第14話適切な心の距離

「轍!!!」



俺が屋上で気持ちよく寝ていると、志水に叩き起こされた。


「なんだよ…」


俺は目をこすり、志水の顔を見る。あまり機嫌はよろしくないみたいだ。


ああ、また面倒なことに俺を巻き込もうとしてるなコイツ…。


「私…いつ告白したらいいと思う?」

「…どういうこと」

「私…弥勒ちゃんと仲良くなった。そこから進展させるにはどういうのがベストなのか、轍の意見が聞きたくって」


恋愛経験ほぼゼロの俺にそれを聞くか。何を焦ってるのか知らんが、その答えは誰に聞いたってひとつだろう。


「良い感じになるタイミングがあるだろ。いつか」

「良い感じって?」

「ちょっと近づいたらキス…みたいな」

「ききききききキス!?」


志水は頬を林檎みたいに赤く染める。平田さんとのキスを想像しただけで、そんな感じになるのな。先行きが思いやられて仕方がない。


コイツこんなピュアだったけ…。小学生の時、告白してくる男どもをことごとく玉砕したあの女の子と同一人物とは到底思えない。


「まあそういうことだ。陰ながら応援してるぞ」


俺は睡魔に誘惑され、再び目をつむろうとする。


「話はまだ終わってない!」


両のほっぺをむぎゅう。いてて。


「なんだ。終わりじゃないのか」

「うん。だって待ってられないじゃない」

「…いや待つしかないだろ」


俺は呆れて返事する。


平田さんは『答え』を探している。女の子と付き合う、女の子を好きになる、その『答え』を。彼女がそれを見つけるまで、俺たちは待つことしかできない。


「弥勒ちゃん…男の子に告白されてた」

「…マジで?」


そりゃそうか。あの陰湿ないじめが解決した今、平田さんほどの美少女を他の男が放っておくわけない。


「でもフってたろ平田さん」

「うん…だけど…」


なるほど。志水はこれで焦っていたわけか。不安になるのもわからんでもない。しかし…


「俺たちになにができる?」

「できることが…ひとつだけあるの。それで相談なんだけど」


志水はさっきから俺がなぜ持って来ているのだろうと思っていたカバンから、『ホモと学ぶ魔法の書』を取り出す。


相も変わらず、表紙に胡散臭さが凝縮されている。


「魔法…か」

「このページ見て」


志水はパラパラとページをめくり、俺にある魔法を提示した。


「『念写』?」

「そう『念写』」


そのページにはこう書かれていた。



No.2101 『念写』


この魔法を使うと、特定の人物の親密度を白紙に念写することができます。その数値はパーセンテージで5秒間だけ表示されます。

60パーセント以上が『心の許せる友達』、90パーセント以上が『ラブラブなカップル』、家族は無条件で100パーセントとなります。


条件:まず何も書かれていない紙を用意します。新密度を測りたい相手の手に触れ、そのまま他に何も触らずにその紙にてのひらを押しつけてください。その後、付属の『特性液』をかけて10秒待つと、上記の効果が得られます。



「…へえ」


凄いな。親密度が客観的な数字で表されるのか。


「これを使って、私と平田さんの新密度を測る」

「確かに告白のタイミングは把握できるかもな。…俺に相談した意味は?」

「轍にはこの数値を私に言ってほしいの」

「…は?お前見ないの?それが一番重要なんじゃないか」

「だって怖いじゃない」


怖いならやるなよ…って思ったが、当たり前か。他人の自分への評価が包み隠さずに数値化されるんだ。怖くないわけがない。

通知表みたいに「頑張りましょう」という言葉で濁してくれるならまだしも。


「わかった。見てやろう。だが覚悟しろよ。俺は嘘はつかないからな」

「その方が…いい」


俺は昔から正直さだけはとりえだ。そこは自信をもって言える。


俺はとりあえず気になった点を尋ねる。


「…場所は?」

「場所?」

「『念写』する場所」

「そうね…ここでいいんじゃない?」

「部活の後だとさすがに屋上のドア閉まってるだろ」

「じゃあここのドアの前」


前…ね。たしかに屋上のドアの前はちょっとしたスペースがあり、しかも人があまり近寄らない。おまけに部室棟から下駄箱に行くまでのルートにちょうど階段があるので、うってつけの場所といえる。


