第9話永遠の友情

「テスト期間見舞いだ。ケーキ持ってきたぞ」


そう言って帰宅部の部室に入ってきたのは顧問の吉川 美凛。


「あれ?二人か。志水は?」

「真理ちゃんは今日も来てないみたいですねぇ」

「彼氏でもできたのか?せっかくケーキ持ってきたのに」

「家で勉強でもしてるんじゃないんですかね?」

「ま、それだったらいいのだけれど」


吉川先生は野獣の眼光でπ子のノートを取り上げ、チェックする。


「あ?このページも落書き…。このページも、このページも…。コラッ!π子!」

「すみませぇん…。つい…」

「まったく…。しょうがないヤツだなお前も。ホラ、ケーキ食ったら頑張れ」

「はぁい…」


π子は箱の中からショートケーキを選び、頬張る。


「…うまかぁ」

「先生!僕、質問いいですか?」」

「いつになくやる気だな徳永は…」

「実は…三人の中で一番成績の良い人には一番悪い人に何でもさせていい権利が貰えるっていう競争をしてるんです!部長のプライドにかけて負けられません」

「…まあ勝負は勉強の醍醐味だが、本質じゃないぞ。負けて罰ゲームってのはちょっとな…」


π子はその会話を聞いて徳永には勝てないと悟ったのか、諦めモードに突入する。


「π子…みちるなら…もう何されてもいいですぅっ!」


π子は涙ぐんで吉川先生にすがりつく。


「お前諦めるの早すぎるだろ…。まだテストには一週間あるんだ。本気だしたら勝てるかもしれないぞ?」

「先生ェ…」


うるうるとした瞳でじっと吉川先生を見つめる。


「な…なんだ?」

「もしπ子に何かあったらその時はお嫁に貰ってくださぁい!!!」

「はあ!?それ冗談だよな!?」


吉川先生は珍しくうろたえる。


「半分本気ですっ!!!」

「半分本気ってなんだよ!!しかも私は一応女だ!!」

「せんせ~。質問質問」

「離れろπ子!!」


吉川先生はπ子を引きずりながら徳永の方に向かう。


「びええええええん!!!みちるの泥棒猫~~~~!!!」


ピキッ。

「…いい加減にっ」

「…いい加減にっ」


徳永と吉川先生は声をそろえてπ子を叱りつける。

それは怒りという名の愛のムチ。


「しろっ!!!」


「…くぅん」

π子はまるで子犬のように鳴いた。



***



一方その頃文芸部部室。


「で、どうなの?恋ってあなたにとって何なの?」

平田さんは興味津津で尋ねる。案の定、志水は答えにつまる。


(ねえ、これってなんて答えるのが正解なの?)

(さあ?俺に助けを求めるなよ…)

(…役立たず)

(グサッ)


「恋は…爆発…かな?」

「爆発?まあ言いたいことはわかるけど」


うわあダメっぽい。


既に志水はゆでダコみたいにのぼせてしまっている。


正常な会話ができる状態には思えない。これは早めにケリをつけにいった方がいいだろう。


「平田さんは志水の気持ちに気付いているんだよね?」

「…うん」

「じゃ、俺は席外すから。悪いけど志水、終わったら部室から出てきてくれ」

「えっ!?いてくれないの?」

「いるわけないだろ!?保護者じゃあるまいし」

「保護者は普通付き添わないよ!?」

「わかったからパッパとやってしまえ」

「…うう」



***



がちがちがち。


緊張のしすぎで自分の歯が小刻みに震える。胸がはちきれそうでたまらない。


どくん、どくんと心臓の音がはっきり聞こえて、視界はパステル調。思考はノイズ混じり。


早く言った方がいいのはわかってるのに、うまく舌が回らない。


この告白が終わったら世界が滅んでしまうんじゃないか。そんな感覚すらこみあげてくる。


…ええい!こうなったら…やらずに後悔よりやって後悔だ!



「弥勒ちゃん!ずっと前から好きでした!付き合ってください!」



うわあああああああ。言ってしまった!恥ずかしいっ!恥ずかしいっ!恥ずかしいっ!

恥ずかしさで死ねるッッ!!!


「…私違うものだから引きつけ合い、同じものだから拒絶する。そういうものだと思うの。ちょうど磁石のS極とN極のように。だから…ごめんなさい」


志水真理十七歳五月。人生で初めて人にフラれることを経験する。


がくっ。まあ…わかってたけど。わかってたけど…!この心の穴はなんだろう。なんと形容するのが正しいのだろう。






「でも…友達からなら…いいわ」

「!?」


私は脳天をつかれたような衝撃を受ける。


友達…。友達…。弥勒ちゃんと友達!?


「でも覚えておいて。あなたは必ず私と友達になったことを後悔する」

「それは…大丈夫。…たぶん」


嬉しさと感動で声が震えてしまう。


「ふふっ。あなたも面白い人ね」


笑っている。弥勒ちゃんが笑っている。


その姿はあまりにも可憐で、その真っ白な肌を讃えるなら―――まるでユリの花のようで。


「時が満ちて、気持ちが変わらなかったらまた告白してちょうだい。その時私が『答え』を見つけていたら…付き合いましょう。…約束ね」


そう言って弥勒ちゃんは微笑む。



約束。約束。約束の時は…指切りをしなくちゃね。



私はそっと小指を差し出す。


弥勒ちゃんは一瞬困惑した表情を浮かべたが、それが何を示しているかを理解したようで、同じように小指を出してくれた。


そして固くつなぐ。永遠の友情とともに。



「ゆーびきりげんまん…―――」



***



ガラガラと部室の戸が開く。


「おう。どうだった?」

「…轍」


ちょっとやばいか?俺のシックスセンスが「逃げろ」とJアラートを発動する。


「そりゃあフラれた後悲しくない人はいないさ。他人にあたりたい気持ちだってわかる。ましてや同盟まで組んでた人には…。しかし、だからといってだなあ―――。」

「グッジョブ…」

「え?」

「あ…ありがとう」


志水は照れ笑いが隠せない様子で俺に感謝する。

おおお!ということは!俺は晴れて自由の身!そしてフィギュア!


「弥勒ちゃんと…友達になれた」


んっ?んー?


この場合盟約は果たされたことになるのか?


なるかならないかで言ったらそりゃならないだろうけど。でもせめてもの報酬というか何というか。


「でも同盟は『付き合えるまで』だからね!フィギュア欲しいなら協力しなさい!」


デスヨネー。

でもまあ…いいか。美少女の喜ぶ顔を拝めただけでも。


世界は美少女でできている。


彼女たちの笑顔には、誰も勝てないのだ。

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