チョコよりメジナに愛をこめて1<如月>

「ねえ、遥はバレンタイン、どうするの?」

  年明けして間もなく。家庭科の調理実習の試食中に、突然話を振られた。

  何も味噌汁と煮物を食べているときに、チョコの話をしなくても、と、つい思う。

  家庭科実習中は、男女別だから話しやすいっていうのはわかる。

  新学期に入ると、女生徒たちの話題はバレンタインデーのことだ。

  特に来年は高校三年で受験がらみになるから、お祭りめいたバレンタインはなくなる。

 春以降は、恋より勉強。ハイスクールラブに堂々とうつつをぬかせるのは、長く見積もっても、夏休み前まで。

 だからこそ、玉砕覚悟の告白をする女の子も多い。

 今年のバレンタインは土曜日にあたるから、学校はお休み。

 前日アタックかけて、当日デート! って、狙うコも多いらしい。

「どうもこうも、異国の慣習にそれほど興味ないよ」

 私は、気のない返事をする。

「異国の慣習……って、遥ってば、何時代の女なのよ」

 玲子があきれ顔で、私の顔を見る。玲子は美形好きのミーハーで、イベント大好きなタイプ。

 ただ、全然イタくないのが不思議。

 美人だけど、それを鼻に掛ける訳でもない。意外とリアリストだったりもする。

「遥は、彼氏ほしいとか、思わないの?」

 こちらは、志乃しのちゃん。古風な名前に似ず、あけっぴろげで、アメリカンな女の子。

 竹を割ったみたいな性格。笑顔がとてもキュートだ。

「そりゃあ、人並みにはね。でも、相手がいないもん」

 そう言いながらも。不意に糸田のことが頭に浮かび、慌てて取り消す。

「嘘。贅沢言わないの。永沢君のこと、袖にしているくせに」

 久美が、ムッとして私を非難する。久美は彼氏がいる癖に永沢のファンだ。

 しかも、私と永沢をくっつけたがる。意味がわからない。

「やめて。私と永沢君は、なんでもないから。永沢君にも失礼だよ」

 味噌汁をすすりながら、私は首をすくめた。

「遥って、理想が高すぎるんじゃない?」

 久美が口をとがらす。そりゃあ、私が本当に永沢を袖にしているなら、高望みにもほどがありますよ。

 でも。私は無実だと、声を大にして叫びたい。

「ふーん。じゃあ、糸田君は?」

 ニヤニヤと笑いながら玲子が私を見た。

「え?」

 玲子の不意打ちに、私は思わず息を止めた。

 唐突に、糸田の優しい目を思い出し、胸がドキリとする。

 絶句した私を見て、志乃ちゃんと久美がブッと噴き出した。

「えー、そうなのー、知らなかった」

 久美が目を丸くする。

「遥ってば、スゲーわかりやすい。よしよし、おねーさんが面倒見てあげよう」

 志乃ちゃんが私の頭をなでなでしはじめる。

「な、何?」

 戸惑う私を見て、玲子が苦笑した。

「釣り仲間の糸田君には、チョコレートはあげないの?」

「チョコレートは、要らないって言われてるし」

  中学の時、どんなチョコが好きか聞いたら、「義理チョコなら俺は要らない」って、はっきり言われたのだ。

  それで、一応糸田には毎年テグスと針をあげている。

「糸田君、チョコ、食べないの?」

 不思議そうに、久美が聞いてきた。

「嫌いじゃないとは思うけど。あいつ、モテるし。いっぱい貰うから要らないんじゃない?」

 私がそういうと、玲子が眉をひそめた。

「遥、あんた、馬鹿でしょ」

「そうね、本当、馬鹿だわ……」

 志乃ちゃんが玲子と顔を見合わせた。

 ……今の会話で、何か、問題でもありましたでしょうか?

