カサゴは鍋に。想いは星に5<師走>

「遥、飯にしよーぜ」

 足場の良い、防波堤に移り、邪魔にならないようにみんなで集まる。

「川村さんもどうぞ」

 私たちから少し離れて、投げ釣りをしているフリをしている川村さんを私は呼ぶが、勤務中だから、と相変わらず固いことを言って断られる。

「あの……私、お弁当を作ってきたんですけど……」

 由紀子ちゃんが小さい声で言うと、永沢が大きな包みを出した。

 冬釣り定番のカップ麺や弁当箱を出しかけていた私は、思わず手を止める。

「す、すごい……」

 広げられたお重の中身は、いわゆるキラキラデコ弁当だった。

 最初に目に入った、いなりずしがクマである。

 ウインナーが、ペンギンである。花籠のようなサラダ。

 ありとあらゆるものに技巧が施され、キラキラしている。

「な、何時間かけて作ったの?」

 絶句する私たちに、ケロリと由紀子ちゃんは笑う。

「二時間くらいかなあ。遥先輩に喜んでもらいたくて、頑張っちゃいました」

 私、ですか? 

 そういえば、由紀子ちゃん、フルーツカービングが得意で、ものすごい飾り切りを披露してくれたことがあった。

「妬けるわあ。でも。遥は私のだからね」

 ナギがそう言って私に抱きつく。って、何、それ? 

 男性陣がじと目で私たちをみて。それから噴き出した。

「二人とも、遥ちゃんをあまりからかうな」

 保さんが優しく諭すように言う。

「ごめん、遥ちゃん、由紀子が変なこと言って……」

 永沢が笑いながら、謝る。

「いいけど。でも、かわいすぎて食べるのもったいないね」

 私はキラキラのお弁当を見ながら思わずそう呟く。なんとなく、綺麗すぎて、手を伸ばしづらい雰囲気。

「なあ、遥、味噌汁ある?」

 空気を読まずに、糸田が聞いてきた。

「うん。何がいい?」

 さっき出しかけた袋を私は開けようとした。

「いい。自分で見る。」

 糸田は私の手を制して、勝手に袋の中を物色し始めた。

「味噌汁って?」

 由紀子ちゃんが不思議そうに問いかける。

「インスタントのやつ。今日は温かいからそうでもないけど、寒い冬は、味噌汁とかカップ麺がお昼の定番なの」

 私がそういうと、保さんが笑う。

「そうそう。冬釣りで温かいものは、一番うれしいご馳走だね」

 お金持ちのご子息が言うのだから、間違いない。

「そういえば、保さん、昔、カップ麺を泣いて食べましたね」

「……そうだっけ?」

「こんな美味いもの初めてだって」

 私がそう言うと、ナギがウンウンと頷く。

「……遥ちゃんが作ってくれたからだよ」

「誰が作っても同じですって」

 歯が浮くような甘いセリフでごまかそうとする保さんに、容赦なく突っ込む。

 バリボリ、バリボリ。

 不意に、私の後ろで、何かを咀嚼する音がした。


 ん? バリボリ?


 振り返ると、糸田がおにぎりを片手に、たくあんを食っていた。

「何してるの? 糸田君」

 不思議そうにナギが問う。

「遥の弁当、食っている」

 あ。

 出しそびれた弁当箱が糸田の前に置かれている。いや、いいんだけど。

 なぜ、一人で勝手に食べるかな?

「遥ちゃん、どうして最初に出さないの?」

 保さんの声が怖いトーンになる。

「ご、ごめんなさい。なんか出しそびれて……。わざとではありません」

「ダメだよ、遥。遥が遠慮したら、由紀子ちゃんが次から作りにくくなるでしょ」

 ナギにも怒られる。

「ごめん。由紀子ちゃん、遠慮とかじゃないの。本当に単なるタイミングの問題で……」

 私が謝ると由紀子ちゃんはブンブンと首を振った。

「私は、全然、気にしてませんから」

 優しく微笑まれてホッとするも、場の空気が重い。

 慌てて、糸田が自分の前に広げていた弁当をみんなの前に広げる。

 由紀子ちゃんのお弁当と並べると、かなり見劣りがして、恥ずかしい。

 おにぎりと、味付け卵。たくあんに、から揚げ。そもそも、カップ麺ありきのメニューだから、おかずのバリエが圧倒的に少ない。味にはそこそこ自信はあるけど、見た目は完全にオカンの手抜き弁当だ。

「遥ちゃんはいいとして、亮君も、見つけたらなんで、言わないのかなー?」

 保さんが糸田を睨み付ける。

「他意はないです。なんだろうと思って開けたら、つい食っちまっただけっす」

 糸田が、頭を下げる。

 体育会系のサガもあり、糸田は年上の保さんに弱い。

「亮君、ペナルティとして、君の分の遥ちゃんの味付け卵は俺がもらう」

 保さんが高らかに宣言する。味付け卵は、ゆで卵をだし醤油に付け込んだだけのものだ。バカみたいに単純なメニューだが、非常に評判が良く、私がお弁当を作るときは、必ず作る。

「保さん、今日は、たくさん作りましたから……」

 私がそういうと、保さんは首を振った。

「いや、遥ちゃん。これは俺と、亮君の問題だから」

「保さん、勘弁してくださいよ。それだけは許してください」

 ひたすら頭を下げる糸田。

 うーむ。たかが味付け卵で、何の茶番だ。

「あ、これ、本当にうまいわ。遥ちゃん」

 空気を読んでか、読まないのか。永沢が、ひょいと手を出して、味付け卵をほおばってそうのたまわる。

「こら、剛。てめぇ、勝手に喰うな」

「亮君、どさくさに紛れて手を伸ばすな。こら、永沢君、そのオニギリは、俺のだから」

 糸田はともかく。保さんは塩野コンツェルンのご子息でいらっしゃるというのに、味付け卵ごときに、どうしてこうもご執心なのか、いつも不思議に思う。

「……いつも、こうなんですか?」

 由紀子ちゃんが呆れたように味付け卵で言い合いする男どもを見ながら呟く。

「うちの兄さんも、糸田君も基本的にアホだから」

 ナギが苦笑いをしながら肯定する。

「遥先輩も罪なひとですねえ」

 しみじみ、由紀子ちゃんが私の顔を見る。

「今日はけんかしないように、多めにつくったんだけどなあ。味付け卵」

 由紀子ちゃんの作ってくれた可愛いくまさんお稲荷さんをほおばりながら、私がそう言うと、ナギと由紀子ちゃんは顔を見合わせて、噴き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る