炭焼き窯
「班長、白石解体が妙なことを始めたようで所轄が相談したいそおっす」長嶋が伊刈に話しかけた。
「妙なこととは?」
「例の工業団地のわきに焼却炉を建てたらしいんす。それが本人は炭焼窯だと言い張ってるようでして」
「炭焼窯ねえ。まずは現場を確認してみるか」
能島が建てた炭焼窯というのはドラム缶のお化けを横倒しにしたような炉で、見た目は焼却炉とは異なっており煙突もなかった。野焼きの穴は埋め立てられ積み上げられていた焼却灰もどこに片したのか消えていた。現場にしばらくとどまっていると能島の四トンダンプが入ってきた。
「ご苦労様っす」意外にも能島は機嫌がよかった。
「これが噂の炭焼窯かい」伊刈が半ばからかうように言った。
「いろいろ考えましてね、これにしたんすよ。リサイクルの時代に普通の窯じゃ今さらだしクラッシャーは高いしね」
「炭焼窯ってのは酸素を遮断して蒸し焼きにする炉だろう」
「そうっすよ」
「これじゃ空気は遮断できないだろう。乾留炉ってのは二重構造になってて、発生したガスを外側で燃焼させるなんだよ。これだとガスがそのまま放出されちゃう」
「それじゃあ値段が何倍にもなっちゃいますよ。これでちゃあんと炭を作れるんすよ」
「作った炭はどこ?」
「あれすけど」能島は敷地の片隅のドラム缶を指差した。蓋を取ってみると真っ黒な焼けぼっくいが入っていた。
「燃えかすをドラム缶に入れて蓋をしただけか」
「まあそうっすね」
「これは消し炭だよ。こんなものわざわざ作るより燃やし切ったほうがいいだろう」
「それじゃリサイクルになりませんよ」
「こんなものは売れやしない。廃棄物から廃棄物を作っただけよ」
「それは買う人の勝手でしょう」
「まさかほんとに売ってるのか」
「そおっすよ」
「証明できるか」
「契約書がありますからね」
「消し炭の売買契約書ってことか。見せてもらえるか」
「家にありますよ。いつでも来てください」能島は自信ありげだった。
「今からいいか」
「いいっすけど」
能島が自宅に用意していたのは木炭原料購入契約書と木炭購入契約書の二種類の契約書だった。遠鐘がデジカメの解像度を最大にして接写した。
「どうだい問題ないだろう」
「書類は検討させてもらいますよ。ちょっと質問いいですか。とくに単価なんだけど」
「かまわないよ」
伊刈は聞きたいことをすっかり聞くと能島の自宅から引き上げ、その足で所轄に向かった。
「班長が言ったとおりでしたね。勧告書をあっさり受け取ったんで野焼きをやめる腹積もりがあるんだなって言ってましたけど、狂犬病の能島がこんな知能犯だってのは驚きですね」長嶋が心底感心したように言った。
所轄四階の生活安全課で植草班長(警部補)が伊刈と長嶋を待っていた。
「長嶋悪いな」植草が開口一番タメ口で挨拶した。
「班長に能島の炉を見てもらいましたよ」
「伊刈さん、お手数をかけます。ああいう知能犯みたいなのは苦手でしてね。ただ住民の苦情が野焼きのとき以上にすごいもんですから。なんでもものすごい黒煙が出るらしくてね、どうしたもんかと」
「炭焼窯というのは焼却炉規制にかからない抜け道なんですよ」
「そうらしいですねえ。どうもやっかいなものらしいです」
「しかしだいたいからくりはわかりましたよ」
「そうですか」植草が目を輝かせた。
「ちょっとパソコンをお借りできますか」
「いいですよ」
植草がノートパソコンを伊刈に向けて開いた。遠鐘がデジカメからSDカードを取り出してセットした。画面に能島が作成した契約書が映し出された。解像度はばっちりだった。
「こっちの契約書は木くずを受けるときのものです。単価は二万円となっています。単位がありませんが四トン車一台の価格だってことです」
「なるほど」
「こっちは作った木炭を買い取る契約書です。単価は三万円です。こっちも単位がありません。同じ会社と必ずこの二通の契約書を交わしているんです」
「単位がなくてはどうやって三万円請求するんですか」
「でも本人が単位なんか要らないと言うんです。とにかく四トン車一台の木炭を三万円で買い戻してるってことなんです。実際には重量で一、二割になるんじゃないかと思います」
「で、どういうことになるんですか」
「例えばの話、二万円で五台受けて三万円で一台売るわけですから能島の儲けは五台で七万円です。これはリサイクル偽装の無許可処分業ですね」
「理屈はわかりましたが、なかなか偽装というのは書類だけでは立証が難しいかもしれませんねえ。ただ本部からは挙げろと言われてるんでなんとかしたいんです」
「木炭は売っていませんよ。売れる品物じゃなかった。焼けぼっくいをドラム缶に入れて消し炭にしてるだけです。あんなものはタダでももらう者はいませんね。それに炭をどれだけ売ってるのか本人もわからないってことは売ってないってことですよ。木炭の買戻し契約は偽装契約に間違いないですね」
「なるほどつまり木炭を売らずに棄ててることを立証すればいいわけですね。それならできそうですね」
「だれに智恵をつけられたのかわかりませんが能島は自信があるようなんで、今のうちならわきが甘いと思いますよ。ドラム缶の中の消し炭をどっかに埋めてるとすれば不法投棄にもなりますね」伊刈が言った。
「もちろんそれも調べてみます。明日、本部の弥勒補佐のところに行ってきます。助かりましたよ」植草は捜査方針が固まって安心した様子だった。
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