地獄の6時限目


「それでは6時限目を開始する」


 ぞっとするほど低く、はっきりした声の国語の教師は教室を一通り見回すと板書を始めた。いつもは手のつけようなのないほどうるさいB組もこの時間だけは死んだような静けさを保つのであった。


 高尾健三たかおけんぞう

 189センチという高身長にヘラクレスのようなその身体は全校生徒の男子を震え上がらせていた。彫りの深い引き締まった顔のその男は生徒の前では一度も笑顔を見せることはなく、「笑わない先生」としても有名だった。

 空手の黒帯を取得していることとしても知られており、過去に手に負えない不良生徒を骨折させたこともある。癇癪かんしゃく持ちのため何をするか分からない。



「なんで5つも席が空いているんだ」


 一通り板書を終えた健三は振り向くと言った。生徒たちは個々に知りません、といった顔をする。内心皆高尾先生がキレませんように、と必死に願っていた。

 健三がキレるとめちゃくちゃ怖く、何をするか分からないからだ。



「やっべぇー」

「健三の授業始まってるやないかい」

「えー怒鳴られるのまじダルくね。どーするよ」


 教室のドアの外で先生から見えないように屈んで五人は静かに作戦会議をしていた。


「まず遅れた理由作らなきゃ」

 恵里菜が提案する。

「遅れた理由ってウチラがチャイム鳴ってからトイレ行ったからでしょ?」

「正直に言ったるか」

「いやーでも恥ずかしくない?」

「璃彩は泰希がいるから恥ずかしんでしょ」

 玲奈が呆気なく言う。

「じゃあいいよ、正直に言ってやろうじゃんか」

「そう来なくっちゃ璃彩たん!」

「でも、もし健三っちそれ以上理由聞いてきたらどないすんねん?なんでチャイムが鳴ってからトイレ行ったんだ!とかさ」

「いや、ゆーてヘーキ。」

恵里菜がチラリと教室内を覗きながら呟いた。

「では会議の結果、正直にトイレに行っていたからという理由で健三様に報告することになりました。反対の者はいませんか?」

 愛華が裁判官口調で皆に確認した。

「「「「はーい」」」」

 四人は口を揃えて静かに答えた。



 B組の教室のドアが静かに開く。皆一斉に璃彩たちを見た。玲奈を先頭に五人はタラタラと入ってきた。妙に静まり返ってるB組の空気は重かった。


「なぜ遅れた」


「チャイムが鳴ってからトイレに行ったからです」


 璃彩は会議通り理由を述べた。そのまま席に着こうとした瞬間健三が怒鳴った。


「なぜチャイムが鳴ってからトイレに行った!!!!!!!!!」


 教室全体が揺れた気がして生徒全員の肩がビクっと動いた。

 沈黙が訪れた。五人とも今の健三に対する質問の答えを考えていなかったからだ。




(美涼のことちゃんと聞いとけば良かったー......)

恵里菜は内心悔しさがみなぎっていた。




「質問に答えろ!!!!!!!!!」


 健三は鬼のようだった。



「えーと」



 玲奈が口を開いた。思いがけない行動に四人は玲奈を凝視する。



「その理由を女子に述べさせたらセクハラになります」



 ?!???!!!!!!????!!?!?!?!!!



 四人は完全に訳が分からなかった。


「どういうことだ。」


 健三も玲奈の言葉の意味を理解しきれていない。


「いいじゃないですか、璃彩は恥ずかしながらも理由をしっかり述べたんですよ?そこまで追求しても無駄だと思いますが」


「貴様、俺を誰だと思ってる!!!!!!」


「このバカ」

 恵里菜が玲奈の脇腹を肘で小突きながら小声で言った。


 しかし玲奈は恵里菜を無視して続けた。


「あのーもうそろ座らせてもらっても良いですか?」


 この玲奈の言葉が引き金となり健三は遂に怒りを爆発させた。


 58歳の巨体は机を持ち上げると横に投げた。とてつもなく大きな音が教室に響く。何人かの女子は半泣き状態で短い悲鳴を上げた。

 健三は青筋を立てて怒っていた。璃彩たちを怒りを込めて睨みつけると健三は吐き捨てるように言った。



「だからお前らはバカなんだ」



 するとそのまま健三は扉をピシャリと締めるとB組を去っていった。

 その後B組には長い沈黙が訪れた。



















































「皆さんすみませんでした」



 玲奈が落ち着いた調子で言った。

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