カサゴは鍋に。想いは星に6<師走>

 お昼を食べ終わると、私は自分の竿を出した。

 由紀子ちゃんは、ほぼ自立できそうなので、ひょいっと、自分のお気に入りのポイントに移って釣りを始める。

 当たりはすぐに来た。ぐぃっと、激しい引き。


 よっっしゃあ。


 リールを巻き上げようとした瞬間。

 ふと、ナギと談笑する糸田の姿が目に入った。どうってことのない、いつもの風景なのに。

 キュンと胸が痛む。


 しまった。


 上げるタイミングを逸して、魚が根に潜ってしまった。糸がピンと張り切ってしまう。

「遥先輩?」

 心配そうに、由紀子ちゃんが声をかけてきた。

「大丈夫。少し、ドジッたけど。大丈夫だよ」

 少し気持ちを落ち着かせ、待つ。少し移動しながら竿をやや突き出して、横に倒す。タイミングを見計らいリールを巻き上げた。

「お、重い、かも」

 ひょっとして、根がかりしてしまったのかと思う。しかし、大きな背びれの魚影が見えた。

「来た! カサゴだ!」

 頭が大きく、頭部と背びれに鋭い棘。黒褐色の体で、まだら模様の魚に、私は歓喜した。

 手を怪我しないように慎重に取り込み、ガッツポーズをする。

 糸田とナギのほうに目をやると、二人で私にVサインを送ってくれていた。なんとなく、複雑な気持ちがしなくもないけれど、大きく手を振ってみせた。

 ――集中! 集中!

 大きめの型が釣れた場所は、まだ釣れる可能性が高い。

 私は、心頭滅却して、爆釣りモードにはいった。


 日が落ちる前に、釣り道具をしまい、私たちは料理を始めた。

 今日の釣果は上々。私も、カサゴを4匹。アイナメ3匹上げた。他のみんなも、それぞれ、夕飯で食べる他にお土産で持って帰れる量をつりあげ、永沢兄妹は、二人ともスジの良さを見せつけた。

 後で聞いたら、永沢は、イソメも何もかもヘッチャラで、ずいぶんおおはまりしたらしい。

「遥、こっちのおなべ、そろそろいいよ」

「わかった。あ、永沢君、川村さんと一緒に、机出しといて。川村さんに聞けばわかるから」

 私は、煮魚をしあげると、盛り付けを由紀子ちゃんに委ねる。

「揚げ物、私やるから、ナギはちり鍋をお願い」

 一応、料理を出すこともあるので、うちの調理場はそこそこ大きい。永沢と川村さん以外は、厨房で作業に没頭する。

「糸田先輩も、保さんも、お魚、捌くんですねえ」

 由紀子ちゃんが感心する。

「うちのお兄ちゃんは、全然できないです」

「ふたりとも、釣り人だからじゃない?」

 私がそう言うと、ナギが首を振る。

「兄さん、うちではほとんどしないよ。糸田君に負けたくないから、やっているだけ」

 クスクスと笑いながらそう言う。

 保さんはイイトコのご子息様だもんね。料理人も確かいたはずだし。

「由紀子ちゃん、今日はどうだった?」

「すごーく楽しかったです! また来ていいですか?」

 ニッコニコの笑顔の由紀子ちゃん。すっごく可愛い。

「女の子大歓迎! ね、遥」

「うん。また来て!」

 ナギも嬉しそう。

 釣りクラブは十名ほどメンバーがいるけど、女性メンバーは、私とナギの他に、もう一人いるだけ。

 しかもそのひとは、現在、おなかに赤ちゃんがいて、お休み中なのだ。

「由紀子ちゃんなら、男性メンバー、即メロメロだよ」

 ナギがクスクス笑う。

 私は、切り身に上新粉をはたいて、油を熱する。ほどよく油の温度が上がったところで、魚を投入すると、ふわっと細かな泡が衣の周りにまとわりついた。

「そういえば、遥先輩は、糸田先輩と二人でよく釣りに行かれるんですか?」

「へ?」

 由紀子ちゃんに突然、質問され、絶句する。質問の意図がわからない。

「……行くといえば行くけど……。約束してっていうのは少ないよ」

 隠すわけじゃないけど、一瞬、迷う。余計な誤解をされて、糸田に迷惑かけてもなあとも思う。

「釣り場のエリアが一緒だから、結果として一緒に釣っていることのほうが、多いかな」

 事実、休みの日なんかは、なんとなく釣り場で会って、なんとなくいっしょに釣っている。それがあまりにも自然で。

「なんで?」

 どうしてそんなことを聞くのかわからず、私は揚げ物をしながら、聞き返した。

「私とかお兄ちゃんが混ぜてもらったら、邪魔なのかなあって思っただけです」

「やだなあ、全然、邪魔とかじゃないよ」

 私がそう言うと、ナギがくすくす笑う。

「糸田君がいると遥のお父さんが安心するのよ。遥、ひとりで釣りしているとナンパされるから」

「そんなことないよ。声かけてくるのは、たいていはうちのお客だから」

 そもそも、おっさんがほとんどだし。

 確かにうちの父さんは、数ある常連さんの中でも糸田が大のお気に入りで、ことあるごとに娘を押し付けようとしているようにみえなくもない。けど、それって、きっと迷惑だと思う。

「釣りをしてて、言い寄られて、困ったりはしないんですか?」

 由紀子ちゃんの質問に首をひねる。

 そもそも、私、釣り以外でも、言い寄られることはないですけどね。

「街を歩くのと変わらないって。そんなに危なくないよ。昼間は人目もあるし……そういえば、一度、常連さんに助けてもらったことはあるけど」

「初耳。ねえ、誰? どんなひと?」

 ナギが興味津々で聞いてくる。そんな期待されるような関係じゃなくて、ただの常連さんなんですが。

白田しろたさん。ルアー好きな人。酔っ払いに絡まれて困ってた時、助けてもらったかな」

「白馬の王子様みたいですね」

 由紀子ちゃんの目がキラキラしている。

「恋が生まれたりとかしました?」

 バキッっと、出刃が骨をぶった切った音がした。

 糸田の包丁さばきがいつになく、荒い。珍しいなあって思う。

「……そのひと、彼女いるし。残念ですが、それ以上は何もないです」

 なーんだ。つまらない、と由紀子ちゃんとナギが呟く。

 何を期待しているのかなあ。二人とも。私は、ふぅとため息をついた。


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