シーバスと俺の魔女1<秋> 

※サバ→コイの真ん中の話になります。

※糸田亮視点です。


「すまん、遅くなった」

 文化祭の劇の練習で一時間遅れて、部活にやってきた永沢剛は、見るからにご機嫌だ。

「ずいぶん、ご機嫌だな」

 俺、糸田亮は、ストレッチを始めた剛に声をかけた。

文化祭準備期間中は、運動部は全体的に練習が控えめになる。

俺たちバレーボール部は、県大会を控えているからまだマジメなほうだ。

 もともと学校の方針もあって、クラスの出し物の準備のほうが優先されていることもあり、いつもは各部がひしめく体育館もグランドも使いたい放題状態だ。

「ん、そうかな」

 剛は、適当に相槌をうつが、妙に楽しそうだ。

「剛君、王子様だってね。王子様役って、やっぱり嬉しい?」

 マネージャーの中野がくすり、と笑う。

「王子様?」

 俺が首を傾げると、剛は笑った。

「一応ね。ガラじゃないだろ?」

 苦笑を浮かべながら、剛はそう言った。

 ガラじゃないって、ことはない。

 剛はいわゆる優男で、爽やか系のアイドルみたいな顔をしている。

 性格だって、裏表もないし、人当たりがよい。

 そういえば、あいつも、『永沢君はカッコよくって、性格もいいと思う』って言っていた。

 とにかく女子にモテるのは間違いない。

「王子ってことは、お姫様とか、いるわけ?」

 山倉が口をはさむ。

 そうか。相手が可愛い子だったら、機嫌も良くなるのは納得だ。

「いるよ。藤村沙織ふじむらさおり

「へぇ。まあまあじゃん」

 俺は聞いたことがない名前だったが、山倉の反応からみて、可愛いのだろう。

 山倉はモテるせいか、女性の外見に煩い。

「念のため言っとくけど、俺、本当は魔女の使い魔に立候補してたんだからな」

 剛はそう言いながらも、終始、笑顔のままだった。



「いらっしゃい」

 部活の帰り道、釣具店に顔出すと、すでに帰宅していた同級生の看板娘の声が出迎えた。

「メンテナンスに出してた竿、取りに来た」

 俺の顔を見て、カウンターの向こうに座っていた大磯遥はにっこりと笑う。

 飾り気のない長袖のTシャツに短パンの上にエプロンをつけている。どうってことのない格好だが、大磯のスタイルの良さが際立つファッションだ。

「出来ているよ。ちょっと待ってて。お父さん! 糸田の竿!」

 カウンターの後ろに大磯は声をかける。

 声はアルト。可愛い声とは言い難いが、耳に心地よい柔らかさがある。

 ボーイッシュなショートカットが良く似合う。性格はサッパリしていて、明るく快活で、姉御肌。大きくて切れ長の目がやや吊り目なのと、顔立ちが整いすぎていることもあり、第一印象では、とっつきにくく感じる。

