初デートはやっぱり魚系

※チョコとメジナ 糸田亮視点です。


 浩二が昼休みにくれた紙袋は、デートスポットを特集した雑誌が入っていた。

 家に帰り、明日の釣り具を用意した後、ベットの上で横になりながら広げて読む。正直、こういう雑誌を見たのは初めてだ。

 ところどころ、付箋紙が貼ってあって、あいつが自分自身でいろいろ研究したのがよくわかる。

 遊園地から、スイーツ情報にいたるまで念入りに読み込んでいるみたいで、みかけによらず、非常にマメな男なのだな、と思った。

 ページをめくっていくと、はらりと、一枚のメモ書きが出てきた。


『ハルのデータを書いておく。役立てろ!』


 好きな映画:アクション映画。サスペンス映画。コメディも可。恋愛はダメ。

 好きな本:推理小説(アガサクリスティが好き)

 好きなタレント:いとうまみ、オレンジマン

 好きな食べ物:魚系。甘すぎるものはあまり好まない。

 好きな動物:きりん

 趣味:釣り、水泳、料理、数独


 なんだこりゃ。


 俺は、そのメモ書きに目を走らせた。

 言われてみれば、遥がどんな映画が好きとか、知らなかったな……。

 洋画が好きとは聞いたことがある。

 そういえば、映画のポスターを指さして、「このひと、背が高くてカッコイイよね。アクションもキレがあるし!」とか言っていたが、背はともかく、青い目にも金髪にも逆立ちしてもなれないので、詳しく聞こうとは思えなかった。それに、たとえ絶対に会うことがない相手でも、遥が他の男を好きだというのを聞きたくなかった。ミステリー好きなのは知っていたが…。

 そうか。遥は、浩二とこういう話をしているのか、とふと思う。

 浩二の目を通して初めて知った、俺の知らない遥が、そこにいた。

「魚から離れろ」

 そう浩二は俺に言った。

「釣り以外に出かけないから、釣り友達から抜けられない」と。

 そうかもしれない、とは思う。

 思うが、どこへ行ったらいいか思いつかない。中学の時から、遥だけを見ていたから、女の子とデートをしたことなど当然ないし、釣り以外の約束を持ちかけて、オッケーをもらえる自信はまったくなかった。


 晴れ渡ったバレンタイン当日。

 俺も、遥もバレンタインに触れることなく釣りを始めた。

 義理チョコ替わりの針とテグスは、昨日既に貰っていて、遥の中で俺へのバレンタインは既に終わっているようだった。

 終始ご機嫌な遥に、複雑な想いを抱く。

 昼近くなって、少し風が出てきた。

「お弁当、食べる?」

「うん。腹減った」

 遥が、持ってきたお弁当を取り出す。

「あれ? 今日はサンドイッチか?」

 弁当は和食派の遥が珍しいな、と思う。

「うん。ちょっとネタ切れしちゃって」

 遥が苦笑を浮かべた。

「若さのないシブイ弁当ばっかりで、飽きたでしょ」

「遥の弁当は、毎日でも飽きねえよ」

 本音だった。若さがないとかシブイとか、意味がわからない。

 遥の弁当は飾り気は少ないけど彩りは悪くないし、美味い。

 俺は、サンドイッチに手を伸ばしてかぶりついた。

「うん。サンドイッチも美味いな」

「あ、ありがとう」

 遥が水筒に手を伸ばした。

「ココア、持ってきたけど、飲む?」

「飲む」

 湯気の立つ暖かなココアを渡された。

「……珍しいな、ココアなんて」

 これは、チョコレート、だよな?

 ふとそう思った。義理チョコ替わりはもう貰っている。

 だったら、これは?

「サンドイッチだし。寒い時にココアって温まるでしょ?」

 遥の顔は俺から見えない。

「……確かに、温かいな」

 温かなココアを見つめて。確信はないけど。

 俺は、息を整えた。

「遥、あのさ……」

 思い切って、口を開く。

「今日、夕方、水族館に行かないか?」

「水族館?」

「ああ。今日は特別に、夕方から入れるらしいんだ。結構、面白いらしい」

「へぇ。面白そうだね。行きたい!」

 あっけなく、遥は了承してくれた。

 少しほっとすると、「なんか、デートみたいだね」と、面白そうに遥が呟いた。

「……みたいって、なんだよ」

 俺とデートって発想がないのか、と、少し落ち込んだ。



 水族館に行くために、一度家に帰ってから、遥の家に迎えに行った。

 デートと意識してくれないかも、と思っていたのに、遥は、いつもと違う格好で現れた。

 柔らかな卵色のワンピースを着た彼女は、まるで妖精のように愛らしく、しかも、ふっくらとした唇にルージュがのっていて色っぽい。

 タレント事務所にスカウトされたら、マジでアイドルになってしまいそうだ。

 そばにいるだけで胸が高鳴ってしまい、遥が何か話しかけてきても、ドギマギしてしまってうまく話が出来ない。

 遥が俺の為に着飾ってくれたことだけで、俺は舞い上がっていた。

 いつもと違う遥になれないまま、俺たちは水族館にたどり着いた。

 入り口はチケットを買い求めるカップルで混雑していた。

「チケットは、持っているから」

 浩二の雑誌でチェックして、チケットはコンビニで手に入れておいてよかった。

「人が多いから、はぐれるな」

 そう言って、思い切って遥の手を握る。

 思ったよりずっと柔らかく、温かい。

 俺たちは、人ごみを抜け、夜の水族館へ入館した。

 中に入ると、いつもよりは薄暗い照明になっていて、入り口ほどは混んでいなかった。

「手……握ってなくても、もう、大丈夫だよ?」

「暗いし……減るもんじゃないだろ?」

 離したくなかった。

 遥は少し困ったような顔をしたが、それ以上は抵抗しなかった。

 大きなサンゴ礁の水槽にたどり着くと、俺たちはベンチに腰を下ろした。

 遥は、水槽に心惹かれているようで、うっとりと眺めている。

「綺麗だね」

 遥が呟く。俺は、大きく息を吸い込んだ。

「遥……付き合って?」

「どこへ?」

 意を決した俺の言葉に、漫才のようなボケで返す遥に俺は言葉を失った。

「お前、マジか?」

 遥の顔を見た。俺の言葉にびっくりしているようだ。

「もし、わざとはぐらかそうとしているなら、はっきり断れよ」

「え?」

 一瞬の沈黙の後、遥の顔が一変した。

「付き合うって……交際とか、そーゆー意味?」

「夜の水族館で、水槽見ながら言われたら、フツー、そうだろうが」

 朱に染まった遥の顔に、少しほっとする。

「でも、そういうところも含めて、お前が好きだ」

 俺は遥の耳元で囁いた。

「私――私……」

 遥の目から涙がこぼれる。とても綺麗だ。

「糸田が好き」

「うん」

 俺は、彼女の肩を抱き寄せた。

「ココア……くれたから」

 俺はそれだけやっと呟く。

「やっと、言えた。――情けないけど」

「気づいていたの?」

 遥が俺の顔をびっくりしたように見た。

「一度、寸止めで告白しそこねて、でも、お前の様子が全然変わらないから、恐くなって、切り出せなかった」

「うん……」

 遥の涙をふいてやり、俺は彼女の耳にキスをした。

「大好きだ」

 そう囁いて。

 彼女の体温を身近に感じながら、俺たちは水槽を眺め続けた。



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