チョコよりメジナに愛をこめて6<如月>
日本の建国記念日は、なんでも神武天皇が即位した日なんだそーな。
二十一世紀になった現在も、記紀時代の記録で休日が決まっているというのが、のどかといえば、のどかである。
女性でごった返すデパートのチョコ売り場の風景も、考えようによっては平和だ。
張り切ってチョコ売り場の戦場に突入する玲子たちを、茫然と見送ると、私は、隅の方で水泳部員用に義理チョコを買った。
釣りクラブの仲間には、チョコじゃなくてテグスや針を渡しているので、他に渡す予定はない。
ひとり、予定より早く買い物を終えた私は、ぶらぶらとフロアを覗いた。
チョコ売り場の隣に作られた製菓用品売り場も、チョコレート一色で、こちらも戦争状態である。
製菓用品側は、ラッピング用品なども売っていて、とても華やかな包装紙やリボンが並んでいる。
――こんな煌びやかなラッピングをした上等なチョコレートを、糸田に渡したら、糸田はなんていうのだろう。
「チョコレート、要らないって、言わなかったっけ?」
と、言われてしまいそうな気がする。それが怖い。
自分が、とても臆病になっていて、些細なことで、泣いてしまいそうな予感があって。
そんなことになったら、糸田に迷惑をかけてしまう。
だから。玲子たちには悪いけど、やっぱりチョコは渡せないと思った。
待ち合わせの時間までの時間つぶしで、製菓用品とは関係ない調理器具をふらふらと眺める。
可愛らしいお弁当箱を眺めながら、結局、『女の子らしい』お弁当を作ってあげなかったなあと自嘲した。
糸田のお母さんは、無事、昨日退院し、お弁当の契約も、昨日で終了した。
おばさんから電話で丁寧なお礼の言葉を頂いたが、当の本人からは、まだ、何も言われていない。
『お弁当のお礼に、キスしてもらったら?』
不意に、ナギの言葉が頭によみがえり、慌てて首を振ってその言葉を追い出した。
チョコレートを渡すだけでも無理っぽいのに、キスをねだるとか、絶対ありえない。
私が、キスって言ったら、シロギスのことだと思われるな。
天ぷらにするとおいしいよねーと、結論付けて終わりそう。まあ、それはそれでいいけれど。
「遥、ねえ、遥」
玲子に後ろから声をかけられ、私は我に返った。どうやら私を捜していたらしい。
「ね、遠山君、どんなチョコが好きなのか、わかる?」
「遠山?」
顔を真っ赤にした玲子に私はびっくりした。
遠山は私と同じ水泳部員で、イイ奴だけど、はっきりいって地味である。遠山は密かに玲子が好きで、仲を取り持ってほしいとずーっと言われているのだけど、何しろ玲子は面食いのミーハーだから、たまーに偶然を装って会わせたりするのが精いっぱいで、それ以上の手助けはできないでいたのだけど。玲子ったら、いつの間に?
そうか。だから、チョコを一緒に買いに行こうって言ったんだと理解する。
「遠山は甘党だから、ブラックじゃなければいいと思うよ」
「遠山君って、意外と子供っぽいのね」
「うん。味覚はお子様だと思う。普段着とかは割と大人っぽいけど」
「――なんで、遥が、遠山君の普段着とか知っているの?」
ムッとした声に、いけないと思いつつ、なんとなく笑えてしまった。心の中で、遠山に良かったねーと呟く。
「部の合宿とか打ち上げのカラオケとかで見るから」
「そ、そうか、そうよね。遥は糸田君がいるものね」
玲子の言葉に、思わず苦笑する。
玲子の中では、私と糸田は既に恋人同士になっているようだ。
「遥は、糸田君に何をあげるか決めた?」
「え? あ、うん……」
曖昧に頷く。
玲子は、くすくすと笑った。
「じゃあ、あとで、バレンタインデート用の洋服も買いに行こうね」
「バレンタインデート?」
「金曜日にアタック成功したら、土曜日はデートよ!」
えっと。告白の結果を待たずに、デートの用意をするって、どれだけ玲子って強心臓なの?
そりゃあ、玲子が告白したら、遠山はオッケーするに決まってますけど。
私はそんな根性ないよ……。あれ?
そういえば、土日……。
「メジナ釣りだ……」
何も考えずに約束したけど。
土曜日はバレンタインデーだった。
たぶん、糸田も何も考えてなかったとは思うけど……。
私と釣りの約束して、本当に良かったのかな?
「もう、遥ったら、バレンタインくらい釣りから離れてよ」
「……そう言われても」
釣り以外で、糸田と出かけた事が皆無だと思い至って。
やっぱり、ただの友達なのかな……。
チョコ戦線に戻っていった玲子を見ながら、製菓用品用に並べられたココアの粉末を手に取った。
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