ゲリラ撃退

 棄て逃げしても撤去させられるという噂がダンプ仲間に広まり照稲町周辺の連続ゲリラは沈静化した。それを見計らったように照稲町役場の向後課長が伊刈に電話してきた。

 「こっちへ来たついでがあればちょっと役場に寄ってもらえないかね」いつもながらの磊落な言葉遣いだった。

 「また事件ですか」

 「いやそうじゃないんだ。お礼を言いたいものだからね」

 「そうですか」

 伊刈はパトロールのついでに照稲役場に脚を伸ばした。

 「驚いたよ、あんたらは本物のプロだね。全部片しちゃったね。俺は県の職員なんて理屈ばっかで何もわかってないし何もしてくれないとこれまでずっと思ってたんだけど考え改めるよ。あんたらはほんとにすごいわ。それで町長が一杯やろうっていうんだよ。どんなもんかね。うちの町のことだから高い店じゃないよ。ここには屠場があるだろう。それでうまいモツ屋があるんだ。ザコヤっていうんだけど知ってる?」

 「知ってますよ。新卒のころ案内してもらったじゃないですか。ザコヤさんて一升瓶をキープする店でしょう」

 「なんだそうかい。俺が案内したことあったのか。うちの町のこと詳しいんじゃないか。まああそこなら千円会費で腹いっぱいになるからさ、。じゃいいよね」

 「ぜひお願いします」

 さっそく生モツに舌鼓を打ちながら町長出席の打ち上げが行われた。場末の居酒屋の飲み会に首長が出席するなんて県や政令市では考えられないことだ。このアットホームさが田舎町の魅力だ。しかも地元の屠場直送の生モツの味は都心ではけっして食べられない絶品だった。モツだけではなく、ハマグリ、磯牡蠣、ナガラミ(ベーゴマに似た形の巻貝)など地元の食材を使った田舎飯に舌鼓を打ちながらの祝杯は格別だった。伊刈率いる監視チームはすっかり町の英雄に祭り上げられていた。

 「伊刈さん一つ教えてもらえるか」向後が茶碗酒に一升瓶を傾けながらタメ口で言った。

 「なんですか」

 「どうやってあのやり方を編み出したのかね」

 「どういうことですか」

 「うちの連中がね、伊刈さんの名前を出すとダンプの連中が怖がるって言うんですよ。そんなにあんた怖いのかねえ。正直なとこそうは見えないんだけどねえ」

 「切らないカードをいっぱい持って不安をあおることじゃないですか」

 「切らないカードねえ」

 「許可取消し、地元の県庁への通報、取引先への通報、刑事告発、撤去命令いろいろカードはあるけど実はどれもたいしたことはないんです。全部合わせたってストレートフラッシュにはならない。てんでバラバラなブタ札だけど切らずに不安にさせるネタにはなるんですよ。そうしておいてこっちの欲しいものを明確に伝える」

 「はあなんとなくわかるようでわからないな」

 「僕の切り札は不安です」

 「なんかそれ宗教的じゃないかね」

 「いんちきな宗教のことですね。世界の終末が来るとか、ハルマゲドンが来るとか不安をあおっておいて予言の本を売って儲ける。予言が外れても性懲りもなくまた予言する」

 「まさにそうだね」

 「だったら僕も予言しますよ。照稲町にはもうダンプは来ません」

 「それはありがたい予言だなあ、まあ飲もか」町長の前で株を上げた向後は上機嫌だった。

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