第6話 影→説明




「………っはぁっ、はぁ、はぁ……」


男の子が逃げている。

無我夢中に、ただひたすらに。

走って、走って、走って。

何もない真っ白な世界を駆ける。


「嫌、だ。もう嫌だよぉ……」


そう呟いた瞬間、包丁が突如現れる。

男の子は、自分の影に刺す。


「……っぐぅぁあああああ!」


悲痛の叫びをあげ、刺された痛みを感じても尚、包丁を影に刺し続ける。

あの声が聞こえない何処かへ行ってしまいたい。


『何年逃げる気なんだ?いい加減にしろよ。力はあるんだから、復讐でも、虐殺でも、出来るんだぜ?殺そう?殺そう?他人に殺られる前に殺そうぜ?』


あぁ、聞こえてしまった。

頭の中に直接響く声が。


「嫌だ…。嫌だよ………。もう嫌だ」


男の子は、またも走り出す。

包丁は腕にすっと血の流れをつくる。

痛いが、痛くない。

あの日と比べれば全然痛くない。


『あーあ、またかよ』


『声』が呟くように言った。






「─────」


目が覚める。

眩しさで少し重たいまぶたを頑張って開く。

寝てた、のか?また?

見覚えのある天井があるな……。

上半身を起こして周りを見渡す。

──やはり同じ部屋だ。

何故寝かされていたんだ?

ふと、プシュッと自動ドアの音が聞こえた。

四人入ってくる。


「あ、起きたんだね」


と白衣男性が。


「本当だ!もう大丈夫なの? 」


と元気少女。


「大丈夫?」


と落ち着いた少女。


「康也!!大丈夫!?」


と夏美。

四人が言う。


「えっと、多分大丈夫です」


何の事を大丈夫か聞いているのかがあまり分からないので、曖昧にしておく。

さっき何故寝たんだ?

うーんと、ここに来て、妖幻のことを聞いて、なんか心臓がバクンバクンなって、寝かされた、と。

意味不明だな、うん。


「心配したんだよ!?さっきも、博士に部屋出ててって言われたし、博士だけ部屋に残ってたし!んもう、何で私は入っちゃいけなかったんですか!?」


「企業秘密さ」


「えぇー? 」


夏美は、その……心配してくれてるんだな。


「あの……」


俺がそう言うと、全員の視線がこちらに向く。


「博士さんは何をしてたんですか?さっきまで」


「ん?普通に研究してたよ?康也君がDS閉じてる間。いつも通りの研究さ。ほら、そこにある本とかで、ね。情報漏れを防ぐために夏美ちゃんには出てもらったんだ」


「そうですか。………普通に寝てるときって言ってくださいよ!?せめてスリープにしてください!!」


ツッコミをいれる。


「はは。あ、そうだ、自己紹介がまだだったね」


「僕は山中発人やまなかはつとだ」


「私は海浜未来うみはまみらい!」


「……潮風香しおかぜかおり」


「私は草川夏美!」


「お前は知っとるけどな」


いつものようにツッコミ。


「えっと、その、助けていただいてありがとうございました」


「いえいえ~!間に合ってないしね~。記憶、喰われちゃってるんだよ?」


「それでも、殺されなかったり、あそこから出してもらえただけでもとてもありがたいです」


「そっか、じゃあどういたしましてぇ~♪」


そんな会話をしているとき、ふと、思い出した。


「────そういえば、学校は……?」



「え、あ、がっ、学校?えっと、それは………発人さん!」


「康也君。そのことなんだけどね、うちの学校に来ないかい?」


「yふgrうgtsrdhkづghdすtgsつ!?」


言っている意味がよく分からないので意味不明な言葉になってしまった。


「何て言ったの、今!?混乱してるのかな?詳しく説明すると……。ここは国立の妖幻研究施設。んで、すぐ近くに国立の妖幻退治者育成学校があるんだよ」


「は、はぁ……」


大変だな、国も。

なんてことを思いながらも引き続き話に耳を傾ける。


「その学校は、学力レベルで三つにわかれている。偏差値は40台くらいで体力のある者が行く『国立梅丘高校』、偏差値50台くらいの『国立竹丘高校』、偏差値60台以上の『国立松丘高校』。大学もあるけど、あんまり進学する人はいないね。高校で成果を上げれば仕事は決まったも同然だし。あ、そうそう。寮制だから、家の距離も気にしなくてもいいよ。あと、放課後は戦闘訓練とかもあるよ。実戦は訓練で好成績を残したらいける。実戦でも評価に値するときは、給料がでるよ。ここまでざっと話したけど、何か質問はあるかい?」


長くて全部覚えれないぞ……。


「えっと……何で俺が転校するんことに……?」


「───怖かっただろう?妖幻に襲われて。死ぬかもって思っただろう?反撃出来なかっただろう?倒してみたいとは、思わなかったかい?」


「それは………」


俺は口をつぐんだ。

あの時、どうすればいいのか分からなかった。死ぬかもって思った。逃げたかった。一発くらいぶちかましてやりたいとも一瞬思った。


──助けて欲しいと、思った。


妖幻に記憶を奪われてしまう人がいる。

蹴り一発であの力を持つ妖幻だ。殺される可能性も高い。誰かが死んでいるかもしれない。何処かで。その事実を知って尚、無視し続けることは不可能だ。ましてや、知っている人が殺されるかもしれない。そんなとき、俺はどうすればいい?


見てるだけか?知人が危ないときにも?

無理だ。

物が落ちているだけでも通りすぎることなんて無理なのに。家族や友人が危ないときに何をしたいか。


守りたい。守るだけの力がほしい。

何も出来ない無力な自分にはなりたくない。


それに、胸騒ぎがする。

最近余計に多くなってきた、ビジョンというか…ああ、夢だったっけか。妖幻という単語への違和感も、夢の違和感も、もしかしたら知れるかもしれないし。


「……どうやったら学校入れますか?」


「つまり、やるってことだね?」


こくりと頷く。


「あ、康也、ちなみに私も通うからね?」


「は!?そういうことは早く言───」


「──だって、言ったら自分の意志じゃなくても来るじゃんか」


「……まぁ、そうかもな……」


「………という訳で、親御さんに説明に行こうか」


あ。そうか。親の許可はいるよなぁ。


「親に妖幻の説明とかってしちゃっても大丈夫なんですか?というか、何と説明すれば……」


「大丈夫。僕が説明しに行くからさ」


「え?」


「だから!僕が説明しに行くからさ!一応、『学生管理研究者』っていうのに任命されてるから、結構説明しにいくし」


「は、はぁ……」


そんなこんなで、親に説明しに行くことになった。

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