沢村浩二、ひと肌脱ぎました。

  二月の十三日、俺は昼休みに亮を部室に呼び出した。

 あまりのまどろっこしさについ余計な口をはさんでしまって、ハルを追い込んでしまった罪滅ぼしのためだ。

 しかし。そもそも、何ゆえ、亮とハルは、未だに片思いごっこをしているのだろう?

 正直に言おう。

 少なくとも亮に関しては、中学のころからハルに対して独占欲まるわかり状態だった。

 俺にカノジョが出来るまで、俺は、亮に警戒されていたからよくわかる。

 例えば、塾でハルと話していると、殺されそうな視線で睨み付けられた。

 隣を歩いていたものなら、必ず間に割って入られた。

 ハルの志望校を亮より先に俺が聞いていたことを知られた時、たったそれだけのことで、しばらく口をきいてもらえなかったほどだ。

 ハルのほうといえば、鈍感が服を着て歩いているような女だが、昔から亮には絶大な信頼をよせていた。亮が一緒にいる時は、俺と二人でいる時より表情が柔らかい。永沢みたいな美形が目の前にいても、アイツの目には、亮しか映っていないのは、ちょっと観察すれば誰でもわかるほどわかりやすい。

「浩二、何のようだ?」

「これをやるから、明日にでも使え」

 俺は雑誌の数冊入った紙袋を渡した。

「何だよ? これ」

「デートスポットの情報雑誌だよ。さっさと明日の約束を取り付けて、デートコースでも考えろ」

「は?」

「は? じゃない。バレンタインくらい、好きな女誘って、ふつーにデートしろって言ってんの」

「あれ? あ、そうか。バレンタインって明日だったけ」

 マヌケ面で亮がそう言った。

 明日は休みだから、学校全体は今日がバレンタイン騒ぎだけど。

「俺、何も考えずに釣りの約束してた」

 ぼそっと亮が呟く。

「釣り? 誰と?」

「……遥と」

 俺はいっきに脱力した。亮もハルも、バレンタインなど関係なく、単に天気とか季節とかで約束したのに違いない。

「お前……少しは魚から離れろ。たまには、魚から離れて、ふつーにハルとデートしろ」

 頭が痛くなった。

「釣り以外にでかけないから、釣り友達から抜けられないんだぞ」

「しかし、メジナは今の季節が一番美味いし」

 ぼそり、と亮が呟く。

「好きにしろ……ただし、昨日みたいな顔をハルにさせるな」

「浩二?」

「お前にその気がないなら、アイツに夢中な男は他にもいる。俺はそっちに手を貸すことにする」

 俺自身はハルに恋愛感情はない。

 しかし、友情は感じている。あいつの苦痛な顔は、できればみたくない。

「ずいぶん、お節介だな」

 睨むように亮が俺を見る。警戒されていたころの鋭い眼光。

「……ひと肌脱ぐって、ハルと約束したんだ」

 俺は、紙袋を亮に押し付けた。

「しっかりやれ。ハルもお前の言葉を待っている」

「…魚から離れろ、か。考えとく」

 亮は苦笑した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る