シーバスと俺の魔女8<秋>

 シーバスは海釣りの醍醐味とも、言われている。

 出世魚で、地域で呼び名が多少違うが、六十センチを超えた成魚をスズキと呼ぶ。

 貪欲なフィッシュ・イーターで、ブラックバスのように小魚を主食にしており、ルアー釣りの対象にもなるので、別名『シーバス』。

 なにせ、大物になると、一メートル越えもある魚だ。しかも、美味い。

 年中狙える魚ではあるが、季節によって釣れる場所が違う。

 昼間も釣れなくはないが、シーバスは夜行性なので、夜明けか夕暮れからのナイトゲーム向きの魚だ。

大磯の親父さんが、俺を誘ってくれたのは、俺と同じ常連である白田さんが、俺と釣りをしたいと言ってくれたかららしい。

親父さんを交えて、喫茶スペースで、釣り談義をしていた時に知り合った人だ。

 年は、二十五くらい。俺の上の兄貴と同じくらいだと思うが、びっくりするほどルアー釣りに造詣が深かった。俺の家族は母親以外みんな釣りをするが、ルアーはほとんどやらない。

 白田さんはルアーを自作するほどはまっているらしい。

 ルアーと言えば、ブラックバスを連想する人が多いが、白田さんはもっぱら海釣り専門だ。もちろん、この地域に住んでいれば、川や湖より、海がフィールドになりやすい実情もあると思う。

 浩二は、俺が『大磯釣具店』の常連なのは、大磯がいるせいだと思っているが(もちろん、それもあるけど)釣りという孤独かつ専門的? な趣味を、心ゆくまで語り合える場所だからだ。

 とりあえず、シーバスのことを考えていると、ここの所のネガティブ思考から、ほんの少し浮上できる。もっとも、釣りのことを考えることでは、大磯を完全に脳内から締めだすことは不可能なのだが。

 正直、文化祭の劇「愛と呪い」は、ネガティブの底に俺を突き落した。

 台本通りとはいえ、大磯と剛は熱く抱擁するし、ふたりの視線が色っぽく絡みあったりした。

 浩二の理想のストーリーは見事に二人に演じられ、観客を魅了した。

 もちろん藤村も愛らしく姫を演じ、王子と姫のラブシーンもあったのだが、俺の主観の問題だろうが、彼女のことは全く頭に残っていない。

 舞台はすこぶる好評で、「あのふたり、スゲー似合っているじゃん」と、うちのクラスでも話題になり、「マジ、恋人じゃね?」的な噂で、もちきりになった。聞いていて嫌になったが、俺は否定できる立場でもない。

 凪が俺に「気にしない、気にしない」と、こっそり耳打ちしにやってくるくらい、態度に出てしまうほどイラついた。

 とにかく、二人の抱き合うシーンは脳内から削除したい。忘れるべきだ。

 だが、思えば思うほど、フラッシュバックしてしまう。

とりあえず、今日は、待ちに待っていたシーバス釣りだ。

部活の練習を終えると、慌てて着替えて、約束の時間より早めに、大磯釣具店に顔を出した。

「早かったね、糸田。今から夕飯だけど、いっしょに食べる?」

 いつもと変わらない大磯が、にっこりと笑いかけた。当然のことながら、化粧っけのない素の大磯だ。そのことに、ちょっとホッとする。

「いいのか?」

 めちゃくちゃ、食べたいのは、本音だけど。(大磯家の飯は美味い)

「親には、コンビニで買うって、金貰ったけど」

 夜釣りに出かける場所は、港湾近くの運河で、コンビニも近い。

「それは、夜食代にすれば? どうせ夜遅くまでいたら、お腹すくよ」

「あ、亮君、上がれや」

 親父さんが奥から声をかけてくれた。

「お邪魔します」

 遠慮なく店の奥にある、住居部分にお邪魔し、台所にあがりこんだ。

 ダイニングテーブルに、大磯の親父さんと、おじいさんが座っていて、おばさんが給仕をしていた。

「何にもないけど」

 おばさんはそう言いながら、俺に椅子をすすめて、美味しそうな親子丼をよそってくれた。

「いただきます」

 大磯とおばさんが席についてから、箸をとった。

 口に入れると卵はふわふわで、だしの味がじんわりと口の中に広がる。

 思わず夢中になって、ごはんをかきこんだ。

「男の子は、よく食べるのねえ」

 感動したように、おばさんが俺を見た。

「す、すみません。すげえ、美味しいんで」

 さすがにガッツきすぎたかな? と反省する。しかし、腹は減っているし、美味いし、箸は止められない。

「糸田、練習帰り?」

「……ああ。一応、大会前だから。」

「夜釣りなんか行って大丈夫? 疲れてない?」

 大磯が心配そうに俺を見上げた。

「……平気だけど」

 なんだかんだといっても、進学校の部活である。いつだって、学業優先。県大会を控えていても、顧問の沼野先生は鬼コーチになったりはしない。他の部活と比較すれば、マジ度がちょっとだけ高いだけだ。

「そういえば、お前も劇の打ち上げじゃなかったの?」

 真面目な剛が、練習を早めに切り上げて帰っていったことを思い出した。

「うん。カラオケは行ってきたよ。用事があるからって、途中で帰ってきた」

 弁当作りたかったしねーと、大磯はニコニコ笑う。

「私帰るときに、永沢君が遅れてきたの。挨拶したら、なんか疲れてたみたいだから、練習きついのかなーって」

 それは、疲れたのではなくて、お前が帰るからがっかりしていたのでは? と、思う。

 思わず、剛に同情してしまった。

「亮君も同じクラスだったら良かったのにな」

 唐突に親父さんが、話に加わってきた。しかも、話の位置が少しずれている。

「そうそう。亮君が王子様だったら、もっと良かったのに。ねえ、遥」

「へ?」

 おばさんの言葉に、俺も、大磯も目が点になる。

「お母さん、変なこと言わないで」

 大磯は、口をとがらせて、抗議する。

「私、糸田が王子だったら、魔女なんて絶対やらない」

 そう断言した。


 なんだよ、それ。


 さすがに、ムッとする。そう思われていても仕方ないが、面と向かって言われたくない。

 おばさんは、俺と大磯の顔を見比べて、オロオロしているのだろう、目が泳いでいる。

「……安心しろ。俺を王子にする奴なんて誰もいないから」

 冷静になろうと努めながら、俺は大磯にそう言うと、おばさんにお礼を言って、席を立った。

 すると、大磯が慌てた。

「ごめん、違うよ。そう言う意味じゃないって」

「気にするな。剛の王子を見た後で、立候補するほどアホじゃないし、もともと柄じゃないことは自分が一番よくわかっているから」

「……だから、そう言う意味じゃないって!」

 俺は、親父さんに釣り具を見てますと言い置いて、台所を出た。

 大磯が、俺の後を追いかけてきた。

「待ってよ。王子様が似合わないとか、そういう意味じゃないって」

 俺は首を振った。正直、その部分はどうでもいい。大磯が俺とやりたくないと言ったことがショックだったのだから。

「糸田が、王子様だったら……魔女はきっとメッタ刺しにされるもの」

 大磯が、ボソリと呟く。

「は?」

 予想外の言葉に俺は思わず聞き返した。

「糸田は一途なタイプだから」

 大磯はそれだけ言うと、顔を真っ赤にして、奥へ引っ込んでいった。

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