シーバスと俺の魔女6<秋>
透き通るような青い空。
さわやかな秋空の中、俺は憂鬱な一日を過ごした。
体育祭は嫌いだ。
何が嫌だって、クラス対抗だからだ。
そして、自分じゃない誰かを必死に応援している大磯の声を聞き分けてしまう自分が、何よりも嫌だった。特に、リレー時に、俺じゃなくて剛を応援している姿にへこんだ。
そんなことでへこむ自分が、アホなのはわかっている。
結論を言えば。
俺と剛の体育祭の対戦成績は二勝一敗で終わった。
クラスの成績は、校内で3位。好成績でクラスメイトは皆満足したが、俺は精神的に疲れた。
つきあってもいないくせに、俺は、嫉妬深く、被害妄想も大きい。ひょっとした、ストーカーの危険度の高い人間なのかもしれない。反省はしている。
「糸田君、ひとりなの? 一緒に帰らない?」
駅のホームで電車を待っていると、クラスメイトの
なんとなくノーと言いづらい。
長いくせっ毛をポニーテールにしている。成績優秀、スポーツ万能。おまけに、美人だが、プライドがとても高い。しかも、結構、毒を吐く。
正直、苦手なタイプであるが、何故だか、やたら絡まれる。
適当に頷いて電車をイライラしながら待っていると。
「亮、女連れって珍しいじゃん」
と、浩二の声がした。
振り返ると、浩二がニヤニヤ笑っていて、隣で大磯が俺を見ていた。
一瞬、誤解されたのではと焦るが、妬いたりは……してくれていそうもない。
「誰かと思ったら、柳か。不思議な組み合わせだな。お前らクラスメイトだったっけ」
少しつまらなさそうに、浩二が言う。
そもそも、浩二はついこの前も、俺が大磯に気があることを確認するようなことをしているのに、大磯の前で、誤解をあおるような言動はやめてほしい。
「そう言えば、柳は、去年は浩二と同じクラスだったな」
俺がそう言うと、柳が頷いた。
「彼女は、沢村君のカノジョ?」
柳は、大磯を見て、そう聞いてきた。
「絶対違う」
浩二は、瞬間で迷いなく断言し、大磯は思いっきり首をぶんぶんと振った。
「こいつはただの幼馴染」
「こんな鬼畜な彼氏はいりません」
「あら、そーゆー切り返し、少女漫画なら王道カップルまっしぐらよ」
二人の答えに、柳がそう言うと、俺を含めて三人の目が点目になった。
いや。それだと、俺も困る。冗談でもやめてほしい。
確かに、幼馴染が恋人同士になるって、定番だ。柳の何気ない言葉に、俺は静かに動揺する。
ところが、一瞬の沈黙の後、大磯が爆笑した。
「面白―い。柳さんだっけ。そんなこと言う人、コウ君以外にもいるのねえ」
大磯は、ツボにはまったらしく、バンバンと柳の肩を叩きながら、笑い続ける。
「すごい美人さんで、とっつきにくそうなひとに見えるけど、面白い人だね」
それは、どっちかというと、お前のことだろう、と俺は内心ツッコむ。
柳は、あまりのことに固まっている。こんなふうに言われたことがないのだろう。
「私、大磯遥。今日、体育祭で、同じ走り幅跳びだったね」
にっこり笑う。
完全に大磯のペースだ。
さすがに小さいころから店の看板娘だけあって、コミュニケーションのイニシアティブをとるのが天才的に上手い。
「柳さん、何部なの? 幅跳びのフォーム、すごくきれいだったけど?」
「そ、そうかな? 私はテニス部だけど……」
柳が毒を吐く暇もなく、大磯に押されている。俺が黙ってみていると、浩二がクツクツと小さく笑った。
「女王様でも、魔女には翻弄されるらしい」
俺だけに聞こえるように浩二が呟く。
なるほどね。確かに柳は女王様タイプだ。大磯は何度言われても魔女とは思えないが。
だが。大磯と柳が親しげに話すのを見ながら、少し疲れを感じた。
こいつ、俺が他の女と一緒にいても気にしないな。
妬かないまでも。仲を疑ってからかうとか、そういった反応すらない。俺に興味がないのかもしれない、とまで考えて、頭を振った。
だめだ。今日一日、くだらないことで嫉妬をしまくっていたせいか、どんどんネガティブになっていく。
俺はこっそりため息をつき、三人が話しているのをぼんやりと聞いていた。
『執事とメイド』の喫茶店は、教室の入り口を、女性用の入り口と、男性用の入り口に分けている。中に入ってしまえば、ただの机といすが置かれた喫茶スペースだが、男性用の入り口にはフリフリのメイド服の女子が、女性用の入り口には三つ揃えを来た執事の男子が出迎える。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
