廃業処分場のゴミ

 猿楽町のゲリラ現場から出た証拠は下敷き以外はぼろぼろだった。遠鐘はこれらの証拠も綿密に調べ上げた。その結果大半の廃棄物が西多摩産廃センターに持ち込まれていたことが判明した。墨田工業の森吉社長がうろ覚えに言った多摩センターも西多摩産廃センターのことである可能性が高かった。伊刈が都庁に確認したところ、西多摩産廃センターは地主との借地契約が打ち切られたため更新許可を得られず年末に廃業したばかりだったことがわかった。

 「だいたいわかったよ。地主とのトラブルで許可がなくなった西多摩産廃センターが地主に土地を返すために跡地の整理をしたんだよ。それでヤードの下のほうにあった古い産廃が流出したんだな」伊刈が総括した。

 「西多摩産廃と地主のトラブルの原因はなんですか」遠鐘が尋ねた。

 「都庁の話だと地代をだいぶ滞納してたんだそうだ。それで地主が請求したら西多摩産廃の幾田社長が逆に地主を脅かしたんで地主が強迫で告訴したってことだよ」

 「やばいやつですね」長嶋が言った。

 「あんまり歓迎しない連中のようだな。長嶋さんどんなやつかもう少し調べておいてくれないかな」

 「そおっすね、警視庁に聞いておきます」長嶋が心得たとばかり頷いた。

 呼び出しに応じて西多摩産廃センターの幾田社長が出頭してきた。派手な龍柄のジャージを着たいかにもヤンチャな男だった。

 「確かにあんたらが見つけたのはよ、うちの産廃に間違いないけどよ、俺は不法投棄なんかやってねえよ。土地を返すために場内に積み残してた産廃を撤去しただけなんだよ。許可がなくなった上によ、わざわざ余計なことして捕まったってなんもなんねえだろうよ。もうゴミからは足を洗ったんだよ。役所にはもう用なんかねえけど、つまんねえあやつけられても癪だから来てやったんだよ。で、なんだよ、どうしろってんだよ」面接テーブルに片肘をつき斜に構えた横柄な態度ながら一応指導は聞くつもりらしかった。

 「処分場の跡地からは何台片したんですか」伊刈が冷静に尋ねた。

 「ダンプ五十台だよ」

 「どこかに片づけを頼んだんですか」

 「そりゃそうだろう。俺はもうゴミには触れねえんだからよ。一千万で栃木の名城エコプランニングってとこに頼んだよ」

 「栃木ですか。それで五十台っていうのは見積台数ですか精算台数ですか」

 「見積もりだよ。あんたあほか。やってみなけりゃ何台あるかわかるかよ」

 「一台二十万円はちょっと安くないですか」

 「業者同士だからな。そんなもんだろう」

 「五十台で足らなかったらどうする契約でしたか」

 「込みで一千万ポッキリだよ。余ろうと足らなかろうとそれ以上は払わないよ。積み方で台数は変るじゃねえか。台数で精算したらきりがねえだろうよ」

 「それはそうですね。それで名城エコプランニングはどんな処理をするはずでしたか」

 「そこは収運だけだ。運搬先は纐纈(はなぶさ)工業だよ」

 「どんなとこですか」

 「ハマ(横浜)のシュレッダー屋だってよ。そこで揉むか潰すかすんだろう。その後は俺は知らねえよ」

 「そのうち四台が犬咬に流れた可能性がありますね」

 「知らないよ。名城に聞いてくれよ」

 名城エコプランニングという社名は初耳だったが纐纈工業は不法投棄現場でときどき名前が出る会社だった。ここから流出したかもしれないと伊刈は思った。

 纐纈工業の社長が翌日すぐに駆け付けてきた。纐纈は三年前に処分場の権利を買ったばかりの新米社長だった。気性の荒い業界に揉まれて僅かなうちにすっかり産廃業者らしい貫禄がついていた。

 「うちはちゃんと西多摩の荷は受けてますよ。マニフェストもちゃんとあります」

 「何台受けたんですか」担当になった喜多が尋ねた。

 「ぴったり五十台で間違いないです」

 「纐纈工業から流出したってことはほんとにないですか」

 「やだな、うちはもう不法投棄なんてしてないですよ」

 「もうってことは以前はやってたんですか」

 「あれそう言っちゃいました?」纐纈はこんな時にもユーモアのセンスがあるようだった。

 「言いましたよ」喜多が呆れて応じた。

 「会社を始めたばかりのときはね、正直いろいろ騙されちゃいましてね。安くやってやるとか言われてその気になってるとあちこちに投げられちゃいまして。犬咬でも県庁の指導で撤去したことあるんですよねえ。結局高いものにつきましたが今はもう勉強しましたからちゃんとやってるとこにしか出しませんよ」

 「でも西多摩に積まれてた産廃がこぼれたことは間違いないです。纐纈工業さんじゃないとするとあとは名城ってことになりますよ」

 「名城が不法投棄したってなんの得もないでしょう。それになかなか立派な会社だって聞いてますよ」

 「どんなふうに立派なんですか?」

 「なんでも社長のお嬢さんが大学の先生らしいですよ」

 「何を教えてるの」

 「そりゃやっぱり環境ですよ。最近本を出されて出版記念パーティには産廃屋が大勢行ったみたいですよ。うちみたいな新参者には招待状は来ませんでしたけどね。来なくて幸いですけどね」

