第12話新生!

読み進めていたラノベをwktkしながら開こうとした時、志水の声が脳内に響いた。


(轍)

(なに?…ってかこのやりとり久しぶりだな)


俺は平田さんをチラ見する。

彼女は相変わらず窓の外を眺めている。


『脳内通信』…。平田さんと志水が仲良くなった今、俺の出る幕はほとんどないといっていいので、ご無沙汰だった。


(そうね。でさ、話があるんだけど)

(はあ)

(昼休み職員室行ってくれない?)

(なんで?)

(行ったらわかる)

(…なんかまた面倒な話じゃないだろうな。俺は同盟が関係しないお願いは聞き入れるつもりはないぞ)


フィギュアが絡まなければ動かざることヒマラヤの如く。


(…関係はしてると思う)

(思うってなんだよ…。大体なあ、もう俺ができることはほとんどないと思うんだが。この後はお前と平田さんの問題であって、第三者の俺が下手に首を突っ込まない方が―――)

(うるさいわね!つべこべ言わず職員室!)

(やだね!俺の体は昼寝を欲している!)

(行かないと燃やすわよ?)


俺は刹那ひやりとする。


(な…何を?)

(轍のスマートフォン)

(ごめんなさい。なんでもしますから許してください)

(じゃ、よろしく)


そこで通信が途切れる。

くそっ。厄介だな『発火』の魔法…。


こうして俺はいやいや職員室に行かなければならなくなった。

職員室…ねえ。なんで俺がそんなところに…。



キーンコーンカーン…。昼休みである。


俺は仕方なく職員室に向かう。


職員室の前に志水がむすっとした表情で立っていた。


「こっち」

「…」


志水に連れられて、ある女性の先生と対面する。


えーと…。名前なんだっけこの先生…。確か化学の先生で…。


「これが例の男の子か」


その先生は弁当を食べていた手を休め、志水に尋ねる。


「そうです。先生」

「ふうん。中々いい男じゃないか」

「いやあ、それほどでも…」


あれ?俺褒められた?


「初めまして…じゃないと思うけれど私の名前わかるかな?」


俺は首を横に振る。


「だよね。私は吉川 美凛。担当教科は化学。頼れる帰宅部の顧問。そして――」

「そして永遠の独身」


志水が茶化す。


この人、独身なんだ。よく見たら綺麗だし、わりとモテそうなものだが。


…こういう人になら踏まれても気持ちいいのかもしれない(白目)。


「私は好きで独身なんだ。決して売れ残ってるわけじゃないからな。そこんところ、履き違えるなよ」


その注釈はこの人にとって重要なものらしく、弁明に必死さが伝わってくる。


「それで…あの…俺になんか用ですか?」

「そうだそうだ。本題に入ろう。結論から述べると、合格だ」

「は?」


合格?なにに?おい、志水。なんで笑ってんだ。


「帰宅部入部、おめでとう。早速で悪いんだが、今日の放課後部室に行くように」

「…えっ」


俺は混乱する。


帰宅部…。帰宅部ってあの女子3人の部活だよな…。

これって…もしかしてもしかすると…ハーレム…。


「しかし志水、お手柄だ。適性者を二人も連れてくるなんて」

「えへへ…」


これ断ったらスマホ燃やされるだろうな。絶対。


俺のぼっちライフが突如として終焉を告げる。


「よかったね轍。帰宅部って入るの難しいんだよ」

「なんだそれ…」


帰宅部に入るのが難しいとかどういうパラドックス。


「先生。ちなみに轍は何で合格したんでしょうか」

「簡単だ。私と同じ目をしている」


目?