「糸田君は、『義理チョコ』なら要らないって、言ったんでしょ」

「うん」

 私は頷く。

「それ、遥に『本命チョコ』を要求しているのよ」

 玲子は、私を指さしながら、そう決めつけた。


 その日の帰り。私は玲子たちに拉致られ? 学校の近くのファーストフードに連れ込まれた。

 私が糸田と知り合いだということをあまり知らなかった久美を中心に、糸田との出会いから根掘り葉掘り聞かれた。

 ほぼ、尋問である。

「話を聞いていると、あんたら、既に付き合っているよーに聞こえるケド?」

 志乃ちゃんが、呆れた口調でそう言った。

 チキンナゲットをかじっていた私は、噴き出しそうになった。

「な、なんで?」

 いろいろ話したけど、さすがに十二月の釣り会の後、抱きしめられた話はしていない。

 あの事を話したら、この三人の頭の中で、どんな結論がでるかぐらい、想像できる。

 でも。あれはよろめいた私を糸田が抱き留めてくれたにすぎないのかもしれない。

「あんた、帰り送ってもらったりしているんでしょ?」

「……でも、家が近いし」

「しょっちゅう、あんたの家に来るんでしょ?」

「……うちは、お店だもん」

「二人で釣りしているって……」

「釣り場のエリアがいっしょだから、偶然会うんだもん」

 志乃ちゃんが頭を抱えた。

「あのさ。結局、糸田君が遥をどう思っているか、じゃなくて、遥が糸田君とどうなりたいかだよ?」

 久美が、見かねたように口をはさむ。

「……わからないよ」

 あの日以来、それは自分でも何度も考えた。

 糸田は気まぐれで女の子を抱きしめるような人間じゃない。でも。抱きしめられた、と思うのは私がそう考えたいからかもしれない。

 だって。

  年末年始とバイトでいっしょだったけど、今までと変わらない距離感で、いつもと同じように仕事した。

 私は何も言わなかったし、糸田も何も言わない。まるで、何事もなかったかのように、時が過ぎていって。

 それはそれで、私はどこかホッとしていた。

「ねえ、遥」

 玲子が私の手に手を置いた。

「こんなこと、言いたくないけど。バレーボール部で一番チョコをもらうのは、たぶん山倉君だと思うけど、本命チョコが一番多いのは、糸田君だと思うよ」

「え?」

 キョトンとする私に、久美が頷く。

「私、永沢君のファンだけど、好きなのはカレシだよ? 女の子ってそういうのあるのよね」

「……久美みたいなのは、極端だけど」

   志乃ちゃんが呆れてツッコむ。

「遥にその気があるのなら、少しは攻めないと。肉食女子に力押しで持っていかれても知らないわよ」

「……。」

 肉食女子に力押し……。

 堅物の糸田が彼氏候補として人気があるのは……すごく理解できる。

 それに、糸田はフェミニストだから、女の子に迫られたら、振り捨てられないかもなあとも思う。

 もちろん、来たもの拒まずってナンパな男じゃない。でも、一定以上の好意を持った相手だったら?

 事実、前に女の子の告白を自分が断ったことで、相当ダメージ喰らってたし。

 それに。

  糸田に彼女が出来たら、もう一緒に釣りにはいけないのだろうか?

 前に、中野さんの話を聞いた時に、そんな話をしたような気がしたけど……結論は出ていないままだ。

「遥? どうしたの?」

 黙り込んだ私の顔を久美がのぞき込んだ。

「毒が効きすぎたみたいねえ」

 呆れたように志乃ちゃんはそう言うと、私の肩をポンと叩いた。

「顔が青くなっているよ。そんなにとられたくないのなら、もっと自分に正直になりなさい」

 くすりと笑いながら、玲子がジュースを口にする。

「遥は女子力高いんだから。自信もって突撃すればいいの。手伝ってあげるから、私のほうも手伝って」

「……突撃って?」

「いいからいいから」

 何がいいのかわからないまま、話が進められていった。

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