌触りが最高なんですよ。PRINCESSE TAMTAMプリンセス・タムタムなんかも好きですね、ボクは」


 抱きすくめられて、環の声を耳元に感じていた。

 その呼気がうなじを撫でて、蘭はパニックになりそうだった。

 だが、環の体温が離れてしまい、慌てて振り返る。

 そして「グハッ!」とオタク丸出しな驚きの声をあげて、再度後ろを向いた。

 環はとうとう下着も脱いで、全裸になっていたのだ。


「先生にも似合うと思うな……あ、今度よかったら一緒に買物に行きませんか? 勿論、ジャスコじゃなくて……ボク達二人を知ってる人がいない場所で」

「ふっ、ふふ、不潔だわ! 不純よ! 教師と生徒よ? 萌え死ぬわっ! じゃなくて、ええと、その……」

「ボク、見てみたいな……先生みたいな女性にこそ、こういう下着は似合うと思うから。それに……いつか、恋してる蘭先生を見たい。それはとてもかわいくて、綺麗で美しいと思うから」


 無邪気に笑う環が、ついさっき脱いだ下着を差し出してくる。

 肩越しに振り向き、その裸体を盗み見ては蘭は追い詰められた。

 それでもあらがいきれず……おずおずと彼女は、環のぬくもりが残る下着を受け取りはいてみることにした。

 それが、彼女なりのイェスの返事で、環の一番の笑顔が受け止めてくれたのだった。

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