コイの季節5 <晩秋>


 こたつの上に、おみやげをのせて、三人で仲良く食べ始めた。

 とてもおいしい。

「そういえば、どうして永沢君は、由紀子ちゃんを連れてきたの?」

「どうしてって。妹を連れてきたらおかしい?」

 私は頷いた。

「由紀子ちゃんに聞いたけど、山倉君と約束したんだってね?  神山君と糸田と永沢君が女の子をそれぞれ一人ずつ連れて来られたら、山梨さんと仲直りするって。」

「ああ」

「永沢君なら、誘えば女の子なんていくらでも呼べるでしょう」

「俺、遥ちゃんが思うほどモテないよ」

 謙遜ってわけではないようだ。

 まあ、永沢はスケコマシっぽい顔に似合わずマジメだから、女の子が自分に気があるのをいいことに遊びでつきあったりはしないだろうなあとは、思う。

「神山が白石と付き合っているのは知っていたけど、亮が遥ちゃんを連れてくるって言ったのにはびっくりした」

「え? 美紅って、神山くんとつきあっていたんだ……」

「……に、鈍い。鈍すぎ。」

 驚く私に、糸田が頭を抱えながら笑っている。

「な。剛、こいつ、超ニブイだろ」

「いや、俺もうすうす感じている」

 なんだかよくわからないが、私がニブイということで、二人が共感しまくって、笑っている。

 悪かったな。だって、電車の中では先生とずっとしゃべってたし、周りなんかみてなかったもん。

「まあ、とにかく、堅物の亮が君を口説き落としたんだから、俺も誰か必ず連れて行かないといけなくなったんだ」

「はあ」

 口説き落されたというより、一本釣りされた気分だったけどね。

「遥ちゃんと亮が知り合いだったのには、驚いたけど」

「別に隠してないよ。宣伝もしてないけど」

 私がそういうと、永沢は苦笑した。

「そうだね。でも亮は聞いても詳しく話さないから、沢村にいろいろ聞いた」

 沢村浩二、というのは私の幼馴染。私を魔女に大推薦した奴。糸田の親友でもある。

「コウくんに、何を聞いたの?」

「まあ、いろいろ。遥ちゃんを魔女に推薦した理由とか」

 永沢はとても楽しそうに言う。あんまり嬉しくない。

「なんか魔女評判高すぎなんですけど。私、そんなに魔女に見えますかね」

「外見はな」

 ぼそり、と糸田が言う。

「……そんなに、人相、悪いでしょうか」

 なんか、泣きたくなってきた。

「違うって。遥ちゃん、プロポーション抜群だから、魔女のドレスが映えるって意味だよ」

 永沢が慌ててフォローを入れてくれる。優しいなあ。モテるわけだ。

「浩二は、魔女に入れ込んで脚本書いたらしいから。お前以外にやらせたくなかったんだろうよ」

 仕方ねえというような感じで、糸田が口を開く。

「コウくんに私がどう見えているんだか、さっぱりわからないよ」

 私が首を振ると、永沢が笑った。

「遥ちゃんは、やっぱり姫君のほうが良かったの?」

 爽やかな王子様笑顔。

 ……だから、その顔やめてほしい。勘違いしそうだ。

「いや、別にそう言う訳では。……姫というガラではないことは確かです」

「どっちかというと、ドラゴン倒す勇者だろ」

 糸田の言葉がいちいち痛い。

「うん。実際、昨日はスゴかった。確かに勇者だ」

 永沢が頷く。君はどっちの味方だ。

「美紅がハンドボール部で良かったよ。浮き具をおぼれた人に投げるのって、難しいんだ」

 私は首を振った。

「顧問の小林先生に感謝しないと。実は、着衣水泳の練習って嫌いだったけど」

「何それ?」

 永沢が不思議そうに聞いてきた。

「年に数回しかやらないけどね。着衣のまま浮いたり、泳いだり。水中で服を脱いで、それから泳ぐっていう練習をしているの」

「服、脱ぐの?」

 永沢がびっくりした顔をする。

「うん。もちろん服の下に水着着用だけど。結構、きついのよ。難しいし。普通に倍の距離を泳ぐ方がずっと楽なんだ」

「男女とも?」

「そうだよ。女子は競泳用じゃなくて、ビキニ着たりするけど」

 私の言葉に、永沢と糸田が顔を見合わせている。

「ビキニ着るの?」

 二人とも顔が赤い。しかも妙な食いつき。

「真面目な練習なの! スケベな目で見ちゃダメ!」

 私がそう言って立ち上がると、糸田が私の全身を舐めるような視線で見て、さらに真っ赤になった。うわ。絶対、昨日の格好を重ねて見られた。

「もう。やめてよ。」

 きちんと服を着ているにもかかわらず、私は思わず腕を組んで胸をかくした。糸田ほどではないけど、永沢の顔も赤い。二人して、私の全身を何かが透けて見えているかのように見ている。私は恥ずかしさで頭を抱えた。

「お兄ちゃん、ただいま。修羅場中?」

 突然、由紀子ちゃんがみんなと一緒に帰ってきた。修羅場って何のこと?

「あれ? 三人とも顔が真っ赤だよ」

「余計なこと言うな」

 永沢が由紀子ちゃんをたしなめる。

 私は。私は、恥ずかしくなって再びこたつで丸くなった。



 最終日。ようやく、先生が外出禁止を解いてくれた。

 みんなを誘ったけど、なぜか、糸田と二人だけで鯉釣りに行くことになった。

 なんか、みんな他にやりたいことがあるらしい。

 前の日、一緒に行くと言っていた由紀子ちゃんにもフラれ、なんだか寂しい気持ちになった。

「なんだよ、俺だけじゃ、嫌なのかよ」

 ぶすっと、糸田がそう言う。

「そんなことないけど……」

 糸田は自分は釣りに行けたのに、私が行けないから、今日まで我慢してくれたのだ。

 実に義理堅い男である。

「なんか、私だけ仲間外れにされたみたいな気がして。糸田は、無理やり私につきあわせているような感じだから」

 出かけるとき、永沢が糸田に何か耳打ちをしていた。

 みんな私が近づくと、そわそわと他ごとをはじめて。

 そして、まるで追い出されるように、私たちは沼へとやってきたのだ。

「ばーか。考えすぎだ」

「そうならいいけどさ……」

 私たちは、折り畳み椅子に座り、竿を出した。

 鯉の釣り方はいろいろあるが、私は今回、浮き釣りである。よく見ると、糸田も同じだった。

「そんなにデカい沼じゃないし、流れがないからな」

 奇遇だね、というと、糸田はそう言って頷く。

「そんなに、深くないと思う」

 タナ取りをしながら、糸田がそう言う。コイは割と底付近で釣れる魚だ。

 いろいろな方法はあるものの、オーソドックスに、鯉用の練り餌を使う。まずは、気長に餌で鯉を寄せていく。

 今回、リールはつけないので、仕掛けは本当にシンプルだ。

「ねえ、糸田。どうして、私を誘ったの?」

 クラスが違うから、よくわからない面もあるけれど。糸田だって、結構、モテる。噂になった中野さんだって、糸田は否定したけど、彼女自身がどう思っているかは謎だ。まあ、彼女を誘うことはできないルールだったようだが。

「お前なら確実に来るだろ」

 気のない返事。確かにそうだ。私ほど簡単に釣れる女はいないだろう。まあ、それだけなんだろうな、と少しがっかりした。

 よく晴れていて。やっとできた釣りなのに。

 私は、頭を振って、タナ取りを始めた。


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