シーバスと俺の魔女9<秋>

 日暮れ前に、俺たちは港湾近くにある公園の駐車場に着いた。

 公園の脇に流れる運河の橋桁のそばが、今日のポイントだ。

 シーバスは照明のあるところへ集まってくる。橋などは、海に照明が落ちる絶好のポイントだ。

 しかも、運河というのは、足場が安定していて、夜でも比較的安全だ。

 夜釣りでは、転落などの危険が増す。それは老若男女問わず、気を付けなくてはいけない。

「あ、白田さん!」

 大磯が駐車場に先に着いていた白田さんに手を振る。

「ごめん、白田ちゃん、うちの娘まで来ちゃって……」

 親父さんが頭を下げる。むっとしながらも、父親に倣って大磯は頭を下げた。

「遥ちゃんなら、大歓迎ですよ」

 にこやかに、白田さんはそう言って、釣り場に移動し始めた。

「でも、遥ちゃんが来るなら、真奈美も連れてこればよかったなあ」

「真奈美ちゃん、最近来ないけど、元気?」

 親父さんがそう言うと、白田さんは首を傾げた。

「元気ですよ。ただ、あいつ、仕事が忙しくて」

 話についていけず、きょとんとしていると、

「真奈美さんは白田さんのカノジョさんだよ」と、大磯が耳打ちしてくれた。

「真奈美さんもうちの常連さんでね、すごい美人なの」

 くすくすと面白そうに大磯はそう言った。どうやら、白田さんは、大磯釣具店で彼女と知り合って交際しているらしい。

「釣具屋でフォールインラブって、フツー、ありえないよね。でも、うちの父さんと母さん、それで結婚したんだけど」

 まあ、あまり恋オチのメジャー店舗ではないだろうな。本屋とか喫茶店パターンはよくみるけど。

 そういえば、大磯の親父さんは、押しかけ婿養子だと聞いたことがある。釣具店に連日通いづめ、おばさんにアタックかけまくったって、親父さん、言ってたな。

 俺も将来大磯の家に婿に入って、釣具店を継ぐってアリかも。幸い、俺は三男坊だし。

 って、俺、今、何考えた? 

 自分の都合のよい妄想に、思わずうつむいた。

 それにしても。

 さっきの大磯の「糸田は一途なタイプ」云々はいったい何だったのだろう。

 魔女をメッタ刺しというのは、俺が王子をやると、バイオレンス・プリンスになるとか。

 いっしょにやりたくないっていう嫌悪感からの意見ではないというのは、なんとなく伝わったけれど。

「糸田君、ルアー、どれがいい?」

 白田さんが、道具箱を開けて、俺を呼んだ。

 俺はルアーをしたことがないので、仕掛けは作ってきたものの、マイルアーは持っていない。

 事前に大磯の親父さんに相談したら、今回は白田さんが貸してくれるという話になっていた。

 大磯の親父さんと大磯は、釣具店の意地? というわけではないが、もちろん自前だ。

「えっと、わかりません」

 たくさんのカラーがあって、形状もいろいろ。

 白田さんが用意してくれたのは、いわゆる小魚の形状をした、ミノーと呼ばれる種類と、アクションを加えて動かすタイプのバイブレーション。

「結局、どれがいいかは、スズキに聞かないと俺にもわからないんだよね」

 白田さんはそういって、苦笑いをした。

「とりあえず、ミノー、使って見て」

「はい」

「亮君は、シーバス経験は?」

「浮き釣りならあります」

「なら、ポイントとかはわかるよね」

 はい、と俺は頷く。シーバスは、照明に集まってきた魚を食べに来るので、明暗の境界線あたりにいることが多い。厳密には、潮の流れなども影響するので、一概には言えないけれど。

「やったー! セイゴだ!」

 俺がルアーを借りている間に、大磯はすでにヒットしたらしい。初ヒットは、セイゴ。シーバスには違いないが、三十センチ以下のクラスだ。(それでも、旨いけど)

「セイゴで喜ぶな、遥。今の季節は、やっぱりスズキを狙え」

 親父さんが重々しくそう言った。


 秋の陽はつるべ落とし。とは、よく言ったもので、気が付くと日は落ちて、どっぷりと暮れていた。

橋に灯りがともり、暗い水面をてらてらと照らしている。

 引きを感じた。

「来たっ!」

 思わず、歓喜の声をあげた。

 竿がしなる。大きい。

 シーバスは、竿を立ててはいけない。えら洗いと呼ばれるジャンプして鈎をはずすという大技をさせないためだ。

 常に糸のテンションを保ちながら、シーバスが引かないタイミングでリールを巻く。

 長い時間をかけ、ゆっくりと、寄せる。引かれたら、リールを止め、竿をしならせる。

 かなりの時間がすぎ、俺は、勝負に勝った。

 ずっしりとした重みを引き上げることに成功する。

「来ました!」

 俺は、釣り上げたサイズをみて興奮した。

 七十近い。

「おっ、スズキ、来たねえ」

 白田さんも興奮している。

「うわー、亮君に先にやられたかあ」

 親父さんは、悔しそうだ。

 釣り上げた興奮を分かち合いたくて、視線を泳がす。

「あれ? 親父さん、遥さんは?」

「ん? あいつ、コンビニ行くって」

「え?」

 親父さんは、気にも留めていないようだ。俺がスズキを釣ったのが悔しかったのか、竿先に意識が集中している。

「ひとりでですか?」

「大丈夫だろ? まだ八時前だ。道路側を通って行くように言っといたし」

 時計を見れば、確かにまだ七時台。心配する時間帯ではないが、夜の帳はすっかり落ちている。

 そもそも港湾部というのは、民家が少ない。夜景を見るために公園にひとはいるだろうが、いちゃつくカップルがほとんどだ。加えて、車は行き交うものの、歩行者は少ない。

 加えて、土曜日の港は、「走り屋」が出ることが多く、大丈夫とはいえない。


 のんきすぎだろ、親父さん。


 あきれた。

 あれほど「女の子は危ないから夜釣り禁止」とか言っていたのに、いざ、釣り現場に連れてきたら、自分の釣りに夢中になっている。大磯も、親父さんに言って出かけるなら、俺にも声をかけてくれたら、ついていったのに、何を遠慮しているだ。

「俺、見てきます」

「ん? ああ、すまんな。さっき行ったばっかりだから、すぐ追いつくと思う」

 と、いうことは、俺にヒットが来ていたから、あいつ遠慮したのか。って、一匹魚を上げる間くらい、待ってりゃいいじゃないか! せっかくスズキを釣ったのに。

 俺は、慌てて道路を走った。直線ではないから、なかなか大磯の背中が見えない。

 いやな予感がした。

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