ああ…。言われてみれば似てるかもしれないな。だるそうな感じとか。

先生独身って言ってたしさぞかし―――


「今私が独身どうこうとか考えてなかったか?ん?」

「え…。いや、考えてないですよ。はは…」


なぜばれたし。気にしすぎだろこの人。


「まあ、そういうことで。これからよろしく、鹿島君」

「…はい」


またまた面倒なことに巻き込まれてしまった…。


はあ、と俺はため息をつく。



***



部室に来たのは私が一番だった。


特にやることもないので、部室の隅にある水槽を覗く。

水槽の中では亀が一匹、ぷかぷかと白い息を吐いている。

名前…なんていうんだろ。


「あなた…幸せ?こんな小さい水槽の中で」


私は問いかける。

亀は虚空を見つめたまま、動かない。


がちゃ。部室のドアが開いた。


「おー!弥勒!なに、ドンキ見てるの?」

「ええ…。ドンキっていうのね」

「エサあげる?」

「どうやってあげるの?」

「普通に…このくらいの量を…」


みちるちゃんは亀用のエサ袋からエサを取り出す。


そうして水槽のふたを開け、水面に手をかざした瞬間―――ばくんっ。

ドンキはみちるちゃんの指もろともエサに食らいつく。


「痛い!痛い!ドンキ!」


みちるちゃんは何とかドンキを振りほどく。


『痛い』…か。


私はこみあげる吐き気を抑えて、思考を切り替える。

みちるちゃんの指は少し赤くなっていた。


「…大丈夫?」

「へーきへーき。いつものことだから」

「いつも噛まれるの?」

「うん。なぜか僕だけね」

「π子は噛まれたことはないですねぇ」

「…」


私はさっきみちるちゃんがやったように、エサを取り出し、おそるおそる水面に手をかざす。


本当だ。噛みつかない。そのままエサを水中に落とすと、ドンキは元気よく食べ始めた。


「不思議ね…」

「なにが?」

「こうやって動物にエサをあげると…言葉は通じないのに何かが通じている…そんな気がしない?」

「わかりますぅ。『好き』とか『嫌い』とかそういう感情は伝わってきますよねぇ」

「僕、ドンキに嫌われてるのかなあ」

「むしろ大好きなんじゃない?」


私たちがそんな会話をしている時、再び部室のドアが開いた。



***



部室に入ると、そこは天国だった。

志水も含めると美少女が4人。


え?なに?俺こんなところで何すりゃいいの?


「おー!君が轍君か!僕はみちる!よろしくね」


髪の短い女の子が真っ先に話しかけてくる。

というか僕っ娘なんて実在したのか。俺は大好物だが。


「轍君、π子といいますぅ。よろしくお願いしますぅ」


次に三つ編みの女の子が話しかけてくる。

気の抜けた声だなあ。なんだか眠くなりそうだ。


「鹿島君。よろしくね」


平田さん…。まあいるよな。志水が勧誘してきたってことは。


「…ここは何する部活なの?」


みちるさんとπ子さんが顔を見合わせる。


「特になにも」

「お茶飲みながら雑談する部活ですかねぇ」

「ま、立ち話もあれだから皆席に座ろう」


俺たちは各々席に着く。


俺が美少女たちとお茶飲みながら雑談?


いや心臓もたねえって…。緊張しすぎてろくに話せる自信がない。


今の今までぼっちだった俺にはハードルが高すぎる。


せめて他に男の部員がいたらな…。


「轍君。男の子一人、寂しくないですかぁ?」

「ん?」


寂しいというか居心地が悪いというか落ち着かないというか。


「そうだよねー。女子4人に男子1人は普通気まずいよね」

「そうなの?轍」

「まあ…」


滅茶苦茶気まずいです。できることなら早くここから抜け出してfpsとかしたいです。はい。


「そんなことだろうと思って、π子発明してきましたぁ」

「発明?」

「π子はね、天才発明家なの」

「へえ…」


でも、だからといってそんなに大した発明じゃないだろう。高校生にできることは限られてるはずだ。俺はあまり期待せずに出方を窺う。


「名付けて『安藤 ロイドくん』ですぅ!入ってきていいですよぉ」


部室のドアが開く。


入ってきたのは―――背の低い女の子?


いや、制服から察するに男の子。女の子に間違われても仕方がないような線の細いショタ…みたいな。ぶっちゃけカワイイ。


「え?なに?発明したの?これを?」

「はいですぅ」


π子さんSUGEEEEEEEEE。確かに機械っぽい要素はあるけど、人間にしかみえない。ノーベル賞取れるだろ、これ。


「ピピ…。起動しました。π子さん、この人でしょうか」


半目だった瞳が大きく開いて、俺をガン見する。


「そうですよぉ」

「認識しました。プログラムを構築します」


…CV:緒方 恵美みたいな声のせいで、そこはかとない黒幕感。


なに?なに?なにが始まるの?