最初は恥ずかしくて言いたくなかったが、途中から開き直った。
躊躇っていると、柳に注意される。メイド姿であるけれど、態度はほとんど女中頭だ。
『執事とメイド』の喫茶店は、そこそこ盛況だ。
なんといっても、服装が本格的だから、その辺のウケもいいらしい。
ふと、入り口を見ると、大磯と、鈴木玲子の姿が見えた。
大磯は、俺のほうを見て、びっくりしたような顔をした。
執事の格好をした俺は、そんなに変なのだろうか。……確かに変だろうな。きっと、マフィアにでも見えたのだろう。
軽くへこむ。俺は、首を振った。
そばに行く気力が失われた。
「遠山、お前、行けよ」
俺は遠山の背を押してやった。もともと、そのつもりだったが、昨日からのネガティブ思考が払拭されていないのも事実だ。
おどおどしながら接客に行った遠山だが、もともと大磯と親しいから、会話は弾んでいるようだ。遠山は顔を紅潮させながら鈴木の顔を見つめている。
彼女もまんざらではないらしく、にこやかに話をしていた。
しばらくして戻ってきた遠山は、オーダーを裏方に伝えると耳まで真っ赤にしていた。
「糸田、悪い。コーヒー、お前、持って行って」
シャイな遠山は、もう一度、二人の傍に行くことができないらしい。って、お前、クラス中の人間にお前の気持ち、バレるぞ。
ツッコミどころ満載だが、気持ちがわからないでもないので、俺は大磯たちのテーブルにコーヒーを持っていった。
「お待たせいたしました」
堅苦しくお辞儀をしながら、コーヒーカップを差し出すと、鈴木が目を丸くした。
「わお。糸田君、似合うねえ。」
「は?」
「遥もそう思うでしょ? なんか騎士様みたい」
騎士じゃなくて、執事だって。
そうツッコミたいのを我慢して、大磯を見ると、大磯は視線をそらした。
「遠山君も似合ってたけど、やっぱり、タッパのある人が着ると、正装ってカッコイイわ」
意外すぎる褒め言葉に、俺が反応に困っていると、大磯は目を合わさないようにしながら、カップに手を伸ばした。
「う、うん……」
らしくなく、小声で呟く。少し顔が赤い。こんなに反応の鈍い大磯は見たことがない。
「大磯、お前、風邪でも引いているのか?」
つい、素に戻って、大磯のおでこに手を当てた。なんだか更に顔が赤くなったような気がする。
「なんか、熱いぞ? 明日、劇だろ? 無理しないで帰ったら?」
「だ、大丈夫だよ」
大磯はそう言うと、コーヒーを口にする。
「お前、いつも、ぶっ倒れるまで動いているだろ?」
つい、説教を始めると、
「糸田君、なーにサボっているの!」
パチコーンと、背中を、柳に叩かれた。
「痛ぇ。手加減しろ」
俺が抗議をしても、柳は知らん顔で、接客を始める。見栄えがいいので、男の客は柳が出ていくと、みんなヘラヘラしている。知らないことは恐ろしい。
俺は、ふーっとため息をついた。
「大丈夫?」
大磯が心配げに俺を見上げる。紅潮した顔が滅茶苦茶、可愛くて、心臓が止まりそうになる。
「ああ。お前のほうこそ、無理するなよ」
俺はそう言うと、一応、『決まり事』となっているセリフを、お辞儀しながら言う。
「では、ごゆっくりお寛ぎください。お嬢様」
大磯は最後まで会話らしい会話をしなかった。俺は首を傾げながら定位置に戻る。
あんなに無口な大磯を見たのは初めてだ。本当に大丈夫だろうか。
「どうした? 糸田」
遠山に声をかけられ、俺は首を振った。
「いや。大磯、風邪でも引いたのかなあと思っただけだ」
「ん? さっきはふつうだったと思ったけどなあ」
遠山は首をひねったが、お前は大磯なんか見てなかっただろう、と突っ込みたくなった。
「ところで。糸田、もう少し気を付けないと、クラス中にバレルぞ」
遠山が、こっそりと囁く。
「何が?」
「お前、遥に惚れているだろ?」
ぼそっと、言われた。
「今の見てたら、誰でもわかるぞ」
お前にだけは言われたくないわ!
と、思いつつ、俺は顔を思わずそむけたのだった。
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