第13話悪いことはetc…

昼休み、俺は日課のごとく謎パンを平らげる。


仰向けになると、そこにはどこまでも続く広大な空間が。


空ってすげぇよな。だってこの青いのが世界中で見れるんだぜ。


どんな人でも平等に。


たとえ目が見えなくたって、この何とも言えない感じは伝わる気がする。


空って…すげぇよ。



だいぶ離れたところで、遊馬も同じように昼寝をしている。


そういえば今更だけど遊馬の髪ってがっつり校則違反じゃないのか。

下手したら退学までありそうなものだが。


まあ…いいか。


空が青い。

青いってなんだろう。

青いっていうのは…おやすみなさい。




――――開眼。

「きゅぴぃぃぃぃぃぃぃいん!!!!」

「ひえっ!?」



そのインスピレーションふってくる時のセルフ効果音やめろ。心臓に悪い。


「鹿島、占ってやろう」


両者、むくりと上体を起こし、接近する。


「是非占ってくれ」


久々だなこれも。約1カ月ぶりか。


遊馬はタロットカードとトランプを複雑にシャッフルして、上から5枚並べた。


結果は…


「ボイスレコーダー」

「ボイスレコーダー?」

「部活に行ったらボイスレコーダーを使え。徳永が持っている。以上だ」

「徳永?ああ…みちるさんのことか」


みちるさんそんなもの持ち歩いているのか。見かけによらず用心だな。


ボイスレコーダー…ね。


俺はそこでピンと来た。


…嵐の予感。



***



平田さんと志水が楽しそうに喋っているのが後ろから聞こえてくる。


良い感じに仲良くなっているじゃないか志水。


最初は心配したが、俺のフィギュアもそう遠くはないかもしれんな。


部室のドアを開けると、目の前に安藤の顔が。


「ダーリン♪待っていました!」


俺は条件反射で避ける。まあドMなら避けたところで喜ぶだけだろう。


しかし、予想外のことに俺にかわされた安藤はそのまま平田さんのおっぱいにダイブし、ぽよよんと弾き返され――――俺の背中にクリティカルヒット。


ぐはっっ!!!!


