シーバスと俺の魔女7<秋>
俺たちの学校には、なぜか講堂があって、文化祭はそこで行われる。
音響設備も良く、座席も良い。しかし、ここまでの施設が本当に必要かどうか、いまいち謎だ。
「糸田君」
クラスで決められたシートに腰を下ろしてのんびりしていると、凪から声をかけられた。
「ん?」
見上げると、大きな段ボールを手にしたナギが目に入った。
「ちょっと、手伝ってもらってもいい?」
凪はクラス有志として、劇と劇の幕間の朗読コーナーに登場する。たぶん、そのための小道具なのだろう。
凪ならどの男子でも喜んで手伝うだろうが、彼女はたいてい俺を指名する。
深い意味はなく、単純に他の男子と係るのが面倒なだけだ。俺と凪の間に友情以上の関係は全くない。たぶん、凪が俺を頼るのは関係性がはっきりしているからだ。
まあ、そのせいで、他の男子に恨まれている気もしなくもないが。
「何?」
「荷物を舞台の裏に運ぶの。」
「わかった。」
俺は、自分の荷物を置いて立ち上がり、凪の持つダンボールを持った。
そのまま、凪と並んでホールの裏側へと続く通路へ向かう。
「ね、糸田君、シーバス、釣りに行くってホント?」
こそり、と小さな声で囁くように聞く。俺は思わず周りを気にする。
話の内容に色気はなくとも、誤解されそうなしぐさだ。
「ああ。大磯の親父さんに誘われた」
「遥に聞いたわ。いいなー」
「ナギちゃんなら、専用のボディガードがいるから、その気になれば、夜釣りいけるだろ?」
「たぶんね。でも、大ゴトになりそうだもん」
凪は苦笑した。お嬢様にはお嬢様の事情がありそうだ。
「こっちこっち。ごめんね、持たせちゃって」
「別に。どうせ、暇だし」
中身は、本だろうか。思ったよりは重量があるが、別にたいした重さじゃない。
俺たちは、荷物を抱えたまま搬入用倉庫と書かれた扉をくぐった。
ちょっと暗めの照明の部屋に、たくさんの荷物が置かれている。
大きな棚に、クラスナンバーを振ったプレートが貼ってあった。2-Cと書かれた場所に荷物を担ぎ上げ、載せる。
「載せたけど、ナギちゃん、これ、降ろせる?」
「……うーん。たぶん、大丈夫だと思う」
凪が頷くのを見ながら、荷物の位置を直して、俺がのびを一回すると、ガチャリ、と、倉庫の扉が開いた。
「あれ?」
聞きなれた声に振り返ると、黒いドレスを身にまとった妖艶な魔女が立っていた。
長袖で長い丈のスレンダーなドレス。サテン地で作られた柔らかなその服は、肌を露出していないにもかかわらず、身体のラインを美しく描いていて、とてもセクシーだ。
「わお。遥、めちゃ綺麗!」
「お、大磯?」
凪に言われてみて、ようやく気が付いた。メイクのせいで随分大人びているが、間違いなく、大磯だった。
女は化ける。
もともと、大磯は美人だと知っているが、こんなに背筋がゾクリとしたのは初めてだ。
「二人とも、どうしたの?」
「朗読に使う道具を持ってきたの」
身体が金縛りにあったように動かない。
「遥、化粧、すごく色っぽい」
「そ、そうかな。玲子がやってくれたんだけど、変じゃない?」
「凄くきれい。写真撮りたい! ね、糸田君」
そこで、俺に振る? どう答えればいいのか、頭が真っ白になる。
「えっと。……似合うと思うぞ」
なんとかそう言うと、大磯は少し顔を赤らめ、でも、ちょっと複雑そうな顔をした。
「……魔女姿が似合うといわれても、素直に喜ぶべきか、悩むなあ」
「喜べば?」
凪がニコニコと笑っている。
「糸田君、固まるくらい、遥に見とれているんだし」
「な?」
凪の不意打ちの言葉に、思わず顔が熱くなった。
浩二が言ったとおり、こうしてみると、大磯は魔女に見える。男を思いのままに手玉に取る魔女だと言われれば、そのとおりだと頷きたくなる。
まさに魔性の女だ。色香がハンパじゃない。
「大磯さん」
開きっぱなしだった扉からひょいと、剛が顔を出した。
「あれ? 亮?」
俺に気が付いて、剛は不思議そうな顔をした。
剛は、白い軍服っぽい正装だった。衣装係がさぞや気合を入れたのだろう。随所に、豪奢な金糸の縫い取りがある。
いわゆる少女漫画の世界から抜け出てきたような、王子の服装だ。花を背景に背負っているかのようだ。
「剛、それ、似合いすぎ」
「……素直に笑ってもいいけど」
剛は苦笑いを浮かべる。剛は見かけによらず実直な奴だから、この格好は相当恥ずかしいのだろうなあと思う。
だが、男の俺が見てもため息が出てしまうほど似合っていた。この姿を見たら剛のファンは増大するだろう。
こんな剛を間近に見ているのだから、大磯が執事の格好したマフィアみたいな俺を見て驚くのは当たり前だ。
勝負にならねえな。
ネガティブ思考にとどめを刺された気分だった。
素材の違いを見せつけられたとは、このことだ。
「糸田君?」
凪が不思議そうに俺を見上げる。
なんでもねえよ、と俺が言うと、可愛らしく首をすくめた。
「どうしたの? 永沢君」
大磯が剛に顔を向ける。
「ああ。沢村が呼んでる。最終チェックだって」
「げ」
大磯は、露骨に嫌そうな顔をした。芝居に対しての沢村の情熱とこだわりは、普通じゃない。俺が想像するより、もっと面倒くさい注文(いちゃもん?)をつけているに違いない。
「まだ早いじゃん……」
ぶつぶつと不満を垂れ流す大磯を、剛はまあまあと、とりなす。
まるで、仲の良いカップルのようだ。
悔しいが、似合っている。口をはさむ隙もない。
「ナギちゃん、俺、そろそろ戻るけど……」
「え、あ、うん。ありがとう。私もすぐ戻るから、先生が来たらそう言って」
わかった、と手を上げた。
できるだけ剛と大磯のほうを見ないように、凪に笑みを向けた。
「じゃあな」
誰に、というわけでもなくそう言うと、俺はそこを出てそのまま席に戻った。
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