男子トーク

 校舎の裏では二年B組の中で不良組に選別されている男子生徒たちが団子のように固まって群れていた。

 薄暗く、落書きの多いこの場所ではリンチに遭う生徒も多い。

 一度ここで警察沙汰になるまでの喧嘩があり立入禁止の看板が立てられていたがとっくにその看板は生徒たちによって破壊され、端に追いやられていた。


「龍二さんよお、屋上に愛華ちゃんいるではありませんかあ」


 隼也は手をすり合わせニタニタしながら言った。長年付けている矯正がきらりと光る。

龍二は重い泥濘ぬかるみのような顔を浮かべながらうっせーな、と呟いたがどことなく嬉しそうだった。


 石川愛華。俺にとって彼女はかけがえのない存在だ。

 初めて愛華を見たときには全身に電気が走るような衝撃を受けた。

 高くきつく結ばれたツインテールにバカっぽい話し方。授業中に鉛筆を口に加えている愛華を見たときにはその姿が可愛すぎて天に昇るようだったぜ。

 簡単に言えば愛華は今でいう「にこるん」だな。

 俺のこの気持ちを愛華に告白してオーケーはもらったものの、実際付き合ってみてどう接したら良いかわからず、今日も女子にとって暴言とまでなる発言をしてしまったらしい。俺は素直な気持ちを言っただけなのになあ。



「そのメイクあんまり似合わないしダサい」



 うん。やっぱり暴言かも。しかもダサいいらなかったなあ。

 でもネット上では長続きするカップルはお互いの気持ち素直に言うって書いてあったのになあ。どーすればいいんだろう......。


 龍二がそんなことをぼんやり考えていると例の屋上からキャーと嬉しそうな悲鳴が彼等の鼓膜をうった。すると翔哉はタバコを加えながら長く伸び切った前髪をサッとかきあげながら言った。


「龍二さんよお、屋上に愛華ちゃんいるではありませんかあ」


「同じこと二回も、しかも隼也と同じ口調で言うな」


 翔哉は鼻先でフンと笑うとタバコの煙を吐いた。


「それ言うならしょーちゃん、恵里菜ちゃんいるよ?」

「えりちゃん~」

「改札でキスしちゃったんだっけ?」

 

 一気に周りの男子が翔哉をはやし立てる。


「うっせーな」


 その隣で龍二は喉の奥まで見えるような大きな欠伸をした。


「泰希はしょーじき璃彩のことどー思ってんの?」


「別に、どーも思ってない。ただの友達ってかんじ」


 強い風が吹いたがワックスでツンツンに立てられたその髪はびくともしなかった。


「他にかわいこちゃん狙ってる感じ?玲奈ちゃんは譲らないぜ」

「だれもあんなうっせーバカ狙わねえよ」

「ああ?うっせーバカってなんだよ!」

「うっせーバカはうっせーバカだよ」


 隼也は不満げに口を尖らせたまま黙ってしまった。


「やっぱり!ここは可愛い女の子の話でしょ!」


 その場を盛り上げるように大城達也おおしろたつやが両手をパチンと叩いた。

 身長は然程高くなく彼女もいないがムードメーカーとしてB組に欠かせない存在だった。彼が欠席の日には教室が寂しくなる。


「そうだ、最近できたアイドルのグループでバニーズって知ってる人ー」

「あ!知ってる!センターのモエちゃんめちゃ可愛くね?!」

「えー俺はナナちゃん派〜」

「俺もモエちゃん派だな」

「いやあ、そこは美声のアイリンでしょ!」

「でもダンス踊れないよな、あの五人」

「いいんだよダンスなんて、可愛ければ」

「おい龍二お前愛華一直線じゃないのかよ」

「でも俺の愛華越すのいないから」


 実は彼等、アイドルオタクなのである。


 全ては隼也が龍二のカバンをあさったときに始まった。龍二が教室を離れたすきに彼のカバンをなぜか覗くのだ。


「龍二さんよお!この可愛こちゃんたち誰すか!」

「うわ、めっちゃ可愛くね?!」

 すぐさま泰希が反応した。

「こいつらめちゃくちゃ可愛くね?!」

「ずきゅん」

 翔哉がボソッと呟いた。

「龍二、あいつどこでこれ手に入れたんだ?」

 するとこのCDの持ち主が帰ってきた。

「龍二!!お前このCDどこで手に入れた?」

「なにそれ」

 答えはそっけないものだった。

「は、お前のカバンに入ってたんだけど」

隼也がCDを龍二にかざしながら言った。

 

 すると龍二は思わずそのCDを二度見し、叫んだ。


「え、誰この子たち!!!」

「フェアリーズって書いてあるけど」

「俺とこの可愛こちゃんたち最初から結ばれてたんだ!!だから今こうして俺のカバンに......!」


 龍二は瞳孔を大きく見開き興奮していたが周りは少し冷めた目で彼を凝視していた。龍二がこうなることは滅多にないからだ。

 


 その放課後は龍二家で「フェアリーズの曲を聴こう会」を開き、その場にいた男子全員は即フェア男になった。(フェアリーズおたくの世界で男子のファンはふぇあおと名付けられている)



「えーもうすぐで六限じゃーん」

 

 翔哉が上の空な感じで言った。

 時計はあと少しで14:45を示すところだった。

 

「きょーしつ戻ろーぜ、高尾怒らしたらめんどいからよお」


「んな、さっさと戻ろうぜ」


 そう泰希が促すと彼等は重い腰を持ち上げ、ノロノロと教室に戻っていったのだった。

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