 「西多摩のマニフェストは持って来ましたね」

 「ええもちろんです」纐纈社長はマニフェストの写しを広げた。ざっくり確認したところでは内容に問題はなかった。そもそも纐纈工業に入ったあとで流出したとしてもマニフェストでは確認できない。どう考えても不法投棄の前歴のある纐纈工業を疑うべき状況だった。しかし、あっけらかんとした纐纈社長の応対を見ていると喜多は信用してもよさそうな気がしてきた。外見は当てにならないというのが伊刈の口癖だと思い出した。

 「工場を見せてもらったらどうだい」伊刈が脇から提案した。

 「かまいませんけど」纐纈は自信があるのか即答した。

 「じゃ明日」

 「えっ明日ですか」

 「スピード解決したいんでね」

 「わかりました。お待ちしますよ。いあや天下の伊刈さんに見てもらえるなんて仲間に自慢にできるなあ」纐纈はどこまでも能天気だった。この明るさで新参者にもかかわらず厳しい業界を凌いできたのだろう。

 纐纈工業は横浜市鶴見区の一番海側にあった。さびれて廃屋が目立っていた既存の工場地帯が鉄鋼メーカーNFEの主導による再開発で真新しい工場団地に生まれかわった地区だった。区画が大きく整理され道路も広々としていた。知識集約型工場団地を目指してハイテク企業だけを誘致する計画だった。ところが環境系企業をOKとしたため産廃処分場の立地も少なくなかった。纐纈工業は一日二百トンのクラッシャーを二台備えた中堅の破砕処分場だった。

 「トラックスケールがあるんですね」伊刈は場内に入るなり言った。

 「みなさんそれ驚かれますね」

 「一千万円以上するって聞きますが」

 「いえいえ、それは軸加重を測れるセミトレーラー用です。ダンプ用のはそんなにしませんよ。実は中古を五十万円で手に入れることができましてね。工事費を入れても百万円だったんです。安い買い物でしたよ」

 「全車計量してるんですか」

 「せっかくあるんですから使いますよね」纐纈は自慢そうだった。

 検査を始めてみると纐纈の言うとおり入荷も出荷も全車計量されていた。西多摩産廃センターから受けた五十台についても計量記録を確認できた。入荷量、有価物の売却量、破砕後の残渣処分量の記録をつき合わせてみると、タイムラグはあるものの、見事にマテリアルバランスがとれていた。破砕しても重量は変わらないのだから、簿外処理がなければ当然の結果だった。この結果はマニフェストのない入荷も出荷もないことを示唆していた。

 「纐纈さん、数字は完璧ですよ」伊刈は検査で何も見つけられなかったことを素直に認めた。

 「でしょう。勉強しましたからね」

 「纐纈さんのところから流出していないとすると名城エコプランニングを疑わざるをえませんねえ」

 「それは私にはなんとも」纐纈は言葉を濁した。

 「何も噂を聞きませんか」

 「なかなかやり手の会社だとは聞きます。不法投棄の噂は聞いたことありません」

 「そうですね。県にも聞きました。これまで不法投棄で名前が出たことはありませんでした」

 「でしょうねえ」

 「名城の荷はこれまでも受けたことありますか」

 「いえあんまり付き合ったことなかったですね。ちょっとした紹介があったんですよ。間違いない会社だからって。だけど見積もりが厳しいし、いざ荷が来てみたら最初に見せられたサンプルとは違うぼろぼろのゴミだったし、あんまり儲かる仕事じゃなかったね。名城は儲かったんじゃないの」

 「一台二十万と言ってましたよ」

 「そうなんですか。うちは十五万ですから運賃が五万ですか。それならぎりぎりかねえ」

 「名城が見積もりの間違いで増えてしまった産廃の処理を別の業者に委託したって可能性はあるでしょうか」伊刈は誘導尋問した。

 「どうでしょうねえ、私にはわかりませんよ」

 「西多摩産廃センターは台数が増えても増額しない契約だったって言ってましたけど、台数が増えないってありえないんじゃないですか」

 「あの社長じゃ増車はムリだろうね。それこそ西多摩はずいぶん悪さしてきたんじゃないのかな。名城っていうより西多摩が直接投げた可能性が高いんじゃないですか」

 「それなら五十台全部投げるでしょう。四台だけってのはおかしい」

 「それもそうですねえ」

 「増車が四台だけだったとして正規の処分場に出せば一台二十五万円として百万円です。五十台で一千万円というのがぎりぎりの見積もりだったなら百万円だって厳しいですよね」

 「なんとも言えませんねえ。だけどどうしてまた犬咬に行ったかね。伊刈さんがいるってのにバカだね」

 「前に来たことがあるダンプなんでしょう。昔みたいな大規模なところはみんな閉まってるから、それで場所を覚えてた古い現場の正面の空き地に投げて帰ったんですよ」

 「これだからダンプの連中は困るよねえ。うちもずいぶんそれでやられましたよ。これじゃ許可がいくつあったって持たないと思ってね、それでいろいろ考えてそういう連中との付き合いは一切やめたんですよ。大正解だったねえ。もう不法投棄の時代じゃないよね」

 「とにかく名城の社長の話も聞いてから結論を出します」

 「伊刈さんも大変だね。それにしてもよく犬咬を静かにしたもんだねえ。大したもんだよ」いつの間にか纐纈はタメ口になっていた。

 「社長も大したもんですよ」

 「そうかい、なんか伊刈さんに褒められると照れるねえ。だけど後で撤去しろなんて褒め殺しはなしですよ」

 「そんな二枚舌にみえますか」伊刈もタメ口で応じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る