もぐり焼却場

 「班長、ヤマジの門扉が開いてます」森井町の市道を走行中、遠鐘が目ざとく気付いた。市道からは直線距離にして百メートル、煙突から上がる白煙が朝から吹き続けている強風に煽られる様子も十メートルに積上げられた木くずもよく見えた。現場に行くには五百メートル迂回しなければならなかった。それでもなんとか門扉が閉じる前に到着できた。

 庄野も西も不在で男が一人留守番していた。パトロールチームの進入にただびっくりするばかりで何を聞いても要領を得なかった。なんとか西に連絡を取らせた。西が駆け付けるまでの間、現場の状況を確認した。間近から見上げると場内の木くずの量は半端ではなく、木くずに埋もれて焼却炉が見えないほどだった。これだけの木くずを焼却するには何十年もかかりそうだ。他社の木くずを受け入れたことは明らかだった。

 「燃焼温度は八百十度です。まあまあですね」喜多が温度記録を見ながら言った。ダイオキシン類を分解するため燃焼温度は八百度以上に規制されていた。

 「これ見てください」遠鐘が廃棄物を拾い上げながら言った。「プレミアムライフと書いてあります。これはコーユーのプライベートブランドですよ」

 「コーユーか」大手スーパーの名前を聞いて伊刈の目が輝いた。ほかにもスーパーマーケットの安売りプラカードらしいものが散らかっていた。

 「コーユーといえば笠原店が閉店したばかりです」喜多が言った。

 「バブル経済崩壊後に経営不振になったんだったよな」伊刈が答えた。

 「つまり内装ばらしのゴミってことですね」いつの間にか喜多は現場の言葉を覚えていた。

 「西が来たら証拠をもらって帰ろう。空模様が怪しいし今日を逃すわけにはいかない」伊刈が心配したとおり、西が駆け付ける間にも空がどんどん暗くなってきた。

 呼び出してから一時間以上もして西がやっと現れた。

 「なんだよおまえら。来るなら来るって言ってから来いよ」

 「ずいぶん時間がかかりましたね」伊刈が皮肉を言い返した。

 「川向うの解体現場から飛んできたんだぞ」

 「いつも門扉を閉めたままですね」

 「地元の連中がうるせえからだよ。わりいことやってるわけじゃねえ」

 「これ全部ヤマジの解体物ですか」

 「そうだよ」

 「すごい量ですねえ。他社のもあるんじゃないですか」

 「んなもんねえよ。全部うちで受けたもんだ」

 「解体の請負契約書とかありますか」

 「たいてい電話だからな。契約書なんかないね」

 「帳簿はありますよね」

 「さあね、おっかあがつけてっかもな」

 「それ見せてもらっていいですか」

 「会社にあんだろう」

 「焼却炉の検査をする約束でしたよね」

 「こねえだやったじゃねえかよ」

 「寸法を計っただけですよ。今度はガスを計ります。ほんとは自主検査してもらいたいんです。今回だけはうちで計りますよ」

 「面倒くせえんだな」

 「それからこれですが」伊刈は収得したばかりのコーユーの廃棄物を示した。「これに心当たりは?」

 「さあね。いちいち覚えていないね」

 「コーユー笠原店のものじゃないですか。コーユーの仕事をされたことは」

 「どうだったかね」

 「コーユーに聞けばわかることですよ。西さんの記憶ではどうですか」

 「覚えはないね」

 「さっき全部ヤマジの解体物だって言いましたよね」

 「下請けを使う事だってあんだろうよ。解体屋はよ、みんな仕事を融通しあってんだ。下請けを使ったってうちのゴミってことでいいんだろう」

 「調べてみればわかることです」

 いきなり横殴りの雨が降り始めた。

 「今日は帰りますよ。後で連絡します」伊刈はスーツの懐に証拠をしまいながら歩き出した。

 「ばかやろう、門はいつも閉めておけって言ったじゃえかよ」パトロールチームを見送りながら西は留守番の男にやつあたりした。無口な留守番は何も口答えせずに西をにらみ返した。

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