コイの季節1 <晩秋>

「バレーボール部の合宿は私には関係ないじゃん」

 釣り雑誌を眺めながら、私、大磯遥は、気のない返事を返した。

 現在私は、うちの店の「大磯釣具店」で、店番中。とはいえ、同じ高校の同級生でうちの常連の糸田亮のほかは客はおらず、暇をもてあましている。

「だから、合宿じゃないって。顧問の沼野先生の実家に行くだけだ」

 いつになく、糸田が熱心な口調で続ける。

「それにしたって、バレー部のメンツで行くんでしょ? 女の子を呼びたいなら、女子のバレー部といけば?」

 男子バレーボール部は、毎年、秋の連休に顧問の沼野ぬまの先生の実家に出かけるらしい。

 二泊三日のちょっとした旅行である。

 先日、見事に地区予選を勝ち抜いたバレーボール部だったが、残念なことに県大会は準々決勝で敗退してしまった。今回、その慰労の意味もあるという。

 私といえば、試合当日、応援に行く予定だったものの、高熱を出してドタキャンしてしまった。一緒に行くはずだった玲子には迷惑かけたし、糸田は試合後わざわざ見舞いをもってきてくれた。(ただし回復後、健康管理について説教された。)

 その合宿では、芋ほりやら、大根抜き、地元の秋祭りなど、とても楽しい体験ができるらしいが、バレー部には不義理をしたような気もするし、部外者である水泳部の私が参加するのはあまりにずうずうしい。

 そりゃあ、男ばっかじゃ、ムサイだろうけど。

「それは無理。女子部のキャプテンの山梨と、うちの山倉が大ゲンカしてて、現在、交流禁止状態。誰も仲裁に入れない」

 何やら複雑な事情があるらしい。

「女の子なら、マネージャーさんがいるじゃん。彼女が友達呼べば、それでいいんじゃない?」

 至極当たり前な私の指摘に、糸田はふう、とため息をついた。

「正攻法じゃ、無理か……」

 小さくそう呟いたように聞こえた。何かを諦めたかのように、糸田は首を振った。

 そして、すっと、目を細める。嫌な予感がした。

「大きな沼があるんだ」

 ぼそり、と呟く。

「沼?」

「ああ。先生の実家の裏に」

 持って回った言い方。いかん。のせられしまいそうな気がする。

「デカい鯉がいる。面白いように釣れる」

「何で、それを先に言わないの!」

 身を乗り出した私を糸田が笑った。

「行く?」

「もちろん」

「大磯は、ホント、単純だなあ」

まんまとのせられた私の頭を糸田がポンっと叩いた。

「道具は俺が貸してやるから、気楽にいこうぜ」



 待ち合わせ場所の駅の時計前に、明らかに長身の男子たちがたむろっていた。

「おーい。こっちだ。大磯」

 糸田が大声で手を振った。もともと声もデカいのに、長身の糸田が大きく手を振ると目立つことこの上ない。

 やめてほしい。

 思わずそのまま帰りたくなるくらい、恥ずかしい。

 羞恥心に耐えながら、声の方に行くと、もうメンバーが集合しているらしかった。

「ごめんなさい。遅くなったみたいで」

 謝りながら、周りを見渡す。ゴツい沼野先生がにこやかに笑っているそばに、バレー部の男子が五人。女子が私の他に三人いた。

「それじゃあ、紹介しとこう」

 沼野先生が、口を開く。沼野先生は二十代後半。バレーボールの顧問だけあって、大きな体格をしている。体育会系だけあって、声がでかい。ゴツいけど、爽やか系で恐くはない。見ようによっては、ハンサムかもしれない。

 しかし、こうして円陣?を組むと、合宿というよりまるで合コンみたいだ。こんな企画をして、沼野先生は教師として大丈夫なのだろうか。

「左から、キャプテンの神山こうやま、セッターの糸田、レシーバーの永沢、それとアタッカーの山倉。これが二年生。それで、唯一の一年の栗田くりた、サイドアタッカーだな」

 ずらりと並んだ男子をいっきに紹介していく。

「それから、うちの女子マネの中野、ハンドボール部の白石しらいし。あれ、大磯はなんでそんなに荷物多いんだ?」

「先生、今、それをつっこみますか?」

「すまん。水泳部の大磯。以上が二年生。もう一人は、一年の手芸部で永沢の妹だな」

 さすが教師だけあって、部員以外の生徒の名前も把握しているらしい。ちょっと感動する。

 私は沼野先生は授業を持ってもらったことがない。

 でも、水泳部の恒例行事、プール開きの前のプール掃除を手伝ってくれたことがある。その時、名前を憶えてくれたのだろう。すごい記憶力だ。

「先生じゃないけど、遥はなんで、そんなに大荷物なの?」

 声をかけてきたのは、ダウンのジャケットをおしゃれに着こなした白石美紅しらいしみく

 一年の時のクラスメイトだ。ポニーテールがとても似合っている。

 来るって聞いてなかったけど、彼女がいたことに少し私はほっとした。完全なおひとりさま状態は免れたらしい。

「釣り道具。釣りができるって、聞いたから」

「道具は、俺が貸すって言ったじゃないか」

 不機嫌に横から糸田が口をはさむ。糸田の見慣れた釣り具入れがそこにある。そういえば、そんなことを言われた。忘れてたけど。

「別に大した荷物じゃないもん」

「人がせっかく、浮かねえように気を使ってやったのに」

 ぶつぶつと、糸田が呟く。なるほど。私は、他の女子と明らかに荷物が違う。糸田は糸田なりに気を使ってくれたのだろう。

 しかし、である。

「釣り具屋の娘が、人から釣り道具を簡単に借りたらダメでしょう」

「釣り具屋さん?」

 目がパッチリした、とても美人なマネージャーの中野絵里さんが口を開く。糸田と付き合っているという噂のある女の子(糸田は否定しているけど)。女の私が見ても、めちゃくちゃ可愛い。

「うん。もっとも、うちの店は、海釣り主体だけど」

「……だから、そう何もかもベラベラ話すなって」

 明らかに糸田がイラついている。なぜだ。

「大磯は釣り好きか。うちの裏の沼の鯉、めちゃデカいぞ」

 沼野先生が、口をはさむ。

 私たちは電車のホームへとゾロゾロ移動を始めた。

「六十センチクラスはザラだから。百行くのもあるぞ」

「ホントですか!」

 声が弾むのが自分でもわかる。

「大磯は仕掛けも自分で作るの?」

 沼野先生は、私が釣りをするのが意外だったのか、電車に乗っても聞いてきた。

「はい。でも、海釣りが主なので、鯉はあまり釣ったことがないです」

「そうか。オレは山育ちだから、淡水魚ばっかりだが……」

「海釣りもいいですよ。うちの店は釣り舟も出してますから、一度いらしてください」

「営業も上手いねえ、大磯は」

 結局、沼野先生と釣り談義をして電車の中を過ごした。

 先生の渓流釣りの話は、海釣り中心の私の釣りライフとは全然違って、すごく面白かった。

 なぜか糸田が睨んでいる気がしたけど、気にしないことにした。

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