鼻につくやつ

 名城エコプランニングの赤窪社長はいかにもこの業界で成功しましたといわんばかりの大物ぶった人物で、わざわざ准教授の娘を同伴して事務所に登場した。伊刈は好人物であるほど不信感を持つ天邪鬼なところがあった。役所に嫌われるヤンチャなタイプのほうがかえって好きなのだ。先入見で判断してはいけないことだと思いつつ、赤窪を一目見るなり表裏のある人間だという印象を抱いた。

 「娘の著書をお土産に持ってまいりました。仕事の参考にされてください」赤窪は本を差し出した。

 「ありがとうございます」社交辞令を言いながらぱらぱらとめくってみると学術書ではなく産廃業界の伝聞情報を並べたエッセイだった。准教授という肩書からはがっかりな内容だった。

 「産廃業界は大きく変わりますよ。これからは環境の時代だからね」赤窪は産廃業界の時事の話題を自慢そうに話し始め、調査中の現場の話をしようとしなかった。不法投棄に関与することはありえないと最初から決めつけている様子が伺えた。

 「西多摩産廃センターから出したのは五十台で全部ですか」伊刈が話を本題に戻した。

 「もちろん、それだけだよ」

 「そんなにぴったり見積りどおりに行きますか。何台分か残ってしまうようなことはなかったんですか」

 「ないね。ぴったり五十台撤去したよ。赤字で受けるわけにはいかないんだから五十台で足らなければ契約変更するだろう」

 「幾田社長は精算はしない約束だったと言っていましたよ」

 「結果的に精算は必要なかったってことだろう」

 「いずれにせよ纐纈工業に行くはずだった産廃の一部が犬咬に来たことは間違いないようですよ。纐纈工業には五十台入ってます。計量伝票もありました。つまり西多摩産廃からは少なくとも五十四台出たことになります。問題は四台を誰が出したかです」

 「幾田か纐纈が出したんじゃないのか」

 「幾田さんが出すはずないですよね。名城さんに込みで頼んだと言ってるんだから。纐纈さんが出した可能性も低いですよね。入ってない物を出せないですから」

 「五十台のうちから纐纈が投げたんだよ。五十四台出たってのはあんたの勝手な推測だろう」

 「なるほどそれは否定できません。その線でもう一度調べ直しましょうか。それとも撤去していただいてこれで調査を終わりにしますか」

 「ほう取引しようってのか」

 「調査を続けるとなれば御社にも直接調べに行かなければなりませんし、東京都や栃木県にも調査協力を求めることになります」

 「うちが片せば調査はしないって言いたいのか」赤窪は苦い顔で言った。

 「片してもらえればこれ以上追求はしません。撤去にご協力いただくだけですから、どこにも公表はしないしどこにも通報しませんよ」

 「あんた大したもんだな。俺を脅かそうってのか。よくわかったよ。うちは関係ないけど四台くらいなら片してやるよ。ふざけたお役人だねえ。あんたいい死に方はしないよ」赤窪は最初の慇懃な態度から一変して開き直ったように撤去を承諾した。準教授の娘は最後まで一言も発しなかった。

 翌週猿楽町のゲリラ現場の撤去工事が行われた。名城エコプランニングがやったという証拠は何もなかった。それでも伊刈はかぎりなく黒だろうと感じていた。

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