シーバスと俺の魔女10<秋>
そろそろコンビニが見えてきたあたりで、交差点に複数の人影が見えた。
横に、改造車がエンジン音を激しい音を立てながら止まっていた。
「だから、行きません!」
チンピラ風の男ふたり、大磯の前に立ちふさがっている。
エンジンをかけたままの車は無人だ。
信号待ちをしている大磯を見かけて、降りてきたらしい。
他に人影も、車もない。
「いいじゃないか。綺麗な夜景を俺たちと楽しもうぜ」
男の一人が、大磯の腕をとろうとする。
「遥!」
咄嗟に、名前で叫び、走り寄る。
「糸田!」
振り返った大磯が、俺の顔を見て泣きそうな顔になった。
男たちが俺に気を取られたすきに、大磯は俺に抱き付いてきた。
俺は、そのまま男たちを睨み付ける。
自慢ではないが、俺はガタイがデカいし、目つきも悪い。バレーボール部なので、当然、腕は太い方だ。格闘技の経験はないから、実はけんかに自信はない。
でも、なよっちいチンピラ兄ちゃんなら、手を出さずに勝てる自信がある。
睨み合いの結果。
「ちっ」
チンピラたちは、興味をなくしたように舌打ちをして、車に乗って去っていった。
「大丈夫か?」
「……うん。ありがとう」
大磯の身体が少し震えている。片腕を背に回し抱き寄せ、優しく頭をなでながら、落ち着くのを待った。
自分が来るのがもう少し遅かったら、と思ったら、ゾッとした。
「面倒見るって、言ったろ? 遠慮して勝手に出歩くな」
「うん」
彼女の身体の震えがおさまってくると、急に、腕の中にある柔らかな温もりを意識し、胸の鼓動が早くなった。鼻孔をあまやかな芳香がくすぐる。ドサクサにまぎれて、腕に力を込めて引き寄せたくなってしまうのを、必死で自制する。
俺は、名残惜しいのを我慢して、ゆっくりと彼女から身体を離した。
「本当にありがとう」
大磯は身体を離したものの、俺の服の裾を握ったままそう言った。よほど怖かったのだろう。
「まあ、俺、何もしてないけどな」
実際、睨み付けただけだ。
「こういう時は、目つきが悪くて良かったと思うね」
冗談めかして俺がそう言うと、大磯がぶんぶんと首を振った。
「糸田は、目つき悪くないよ……ちょっと眼光が鋭いだけ」
「それって、いっしょだって」
俺が苦笑すると、大磯は不満げに口をとがらせた。
「そんなふうに言っちゃダメだよ」
大磯はそれだけ言うと、黙ってしまった。
せっかくフォローしてくれたことを否定して悪かったなあと思いながら、コンビニへと入り、トイレと買い物をすませた。
「もう、おでんの季節だな」
帰り道。しみじみと俺はそう言って、大磯を見る。
だいぶ落ち着いたようだが、まだショックが残っているようだ。
さすがに、信号待ちのわずかな時間に、車から降りてきたチンピラに絡まれるというのは、予測外だったろう。
「なあ、俺なら魔女をメッタ刺しってどういう意味?」
気分を変えようと、俺は大磯に話しかけた。
「えっと」
大磯は、口元に少しだけ笑みを浮かべた。
「糸田は、自分が好きな女の子を殺そうとした人間に、同情しない気がして」
あまりに突拍子もない意見に、びっくりする。
「コウくんの話、すごく魔女に同情的だけど、お姫様に対して、王子様、愛が少ない気がするのね」
鋭い、と思う。
浩二は、『嫉妬してそれゆえに滅びる女』が書きたかっただけだ。作者自身の姫への愛は全くない。
「永沢君は良くも悪くも博愛だからあれでいいと思うけど。糸田はもっと不器用だと思う」
そういう面はあるかもしれない。同じ状況下なら、俺は、たぶん魔女に同情する余裕がないタイプの男だ。大磯は、俺の性格を見抜いているなあと感心する。
「……意外と、鋭いな」
その割には、俺の気持ちには気が付いてくれないけど。もしかして、ホントは気づいてて、気が付かないふりをしているのだろうか。だとしたら、相当な魔女だ。ま。大磯の天然ぶりは俺以外にも炸裂しまくっているから、それはないだろうけど。
「俺、心狭いからな」
ぼそり、と俺が言うと、そんなことない、と大磯が微笑した。
「お姫様は、幸せだと思うよ」
それなら魔女じゃなくて、姫役ならやってくれるのか? と、つい聞きたくなったけれど。
それを言う勇気はまだ無くて。
「そういえば、剛のファンはどうよ?」
強引に話をそらす。
「ん? なんか、私、大丈夫みたい」
気にしすぎたみたいだわーと、のんきに大磯は笑った。
浩二の言うとおり、『永沢応援モード』なのだろう。ようするに、クラス内公認カップルなのか? それはそれで、ムカツクけど。
「例の、お姫様の子は?」
「うーん」
大磯は首をひねる。
「結構、いろいろ言われたりしているの。助けてあげたいけど、最近、私、あの子に嫌われたみたいで……」
複雑そうな顔をする。
「たまに、スゴイ目で睨まれたりするから。お節介はしないでほしいのかなーって」
「女子の世界は、複雑だな」
「うん。メンドクサイ」
もっとも、大磯が考えているより事態は単純な気がする。
たぶん、藤村は剛の気持ちに気が付いたのだ。
しかも剛ファンは、大磯(というより、剛?)の味方らしいから、藤村は大磯にいい感情が持てなくて当たり前かもしれない。
「そういえば、俺、さっき、スズキ釣ったぞ」
暗闇に浮かび上がる、橋が見えてきたところで、俺は得意げに報告した。
「本当? すごーい!」
大磯は自分のことのように目を輝かせた。
「私も釣りたい! っていうか、絶対釣る!」
橋桁の傍の明かりの下で釣っていた親父さんが、俺たちに気が付いた。
「おーい! 遥、亮君、俺もスズキ、あげたぞー」
得意げに手を振る親父さんを見て、つい、俺は苦笑する。
でも。
何事もなかったわけだし、良しとしよう。
魔女殿も元気になったし。
「どうしたの?」
「……なんでもねえよ」
小首を傾げた大磯に、俺は軽く笑みを返した。
海からの風が、潮の香りを運んできていた。
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