 大磯が、『自分はモテない』というのは、そのへんに理由がある。知らない人間が気楽にナンパできる雰囲気の女の子ではない。

 実際には、本人が知らないだけで、大磯はモテる。顔と性格のギャップにやられる男子も多い。

「悪い、亮君、少し待っててもらえるかな」

 大磯の親父さんの声が奥から聞こえてくる。

 別に急ぎの用事があるわけでもない。俺がわかったというと、大磯に店の奥の小さなテーブル席に座れと案内された。

 大磯釣具店が、普通の釣具店と違うのは、店の隅に小さな喫茶スペースがあるところだ。

 主に、大磯の親父さんと常連客が釣り談義をするためだけに使われるのであって、一般のひとがお茶に立ち寄ったりするようなことは、ほぼ、ない。

「コーヒー、紅茶、どっちにする?」

「……俺、今日、あんまり金がない」

 竿のメンテナンスはそこそこ金がかかる。こずかい前のこの時期、缶コーヒーだってキツイ。

「メンテの学割サービスだよ。糸田から金取ったら、お父さんから怒られる」 

「じゃあ、コーヒー」

 遠慮なくそう言うと、ニコリと大磯は笑う。

 思わず胸がドキリとした。こいつの笑顔は、破壊力がある。油断していると魂を持っていかれそうだ。

「糸田、クッキー食べる?」

「クッキー?」

「うん。明日、学校に持っていくつもりで焼いたんだけど」

 なんでも、女子の間でこっそり手作りお菓子を持ち寄って、劇の練習の合間に親睦を深めるためにお茶会をするらしい。

「毒見か?」

「味見と言って下さい」

 ほんの少し口をとがらせながら、大磯は皿にシンプルな星型クッキーを五枚ほどのせ、サイフォンで抽出したコーヒーをカップに注いで俺の前に差し出した。

「悪いな」

 とりあえず、礼を言って、クッキーに手を伸ばす。バターの香りがして、サクッとした歯ごたえ。口の中に広がる上品な甘さが、なんともいえずいい。

 大磯が真剣な目で、俺を見つめ続けている。

「美味いよ」

 あまり見られると居心地が悪い。

 言いつつ、コーヒーカップに手を伸ばして、思わず視線から顔を隠す。

「本当?」

 大磯が無意識にカウンターからこっちへ身体を乗り出す。あまりの顔の近さに、思わず身体が固まってしまう。

「嘘を言っても、俺、何にも得じゃないし」

 俺がそう言うと、ホッとしたような顔をした。

「ありがとう。お菓子って、初めて作ったから」

「そうなのか?」

 意外だった。

 大磯は、料理、特に魚料理は、料理人並みに作る腕前を持っている。

 クラスの女子がよくお菓子を持ち寄ったりしているのを見ていたから、料理をする女子はお菓子を作るものだと思っていた。

 そう言えば、こいつがスイーツ談義をしているところを見たことがない。甘いものが嫌いって訳ではなさそうだが、それ程までに執着はないのかもしれない。

「本当は、面倒だけど。立場上、みんなの機嫌もとっといたほうがいいかなって」

 いつになく、大磯の歯切れが悪い。

「そういえば、お前のクラス、剛が王子だって聞いたけど?」

「それが問題なのよ」と、大磯は頷きながら、困った顔をして口ごもる。

「お姫様はお前じゃないだろ? 何を気にしているんだ?」

「コウ君が……」

 大磯がコウ君と呼ぶのは、俺の中学からの親友の沢村浩二さわむらこうじ

 大磯とは幼稚園からの付き合いらしい。学区が微妙に違うため、小学校も中学も違うが、学習塾とかスイミングスクールなんかが一緒だったという、いわゆる幼馴染だ。

「浩二がどうかしたのか?」

 現在、浩二は大磯と同じクラスだ。

「劇の脚本、コウ君が書いたんだけどね。私が魔女じゃないとダメって言い張って」

 浩二は現在演劇部に所属している。自分で脚本と演出をして、先日、賞をもらったと聞いている。

 そんなこともあり、文化祭の劇に参加することになった大磯のクラスは、浩二に全てを委ねたらしい。

「王子に横恋慕して、王子の婚約者の姫を殺そうとして、王子に退治される魔女なんだけど」

 大磯は不服そうに首を振る。

「なり手がいないと困るからなんだろうけどね。セリフは多いし、長いし、出番も多いし。一番困るのは、ずーっと永沢君といっしょなんだよね……」

 本当に困る、と大磯は眉を寄せる。

 なるほど。それで『みんなのご機嫌』なのか。

「脚本、みせてもらってもいい?」

「いいよ。後でセリフ合わせ、手伝ってくれるなら」

 大磯はそう言って、雑誌の上に置かれていた手作りの台本を投げてよこす。

 パッと大きな文字が目に入った。

『愛と呪い』

 昼ドラか?

 凄いタイトルだと思った。

 ページをめくっているうちに、浩二の書きたかったヒロインが、『婚約者の姫』ではなく、『魔女』だと気が付く。

「……あいつ、六条御息所のファンだからなあ」

 思わず俺は呟いた。

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