カサゴは鍋に。想いは星に7<師走>

 たくさん釣れたカサゴは鍋とお刺身に。アイナメはから揚げと煮つけ。

 糸田達が釣ったカワハギもお刺身にした。

 川村さんも含めて、みんなで、食卓を囲む。

 今日のような釣果が上々の日は、会話も弾む。

「これ、スゲー美味しい」

 永沢の箸が止まらない。どんなに二枚目でも、体育会系の男子だ。バカみたいに食べる。

「自分で釣ると、格別でしょ?」

「うん」

 頷いて。

「それにしても、遥ちゃん、料理上手だね」

「ありがとう。永沢君に褒められるとうれしいな。由紀子ちゃんみたいに、器用じゃないから」

 くすり、と笑いかけると、何故だか、永沢が真っ赤になった。


  ん? 私、変なこと言ったかな?


「遥、雑炊作って」

 糸田がシメを要求する。気が付くと、鍋はほぼ空。

 川村さんも含めて男性が四人もいると、食べる量が半端ない。

「わかった。まってね」

 お鍋の具をさらえ、ご飯を入れ、卵をふんわりと流し込む。少し蒸らせば、完成!

「うわあ、ふんわり卵。お出しがきいてて美味しいです!」

 由紀子ちゃんがうっとりと頬張る。

 永沢も、由紀子ちゃんも、初めての釣りを心行くまで堪能してくれたみたいで、幸せな気分になった。


 瞬さんから、迎えに行くのが遅くなるという連絡が入ったので、永沢兄妹はうちのお父さんが駅まで車で送ることになり、塩野兄妹も川村さんの車で帰っていった。

 後片付けが終わると、糸田は大きな荷物を抱えて、懐中電灯を片手に私を外に誘った。

「何?」

「ちょっとだけ。来いよ」

 糸田は、西側の空が海と溶け合う堤防のそばの空地へ私を連れだした。

 穏やかだった一日が終わり、星が輝き始めている。キラキラと輝く夜空を楽しむには、かなり寒いけど。

「天体望遠鏡?」

「ああ。誠兄ぃから借りてきた」

 誠さんは、糸田家の長男で、糸田の五つ上のお兄さんだ。糸田は慣れた手つきで、三脚を組み立てていく。

「お前、この前、白鳥座に願い事してただろ?」

「へ? あ、うん」

 糸田を元気づけたいと思って、そういえばクリスマス十字の話をしたっけ。

「北十字そのものより、遥の願掛けにピッタリのもの、見せてやるよ」

 天体望遠鏡をセッティングすると、糸田は私に見るように促した。

 なんのことだかわからずに、私は覗きこんだ。


 何? これ……


 金色の星と青い星が寄り添っている。漆黒の宇宙に輝く美しい二つの星。

「アルビレオだよ。宮沢賢治の、銀河鉄道の夜にも出てくる。『北天の宝石』だ」

 あまりに美しい輝きに私は言葉を失う。

「綺麗……」

 うっとりと呟く。

「綺麗だろ。肉眼だと一つに見えるけど、本当は二つの星だ。遥の願掛けにぴったりだと思って」


 私の願掛け?


 そういえば。「素敵な恋」をしたいって……。糸田が告白された後だったから、あの時、ついそんなことを口走ってしまった。

 急に恥ずかしくなって、天体望遠鏡から離れようとして。

 真後ろに立っていた、糸田の大きな体に抱きとめられるようにぶつかった。

「ご、ごめん」

 あわてて、離れようとすると、糸田の大きな腕が後ろから私の身体を抱き寄せた。

 頬が触れるあうほどに近い。背中に糸田の温かいぬくもりを感じて。

「遥」

 私の心臓は早鐘を打ち、今にも壊れそうになって。頭の中まで真っ白になる。

 海のさざ波の音の中で、糸田の低い声が私の耳元で響く。

「俺……お前が……」

 次の言葉が唇にのぼる前に。

 チャラララララララー

 物憂げで退廃的な、しかも美しいメロディラインの電子音が漆黒の闇に流れ始めた。

「ゴットファーザー?」

 つい、口にした。静けさの中。極度の緊張を強いられた私の頭の中で、マーロン・ブランドがパーティを始める。

 私の背中で、糸田が大きくため息をついたのがわかった。

「はい。俺だけど……」

 電話をとって、糸田の身体が私から離れたけれど。私はまだ、頭の芯がぼうっとしていた。

「……。まだ、何もしてねーよ」

 糸田の声がイラッとしている。

「はい?……わかったよ。すぐ行く。遥も一緒だから。」

 糸田は電話を切りながら、バカ兄貴と、小さく悪態をついた。

 そして、そのまま天体望遠鏡を大慌てで片づけ始める。

「あの……?」

 事情がわからず、私は呆然とする。

「瞬兄ィが、彼女を遥に紹介したいらしい。すぐ来いって。」

「瞬さんが? 彼女を私に? なんで?」

 混乱する私に、糸田が首を振る。

「……俺に聞くな。今度は本気ってことじゃねえの。行くぞ」

 慌てて走り出す糸田の後を、私はとまどいながら追いかける。

 海に沈む白鳥座の首に、アルビレオが輝いていた。


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