「オーケー。ところでこの『特性液』ってのは…」

「これのことね」


志水はカバンの中から光を全く反射していない真っ黒な液体が入っているガラス瓶を取り出し、たぷんと揺らして見せた。

怪しすぎる。原材料なんなんだコレ。ダークマタ―とかじゃないよな。


「紙は?」

「これでいいでしょ」


スケッチブック。説明内容見てる限りだと、これで十分そうだ。


「というかお前どうやって平田さんの手触るの?」

「…普通にパッて」

「…触れんの?」

「だ…大丈夫よそれくらい…」


本当だろうか。俺は正直不安だったが、「大丈夫」と豪語する人に対してそれ以上あげ足をとるのも気が引けるので、黙っておいた。



***



部室のドアのノブに手をかけたところで、俺は動きを止める。


…これ開いたら安藤が飛びついてくるのは想像にたやすい。


とりあえず、後ろの平田さんを安全圏に避難させ、心の準備をする。


俺はドMの設定とはいえ、顔から床にわざわざ突っ込ませることに罪悪感を抱くくらいには安藤に親近感を感じていた。


…よし。がちゃ。



顔の前に安藤の顔。



うん。いつも通りの光景だな。ぐはっ。


「ダーリン♪」

「…」


重い!飛びつきには慣れてもさすがにこの重さには慣れない。


カワイイ顔しながらついてるんだよなコイツ…。まったく罪深い。


俺は最初、ついてる野郎にダーリンと呼ばれるのに抵抗を感じていたが、もうなんかどうでもいいやと思えてきた。かわいいは正義。


「轍君。今日も重そうだね―」

「そう思うんだったら助けてくださいみちるさん」

「はいはい」


みちるさんは安藤をなんとか説得して、引きはがしてくれた。


俺は安藤を席に座らせて、一言物申す。


「安藤。好意は嬉しいが、俺は正直迷惑している」

「そう…ですか」


安藤はしゅんとする。


くそっ。なんて可愛いんだ。

相手がアンドロイドじゃなかったら、俺はとうに理性が吹き飛んでいたかもしれない。


しかし、目の前にいる美少年は奇くしくもアンドロイド。いったら機械である。

その言動すべてがあらかじめプログラムされたもの。


俺は安藤に話しかけるたびにある種の虚しさを感じずにはいられなかった。

すなわち、「機械にいくら話しかけたって結局は無駄じゃないか」と。

そんなのはその辺に落ちてある石ころに話しかけるのと本質的には何ら変わりはない。


…とは言ってもカワイイものはカワイイ。


人間不思議なもので頭では判っていても『人間っぽいもの』は『人間』として認識するようである。


「いいか。お前は知らんかもしれんが、人間には『適切な心の距離』があるんだ」

「『適切な心の距離』?」

「そうだ」


俺は安藤に対して説教を始める。


同時にπ子さんとみちるさんは再来週の合宿に持っていく水着の話をし始めた。


平田さんはそんなπ子&みちるペア、俺&安藤ペアの会話の両方に耳をそばだてながら、お茶をずずと飲んでいる。


肝心の志水は平田さんの手に触るか触るまいかで大分葛藤しているようだった。


『相手の手を触ったら、白紙に触るまで他になにも触れてはいけない』…この条件を考慮すれば下校時刻ギリギリに触るのが成功率は高くなるだろうが、志水にはそんな余裕はないだろう。


