第7話 殺戮→説明

ピンポーン


はーい、という声と共にドアが開かれる。


「た、ただいま~…」


と俺が言った途端、母さんが「お帰り」と言って出迎える。

そして、俺の隣にいる男性にむかって、


「はぁ。一応聞きますけど、どちら様ですか?」


「一応言いますけど、山中発人ですよ」


「分かりました。どうぞ」


と母さんがリビングへ手を向ける。


「では」


と発人さん。

いや、何だこの空気。母さんの毛嫌いが激しい。誰にでも割りと神対応の母さんが、こんな塩対応をするなんて……。一体何者!?


「康也、夏美ちゃんを送ってあげて。メールするまで帰って来ちゃだめよ」


「え、あ、はい」


母さんがこんな真面目に言うことなんて珍しいので──最早敬語を使うレベルの威圧感である──、従うことにする。夏美の家はかなり近くだが、夜だから危ないこともあり。ドアを開ける。



「お母さん、どうしたんだろうねー」


「俺が聞きてぇよ。あんなの見たことねぇ。本当に学校の話すんのかなぁあの人」


ヘラヘラしている人だから、ただでさえ不安だったのに、母さんの塩対応。やべ、超不安。


「どーだろーね。ってか、学校って来週からもまだいつも通りなのかな」


「手続きとかあるだろうし、そりゃあ最低1・2ヵ月はかかるんじゃないか?」


「そっかー。まあ、今の学校も別に悪くはないけどねー」


「ちゃんと受験で合格したとこだしな。あ、編入テストあるんじゃ……?」


「だろうね」


即答で返してくる夏美。


「余裕そーだな…?」


「まあね★」


憎たらしいことに、夏美はそれなりに頭が良いので、学校の偏差値によるが、たぶん通れるだろうが。しかし、俺は勿論そこまで頭が良いわけじゃないので、かなりヤバかった。

夏美の家は俺の家から割りと近く、時間もあまりかからないので、メールがくるまで勉強会になった。


「そーだ、康也。入学志願の文章か何かを書いてお母さんにメールでもしてみたら?」


突然の夏美の提案に納得し、シャーペンを置く。ポケットからスマホを取り出し、フリックで文字を入力していく。


★★★★★


「それで、どんなご用件で?」


「先程電話でもお伝えした通り、康也さんと夏美さんは妖幻に襲われました。康也さんは少し記憶も喰われたようです。そして彼らは、妖幻退治師育成学校に行きたいと言っていますので、許可をとりに来ました」


黒い鞄から取り出した、書類とペンをテーブルに置く発人。

それに対して、康也の母は視線を鋭くして、問う。


「何で学校を紹介したんですか?分かってるんですか?あの子は入学させませんよ?」


「そこを何とか!これは彼の意志なんです!自分が襲われたから他の人も助けたいという!」


「また私から家族を奪うつもりですか?とにかく、お帰りください。二度と来ないでください」


そう康也母が言い放ったその時。


『ティロリロリン♪』


スマホが震え、音が鳴る。話の本題になっている康也からだ。首をかしげながら康也母はメールをみる。


「康也からだわ…」


『お願いします。入学させてください!今の高校も好きだけれど、俺はあの高校に入学したいんです。誰かを助けたいんです──』


ただひたすらに、入学したいというメッセージが続く。何十行にも渡り綴られている文章。康也母は、今までを思い返してみても、息子がそこまで強く願うことは無かったなと思い、やらせてやってもいいかなと感じ始めた。だが───。あの時の、あの日のことを思い出すとやはり───。


発人が康也母をじっと見つめる。


「あの子が望む未来は応援したい!けど……」


「あの日のこと、ですか?」


「ええ」


「では、一度家に戻ってきてもらいませんか?あなたの思っていることをしっかり言ってみては?」


(この人の言うとおりにはしたくないけれど…。あの子に教えなければならないものね。妖幻の恐ろしさを。危なさを。)


康也母はスマホを長押しし、新規メールを作成し送信する。


★★★★★


『ちりりりりん♪』


静かな空間にメールの着信音が響く。


「あ、帰ってこいだってさ」


「割と早かったねー。ねぇ、これって私も行った方がいいの?」


「んー、あれ、今日お前一人か?」


「うん、二人とも今日は夜勤だって」


「じゃあ泊まってってもいいよ、だってさ」


「まじで!?いいの!?行く行く!」


目を輝かせる夏美。

夏美が大きな鞄に大量の荷物を詰め込んだのを確認し、ドアを開け、おじゃましましたと一言言ってから出る。


一体あの二人は何を話してたんだろうか。





家に到着。ドアを開けてすぐ、母さんが口を開いた。


「あのね、康也、話があるの。これは夏美ちゃんにも関わることだし、とても大事な事だから、よく聞いて」


母さんはふぅ、と深呼吸して。


「妖幻は危ないの!危険なの!たくさんの人が死ぬの!妖幻には戦闘力があるから戦いでも死ぬの!大切な人が死ぬの!あなた達まで失いたくないの!お願いだから…。でも私はあなた達の意見を尊重したい。最低でも2・3週間はじっくり考えてほしい。それでも行くと言うのなら、止めはしない。ただ死ぬ覚悟で行くこと。だからって自分の命を粗末にしないで。あなた達がいなくなって悲しむ人がいることを覚えていて。話はそれだけ」


母さんは一気に語った。これまでこんなに熱弁したことなんて滅多にない。そして俺は───母さんが『妖幻』という単語を話したところを聞いたことがない。


「──母さんは、妖幻を昔から知っていたのか?」


母さんは目線を少し下げ、左手で右肩をつかむ体制になる。


「昔、ちょっといろいろ、ね」


『ちょっと』にどんな思いが込められているか。そのときはまだ俺は知らなかった。──否、知っていたが、知らされていなかった。


「では、今日のところはとりあえず引かせていただきますので、再来週の土曜日に伺いますね」


流れた不穏な空気を裂くかの如く言う発人さん。


「分かりました。──夏美ちゃん、意味わかんないこと話したりしてごめんなさいね。ささ、上がって上がって」


そして、発人さんがまた、と言って出ていった。

昨日と今日はいろんな事がありすぎた。

襲われたのが金曜日だったのが不幸中の幸いで、学校は休まずに済んだが。何度も寝かされて、気が付けば日付も変わって土曜日になっていた。しかも夜。こんな長い間寝てるなんて、何か良い夢でも見てたのか?───覚えてないが。何かとても大切で重要な夢だった気はするのだが……。まあいいや。


今日は妹は友達の家にお泊まりとのことで家にはおらず、3人で夕飯を食べた。いつも通りに。不自然なくらいにいつも通りに。


お風呂(いつも通り最後だった)から上がり、熱が冷めないうちに、と二階の自分の部屋のベッドへ向かう。


目を閉じてふり返る。

ああ、なんかいろいろあったな。昨日と今日。

襲われたのが金曜日だったのが不幸中の幸いで、学校を休まずに済んだが、何度も寝かされて気が付けば日付も変わって土曜日。学校うんぬんもあったし……。疲れた。やっぱり母さんの反応は気になるが……余計な詮索はしないでおこう。本能的にそう思った。

もう今日は寝よう。


★★★


「刻々と迫ってるな」

「いつまで待てばいいんだろうか?」

「楽しみだ」

「なぁ?お前もそう思うだろう?もう一人の俺」


「────お前は、誰だ 」


「だから俺もお前も同じ一人の人間のなかの二つの意識だ。俺とお前が合わされば最大出力で戦えるって訳だ」


「どうせお前は殺戮だろ」


「さてはて、どうかな?」

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