第15話6月の桜
屋上のドア前に着く。
「轍、やるわよ」
私は弥勒ちゃんに触れた手をスケッチブックに押し当て、『特性液』を垂らす。
その後目を閉じ、背中を轍の方へ向ける。
「轍、消えたら言ってちょうだい」
「…ああ」
どうしよう。
これで弥勒ちゃんと私の関係が露呈してしまう。
大丈夫…だよね?私は急に不安に駆られる。
本当は自分の目で数字を見なければならない。
轍の言った通り、それが重要なのだ。
しかし、もし仮に。仮に弥勒ちゃんに嫌われていたら…。
私はどうなってしまうのだろう。その穴を塞ぐには一回死んだくらいじゃ足りない。
私は…おこがましいのかもしれない。いや実際おこがましかったのだ。
自分の気持ちを一方的に相手に押しつけて。
「…志水。消えたぞ」
私は振り返る。スケッチブックは白紙だった。
「どうだった?」
私はのどをひきつらせながら尋ねる。
「正直に見たまんまを言うぞ」
「うん」
「75」
「…75?」
私は思わず聞き返す。
「そうだ。75パーセント。健闘してるぞ、志水」
私は説明文の内容を思い出す。
確か60パーセント以上が『心の許せる友達』で、90パーセント以上が『ラブラブなカップル』…。75って…。
「友達以上恋人未満ってこと?」
「言い得て妙だな。どうやらそういうことらしい」
私はほっとすると同時に嬉しくなる。
そうか。友達以上恋人未満…。
「轍、帰ろ」
「もう帰るのか」
「…他にすることないでしょ」
「そうだな」
私たちは人のまばらな電車に乗り、最寄り駅に着く。
6月の下旬。まだ夜の空気には微かすかな冷たさが感じられる。
轍と並んで帰り始めてからわかったのだが、コヤツいつの間にか私の背を抜かしていたらしい。
中学生までは確実に私の方が高かった。というか轍がチビだった。
轍も大人になってるんだな…。私はなんだか悲しくなった。
いや、悲しいというのは語弊を招くかもしれない。正しくは『切ない』のだ。
最近まで『私の方が背が高い』関係が『私の方が背が低い』関係に塗り替わった。
些細なことだが、それだけでも時間の経過を意識するには十分だった。
いつの日か…私と轍の関係が一変する日が来るのだろうか。
『背』のように何もかも…。
それは…嫌だな。私は轍とこの関係のままでありたい。
少しひねくれてて話しかけづらいけど…根は良いヤツだ。
「轍、こっち寄らない?」
私はふとそんな感傷に浸ったので、寄りたい場所ができた。
轍は若干嫌な顔をしたが、つれない態度でもしっかり連いてきてくれた。
「こっちの道って久しぶりだな…」
「そうでしょ」
高校生…いや中学生になると次第に家に帰る最短距離の道しか通らなくなっていった。
今思い返すとちょっぴり後悔。もっと意識して色んな道を通ればよかったなあと。
この町の道には沢山の思い出がある。それを風化させてしまうのはもったいない。
「そうか。この公園ってこの道だっけ」
「うん」
私たちはとある公園の前で足を止める。
「よくままごととかしたよな…」
「そうね。轍は私がしようっていう度に逃げ回ってたけど」
「喜んでままごとに付き合う男ってあまりいないだろ…」
「どうかなあ」
私が笑うと、轍も一緒に笑った。
「これ、桜の木だよな」
轍がごつごつした太い幹を触る。桜の花なんてとうに散っているが、青々とした葉が自分の存在を主張していた。
「うん。それがどうしたの?」
「いや、なんでも。小さい頃はよくここの桜みてたなあって思って」
…私はいいことを思いついた。
「じゃあさ。私と弥勒ちゃんが付き合ったら一緒にここの桜見に行こうよ」
「お前と平田さんと俺で?冗談」
「轍は私が買ったフィギュアを連れて来てね」
「いや、なんでだよ!」
「面白いから。ね、約束」
約束の時は指切りだ。私は指を差し出す。
「そんなバカバカしい約束してられるかよ…。ほら、もう行くぞ」
「ぶー」
私たちは歩き出す。
そうだな…。私と轍の関係って奇妙だ。
『幼馴染』でもあり『同盟を結んだ協力者』でもある。どちらか一方の要素が欠けてしまったら、私たちの関係を完璧に言い表せたとはいえない。
私と轍の親密度ってどのくらいだろう。
私は『念写』してみたくなったが、轍の手に触ると誤解されそうなのでやめておいた。
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