触れるときに触らなくちゃ触らずじまいだ。

頑張れ、志水。俺は内心ささやかなエールを送る。


俺は安藤に注意を戻し、何をしゃべるかを頭の中で組み立てる。


「たとえば…初めて知り合った人にいきなり名字じゃなく名前で呼ばれたらどうだ?何コイツってなるだろ?」

「わからないです」

「…じゃあいきなり知らない人にボディタッチされたら?」

「…怖いですね」

「そう。それが『心の距離』だ。友達や家族とならなんでもないことが真っ赤な他人にされると恐怖になる。なぜだかわかるか?」

「考えていることがわからないから…でしょうか」

「そういうことだ。俺は今まさにその疑心暗鬼の状態なんだ」

「でもっ…ボクのダーリンへの愛は本物です」


まあそう言うだろう。「そう言う」ようにプログラムされているのだから。


「悪いが安藤の愛は証明することができない」


愛の証明は本物の人間同士ですら中々難しいが、安藤のそれは比にならない。

「愛している」という言葉だけで愛が証明できたら誰も苦労はしないのだ。


「じゃあボクはどうすれば…」

「証明はできなくても…そうだな…。『心の距離』をつめることから始めればいい。ちゃんと段階を踏んで」


安藤は考え込んだ。


その姿はどこにでもいるカワイイ女子小学生(?)にしか見えない。


俺は胸だけでなく頭も痛くなってきた。


「じゃあにらめっこしましょう」

「…は?」


控えめに言って「は?」である。


しかし、にらめっこか…。なるほどちょうどいいかもしれないな。


なんたって相手はアンドロイド。ずば抜けた計算能力を持っているに違いない。しりとりやマッチ棒含む戦略的なゲームで俺が勝てる見込みはほぼゼロだ。にらめっこであれば公平性は保てている。



「いいぞ。やろう」

「では…にらめっこしましょ。笑うと負けよ――――」



「「あっぷっぷ」」



俺は無敗を誇る渾身の変顔を繰り出す。


安藤は…目をつむってしまっていた。

頬を一生懸命膨らまして…何このカワイイ生き物。


「あ!ダーリンの負けです!」

「えっ」


俺は思わずにやけてしまっていた。

にらめっこってこんなゲームだっけ。


「鹿島君、にらめっこ弱いね」


俺が弱いんじゃなくて、安藤が強すぎるだけなんです平田さん。ある意味で。


「轍のえっち…」


何故そうなる。


志水が俺に聞こえるか聞こえないかくらいのボリュームでぼそっと呟いた。

お前は早く平田さんの手に触ってくれ。頼むから。




かちゃ。部室のドアが開く。


入ってきたのは吉川先生だった。


「お前ら来週の合宿の話なんだが…って――――え?」


トゥンク。


吉川先生は動きを止める。視線の先には安藤。


んんん?もしかして先生…。


「そ…そのショタ…じゃない。その男子生徒は誰だ?」


あ、ふーん。この動揺っぷり。先生、そっちの気があるんですか。


俺はこの人が独身な理由を垣間見る。


「π子が発明した『安藤ロイドくん』ですぅ」

「π子!?ついに人間を発明したのか!?」

「まだ完全じゃないですけどねぇ」


安藤は吉川先生に歩み寄り、ぺこりとお辞儀する。


「初めまして吉川先生。よろしくお願いします」

「あ…ああ。よろしく」


吉川先生はどぎまぎしながら返答した。



吉川先生はどうやら合宿について説明しに来たようだった。

一通り予定や注意事項を確認した後、質問を促す。


「先生!なんで去年は2泊だったのに1泊なのでしょうか」


みちるさんが質問する。


「みちる、お前部員きっかり2倍だぞ」

「…なるへそ」


部員が2倍になったら費用も2倍。

この部活の予算はほとんどこの合宿に注ぎこまれているのだろう。


…帰宅部が合宿ってのも滑稽だな。今更だが。


「じゃあ下校時刻だし。解散」


そう言って、吉川先生は部室を出て行った。


「…弥勒ちゃん!」


志水は唐突に平田さんの手をぎゅっとつかんだ。


「なに?どうしたの?」

「いや…なんでもっ…」


志水はつかんだ手を離す。その緊張が空気を媒介してこちらまで伝わってきそうだった。


「…そう」


平田さんは不思議そうな顔をした。


「轍!さっさと行くよ!」

「…ああ」


俺は志水に先導され、屋上のドア前に向かう。



***



鹿島と志水が早足で先を行くのを、平田は目を細めて見ていた。


「どったの弥勒。立ち止まって」

「いや…幼馴染っていいなあって思ってね」

「そうですねぇ。切っても切れない関係ですからねぇ」

「面倒そうだけだなあ。僕個人としては」

「良いことも悪いことも与えてくれる存在だから貴重なんじゃない。良いことばかり言ってくれる人って信用できないわよ」

「…そうだね。その通りだ」


徳永は平田の瞳にうつる『何か』を感じた。


『何か』が具体的には何を指すかまではわからなかったが、寂しさのような、達観のような、そんな『何か』だった。

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