「だ…大丈夫ですかダーリン?」

「ぐっ…うらやましいぞこの野郎」

「?」


平田さんは恥ずかしそうな表情を浮かべる。なにこれカワイイ。


そしてその平田さんを見て志水が鼻血を出す。カオス。


「みちる。今日は何するんですかぁ?」

「そうだねー。とりあえず駄弁だべろうか」


俺は遊馬に言われたことを思い出す。


「あ、みちるさん。ボイスレコーダー使ってくれないかな」

「いいけど何かあるの?」


本当に持ち歩いてるんだなこの人。


俺たちはそれぞれの席に座る。やめろ安藤。ひっつくな。


「たぶん…役に立つ」

「そういうなら使うけど」


みちるさんはボイスレコーダーの電源を入れ、録音を開始する。



無音。訪れたのは無音だった。



皆録音されるのを嫌ってか、はたまた面白がっているのか黙りこくる。


その中で一人、志水がこのシュールさに耐えきれなくなって、笑いを必死に我慢し始めた。


やめろ。つられ笑いを誘うな。

一人、また一人と伝染していく。


結果、部室は異様な空気に。

くそっ。なんだこれ。



その時だった。部室にその3人が入ってきたのは。



「ここが噂の帰宅部かー。なんか臭くね?」

「うっわ。コミュ障っぽいのしかいないんじゃねーの」

「陰キャ乙wwwwwwwwwwwwwwwwww」


ついに来たか。歩く悪口ヤンキーかぶれその1、その2、その3。

…面倒だから以下1号、2号、V3と呼ぶことにしよう。


V3が個性派すぎるのには触れてはいけない(戒め)。


「おい平田ぁ。なに友達なんか作っちゃってんの?マジで死んだ方がいいんじゃね?面白くねーからこっち来いよ」


平田さんは皆の顔を見回した後、席を立つ。

みちるさんがそれを制して、代表として1号の前に向かった。


「あ?んだよテメ―」

「弥勒は僕の友達だ。失せろバカども」

「なにコイツ調子乗ってんの?私たちは平田に用があるの」

「煽りおるwwwwwwwwwwwww煽りおるwwwwwwwwwwwwwwwww」

「そこの人生失敗組。優しい私から最後の忠告ね。平田とつるんでると痛い目みるよ?カレシに色々頼んじゃうから」



「…すぞ」



「あ?」


「お前らの家…潰すぞ…」


ここまでピリピリと殺気が伝わってくる。ヤバい、みちるさん本気で怒ってる。

さすがの1号もこの殺気には気圧けおされた様子だった。


「はっ。なに?家潰す?何言ってんのコイツ。頭のねじでも外れてんじゃねーのか」

「…」

「私たちがいじめをしてるって証拠あるの?証拠。ギャハ」

「…轍君。ボイスレコーダー」


俺はボイスレコーダーを止めて、再生する。



『あ?んだよテメ―』

『弥勒は僕の友達だ。失せろバカども』

『なにコイツ調子乗ってんの?私たちは平田に用があるの』

『煽りおるwwwwwwwwwwwww煽りおるwwwwwwwwwwwwwwwww』

『そこの人生失敗組。優しい私から最後の忠告ね。平田とつるんでると痛い目みるよ?カレシに色々頼んじゃうから』



ここで再生を止め、すばやく録音を再開する。


「な…なんだよ」

「次に会うのは法廷かもね」

「はあ?たかがいじめで裁判って…頭おかしいだろ」

「大草原不可避」

「今、いじめって認めたな?あ?」

「うぐっ…。しまった…」


「…たかがいじめ、されどいじめだ。えぐった心の傷は決して癒えることはない。やったからにはそれ相応の罰を覚悟しろ」

「…」


1号、2号、V3は反論できず、何か言いたげに口をパクパクさせる。



「お前たちがどれだけのことをしたのか自分の良心に問え!!!!この…あほんだら!!!!!!」



ばんっ。みちるさんは3人を部室から追い出すと、勢いよく扉を閉めた。


パチパチパチ…。誰からとでもなく、称賛の拍手がみちるさんに送られる。


「偉いですぅ。みちる」

「そ…そうかな?それにファインプレーは轍君だよ」

「轍、なんでアイツらが来るってわかったの?」


うーん…。全てを話すべきか…。遊馬のことから説明するのは時間がかかりそうだしなあ。


「勘…かな」


俺のじゃないけどな。あながち間違ってもいないだろう。


「さっすがボクのダーリン♪」

「うわっ!!離れろ安藤!!!」

「あんっ」


「…ふふっ。あはは―――」


平田さんが笑った。


あどけなく。自然に。


俺はその時初めて、鉄仮面の下の彼女を見たような―――そんな気がした。



***



1号、2号、V3は釈然としない気持ちを抱えたまま、作戦会議を始める。


「くそっ。私のプライドが傷ついた。どうしてくれよう」

「…そもそも帰宅部って何する部活なん?」

「ダラダラしてんじゃねーの?」

「それって部活として成り立ってなくね?普通さ、何か目的があって活動するわけじゃん。集まってダラダラするだけなら別に部活にする意味ないよな」

「まあ確かに」

「目的不純。これだけで王手じゃねーの」


にやり。1号、2号、V3は同じことを思いつく。


「私、明日職員室行ってくるわ。顧問って吉川だったよな」

「ああ。廃部に追い込んでやろう」

「支援しますぞwwwwwwwwwwwwwwwwブフォwwwwwwwwwww」

「じゃ、結果報告はいつものところで」


いつものところというのは駅前のレストランチェーン『シャイゼリア』のことである。


1号、2号、V3は人知れず報復を誓った。



***



「先生」

「ん?」


1号は昼休み、吉川先生を直撃する。


「一緒に校長室まで行ってもらっていいですか」

「何の用だ。また悪さでもしたのか」

「違います。帰宅部について意見があるので」


吉川先生は1号の目を見て、その魂胆を把握する。


「ダメだ。校長に直談判したいなら私をまず通せ」

「…わかりました。帰宅部って…おかしくないですか?」

「そうか?」

「ただ雑談するだけの部活に学校の予算が割かれていいはずがありません」

「他の部活に比べると予算は少ないはずだが」


そうなのか。1号は妙に納得してしまったが、引き下がるわけにもいかず、どうにか突破口を模索する。


あれ?集まってダラダラするのって、他の部活もそんなもんじゃん。帰宅部は目的こそないけど、なんら特別ってわけじゃ―――。


1号は自分の浅はかさに気付いたが、プライドがそれを認めようとはしなかった。


無意識に毒が口からこぼれる。


「大体帰宅部って名前なんだよ…。ウケ狙いかよ…。寒いんだよ…」


その言葉を聞いて、吉川先生は諭さとすように話し始めた。


「例外もいるが…あいつらには友達をつくる才能がない。この部活がなかったらそれこそ帰宅部だったような奴らだ。そんな奴らを集めて『帰宅部』と名乗って何が悪い」

「それは…」


1号はうろたえる。


「お前もな。つまらないことに執着するくらいなら、もっと友達との時間を大切にしたらどうだ?」


「…」



***



1号は約束のシャイゼリアで、2号とV3の姿を見つける。


「で、どうだった?」

「…悪ぃ。失敗しちまった」

「(´・ω・`)」

「なあ。何かもう面白くねーからさ。やめにしね?引き際だって」

「はあ?何?ビビってるの?」

「そういうわけじゃ…」


1号は内心穏やかではなかった。

コイツらとは沢山悪いことをしてきた。いわば悪友だ。


その絆は『悪いこと』をすることによって繋がっている。それを否定してしまった時、自分たちの関係は冷めてしまうのではないか。


自分たちの関係とは、ただそれだけの…貧しいものだったのではないだろうか。


そんな現実をつきつけられるのが怖くて。



「…おごってくれるなら」

「え?」

「メシの代金おごってくれるなら…賛成」

「禿同」

「そんなんで…いいのか?」

「そんなんでって…。そんなもんでしょ。私たち友達じゃん」


1号は悩んでいた自分が恥ずかしくなった。友達か。そうだよな。


「よし…てめーら!好きなだけ食え!」

「好きなだけは食べない。ダイエット中だし」

「(*゜∀゜*)パアァ」



あとで平田にはコイツら連れて謝りにいこう。


1号はドリアを口に押し込みながら、なぜか晴れやかな気分になっている自分がいることに気付いた。


『悪いこと』はやっぱ―――『悪いこと』なんだな。

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