おまけ編
執事とメイドの喫茶店に行ってきました。
玲子を連れて、『執事とメイド』の喫茶店に向かうと、思ったよりずっと、賑わっていた。
糸田の話だと、この時間にはナギはいないのに、男子生徒もたくさんはいっているようだ。
糸田は『山倉がいないし、たぶんこの時間は穴』なーんて言っていたが、女子生徒も結構多い。山倉は確かに人気があるだろうけど、糸田のファンだって多い。
確かに、玲子に会わせようとしている遠山は、正直、人気はないだろうが。そもそも、あいつは地味だから、知名度低い。あ。体育祭では少しだけ目立ってたっけ。
とはいえ。遠山は、イイ奴だ。面白いし、弱小水泳部の中では、唯一、地区大会の上のほうに食い込める可能性を持った選手だし、マジメだ。地味なことをのぞけば、遠山は優良物件だとは思う。
聞いたところでは、遠山は玲子と中学から一緒で、ずーっと片思いをしているらしい。その、あまりに純な一途さにほだされて、ほんの少しでも話す機会を作ってあげようと思ってしまったのだ。
でも、そのせいで、シフトを変えてもらうなど、糸田の手を煩わしてしまった。
私、糸田に甘えすぎているな、と反省する。
そんなことを思いながら、女性用の入り口をくぐろうとしたとき、執事姿の糸田が目に入った。
いつだって、身長の高い糸田は目立つ。
しかし。三つ揃えを着た糸田は、目立つという域を越えていた。
映画俳優みたいだ。
びっくりした。パリッとした黒いスーツ。彫りがやや深めで精悍な糸田の顔と、大きな瞳は、服に全然負けていない。
反則だ、と思う。
糸田は、私と目が合うと、私から視線をそらし、遠山に何か囁いた。
遠山がこちらにやってくる。
ああ、そうか。
私との会話を覚えていてくれて、遠山が自然に玲子のところへ来れるようにしてくれたんだ。本当に、律義だ。
「お帰りなさい、お嬢様」
遠山が顔を真っ赤にしながら、頭を下げる。
糸田ほどではないけれど、三つ揃えを着た遠山は、いつもより格好良く見えた。
きっと、社会人になってスーツ着ると、急にモテたりするタイプなのかもしれない。
「遠山、今日は、カッコいいね」
私の言葉を聞かず、遠山は玲子の顔を見ながら、マニュアルどおりにオーダーをとろうとしているが、言葉が震えている。
アガリすぎじゃないだろーか。
「遠山君、昨日の百メートル走、すごかったねえ。相変わらず、足速いね」
玲子が親しげに話しかける。
中学からの知り合いだから、当たり前か。
「あ、ありがとう」
遠山は耳まで真っ赤だ。
玲子は、遠山の様子に気が付いているのだろうか?
「中学の時から思ってたけど、どうして陸上やらないの?」
確かに、遠山は陸上部でも十分やっていけるだろうなあと思う。が、なんで玲子はそんなことを言うのだろう。
「……考えたことがなかった」
「絶対、もったいないって。遠山君、陸上部のが向いてるって」
「ちょっと、玲子?」
玲子は別段、陸上部ではない。意味がわからない。
「遠山君が陸上部に入ったら、私、ファンクラブ作るわ!」
本気とも冗談ともつかない口調で、玲子がそう言うと、遠山は、顔を真っ赤にして戸惑いながら、引っ込んでいった。
あいつ、マジで、水泳部辞めるかも。
なんか、頭が痛くなってきた。
「玲子、遠山をからかわないでよ」
「だって、遠山君、走っている方がカッコイイじゃん」
私の抗議に、玲子はさらっと言ってのける。
あれ? 意外と脈はあるのかしら。
それとも、玲子のミーハー心をくすぐる何かがあるのかも。
首を傾げていると、糸田がにっこりと笑いながらやってきた。
「お待たせいたしました」
堅苦しくお辞儀をしながら、コーヒーカップが差し出される。
ふと、見上げてると糸田の視線とぶつかり、ドキリとした。
「わお。糸田君、似合うねえ。」
「は?」
「遥もそう思うでしょ? なんか騎士様みたい」
玲子は嬉しそうに糸田を見つめている。
私は、心臓の音が大きくなりすぎて、慌てて視線をそらした。
「遠山君も似合ってたけど、やっぱり、タッパのある人が着ると、正装ってカッコイイわ」
玲子が感心している。
私は、糸田と目を合わさないようにしながら、カップに手を伸ばす。
「う、うん……」
小さくうなずく。一番身近な存在だと思っていた糸田が、映画俳優みたいになっちゃって、どうしたらよいのかわからなくなった。言葉も上手く出てこない。
「大磯、お前、風邪でも引いているのか?」
いつもと変わらない態度で、糸田の手がわたしのおでこに触れる。顔が赤くなったのが、自分でもわかった。
「なんか、熱いぞ? 明日、劇だろ? 無理しないで帰ったら?」
「だ、大丈夫だよ」
熱いのは、風邪じゃない。
糸田はいつだって、心配性だ。
いつもと同じようにしないと、心配かけちゃう、と思うけど、目線を合わせると胸がドキドキしてしまう。
私があまりに不審な様子だったから。心配性の糸田は、私にかまいすぎて、女の子に注意されてしまった。
「大丈夫?」
申し訳ない気持ちで、糸田を見上げる。
ダメだ。目が合うと、平常心でいられない。
「ああ。お前のほうこそ、無理するなよ」
うん、と、何とか頷く。
「では、ごゆっくりお寛ぎください。お嬢様」
糸田が立ち去ると、玲子が私をのぞき込んで、笑った。
「遥って、フォーマルフェチなのね」
は?
「糸田君って、鋭そうで、鈍いのね。あー、面白かった。」
玲子が面白そうに私を見て、笑った。
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