帰宅部一同、固唾をのんで見守る。





ばっ。

安藤はいきなり俺に飛びついた。


「!!!!!?????」


突然の抱きつきに、運動不足気味の俺が反応できるわけもなく。


ぐきり。背骨が悲鳴をあげた。


なにコイツ重っ!!??

さすがアンドロイド。見た目に反して重量がすごい。少しは最近のスマホを見習え。


「ダーリン♪大好きです!」

「は?」


思考がショートする。π子さん、あなたどういう設定を…。

美少女4人はこらえきれずに、くすくすと笑う。


ちょっと助けてくれません?普通に重いんですが。


「ダーリン。これからよろしくお願いします」

「いや、あのね。ダーリン呼びはやめてくれないかな」


アンドロイドとはいえ、男にダーリン呼びは気分がよろしいものではない。


「無理です。そういう設定なので」

「そこをなんとか!」

「お似合いよ。轍」


志水は爆笑している。コイツ…。


「とりあえず、離れろ!!!」


俺は安藤の顔を押さえつけて、無理矢理引きはがす。


「あんっ」


はあ?なにコイツ今感じたの?


「ちなみにロイド君はドMに設定してありますぅ!」


めんどくせええええええええ。そんなところに要らないセンス発揮するなよ!?


やっとのことで安藤を隔離すると、俺はもう一度重要な問題を確認する。


「もう一度聞くが…安藤お前は男なんだよな?」

「ボクは男ですよ。でもどっちもついてます」

「…なるほど」


俺はπ子さんをきっと睨にらむ。


π子さんはにへらと笑った。天使か。


笑顔が可愛すぎて責めるに責めれない。


ショタでホモでドMでふたなりとか…属性つきすぎてここに建てた病院が逃げた。


「安藤君。あなたここの制服着てるみたいだけど…。在籍登録はしてあるの?してなかったら色々問題よね。授業も出れないし、先生にバレたら…」


平田さんがもっともなことを尋ねる。


「心配いりません弥勒さん。ボクはアンドロイドなので授業を受ける必要はありませんし、第一ここに寝泊まりするので」

「ここ?」

「この部室です」

「そもそも寝るのかわからないのだけれど…布団やその他諸々はどうするの?」

「ボクはアンドロイドですが、睡眠も食事もします。生活に必要なものはπ子さんに貰ったこの『11次元ポケット』に全て入ってます」


11次元てなんだよ。π子さん凄すぎて感覚マヒするわ。


「そういうことなら…理解はできるけど」


ごめん平田さん。俺はちっとも理解できない。



「じゃあ、新帰宅部員歓迎の意味を込めて人生ゲームでもしますか」


みちるさんは本棚から人生ゲームを持ってきて、机に置く。


「やろー!やろー!」

「頑張りますぅ」

「…負けられないわ」

「本気で行かせてもらいます」


人生ゲームとか何年ぶりだろう。あまり回数をやった覚えはないけれど。

何かこういうの…いいな。友達と遊ぶのってこういう感じだっけ。


俺たちは人生ゲームを遊び倒した。


まだまだ遊び足りなかったが、下校時刻は容赦なく訪れる。


そして俺が帰宅部に入ったということは、必然的に志水と一緒に帰ることになるわけで。


電車の中、お互いスマホを見つめながらだったが、少しだけ言葉を交わす。


「なあ志水。俺が帰宅部入ったのってやっぱり同盟関係ないだろ…」

「…そうかもね」

「…じゃあなんで」


俺は志水の真意がわからず、訝しむ。


「…今、楽しいならそれでいいじゃない。笑っていれば、その時間が無駄だったとは思わないでしょ。現に轍楽しそうだったし」

「…」


楽しい、か。こうなってしまうと損得感情で動くのがバカらしく思えてくる。


…しばらくは何も考えず楽しんでみてもいいのかもしれない。

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