コイの季節2 <晩秋>
ぽつんとした小さな無人駅を降りると、乗用車に乗った先生のお兄さんが待っていた。
しかし、普通車にこの人数は乗れない。
結局、全員の荷物と、私を含めた女子四名が乗せてもらうことになった。
助手席には、前にも来たことがある中野さんが座り、私は後部座席の真ん中に座る。
「大磯先輩、いつも兄がお世話になってます」
車に乗ると、隣に座った永沢の妹さん、由紀子ちゃんがぺこりと頭を下げた。
「遥でいいよ。由紀子ちゃんだっけ」
永沢もアイドルみたいな顔をしているが、妹の由紀子ちゃんも、滅茶苦茶チャーミングだ。
声が高めの舌足らずな感じもあり、ちょっと『萌え』な印象。さぞや男子にもてるだろう。
「でも、お世話しているのは、前のマネージャー中野さんじゃないかな。私、何もしてないよ」
謙遜でもなんでもなく、そういうと、由紀子ちゃんは首を振った。
「遥先輩には、体育祭とか、文化祭で、すごくお世話になったと思います」
「へ?ああ。そうか。でも、クラスメイトだからお互い様だね」
クスクスと、隣で美紅が笑った。
「そういえば、遥、文化祭の劇で、永沢君といっしょだったじゃん。いい雰囲気だったよ」
幾分、冷やかしの入った口調だ。
「……それ、なんか、違うよ」
文化祭の劇で、確かに私は永沢といっしょに出たが、ホントに同じ舞台に出ただけだ。
「遥先輩、すごく素敵でした。お兄ちゃんにはもったいないと思いました」
由紀子ちゃん、内容、きちんと見ていたのかな? それとも、人を間違えているのかな。
「私、永沢君に倒される魔女の役だったんですけど……」
「でも。私もお似合いって思ったわ」
私の言葉を聞いてないのか、助手席の中野さんまで、そう言う。
「ヒロインは、きちんとしたお姫様がいたでしょ。私はただの悪役です」
「でも、セリフも兄との絡みも、遥先輩のが多かったですよ」
「そりゃ、練習は一番、一緒にしたけど」
文化祭の劇で、私は永沢扮する王子に横恋慕をし、彼の婚約者の姫を取殺そうとする魔女の役をやった。最後は、王子に刺されて死んじゃう役だ。
よくわからないが、脚本を書いた私の幼馴染が、魔女の役は私がいいと大推薦してくれたのだ。
あんまり嬉しくなかったけど。
「私、そんなに悪女に見えるのかなあ」
ぼそりと呟くと、隣で美紅が笑った。
「遥は、美人だもん。化粧して、しゃべらなきゃ、男を手玉に獲れるって」
「舞台では魔女そのものでした」
「声がアルトだから、凄みがあるわよね」
「……全然うれしくない」
褒められているというより、思いっきり悪口を言われている気分だ。
「こんなことなら、私も歩けば良かったよ」
残りの男子は、徒歩三十分の距離を歩くらしい。全員バレー部員だから、走り込みをかねているとも言っていた。
「そういや、遥、糸田とはどういう関係?」
美紅が面白がって聞いてきた。
「釣り仲間だよ」
あっさりと答えると、「それだけ?」と重ねて聞かれた。
一瞬、糸田の大きな優しい眼を思い出し、ドキリとしたが、どこを掘ってもそれ以上の関係は見つからない。
「しかし、遥、本当に釣り好きだねえ。電車でも先生とずーっとその話してたし」
「うん。そのせいで、普通の男の子には引かれるね。いつも」
ふうっと、息を吐いた。きょうび、魚も触れない男子も少なくないのに、私は、釣った魚を平気で絞めたりする。さぞやワイルドにみえることだろう。
「だからと言って、隠すつもりもないけど」
普通の男子に引かれても、釣りマニアのおっさんとかには、非常に可愛がってもらえるので、気にしていない。
「鯉がいるのは、あの沼ですか?」
私は目の前に現れた大きな沼に興奮した声をあげると、運転していた沼野先生のお兄さんが沈黙を破って笑い出した。
「本当に、釣りが好きなんだねえ、お嬢さんは」
やば。全部、聞かれていたらしい。
「あれ? でも、なんかあんまり……」
由紀子ちゃんが少しがっかりしたような声を出した。
目の前に現れた沼が、水草が生い茂って、鬱蒼とした感じだったからだろう。妖怪でもいそうな雰囲気だ。
「鯉はね、わりと淀んだ感じの場所が好きなの。あまり流れがない方が好きだし」
「そうなんだ」
「一見、汚く見えるかもしれないけど、えさが豊富だから、魚はいっぱいいるんだよ。もう少し早い季節なら、ナマズも狙えたけどね」
お兄さんがプチ情報をぶっこんできた。
「私、ナマズは釣ったことないんです。うわー、やってみたかったなあ」
なんか他の女子が軽く引いている気がしたけど、もはや気にしないことにした。
先生の実家は、まさしく大地主サマのお屋敷といった感じで、下手な旅館よりデカかった。今日は全員ではないが、本当に男子バレー部全員、いや、ひょっとしたら、それに女子のバレー部が加わっても、苦でもなんともない部屋数&広さなのだ。広いお庭があるから、コート一面くらいはとれるし、夏の合宿もここですると聞いて、妙に納得できた。
正直、水泳部も呼んでほしいと思う。
昼食を頂いた後、童心に帰って、芋ほりと大根ほりを楽しんだ。
「じゃあ、これを運んだら、夕飯のしたくまで一時間くらい自由時間にしていいぞ」
沼野先生の言葉に、私の胸は弾む。
「野菜は第八車に積んで、野郎でもっていくから、女子はその辺のレジャー用品を持って先に帰っていいぞ」
先生に言われて、私たちはクーラーボックスや、紙コップ、レジャーシートなどを片付け、沼のわきにある道を抜けて、先生の実家へと向かう。
歩きながら、つい、キョロキョロ沼の方を見て、釣りポイントを探す。
「あれ? こんなに寒いのに、子供が舟で遊んでいるのね」
中野さんが指をさした。沼の対岸近くで、子供が舟に乗っていた。
「何しているのかな?」
何やら大騒ぎをしている。葦原の裏側に回って、何かを拾おうとしているようだ。
思ったほど櫓の扱いが上手くいかないらしく、舟の進行方向が定まらない。
「危ないよ! 無理しないで、岸に戻りなさい!」
私は思わず、大声で叫んだが、舟に乗った四人の子供は聞こえていないのか、舟から身を乗り出して何かを取ろうとしていた。泣きじゃくる女の子が一人に、それを励ます男の子が三人。小学生くらいだろうか。
「もう少し、もう少しだよ」
そんな声が聞こえた。
「キャー」
子供と、私たちの双方から悲鳴がおこった。子供が無理な体勢に乗り出したために、舟が横転したのだ。
四人の子供が水の中に放り出された。
「助けて!」
子供が暴れて、激しい水音がする。
「いけない」
私は周りを見渡した。他に人影はない。
やるしかない。
私は、自分の頬を叩いて、動転しそうになる自分を抑えた。
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